第一章 不良と正義4
「サッカーやれば良いじゃん。俺と一緒にやろうぜ」
口を挟む克己を、知美が一睨みする。
「ほら」
知美が、勝ち誇ったような笑みで、ペンと用紙を明日歩に突き出す。
明日歩は渋々と受け取った紙に、陸上部と書き入れる。
「陸上部?」
克己と知美が、声を揃えて言う。
「何で? サッカーにすれば良いじゃん」
「剣道部じゃないの? 仮入部でも先輩に褒められていたじゃない?」
困惑した顔をしながら、明日歩は不貞腐れた口調で、何でと言い返す。
「あれは父さんが煩いから、顔を出しただけで、別にやりたかったわけじゃないし」
「だって、だってさ。幼稚園の頃やっていたじゃない? ママが言ってたわよ。明日歩君は天才剣士だって」
明日歩は顔を顰める。
一回や二回、大会で勝ったくらいで、大人は大騒ぎしすぎなんだ。相手に打たれるのが怖いから、先にやっつけないと、自分の身が危険だから必死になっただけで、それがどうして、天才とか言われるのか意味が分からない。
納得が出来ない知美は、なおも食い下がる。
「あんたは弱っちぃんだから、剣道みたいなので鍛錬した方が良いって」
「おめーは、ぐだぐだうるせんだよ。と、明日歩が申しております」
明日歩は目をひん剥き、克己を見る。
知美の表情がみるみる鬼と化し、腰に手を当て、何ですってと据わった声で言う。
明日歩は、違うと手を胸の前で動かすが、面白がった克己はさらに続けた。
「黙れこのブス。by明日歩」
「言ってないってば」
「ほれ、魔王に食べられてしまえ」
克己が歩の背中を押す。
まともに明日歩の体当たりを受け、知美がよろける。
完璧に面白がっている克己を恨みつつ、明日歩は一目散に、昇降口目指す。
靴をはき替えながら後ろを見る。
知美は追っては来なかった。
ホッとする明日歩だったが、油断は禁物である。
昇降口を出た明日歩は、後ろを振り返ることもせずに全速力で校門を出て行く。
そんな明日歩を、渡り廊下で知美は見ていた。
「もしかしてお前、剣道部?」
同じように隣で見ていた克己に言われ、知美はムッとなる。
「悪い?」
「ご愁傷様」
「うるさい。、だから、克己は嫌いなんだ」
行ってしまう知美に向かって、克己が悪たれを吐く。
「ばーか。明日歩がお前なんか、相手にするかよ」
「うるさい」
言い返す知美の瞳は、薄っすらと濡れていた。




