プロローグ4
ヒーローの花か。
そう呟いた明日歩は茶の間に腰掛け、そのまま寝転がる。
この家に引っ越して来たのは、明日歩が3歳になったばかりの春だった。
躰を壊し、入退院を余儀なくさせられていた奈緒の母親を一人にしておけないという理由からだった。
まだまだ小さい明日歩には、そんな事情など知らず、ただ優しい絹代ばあちゃんと暮らせるということが、嬉しくて仕方がなかった。
引っ越しの日、絹代ばあちゃんの膝の上で、片付けが済むのを待つ明日歩を、庭に居た歩に呼んだ。
そして、植えたばかりの花を前に、歩が口にする花言葉。
あまりに幼すぎて、歩が教えてくれた意味など解らなかったが、大好きな母親とばあちゃんを護って欲しいと言われ、明日歩はそれが嬉しくって、うんと頷く。
ご褒美に、歩が高い高いをしてくれて、その日から明日歩はこの甘い臭いがする花が好きになった。
沈丁花。
栄光。不死。不滅。信頼。
「……どれもこれもヒーローに必要不可欠なものだろ。だから、ここにこの花をヒーローの花と任命する。この花に誓って、オレと明日歩はヒーローとして、奈緒や絹代ばあを護ることを誓います」
「誓いましゅ」
父さんに持ち上げられ、空はどこまでも近く感じられた出来事だった。
あのまま、無邪気なままでいられたらどんなに良かっただろう。
日を追うごとに、絹代ばあちゃんの具合は悪くなり、病院で過ごす時間が増え、明日歩はなかなか会えずにいた。
ようやく帰って来た絹代の傍を、片時でも離れようとしなかったのは、庭に沈丁花がある限り、大丈夫だと信じていたから……。
起き上がれなくなった絹代ばあの布団に潜りこみ、明日歩は歩に買ってもらったヒーローの本を開き、何度も何度も説明を聞かせ、ばあの守る役目は僕なんだと言っては、頭を撫でてもらうのが、毎日の日課だった。
だから、ばあがもう帰らない人になった日も、庭の沈丁花をもぎ取って来た明日歩は、歩に抗議を必死にした。
「うちにはシナナイ花があるって言ったじゃない。絹代ばあのめん目すぐに開くよね」って。
明日歩は熱くなった目頭を隠すように、腕で覆う。
――何もかも遠い日々。
「不貞腐れて、こんな写真要らないという明日歩に、いつかこの日が愛おしく思える日が来る」
そう言っていた歩を、バカにしてたけど、まさか本当に来るなんて思わなかったよ。
もっと笑えば良かった。
明日歩はそっぽを向いてしまっている自分を何度も悔いる。




