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第二章 不滅のヒーロー3

  二人は、海岸沿いのレストランに、昼食を摂るために入った。

 今日の歩は、いつになくお喋りだった。

 ウェートレスが忙しく動き回っているのを眺めながら、オレも昔、こういう所でバイトをしたことがあると言い出す。

 歩は滅多に、昔話をしない。野球をしてたのだって初耳だった。

 「父さん、本当に野球したことあんだ」

 「まぁな。甲子園にも行ったんだぞ」

 得意げに言う歩に、明日歩は疑いの眼差しを向ける。

 「本当だって。今度、なかじぃが来たら聞いてみな」

  歩は、ウェートレスの動きを目で追う。

 「意外と笑顔を絶やさずに接客するのって、出来そうで出来ないものなんだ。特に週末なんか、足はパンパンになるし、人ははけないしさ」

 ウエートレスが付け合せのサラダを運んで来る。

 明日歩は眉を顰める。

 とにかく、歩の様子がおかしい。やたらと昔の話をしたがり、家を出た経緯まで話し始めたあたりで、急にどうかしたのと聞いてしまったほどだった。

 笑って誤魔化されてしまったが、こういう顔をしている時の歩は決まって、何かを企んでいる。コーヒーを何杯もお替りした挙句、奈緒を泣かしたらおまえでも容赦しないと、念を押され、明日歩は渋々約束されて、家路の途に就く。

 

 エンジン音を聞いて、家から出てきた奈緒を見て、歩は顔を綻ばせる。

 奈緒も同じ笑顔で答えているのを見て、明日歩はムッとしながら車を降りて行く。 

 奈緒を素通りしようとした時だった。

 「おい明日歩、男同士の約束はどうした」

 「ごめん」

 奈緒はその一言が聞けただけで満足だった。

 涙ぐむ奈緒を歩は肩を抱く。

 「良いドライヴだったよ」

 それだけで報われた気がする奈緒だった。


 その夜、明日歩は夕食もそこそこに部屋へ戻って行ってしまっていた。静岡から帰ってきてすぐのドライヴで疲れてしまったのだろう。歩は茶の間で転寝をしてしまっていた。奈緒がそっと毛布を掛けようとした時だった、手を掴まれ歩の胸に抱き寄せられたのは。

 「もう歩ったら、脅かさないでよ」

 「奈緒、ただいま」

 「歩、お帰りなさい」

 口づけをした二人は笑い合う。

 「ごめんな奈緒。ずっと明日歩のこと任せっきりで」

 「うん。でも大丈夫だったよ。困ったときはいつでも歩、飛んで帰って来てくれていたし、今日だって、疲れていたのに、ありがとう」

 「当たり前だよ。オレも明日歩の父親なんだから。それに、オレは奈緒のヒーローだからな、お姫様のピンチを助けるのは当然だよ」

 「歩」

 胸に顔を沈めてきた奈緒の髪を、歩は優しく撫でる。

 「奈緒、一つだけ頼みがあるんだけど聞いてくれるか?」

 「何?」

 「明日歩のこと。もう少し長い目で見てくれないか。男の子ていうのはさ、どうしても母親を煙ったがる時期があるもんなんだ。あいつはあいつなりに悩んでいるんだと思う。きっとやっていることも言っていることも間違っているって解っているんだ。俺たちも子離れして行かないとな。少し辛抱は必要だけど、これも明日歩が大人になって行くためなんだ。あいつがしたいようにさせてやろう」

 奈緒はコクンと頷く。

 久しぶりに歩の腕に抱かれ、奈緒は満たされていた。

 翌朝、ブスッとした明日歩が奈緒に進路表を差し出す。

 奈緒が進めた学校ではない名前が記載されていて、つい笑ってしまう。

 似たようなことがあったことを思い出したからだ。あの時も散々大騒ぎして、決めたんだった。

 「俺、陸上部にしたから」

 そう言って胡坐をかいて座ったことを昨日のことのように、奈緒は思い出していた。

 数日後、一枚しか持っていないスーツに袖を通した奈緒が学校に現れ、明日歩は麺を食らってしまった。

 くどいくらい受験校を確認され、奈緒は凛としてそれを崩さなかった。

 「明日歩が決めたことですから」

 何となく明日歩はそれがこそばゆかった。

 

 


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