第一章 不良と正義9
途中、のろのろと躰を重そうに歩いている克己に遭遇した明日歩は、後ろから飛び乗り、大ひんしゅくを買う。
改めてみる明日歩の姿に、克己は笑ってはいけないのだろうけどと言いながら、大爆笑する。
「誰のおかげで、こうなったんだと思っているんだよ」
口をとんがらせて言う明日歩に一応謝るが、まるで心が籠っていなかった。
駅に着き、明日歩は人に見られている気がして、やたら前髪を気にする。
「お前、気合入れすぎじゃねぇ」
言われて、明日歩は顔を赤くする。
セットされたのはいいが、明日歩は自分の姿を鏡で見てこなかったのだ。克己に言われて、初めて頭に金粉スプレーをされていることに気が付いた明日歩である。何かを振り返らえた記憶はあったが、まさかこんなものを用意していたとは思わなかった明日歩は、トイレの鏡を見てがっくり肩を落とす。
童顔である明日歩に、この髪形は全然と言っていいほど、似合っていない。恥ずかしくて仕方がないのだ。
遅れてやって来た知美は、じゃれ合っている二人を見つけ、ホッとなる。
「それにしても壮大だな」
一歩前へ出た知美が振り返り、にやにや言う。
赤茶色の髪を立て、髑髏のピアスをしている明日歩と、デブになった克己と一緒に遊べる日がまた来るとは思ってもみなかった知美である。喜びは、ひとしおなのは、しょうがないこと。本人たちはまるで知らないだろうけど、この二人、女子には人気があるのだ。きっと、気弱な明日歩がこんな恰好をして歩くのは、そう滅多にないことだと思うと、喜びがにじみ出て来てしまう知美なのだ。
知美が面白がって明日歩の前髪を触りまくる。
「止めろよ」
無造作に髪を掻き上げる明日歩を見た瞬間、知美はドキッとして、言葉が出なくなってしまう。
「知美、涎が出ているぞ」
克己に耳打ちをされ、知美は顔を赤くする。
明日歩と喋りながら階段を上がって行く克己の尻目がけてカバンをぶつけた知美が、追い抜いて行く。それをまた克己が追いかけ、久しぶりの感覚に、明日歩は笑い転げる。
二人揃うと、いつもこうだ。
ホームで電車を待っている人たちが、大騒ぎしている二人を訝る眼差しで見ているのに気が付いた明日歩が、克己の上着を引っ張る。
「何だよ明日歩」
「こんな所で、騒ぐなよ」
ボソッと呟く明日歩を見て、克己と知美が二人して顔を見合わせる。
「シンポだ!」
なぜ今ここでその言葉が発せられたのか、明日歩には全く分からなかった。
怪訝な顔をする明日歩を見て、克己が首に腕を回してくる。
「お前も大人になったな。こんな髪をして、こんなもんまでつけている不良少年とは思えん」
克己の言葉に、知美が大きく頷く。
「どういう意味だよ」
克己がニヤッとする。
「君不良。僕、ただの少年」
明日歩はグッと喉を鳴らす。
誰から見ても、今の状態では、克己の言葉が正論だった。
「じゃあさ、陰でオレのこと、ピー助とか言うなよ」
「無理」
克己と知美の声がハモる。
この二人は何かというと、大泣きして登園していた時のことを持ち出しては、明日歩をからかうのだ。
幼稚園の二年間、二人はずっと一緒のクラスだった。
前へ出るのが苦手な明日歩の手を、グイグイ引っ張る知美から奪い返す役目が、克己だった。
どういうわけか、この縮図は誰かに言われたからとかではなく、自然と出来上がっていた。
べそをかく明日歩に、克己はいつも怒るのだ。
「ちゃんと嫌だっていえよ。あんな雌ゴリラ、怖くないやい」
克己はその頃、背が低く、今ほどすばしっこくなかった。ケンカもそれほど強くなかったのだが、負けん気だけは誰よりも強かったのは、明日歩に印象深く残っている。
とにかくサッカーが好きで好きで、その話しかしてこないのだ。
笑っている克己を見て、明日歩はホッと胸を撫で下ろす。
大騒ぎで着いた遊園地で、俄然知美が張り切りだす。
乗り物を三つ乗ったところで、明日歩と克己は飽きはじめているのに、知美だけがやたら元気だった。
「あいつ、性別間違っていないか?」
知美がトイレに行った隙に、克己が明日歩に耳打ちをしてきた。
「確かに。あれが女だと、オレは認めない」
本人いないのをいいことに、明日歩がフンと鼻を鳴らし、胸を反って見せる。
「ぜってー、実は男でしたって言いそうじゃん」
克己が悪乗りをして、合の手を入れる。
「あるある。て言うかあいつ人なの?」
いつもの克己に戻っていた。
嬉しくなった明日歩が相槌を打つと、克己が知美の物まねを始めだす。
ひとしきり笑って、克己が腹を押さえながら言う。
「あいつさ、ぜってートイレから帰ってきたら、乗り物全制覇するわよ。なんて言いそうじゃねぇ」
「言うよ。絶対あいつなら言う。何せ不敵な女だからな」
何も知らずに帰ってきた知美が、さぁ、全部の乗り物に乗るわよと宣言した途端、二人は一斉に噴き出す。
こんなに二人がなぜ笑うのか分からない知美である。
「だって高い入場料、取られてんのよ。当たり前でしょ」
「ケチ女」
「煩い。デブ」
また始まってしまった二人の追いかけっこの始まりである。
閉園時間ギリギリまで粘って、乗り物を全制覇を成し遂げた三人は、流石にクタクタだった。
すっかり暗くなってしまった道を、会話もなく歩いていると、突然、知美が立ち止まる。
「もう少し遊んでいかない?」
知美が、公園を指差して言う。
明日歩と克己は一緒の方角だが、知美は、ここで曲がっていかなければならない。
「いやだよ。もう遅いし」
明日歩がボソッと答えると、知美が腰に手を当てて、だったら送って行ってよと口を尖らせる。
「何で?」
克己と明日歩が声を揃える。
「女の子が、こんな夜道を一人で歩くのは、危険でしょ?」
「女の子?」
明日歩が首を傾げる。
「ここに女の子っていたっけ?」
「克己!」
パッと二人が散り、公園の中を逃げ回る。やっとの思いで克己を捕まえた知美が、克己の頭の上に、何かを置く。
「ま、これからしばらくは受難だろうから、これでも持ってお行き。じゃあね。おやすみ」
知美が後ろ向きで手を振って帰って行ってしまうと、克己は頭の上に乗せられたものを不思議そうに眺め、首を傾げる。
明日歩も、克己の手元を見て呟く。
「合格祈願?」
澄ました顔の地蔵の足元に、ピンクの文字で書かれたお札が、ヒラヒラと風になびく。 「なぞだ」
克己が呟く。
「なぞ過ぎるだろ。やっぱり、不敵な女だ」
明日歩が難しい顔をして、人差し指で眉間を、軽く叩いて見せる。
「バカか?」
その仕草を見て克己は、今にも泣きそうな顔で明日歩を、小突く。
「学校、行きたい」
克己がぼそっと呟く。
「え? まさか休む気だったの? この髪、チミが染めたんだよ。これは共犯者も一緒に、怒られて貰わないと、ボクチンとしては割りに合わないっすよ。頼みますよ。しぇんしぇい」
「先生じゃねーし」
明日歩が克己に、頭を突き当てて行く。
「……分かった。分かった。行きます。行かせて貰います」
「当然です」
「ありがとう」
克己の声は、涙で擦れていた。




