感情
「私の実家は、事業に失敗した父親が多額の借金を抱えて、食べて行くのさえ事欠く事情だった。でも、そんな事情なんて幼い私には理解出来なかったし、兄や姉と引き離された辛さは、私の心を深く傷つけたわ。その夏休み、長男の兄が歩いて、50キロも離れた私の所に来てくれた。わあわあと泣く私に、兄はこう言ったの。美弥、どこに居たってお前は僕の妹だよ。兄ちゃん、姉ちゃんも離れて居たって兄弟だよ。でもね、美弥も寂しいけど、大事にしてくれる叔父さん、叔母さんを両親だと思って、甘えて欲しい。父さん、母さんだって毎日泣いてる。けど、僕は、きっと皆と笑って過ごせる日が来ると思ってるから、父さん、母さんを助けるって強く思ってるからね」
若菜の頬に涙が毀れた。自分とダブル感情であった。若菜の心は動き始めていた。
「でも・・父さんは、間もなく過労で倒れ、天国に行っちゃった。母は、朝晩働き、兄弟達を育てようと必死で頑張ったけど、私のその一番上の兄ちゃんね・・中学を出て働き出してすぐ、工場の機械に巻き込まれて死んじゃったの・・私がそれを知ったのは、中学校にあがる頃だった。何で!何でなの?何で私の家族にこんな不幸ばかり・・私はどうしようも無い気持ちになり、叔父夫婦をなじった。怒ったわ、そんな事を隠していた叔父夫婦に。それからグレ始めて、悪い仲間と付き合うようになった。現実を逃避したかったの。何で、何でなのって思ったわ」
若菜は、この時美弥の手をぎゅっと握った。そして・・
「私・・父さん、母さんの本当の子じゃないって知ってる」
「え!若菜ちゃん」
美弥は驚いた。
「じいちゃんが、一度、電話で話している時に、学校を早退した。クラスの子が、お前は、佐伯家の本当の子じゃないって言ってて・・辛くて、確かめたくて早退したの・・相手は菊野と言う女の人だった。その人が私の本当のお母さん、父さんは、㈱RECの2代目社長だった・・」
「若菜ちゃん、貴女それ・・」
首を振る若菜。
「私は佐伯家の子・・事情なんて分からない。けど、母さんの気持ちは分かるの。でもどうしようも無いから、自分は口を閉ざした」
美弥は再び若菜を強く抱きしめた。その時初めて声をあげて、若菜は泣いたのであった。
少女の心の闇が取り除かれて行く。美弥は、自分が立ち直った理由も若菜に言った。




