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デートインザストーリー

デートインザドリームエンド

作者: フィーカス

 毎度毎度のまえがき。「デートインザストーリー」シリーズの、一旦の最終回となります。

 初めての方は、シリーズの最初から読んでもらえると話が分かると思います。これだけ読んでもわかんないと思いますので。

 ホテルの廊下は、早朝だというのにすでに明かりがともっていた。

 午前四時半過ぎ。今日はスキーができなかった客が多数宿泊しているということで、朝五時から大浴場が開放される。

 普段は誰も通っていない時間の廊下で、佐藤達真(さとうたつま)はジュータンの上を音を立てないように進んでいく。

 三階のとある部屋が開く。そこから、男性が一人出てきた。

「こんな時間に散歩ですか」

 達真が声をかけると、その男性はびくりとして達真の方を見た。

「ちょうどよかった。お話ししたいことがあるんです。ちょっと、下に来てくれませんか」

 そういうと、達人は二階へと降りる。

 大浴場はまだ準備中。その隣の休憩コーナーに達真が座ると、男性も隣に座った。

「実は……」

 達真は、男性にぼそぼそと話を始めた。

 誰も通らない、早朝の休憩コーナーでつぶやかれる、男同士の会話。

「……!」

 達真の言葉に、男性は言葉を失った。

「これが証拠です」

 達真がハンカチに包んだものを男性に見せると、男性の表情は見る見るうちに変わっていく。

「この後どうするかは、僕は知りません。とりあえず、そういうことだ、と言うことを伝えたかったので」

 そういうと、達真はその場から立ち去った。

 男性は頭を抱えたまま、しばらく座り込む。

 しばらくすると、廊下にぽつりぽつりと客の姿が見えた。間もなく、大浴場が開放される時間だ。



 目を覚ますと、目の前にはまだ暗闇が広がっていた。

 目をこすりながら、加藤有子(かとうゆうこ)はゆっくりと体を起こす。

 エアコンは効いているはずなのだが、少々肌寒い。手元のリモコンで設定温度を上げ、デジタル時計を見た。

「五時半……か。もう少し寝てようかな」

 もう一度布団にもぐろうとしたときだった。隣のベッドの布団がめくれているのに気が付いたのだ。

 そこに、同室の三堂成美(みどうなるみ)の姿がない。

 そういえば、五時から大浴場が特別に開放されると言っていたから、そちらに行ったのだろうか。

 成美のことが気になりながらも布団にもぐろうとしたが、ふと尿意を催したので、起き上がってトイレに行くことにした。


 手を洗っていると、トントン、とノックの音がした。

 成美が帰ってきたのだろうか。しかし、成美もカードキーは持っているはず。

 カードキーを忘れて入れなくなった? そうだとすると、もう少し大騒ぎしてそうなものだ。あるいは、携帯電話に連絡が入るか。

 ひとまずタオルで手を拭き、バスルームから出る。

「はい」

 ゆっくりと扉を開くと、そこには濃い茶色の髪の、背の高い男が立っていた。

「ごめん、こんな時間に。起こしちゃったかな」

「あ、小塚先輩。いえ、さっき起きたところですから」

 来客は、演劇部の先輩の小塚進(こづかすすむ)だった。

「ちょっと、話があってね。あれ、今一人?」

 進はちらりと中を見た。有子一人しか出てこなかったので、成美がいないのが気になったようだ。

「成美は今どこかに行っちゃって。多分、大浴場に行ってるんだと思いますけど」

「そうか。二人きりで話したいんだけど、中、入ってもいいかな」

 有子は少し首をひねって、

「はい、どうぞ」

 と中に招き入れた。

「お茶、入れますね。まだティーバッグ使ってないので」

 部屋の電気をつけてそういうと、有子は部屋に備え付けてある、カップ二杯分程度の容量の小さなポットを取り、バスルームの水道で水を入れに行った。

 扉を閉める音が聞こえた後、かちゃり、という音がした。何の音だろうと思ったが、特に気にせずにポットを加温器にかける。

 すでに進は、鏡台の椅子に座っていた。

「それで、お話というのは」

 有子は成美の寝ていたベッドに座って言った。

「一月に起きた二件の事件のことなんだけど」

 進に言われ、一瞬戸惑ったが、

「事件のこと、ですか」

 と、有子は答えた。

「実は、あの事件の犯人が、ついさっきわかってね」

「え?」

 有子が反応するが早いか、進は椅子から立ち上がると、何かを握りしめた右手を振り上げた。

 照明の光でその物の金属部分が反射して眩しい。

 何らかの刃物だと悟り、進が右手を振り下ろして来ると同時に、有子はとっさにベッドの右側に避けた

「きゃっ!」

 進が振り下ろした右手は、ベッドへと叩きつけられる。同時に、進の体も勢いでベッドに倒れ込んだ。

 何が起こったのかわからず、有子はカーペットの上で座り込む。

「い、いきなり何をするんですか!」

 声量の加減がわからず、有子は思い切り声を挙げた。

 すると、倒れたまま動かなかった進が、体を震わせてククッと笑いながら起き上った。

「お前が、お前が有子を殺したんだろ!」

 恫喝する声が、部屋中に響き渡る。

 首を傾け、獲物を狙うような鋭い目。だらりと垂らした両手は、力が抜けているように見えて、隙があればいつでも襲い掛かれる準備ができている、そんなふうにも見える。

 前髪の隙間から見える姿には、いつもの優しい「小塚先輩」の顔はそこにはなく、誰かに復讐するための鬼がいた。

「そ、そんな、私……」

 少しずつ、座り込んだまま後退していく。が、その差を埋めるように進はゆっくりと近づいてくる。

 手探りで、何か身を守れそうなものを探す。が、当然そんなものは転がっていない。せいぜい、予備のスリッパや落ちてきたハンガーくらいだ。

 そうしているうちに、出入り口の扉まで追いつめられる。何とか逃げ出そうと、有子は立ち上がってドアノブを握り、思いっきりおろした。

 だが、扉は開かない。普通なら、ドアノブを降ろして引けばすぐに開くはずなのに、開かない。

「えっ……?」

 何故? さっきは開いたのに。

 パニックになり、ガチャガチャと何度もドアノブをいじるが、一向に扉は開かない。

 振りかえると、進がもう目の前に迫っていた。

 進の左手が、扉に叩きつけられ、有子は一瞬目をつぶる。

 ふと進を中に入れた時の、かちゃりという音のことを思い出した。有子は恐る恐るドアノブの鍵を見る。

「か、鍵が……」

 内扉の鍵がかけられ、チェーンまでされていた。進が入った後にやったのだろう。

 いまさら、内鍵を開けてチェーンを解除している暇は無い。

 こんな夜中だ。いまさら叫んでも、誰もが寝ているだろう。

 ましてや、ホテルの壁は思った以上に厚い。声が届くかすら怪しい。届いたとしても、その頃には……。

 進の右手が上がる。その後ろでは、先ほど仕掛けたポットが、ブクブクと沸騰する音を立てていた。

 その加温器が、カチリ、と電源が切れる音がした瞬間、狂気の顔をした進の右手が上がる。

 もう助からないのか。有子は、最後に思い切って声を挙げた。


「誰か助けて!」


 次の瞬間、ベランダの方からカラカラという音が聞こえたかと思うと、冷たい風がなだれ込んできた。

 それに驚き、有子と進がベランダの方に目をやると、そこには達真の姿があった。

「……小塚先輩、何をしているんですか? そんなことをしても、何も解決しませんよ?」

 達真はベランダの扉を閉めると、ゆっくりと進の方に歩いて行った。

「達真、邪魔をするな! 俺は、こいつが許せないんだ!」

 進は刃物を持った右手を振り払い、達真の方へ振り向いた。

「加藤先輩を殺したところで、佐藤先輩が戻ってくるわけじゃないんです。それは、わかってますよね」

「うるさい、そうだとしても、俺は……」

「そんなことしても、佐藤先輩は喜びませんよ。早くやめてください」

「うるさい!」

 進はいきり立って、達真に向かって右手を左から右へと振る。

 達真は間一髪でそれをかわす。が、刃物の先が衣服に触れたのか、着ていた洋服の右肩部分が切れ、うっすらと切り傷を負った。

「達真君!」

 思わず有子が声を挙げる。

 その間にも、進は達真に刃物をぶつけようとする。達真は、ベッドにある枕で何とか応戦する。

「加藤先輩は、誰か助けを呼んでください。こっちは、僕がなんとかしますから……っ!」

 進の攻撃に応戦しながら、達真は有子に告げる。

 体格差からして、長くは持たない。有子は扉の鍵を開け、チェーンを外して扉を開けた。

「誰か! 誰か助けてください!」

 大浴場に向かう客がいないかと期待し、廊下中に声を響かせるが、残念ながら誰も客はいなかった。

 三階の客室の扉はすべて閉まっている。全員が寝ているとしたら、異常に気が付いて誰かがやってきてくれる可能性は薄い。

 かといって、客室の扉を一つずつ叩いて回る時間もない。そんなことをしている間に、達真は進に刺されてしまうかもしれない。

「どうすれば、どうすればいいの……?」

 あたりを見回していると、ドン、と部屋の中から音がした。

 有子が振り返ると、進が達真に突き飛ばされ、鏡台にぶつかったところだった。だが、進はすぐに起き上がって達真に襲い掛かる。

 その時の振動で、充電していた携帯電話が鏡台から落ちたのを見て、有子はふと考えた。

「そうだ、あの人なら……」

 有子は鏡台に向って走ると、すぐに携帯電話をつかんだ。

「この野郎、待て!」

 進が有子を標的に右手を振り上げるが、達真が後ろからシーツを進の顔に巻き付けてベッドに押し倒す。

 その隙に、有子はその場から離れ、アドレスから電話番号を選んで通話をする。

 この部屋から離れたいが、達真のことが気になり離れられない。

 プッ、プッ、と接続の音が数回し、トゥルルル、と繋がった音が有子の耳に入った。

 早く、早く出て。出ないと、達真君が……

『もしもし、加藤さん、どうしました?』

 有子の思いが通じたのか、三コールほどで相手が電話に出た。

「鹿屋さん、助けてください! 達真君が、小塚先輩に襲われてるんです!」

 電話の相手は、警察の鹿屋警悟(かのやけいご)だった。昨日、早朝からパトロールという名目でうろついているのを思い出し、この時間なら起きているだろうと電話したのだ。

『落ち着きたまえ。加藤さんは、今自分の部屋かね?』

「はい、304号室です」

『わかった、すぐに行くが、まずいと思ったらその場から離れるんだ』

「わかりました、お願いします、急いでください!」

 言い終わるか終らないかの内に、有子は携帯電話を耳から放し、通話を切った。

 そして部屋の様子を見ようとした瞬間、目の前には進の姿があった。

 一瞬にして、背筋が凍りつく。逃げようにも、金縛りに遭ったようにうまく体が動かせない。

 部屋の奥を見ると、達真が苦しそうにカーペットの上で倒れていた。おそらく、進に一発浴びせられたのだろう。

「た、達真君!」

 声を挙げるのが先か、進の持った刃物が、有子に襲い掛かる。

「……っ!」

 距離があったためか、先ほどの達真との応戦で力が入らなかったのか、その刃物は狙いを反らす。しかし、有子の左肩を襲い、浴衣とともに皮膚を切り裂く。

「痛っ!」

 刃物に触れた勢いと、痛みに押され、有子はその場に倒れ込む。入り口の近くにいたため、体が部屋から投げ出された。

 倒れ込んだ有子に対して、進はすぐさま追撃しようと、右腕を挙げる。

 左肩を抑えながら、有子は後ずさりをしようと必死になるが、片手だけではそれもままならない。

 鹿屋さんは間に合わなかったか。そう思いながら、有子は目をつぶった。

 

「おい、何やってるんだ!」

 階段の方から、大人の男の声が聞こえた。

 有子がそちらを見ると、鹿屋の部下の山下がこちらにやってくるのが見えた。

 その後ろに、鹿屋が続く。

 進もそれに気が付いたのか、振り上げた右手をおろし、「チッ」と舌打ちをしながら反対方向に逃げ出した。

「待て!」

 その後を山下が追いかける。

 進は達真とのやり取りで体力を消耗しているのか、大したスピードは出ず、すぐに山下に捕らえられた。

 その間に、鹿屋は有子の元に駆けつける。

「加藤さん、大丈夫かね。左肩に傷を負っているようだが」

「私は大丈夫です」

 肩の傷がそれほど深くないことを確認すると、鹿屋は一人では取り押さえるのに苦戦している山下の加勢に入った。

 細身の山下だけでは暴れて抑えきれなかったようだが、二人に抑えられ、進はまともに動ける状態ではなくなった。

「は、放せ!」

「おとなしくしろ、我々は警察だ」

 そういうと、山下と鹿屋は警察手帳を進に提示した。

「け、警察? 何でこんなところに」

「君たち学校の生徒が巻き込まれた事件があっただろう。その事件を調べていて、ここにいるのだよ」

 進は鹿屋の話を聞いて、すぐさまおとなしくなった。

「まったく、ここにきてこいつを使う羽目になるとはな。まさかと思って、念のために持ってきてよかったよ」

 そういうと、鹿屋はポケットから手錠を取り出し、進の両手にかけた。

「えっと、小塚進君、だったかな。傷害の現行犯で逮捕する。山下、時間は?」

「六時三分。すぐに、県警に連絡します」

 山下は鹿屋に進のことを任せ、携帯電話で連絡をした。

 ちょうど、多くの客が起きる時間帯だったのか、この騒ぎを聞いたのか、客室から次々と泊り客が顔を覗かせた。

 その中には、有子の隣の部屋の栗畑千香(くりはたちか)三波彩花(みなみさいか)、そして高野達人(たかのたつと)佐藤有斗(さとうゆうと)新名太志(にいなたいし)の姿もあった。

「何か外が騒がしいけど……って、学校にいた刑事さん? しかも、小塚先輩、どうしたんですか?」

 目の前の光景に、思わず千香は混乱した。

「か、加藤さん、その怪我は……」

 達人は有子の肩の怪我を見て、そばに駆け寄った。

「私は大丈夫だけど、達真君が……」

 そういうと、有子が自分の部屋の中を指さした。

 それと同時に、中から達真が、よたよたと足取り悪く出てきた。

「達真、どうしたんだ? ふらふらしてるけど」

 太志が達真のそばに駆けつけ、肩を貸す。

「僕は大丈夫です。それより、小塚先輩は……」

 達真がそういってきょろきょろとあたりを見回すと、鹿屋に取り押さえられている進の姿を見つけた。

 それを見て、達真はフッと頬を緩めてつぶやいた。

「なるほど、頼もしい味方がいたんですね」

 

 進が逮捕されて数十分後、何人かの警察官がやって来て、進の身柄を確保した。

 鹿屋と山下がホテルの従業員に説明を行い、宿泊客にしばらく自室にいるように指示を行った。

 同じ頃に、成美が風呂から上がって部屋に戻ってきた。千香には「こんな時に、どれだけ長風呂してるのよ」と言われ、有子には「よくのぼせなかったね」と突っ込まれた。

 有子たちも自室にいるように指示されたが、有子と達真の手当てが終わると、達真は「ちょっと二人で話したいことがあるので」と、有子以外を自分の部屋である305号室から追い出した。

 鏡台の前の椅子に座る有子を後目に、達真はポット取り、水を注ぎに行く。

 明るい室内とは対照的に、重い空気があたりを包む。

 会話のきっかけがつかめないまま、時間だけが過ぎる。

 達真がポットをセットし終わると、ベッドに座ってポットの方をじっと見た。

「えっと、達真君、話って」

「ちゃんと忠告、聞いてくれたんですね」

 有子が話掛けようとすると、それにかぶせるように達真が話し始めた。

「忠告って?」

「窓の鍵を開けておいたほうがいい、という忠告です。僕の忠告を聞かずに窓に鍵をかけていたら、すぐに助けに行くことができませんでしたから」

「確かにそうだけど、どうしてそんなことを?」

「なんとなく、ですよ」

 そういうと、達真は湯呑を二つ、鏡台の前に準備した。

「僕は、有斗に頼まれて、あの二つの事件のことを調べていた、と言うことはお話しましたよね」

 達真が二つの湯呑にティーバッグを入れると、ちょうどふつふつと沸かしていたポットのお湯が沸き、加温器のスイッチが切れた。

 それぞれの湯呑にお湯を入れると、「飲みますか?」と片方を有子に渡した。

「佐藤先輩の事件、凶器が見つからなくて、決め手に欠けてたんですよね。警察は現場周辺からしらみつぶしに探したそうですけれど、まったく見つからなかった。多分、犯人が持ち去ったのだろう、と言う結論に達したのです。刺し傷から見て、ドライアイスや氷のようなもので刺したとは考えられませんしね」

 そういいながら、達真は自分のかばんから、がさごそと何かを探していた。そして、ハンカチに包んだ何かを取り出した。

「本当に強盗犯、あるいは知らない誰かの犯行かもしれませんが、もしかしたら、うちの生徒の誰かじゃないかと思って、期待しないで佐藤先輩のクラスのごみ箱を、誰もいないときに漁ってみたんです。そしたら」

 達人は、有子の目の前でゆっくりとハンカチを広げて、包んであるものを見せた。

「本当に偶然ですけど、こういうものが見つかったんですよ」

「これは……」

 黄色いプラスチックの柄のカッターナイフ。その裏面には、「加藤」と書かれていた。

「学校のごみ箱なんて、誰も調べないと思って捨てたんでしょう。でも、可燃ごみの廃棄日が翌日だったので、見つけることができたんですよ」

 達真の説明に、有子は何も言うことができない。

「このカッターナイフ、念のために洗っているようですけど、急いでいたためか、細かいところで抜けてるんですよね。表面はきれいに洗えてるように見えても、例えばほら」

 そういうと、達真は後ろの留め具を外してカッターを分解した。すると、カッターの刃の両サイドの後ろ部分、留め具の先、そして柄の内側に、赤いものが付着しているのが見えた。時間が経っているためか、既に乾ききっている。

「水で多少流されているので確実とは言えませんし、時間が経っているので乾いてしまっていますが、ここに付着しているものと佐藤先輩の血液、そしてこのカッターの刺し傷が一致するかを調べれば、これが間違いなく凶器であると証明できるでしょう」

 そう言うと、達真はカッターをもとの形に組み立て、ハンカチにくるんでかばんにしまった。

「……最初から、私が犯人だって、わかってたの? だから、私のクラスのごみ箱を、最初に?」

「最初からわかるはずないですよ。ただ」

 達真はそういうと、お茶を一口飲んでのどを潤した。

「佐藤先輩の遺体にも、殺害現場にも、あまり佐藤先輩が抵抗した跡がなかったんです。物取りの犯行なら、少しは抵抗した跡があってもおかしくないはずなんですけど、そんなものはなかった。つまり、犯人は佐藤先輩の顔見知りであると考えられます」

「そう、なんだ……」

 有子に手渡された湯呑は、一口も手を付けられないまま、徐々に熱を失っていく。達真の話を聞きながら、有子はずっと下を向いたままだった。

「それに、僕は女の人が、あの日に屋上に上がって行ったのを見たんです。普段は通らないんですけど、あの日はちょっと用事があって。あの時は、あまり気に留めてなかったんですけど、事件があってから、あれが誰だったか調べたんです。そしたら、特徴から加藤先輩だと気が付いたんです」

 最後まで言い終えると、達真は持っていた湯呑のお茶を全て飲み干した。

「達真君は、今回の事件、全部わかってたんだね」

「いえ、まだわからないことはありますよ。でも、なんとなく、いろいろなことを合わせて、事件の状況が推測できたんです」

 そういうと、達真は椅子から立ち上がり、カーテンの前に立った。

「有斗の姉さん、彼女はあなたに何か伝えることがあって、動物園前駅のトイレに、あなたを誘った。おそらく、彼女はあなたに殺される覚悟をしていたのでしょう。でも、あれだけ発見が遅れたのは、多分彼女がわずかにあなたに信頼を置いていたからでしょう。親友なのだから、それを伝えても、きっと何もしないだろうと。しかし、彼女がそれを伝えると、あなたは怒って彼女に襲い掛かった」

 そこまで言って、達真はカーテンを開けた。外はまだ暗く、雪が降っていること以外ははっきりとわからなかった。

「それでも、彼女は抵抗しなかった。こうなることを知っていたから。そして彼女はあなたに殺されてしまった」

 達真の話を聞いていくうちに、有子の目から大粒の涙がこぼれ始めた。

「ユッコ、私……」

 湯呑の中に涙が落ちるのも構わず、有子は涙を流し続ける。

「本当は、もう少し早い段階で、直接話した方がよかったのかもしれません。しかし、僕がいきなり加藤先輩に話しかけるのは不自然だった。最初は、三波先輩あたりから近づこうと思ったのですが、たまたまスキー旅行に行く、と言うことだったので、何とか利用しようと思ったんです」

 達真は窓の外の景色を見ながらも、鏡台の椅子に座った。

「それで、一番佐藤先輩を殺した犯人を恨んでそうな小塚先輩に、僕の推理を全て話し、証拠として凶器を見せたんです。小塚先輩、どうやら佐藤先輩のことが好きだったみたいですから。もしかしたら、反応によっては事件のことを話すきっかけになるかもしれない、と。まさか、あなたを殺そうとするとは思いませんでしたが、念のため窓の鍵を開けさせておいて正解でした」

 達真が話を続けても、有子は流れる涙を止めようとしない。

「僕が話せるのはこれくらいです。リフトの時に話したように、僕は犯人には自首して貰いたいと思ってます。それまでは、証拠も提出しないし、証言もしません。そもそも、僕が重要な証拠を持ってるなんて、警察の誰一人思っていないでしょうから」

 達真は最後まで言い終わると、しばらく有子の様子を眺めた。有子は一度だけ頷いたように見えたが、それ以降は、俯いたまま動こうとしない。

「もう少ししたら、小塚先輩のことで事情聴取があると思います。もし警察に話すことがあるなら、その時に言うとよいと思います。その時は、僕も手伝いますから」

 有子はやはり、数度頷くだけで、泣き止まない様子だった。達真もどうしたものかと、頭をひねった。

「冷たい飲み物でも買ってきましょうか。たしか、栗畑先輩が持ってきたのは、三堂先輩が全部飲んでしまったので、二階の自動販売機に行ってきます」

 達真が財布を持って出ようとした瞬間、有子は達真の手をつかんで止めた。

「……大丈夫、私が行ってくる」

 涙を浴衣でふき取り、有子は立ち上がった。

「もう少し、落ち着いてから動いた方がいいと思いますよ」

「ちょっと、外に出ていろいろ考えたいから」

 そういうと、有子は湯呑をテーブルに置き、ふらふらと外に出た。


「財布も持たないで、加藤先輩はどこに行くんでしょうね」

 達真はひとり言をつぶやくと、自分の湯呑にお湯を注いだ。

 

 既に犯人が捕まってるためもあってか、廊下には警察官はほとんどいなかった。

 もっとも、有子の部屋である304号室は三人ほど現場検証をしており、まだ事件の真新しさを感じた。

 一応廊下にいた警察官に確認を取り、二階に降りる階段へと向かった。

 廊下を歩く途中、達真の話をずっと思い返していた。

 事件のこと、自分がやったこと。

 そして、最後に、恋人である田上健二(たのうえけんじ)に、学校の屋上で言われたこと。


「自首してくれ。俺は、有子が罪を償うまで、待っているから。『加藤有子の彼氏』として」


 達真がすべて知っている以上、事実が明るみに出るのも時間の問題だろう。

 だったら、すべて話そう。健二のために、そして、自分のために。

 鹿屋と山下は、まだ戻ってきていない。彼らが戻ってきた後に、事情聴取が行われる。その時に。

 そして、下り階段に差し掛かった時だった。


「さっきの話、本当?」


 背後から声がしたかと思うと、声を出す間もなく、有子は背中を押され、体が宙に浮いた。

 そのまま階段を転がり、そのたびに全身を強く打っていく。

 そして、階段の途中の狭い踊り場まで行くと、さらにそこを転がり続け、突き当りの壁で強く頭を打った。

 後頭部の痛みとともに、生暖かい液体が首筋を伝って下にぽたりと落ちる感触。

 意識を取り戻そうと目を開くと、階段の上で、一人の女性が立っていた。

「……だれ……?」

 その正体を確かめようとするが、頭が回らない。

 視界が徐々にぼやけてきて、目を開く力も入らない。やがて有子は、そのまま意識を失ってしまった。



 一階のロビーでは、鹿屋と山下が、小塚進の傷害事件の処理を行っていた。

 犯人である進は確保したものの、いまだに数台のパトロールカーがフロントを行き来している。

 入り口では見張りの警察官が配備され、フロントでは室内の客の対応で追われていた。

 朝食の時間が近いこともあり、その準備に関しては許可したが、他にも対応するべきことは山ほどあった。

「早朝だと、こんなにもうまくいかないものかね。まったく」

「今日は日曜日ですからね。非番取ってる人も多いんですよ」

「警察に日曜日は関係ないぞ。少したるんでるんではないかね」

 鹿屋と山下は、フロント付近で指揮を執っていたが、なかなか進まない処理に、鹿屋はいら立っていた。

「あまり客を待たせるわけにはいかないな。早いところ、調査を終えなければ」

「鹿屋警部、三階の会議室を、事情聴取用の仮設取調室として確保しました」

 若手の警察官が、鹿屋に告げると、鹿屋はご苦労、と言って荷物を抱えた。

「よし、山下、始めるぞ」

 鹿屋は山下を引き連れ、階段へと向かった。

 

「エレベーターが使えないのはきついですね」

 山下は階段を昇りながら、鹿屋に愚痴った。エレベーターは、現場検証のために全階層で停止されている。

「近頃の若いもんは、文明の利器に頼り過ぎだ。少しは体を動かさんとな」

 フロント前とは違い、妙に静まり返った階段。二階に昇ると、やはり静かなフロアに、自動販売機のブーン、という音しか聞こえなかった。

「そういえば、大浴場はもう開いてるんですよね。後で入りましょうよ」

「馬鹿か。今は事件のことをだな……」

 鹿屋が二階から三階への階段を数段昇った時だった。

 二階と三階の階段の途中の踊り場に、誰かが倒れているのが目に入ってきた。

 もう少し昇ると頭から血を流しているのも確認できた。

「あれは……!?」

 慌てて鹿屋は、倒れている人物に駆け寄る。

 顔を見ると、加藤有子がぐったりとしているのがわかった。

「か、加藤さん! 聞こえますか?」

 肩を叩きながら、意識がないかを確かめる。が、動く気配がない。

 呼吸を確認すると、かすかに息を感じた。どうやら、頭を強く打って意識を失っているだけらしい。

 しかし、よく見ると出血の状態がひどい。放っておくと、命に係わる。

「山下、急いで救急車を呼べ! それと、応急処置ができる者を呼んで来い!」

「わ、わかりました」

 山下はすぐに一階に降り、助けを求めた。

「誰かいないか!? けが人だ!」

 鹿屋が大声で叫ぶ。しばらくすると、三階にいた数人の警察官がやってきた。

 誰もが有子の出血を見て、状況を理解する。

「止血をするから、その道具を! それと、303号室から306号室の客を呼んできてくれ! 彼女の知り合いだ。それと、フロントに、客の誰か医者がいないか聞いてくれ」

 鹿屋が指示すると、警察官たちは、すぐに行動した。

 そうしているうちに、一階から応援がやってきた。

 懸命に止血する鹿屋。有子の顔色は、どんどん悪くなっていく。

 なんとか助かってくれ。この事件の解決には、君の力が必要なのだ――


 消防署が近いこともあり、数分で救急車が到着し、有子は担架で運ばれていった。

「有子、大丈夫かな」

 救急車に入っていく有子を見守りながら、千香がつぶやいた。

「応急処置は施したが、出血が激しかったからな。急いで手術しなければ、まずいな」

 鹿屋も、有子の様子を見ながらつぶやいた。

「でも、本当に鹿屋警部がいてくれて、助かりました。もしいなかったら、有子、どうなっていたか」

「警察がその場にいて事件を止められなかったら、まったく意味ないよ」

 鹿屋は皮肉交じりに言うと、ロビーの椅子に腰を下ろした。

「やはり刑事は、事件が起きてからじゃないと、役に立たないものかね」

 ぼそり、と鹿屋は空に向かってつぶやいた。

 それから間もなく、一人の警察官が、鹿屋の前にやってきた。

「鹿屋警部、受け入れ可能な病院は、一軒しかありませんでした」

「じゃあ、そこに運べばいいじゃないか。わざわざ聞くな」

「しかし、その病院は、例の……」

「ああ、なるほど。しかし、今はそんなこと言ってる場合か? 早くしなければ、彼女の命が危ないんだぞ!」

「は、はい!」

 鹿屋にどやされ、警察官は慌てて救急車に向かって指示を出した。

 間もなく、救急車はホテル前を出発した。

「鹿屋警部、その、有子が運ばれる病院って、何か問題があるんですか?」

 先ほどのやり取りが気になって、千香は鹿屋に尋ねた。

「ん、ああ、君たちは気にすることはない。こちらの都合でね、あそこの病院はよしたかったのだが……」

 鹿屋は両手を組み、その上に額を載せてテーブルの上で俯いた。


 まったく、十八年前と同じだな、これでは。



 市内のとある病院。

 緊急の救急車が一台、救急治療棟の裏口に到着すると、一台の担架が緊急治療室に運ばれた。

「また緊急の患者さん? 最近多いんじゃない?」

 その様子を見ていた看護婦二人が、廊下でこそこそと話していた。

「でも、この前のは驚いたわね。まさか、警察からあんなことを言われるなんて」

「いいのかしら、あんなことやって。いくら警察からのお願いだからって」

「お願いじゃなくて、命令なのよ。しかし、本当に大丈夫なのかしら」

「さあ、ばれたらどうなるのかしらね。あ、そういえば今日、私その患者さんの当番だったわ」

「あら、大変ね。じゃあ、こっちはこっちの作業があるから、また帰りにでも」


 二階の病棟、255号室。

 普段はめったに人が入らない、特殊病室。

 その中に、その少年はいた。

 もう何週間、ここにいるのだろう。

 幾重にも生命維持装置で繋がれ、植物状態といっても過言ではない状況。

 機械の示す数値やグラフといったものしか光源がない、ほぼ暗闇の室内。

 緊急治療室に一台の担架が運ばれたその日、少年は、誰も知らぬまま、一言だけ言葉を発した。



「ユウ……コ……」

 とりあえず、書きたいところまでは行きました。

 最初はたった3000文字程度のショートショートのつもりだったのですが、いろいろ伏線を拾っていくと、なんだかえらい長い話になってしまいました。

 最初から追いかけてくれた人は、長い間読んでいただいてありがとうございました。


 もちろん、えらい中途半端に終わってますし、事件も完全には解決していません。新しい事件が発生したし(汁

 続編の構想はありますが、たぶんしばらく書きません(←

 短編で細切れでやってきた連載形式としては、ひとまず今回を最終回とします。で、一旦連載で最初から書き直そうと思っています。

 連載としては、高野達人がトラウマになった事件である、「高野達人編」、田上健二と佐藤有子(加藤有子)との恋愛を描いた「田上健二編」、今回短編形式の連載の核となった、「加藤有子編」、そして、事件解決となる「鹿屋警悟編」を考えています。

 本当は、「三波彩花編」とか、「栗畑千香編」とかも考えてるんですけどね。それっぽい伏線も入れてますし。


 恋愛トラウマのきっかけとなった、達人の初恋とは?

 田上健二と佐藤有子(加藤有子)は、どのような恋愛をしていたのか?

 事件の本当の真相とは?

 有子を突き落したのは誰? 有子は大丈夫なの?

 最後の病室のセリフの意味は?


 連載になったら、ここら辺のことを書いていきたいと思います。


 では、たぶん半年後になると思いますのでそれまでは他の小説をお楽しみください(コラ

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