舞闘会への招待状
たくさんの応援をいただき、ありがとうございます。
番外編を書きました。
私は婚約者のゲルトルートに、一枚の紙を差し出した。
ここは彼女の家のサロンで、晩餐の時間までゆっくりさせてもらっているところだ。
『義理の妹になる予定のカタリーナ嬢の、新たな婚約者へ名乗りを上げた紳士諸君へ
彼女は以前の出来事で傷ついたせいか、縁談にあまり乗り気ではない様子だ。
そこで、彼女に貴君らの勇姿を披露する場を設けてみようと思うが、どうだろうか。
普段の言動から、彼女は強い男を好むように思う。
参加を希望する者が三名以上集まるようなら、舞闘会を開催するつもりだ。
興味があれば、ぜひ意向を聞かせてほしい』
「トルーデ、これをどう思う? 悪くない催しだと思うのだけど」
トルーデというのはゲルトルートの愛称だ。
「あの子、別に落ち込んでいないわよ? 行儀作法を放り出して、喜んでいるくらいだもの」
ゲルトルートは「困った子なの」と言いながら、優しい顔を見せた。
「このまま時間が経ったら、将来どこにも嫁げない猿になってしまうよ。
叩き込まれたマナーが抜けないうちに、嫁ぎ先を見つけた方がいいと思う」
「相変わらず毒舌ね。ひどいわ。あんな可愛い子を猿だなんて」
ゲルトルートに、パシリと腕を叩かれた。親しい人にしかやらない振る舞いに、頬が緩む。
「いや、普通のご令嬢は婚約者に回し蹴りはしないよ」
浮気者を成敗するのはいいと思う。だが、人前でスカートを持ち上げ、太ももからズバンと勢いよく蹴るのは……はしたない。淑女のやることではないだろう。
「猿だって回し蹴りはしないわ。
あら、どの動物ならするのかしら……馬とか?」
ゲルトルートは、妹の蛮行が気にならないようだ。
「話が脱線しているよ」
どさくさに紛れて彼女の両手を握り、こちらを向かせた。
「あら、ごめんなさい。
この催しで気になることよね。
そうね……あの子を、優勝した人にトロフィーをあげるような扱いはしないで」
少し語気が荒くなった。
「それなら、『あくまで彼女にアピールする場であり、優勝者が婚約者になるわけではない』と書き加えよう」
「ええ、そうしてちょうだい。
それで、何で競い合うの? 剣、馬上槍、体術とか?」
「ああ、しまった。
貴族だから騎士の御前試合を想定していたけれど、カタリーナはつまらないと言いそうだ。
それぞれが得意分野で戦う感じにすればいいかな? 流派を問わないというか……」
「――どういうこと?」
「試合の舞台を作って、その中で戦うんだ。倒れるか降参するか、そこから出たら負け。武器は木製のものとする」
ゲルトルートは少し考え、
「普通に考えたら、そうよね」
と意味深な言葉を残した。
夜になり、家族の晩餐が始まった。
そう遠くない未来に、本当の家族として参加できる日が待ち遠しい。
カタリーナに試合のことを話すと
「一対一? それとも乱戦?」
という質問が返ってきた。
「当然、一対一だろう。……え? 団体戦ではなく、乱戦?」
思わず、下町で喧嘩をしている男たちの絵面が浮かんだ。
「本当の強さは、お上品な大会ではわからないと思うわ」
見た目は可愛い淑女の口から出る言葉ではないと思う。
決闘とか男の美学とか……そういうものとは、かけ離れた話になっていないか? なんと野蛮な女なのだ。
「では、どういう大会にしたいのかな?」
「そうねぇ。山頂スタートで、森を抜けてゴール。途中で何かを仕留めて持ってくるの。
障害物や刺客を配置しても面白そう」
それはもう、サバイバルだな。貴族令嬢のお相手捜しではなく、兵士や傭兵の訓練だろう。
「カティ、急ごしらえの行事なのだから、そんなに予算はないわよ?
会場を借りて、怪我人のために医師を手配して、軽食を用意するくらいしかできないわ」
彼女たちの母が、現実的なことを言ってくれた。
事前にご両親には話を通しておいてよかった。
だが、しかし――予算の問題だけですか?
カタリーナの話がツッコミどころ満載だと思うのは、私だけなのか。
「それなら、次の舞踏会のドレスを作らないで……」
カタリーナは良いことを考えたというように、明るく言った。
「もう。そんなのとっくに注文しているわ。
我が家のように爵位が低い者は、先回りして動かないと。高位の方々が無茶を言い出して、後回しにされたら大変よ。
こんな時期にキャンセルなんて、お店に迷惑でしょう」
ゲルトルートは店や職人のことまで配慮している。言い方は少しキツいが、優しいのだ。
「そういうことでは、ないかな……」
私は困った顔を作り、カタリーナの予算流用に対して、柔らかくツッコミを入れておく。
未来の妹よ。舞踏会に去年来たドレスで行くとでも言うつもりか?
それは、かなりみっともない。財政が苦しいと見なされ、契約で足元を見られたり……いいことはないのだぞ。
「それならば、大会の方を中止するよ。ただの思いつきだし」
婿入りする立場で婚家の立場を悪くするなど、とんでもない話だ。
カタリーナが早く嫁に行ってくれないかと思っただけなのだ。
「いいえ、やりましょう! 低予算でも」
カタリーナは勢い込んで、賛成してくる。
ゲルトルートもご両親も、ニコニコと微笑んでいる。
カタリーナが乗り気になってくれたなら、実行できそうだ。
彼女が素直に婚約者を選んでくれるか、ちょっと不安は感じるけれど……。
ドレスをキャンセルしかねない妹の会話を、遮ることなく聞いている当主に目をやった。
「途中の理屈がおかしくても、最終的には常識的なところに落ち着きます。
心配するより、楽しんで会話を聞いていればいいのです」
姉妹の父は、ワインを美味しそうに飲んだ。
大物というか、呑気というか……。
いずれこの家族のノリを楽しめるようになるのだろうか。
私の胃に穴が空くほうが先な気がしてきた。




