妹も考える
婚約者は、貴族としての自覚がない男だった。
自分もそうだから、まあいいかと婚約を受け入れた。断るという選択肢は、なかったけれど。
我が家が属する派閥のお偉方に、婚約者の家が管理している港を利用したいという思惑があったらしい。
だが、幼なじみの存在があり、自分の娘はやりたくない。ということで、弱小貴族の我が家が貧乏くじを引いた。
はっきり言って、あんなヒョロ助は、どうにでもできると思っていた。
もし結婚しても変わらなかったら、腕力で思い知らせる。
浮気の証拠を突きつけて、慰謝料として港の使用権を獲得できれば、離婚しても構わないだろう。
夜会で婚約者に放置されて、所在なく佇んでいたら弁護士をしている男爵のご令嬢が友達になってくれた。
だから、いろいろと教えてもらっている。結婚する前に決めておくとよいことや、離婚する時の注意点など。
彼女は理屈っぽいせいで、女の子の友達ができなかったらしい。
「貴族」なんて上品ぶっているが、大昔にご先祖様が領地ぶんどってヒャッハーした生き残りだろう。
みんな、武闘派の子孫だぜ? 気取っているのが、ちゃんちゃらおかしいわ。
――護身術を習った師匠がこんな考え方の人だった。
だから、私のことは「先祖返り」とでも考えてくれればいい。貴族として生まれたのに、今どきの貴族社会にいつまで経っても馴染めない。
馬鹿な男には、時が来たら思い知らせる。
お茶会で婚約者の自分語りを聞かされるより、嫁ぐ家の使用人を観察する方が有意義だった。
人事権を握ったら、解雇するか残すか……そんな選別をしながら眺めるのも悪くない。
私は体の線が細くて、垂れ目で、ちょっと舌っ足らず。そんな外見に惑わされて、侮っている使用人は解雇してやる。
あら、真っ先に婚約者の専属侍従を解雇しなければ。
幼なじみとやらが乗り込んできたら、張り手をかまして、身の程をわきまえさせる。良い子になったら、旦那専用の娼婦としてお手当をあげましょう。
居場所を与えて、人質にすればいい。「彼女の命が惜しくありませんの?」と、旦那様に悪役のように言ってやろう。
――そんなふうに、今後の計画を練っていればお茶の時間などあっという間だ。
出されるお菓子は素朴だけど味はよかった。師匠の家でいただいたお菓子を思い出すから、どちらかというと嬉しいくらい。
そう思っていたら、頼もしいお姉様が、がつんと婚約者の家を叱ってくれた。
もっと早く相談しなさいと、叱られちゃったけど。
お母様とお姉様は女性の戦いに詳しい。
私はそれを避けて生きてきた。その代わりに男性の世界を少し知っている。
男性も嫉妬する。
名誉が絡むと、男は怖い。えげつない手を使う人もいる。
そういうのを情け容赦なく暴露して、社会的に抹殺したことがある。
そのとき、師匠から「恥をかかせて恨みを買うのは危ない。仕返しされない工夫をしろ」と説教された。
だから、お姉様が心配するほど、箱入り娘じゃないのよ?
それを言ったら外出禁止とか言われそうだから、内緒にしているけれど。
婚約がなくなったので、筋トレを再開した。お姉様がすっ飛んできて、「新しい婚約者を見つけないといけないのに、ムキムキになってどうするの」と邪魔された。
それから、まだ婚約解消の条件を詰めている最中だと訂正された。派閥の上層部が出張ってきて、面倒なことになっているらしい。港の使用権を何としてでも手に入れたいのね。
家はお姉様が継ぐのだし、婿に来てくれる人がいるのだから、私は自由にしてもいいと思うのよね。
貴族の社交術を磨くより、平民として生きていく術を磨きたい。
向き不向きの話で言うなら、私は貴族に向いていないと思うのだ。
もしくは、武芸を極めて護衛騎士になるのはどうだろう?
その場合、師匠の教えをいったん忘れて、正当派の剣筋を覚えなければいけないのだが。
そうこうしていたら、辺境伯からご子息の釣書が送られてきた。
南の辺境伯と東の辺境伯。
正式に婚約解消が成立していないのに、耳が早いこと。
王都では一部の人にしか知られていなかったのに、婚約解消の騒動で、私が武闘派ということが噂になってしまった。
元婚約者が暴力を振るおうとしたから、反撃して、叩きのめした。
そうしたら静かになったし、婚約解消の話し合いも一気に加速した。
やはり拳。拳が全てを解決する。
騎士団長からも息子の嫁にと言われたが、王都の騎士団は華やかな社交があるからお断りしたい。
辺境でのびのびと暮らすのも悪くないのだが、里帰りしにくそうなのが大きなマイナス。
元婚約者は後継者から外されて、領地に籠もることになったという。
学園を中退したから、もう貴族社会には戻れない。
使用人の娘がそれについていったのかは知らないけれど、元婚約者はこれから田舎でのんびりできるのだ。
そう思うと、羨ましい。
好き勝手やって、自由なカントリーライフを獲得するなんて、うまくやったものだ。
新鮮なお魚が食べられる環境は、きっと天国だろう。
どこかに、都合のいい旦那様は落ちていませんかね。




