姉だから、心配する
しばらくして、妹に婚約者同士のお茶会の招待状が届いた。
筆跡は本人じゃないらしい。自分の親に「ちゃんと交流しています」とアピールするためだろう。
実際、うちの両親も良好な関係を築いていると思っていた。
当日、強引にわたくしもついていく。
「お姉様、わたくしだってちゃんと言えるわ」
のんびりと妹が言ってくる。
今まで言えていないからこんなことになっているのでしょう?
わたくしの迫力に、妹の侍女がビクッと肩を揺らした。わたくしの侍女は、気の毒そうに彼女を見た。
玄関で出迎えた従僕が、驚いた顔をした。わたくしは招かれざる客ですものね。
「マナー違反は承知のうえよ。
けれど、六回も妹が一人で放置されたそうなので、話し相手に来ましたの」
そう言ってやれば、従僕は唇を噛んだ。
感情を出しすぎていますけれど、この家の使用人は教育されていないのかしら?
「ご子息、今日はいらっしゃるの? いらっしゃるなら、わたくしは帰りますけれど」
そう挑発してやると、従僕は黙ってサロンに案内する。
今日もすっぽかしか。
そして、使用人たちもグルか。
ソファーに座り、お茶を出されるのを大人しく待つ。
さりげなく茶菓子をチェックすると、一人分のように思えた。
せこい。普通、多めに用意するものでしょう。
だから、これは嫌味だ。
お坊ちゃまは来ないし、妹をきちんともてなす気がないことに気付けというメッセージだ。
よし、その宣戦布告、受けてさしあげましてよ。
お茶を出して下がろうとした従僕を呼び止めた。
「突然、お邪魔してごめんなさいね。
お詫びを言いたいので、執事長か奥様を呼んでいただける?」
態度の悪い従僕に、ニッコリと微笑みかけて圧を加える。
「それは……あまりにも」
横柄な態度を一変させ、うろたえる。
「あまりにも――何かしら? 無作法とでも言うつもり?
ならば、婚約者が来ているのに放置する馬鹿息子と、それを許容しているお前たちは何なの?
我が家を愚弄して、ただですむと思っているのか!」
腹から声を出し、一喝する。
跡取り娘のわたくしは、はったりをかますこともできるように教育されているのだ。
その分、妹は自由に育てられ、貴族社会に馴染めていない。
お父様、お母様。これは教育失敗ですわよ。
こうやって、わたくしが盾になるのも妹のためにならないと、わたくしの婚約者に叱られました。
だから、これを最後のお節介にしなければ。
わたくしの侍女がやれやれとため息を吐き、妹の侍女がおろおろしている。
待つことしばし。執事長が来た。
わたくしは侍女に目配せをして、彼女から紙を受け取った。
それを執事長が読める方向にして、テーブルに置く。
「こちらのご子息が妹を放置した日と時間。言い訳の一覧表です。
ずいぶんと特別な関係の幼なじみがいらっしゃるようですね?」
執事長は「失礼」と断ってから紙を手に取った。
「それから、大変品のない行いで恐縮ですが、妹がいただいた贈り物です。
本当にこれだけで、婚約者の面子が保てるとお思いですか? 貴族の予算としていかがなものでしょう。
家計が火の車であるなら、妹を嫁がせるのをためらってしまいます」
もう一枚の紙を執事長に渡した。
誕生日や季節の挨拶など、常識的な贈り物のやりとり――幼い頃ならともかく、花束やお菓子ばかり。
丹精込めた花や流行のお菓子なら、いい。もしくは、相手の好みに合わせたものなら……。
だが、そんな気遣いも感じられない。
年頃の貴族の娘に渡すには、どうかというレベルの贈り物。
「ご当主が把握なさっているのか、いないのか……。どちらにしても問題ですわね?
近いうちに解消していただけると、期待してもよろしくて?」
「この事態」とも、「婚約」とも断定せず、執事長に目をしっかりと合わせた。
このまま、何も変わらずにすませるなど許さない――その思いは伝わったようだ。
婚約継続で妹への態度が悪化するなど、絶対に、この姉が許さない。
執事長が「この書類はいただいてよいのでしょうか」と確認してくる。
「ええ、そのつもりで持って参りましたから、どうぞ」
しっかりと検討してもらわないといけませんからね。
「大目に見るのが女の器量」だなんて、逃げようとしても無駄だ。
ちらりとテーブルの上の菓子に目線を移す。
執事長もつられて菓子を見て、青ざめた。
「これをお出ししたのか」
素朴で、家族で食べるには美味しいお菓子。だが、客をもてなそうという気持ちは伝わってこない。
「あの、お坊ちゃまが……もう、家族だからと」
従僕がしどろもどろに言い訳をした。
「あまり責めないであげて?」
わたくしは横から口を出す。自分でも、なんて無作法なことをしているのかと思うわ。
従僕が助け船かと、一瞬顔を輝かせた。そんなわけないでしょう。
「これ、あなたの監督不行き届きよ?」
わたくしは、たたんだ扇の先でトンと執事長の胸元をつついた。
執事長の顔色が変わる。矜持をぶん殴ったようなものですからね。
しかも、反論の余地がない。
「さあ、今日のところは帰りましょうか。
待っていても、待ち人は現れないでしょうから」
優しく妹に語りかける。
ブルブルと震えている従僕に、我が家の馬車を正面玄関につけるように命じた。
人様の家の使用人に勝手に命令するなど、してはいけない。けれど、従僕は脱兎のごとく出て行った。
「本日姉であるわたくしが来たのは、互いの両親が出てくると大ごとになるからです。
温情による、猶予だとご理解くださいませね」
執事長に念を押す。
「そちらの令息が逆恨みして妹にもっとひどいことをしないよう、しっかり躾けてくださいませ」
「お姉様、お強い……」
妹が目をキラキラさせ、尊敬の眼差しを向けてくる。まあ、可愛いこと。
「あなた、感動している場合じゃなくてよ。
本当なら、あなたが自分でやることなの」
お説教しているのに、妹は「はあい」と調子のいい返事をする。心配だわ。
後日、あちらのご両親が我が家に謝罪に来た。
例の幼なじみというのは、元使用人の子どもだそうだ。その使用人が死亡した。娘を使用人として残そうとしたら、「いずれ奥様になる」と素直に覚えようとしない。それで追い出した。
ところがお坊ちゃんが彼女を保護して……婚約者用の予算を使い込んだらしい。
お坊ちゃま付の侍従や一部の従僕などが、彼女に同情的だったとか。
呆れた。我が家にまったく関係ありませんね。
使用人の娘とは別れさせるからと言われても、こちらが指摘するまで気がつかないような家だ。
父は「大切な娘の身柄を預けるわけがないでしょう」と断ってくれたらしい。
以上が、食事をしながら父が教えてくれた、あちらのご両親との話し合いの中身だ。
なんともふざけた話である。
「事前に気がついてよかったですわ。
小説にあるような――屋根裏部屋に押しやられて、食事は使用人以下、持参した宝飾品は盗まれ売り払われて、正妻の部屋を浮気相手が使うのよ。
そうに決まっています」
憤りを抑えられなくて、しゃべっていたら、母にたしなめられた。
「婚約継続は旦那様が許さないから、安心なさい」と。
婚約を解消することは決まったが、すぐにはできない。条件を話し合わないといけないのだ。
精神的慰謝料や妹の時間を浪費させた分は、しっかりと払ってもらわないと。
それから、ご縁を紹介してくれた方々への事前報告もしないといけない。顔を潰すわけだから。
やることがたくさんあるのだ。
後日、妹は学園で婚約者に殴られそうになって、返り討ちにしたそうだ。
見かけは可愛いが、騎士に憧れて「護身術ならいい」という許可をもぎとった。現在は、護身術を遥かに超えた腕前になっている。
教えを請うた老騎士が、「どうせ試合には出られないんだから」と実践的な戦い方を伝授したらしい。お上品な一対一の習い事ではなく、倒すための技術を……。
妹は少女時代になんでも拳と威圧感で解消するようになり、令嬢らしい舌戦の技術を磨かなかった。
わたくしが両親に「甘やかすな」と忠告したのに、彼女らしさを受け入れてくれる田舎に嫁に行けばいいと呑気なことを言っていた。
その結果がこれだ。
口よりも先に手が出るタイプに「手を出すな」「令嬢らしく大人しくしろ」「威圧するな」と厳命したら、あんなことに……。
両極端過ぎるのよ。
婚約は無事に解消されて、今は辺境伯や騎士団長を輩出する家門から熱烈なラブコールが届いている。
わたくしの婚約者は「君の妹は、君よりもタフだから心配するだけ無駄だよ」なんて、ひどいことを言う。
強くても世間知らずなのだから、心配になるのは当然でしょう。もう。




