祭りの後
出場者と観客を見送った頃には、もう日が暮れていた。
試合は予想以上に盛り上がり、試合後にさらに盛り上がるという、異例の事態になってしまった。
多くの人からまた開催してほしいと要望され、一部の方からは「次回は出場の条件を広げるように」とのお叱りもいただいた。
きっぱりと「次回はありません」と言い切れず、「いや、まあ、なかなか難しいかもしれません」とお茶を濁した。
「トルーデを見習って、はっきり言えるようにならないとなぁ」
主催者の席で進行表や使用した魔導具を箱に詰めながら、ぼやいてしまった。
「あら、わたくし人の意見を聞かない、押しつけがましい殿方は好みませんのよ」
ゲルトルートが筆記用具を片付けながら、微笑んだ。
「トルーデぇ―」
思わず抱きつく。
今日、司会をしてくれた騎士が呆れたように言った。
「もう、お前ら帰れ。会場の後片付けは騎士団の使用人にやってもらうから」
しっしっ、と犬を追い払うように手を振られた。
「ああ、そうさせてもらうよ。今日のお礼はまた後日――」
「サラマンダーの切れ端があったら、欠片でもいいぞ」
冗談めかして言っているが、本当に欲しいのだろう。
「帰ったら、訊いておきますわね。妹のために、本日はありがとうございました」
ゲルトルートが心からの感謝を伝えた。
「いい相手が見つかって……いや、隣にいたってやつか。
まあ、お幸せに」
タウンハウスに戻ると、宴の準備が整っていた。
「お疲れさま会」のはずが、そのまま「婚約おめでとうの会」に早変わりしている。
両親とも平民との結婚に抵抗はないようで、祝福ムードだ。
この家の人たちは、本当にこだわりがないな。
「わたくし、ヴォルフ兄さんのお嫁さんになるって、言っていたじゃない」
主役のカタリーナは、ヴォルフと腕を組んで幸せそうだ。
「本気だったのね」
ゲルトルートはソーセージにナイフを入れた。プスッと小気味よい音がする。
「カティの気持ちはそうだとして、ヴォルフ君はどうなの?
結婚してもいいと思っているのかしら?」
母親がそう訊くと、カタリーナは頬を膨らませた。
「え、いえ……光栄です」
ヴォルフは頭の後ろに手をやり、照れている。まんざらでもないようだ。
「自分の気持ちは言わないと、この子はどんどん好きなように進めてしまうわよ」
母親がヴォルフに忠告した。
「お母様! どちらの味方なのです?」
「もう。すぐ、そんなふうに敵味方に分けようとするのだから……勝ち負けじゃないでしょう。困った子」
そんな母と娘の会話に笑いが起きる。
盛り上がっている中で、姉妹の父親に声をかけられた。
「二人ともいいかな」
私とヴォルフだ。
同じ部屋の中だが、少し離れたテーブルに三人で座る。
義父(予定)が酒を注いでくれた。それで、侍従が近くにいないことに気付く。
内緒話か。
「今回の大会は大成功だ。
すでに次回開催の要望が来ているね」
にこにこと褒めてくれる。そんな話なら、隅に移動する必要はないはずだ。
「だけど二回目以降を開催するなら、君のご実家か騎士団あたりに主催を譲って欲しい。
我が家としては、カタリーナの相手が見つかったから手を引くということができるだろう?」
「それは構いません。
ただ、せっかくの家名をあげる機会です。それを人に譲ってもいいのですか?」
貴族なのに、家が繁栄する機会を手放すと言っているのだ。欲がなさ過ぎて心配になる。
「もちろん今後も木剣を使うなら、木材と職人を出して領地をアピールしたいと思っているよ」
「はい。頑張ります!」
ヴォルフが張り切っている。
「ハインリヒ君。我が家は、『森を守る木こり』なんだよ。
森と水源を守るために爵位を盾として掲げている。
君にもそれを理解してもらえると嬉しい」
急に、酔いが覚めるような真面目な話になった。
「たとえば、王家が森から必要以上に切り出せと言ってきたら、反対するための貴族だ。
そうなったら文字通り、命がけで抗議する。
平民では訴える場所に立つことも難しいことだろう?」
義父は、ふふと笑いながらグラスを空け、自分で酒を注ぐ。
思わず、ごくりと喉が鳴った。
そんな覚悟で貴族をやっている人間が、どれほどいるだろうか。
「森の中には、脱走兵や食い詰めて逃げてきた者たちが潜んでいる。
それを退治したり、改心させて働かせたりしてきたんだ。田舎だから貴重な労働力になる。
中には凄腕の密偵や暗殺者もいた――」
脅すように声を潜め、密談のように顔を寄せてくる。
……な、なかなかきな臭い話ですね、義父様。
「いつの間にか、引退した冒険者たちが集まるようになってきた。
領主が威張っていないというのが口伝てで広がったそうだ」
今度はヴォルフを見て微笑み、楽しそうにはしゃぐ師匠の姿に視線を向けた。
「国に便利な駒だと知られて、利用されないように気をつけてほしい。
人材も森も……。
領地の森を無計画に伐採したら、痩せた土地は再生する力がない。それに、水質が悪くなる。
大体は戦の準備で無茶を言ってくるんだ。その兆候を掴んだら、戦の準備ができないよう手を回せばいい」
「え、どうやって……ですか?」
そんなことが、一介の男爵に可能なのか?
「それは、おいおい伝えていこう。
もし、功績を上げて伯爵以上の爵位をくれると言われても、断ってほしい。
国の中枢に関わってはいけない。
だから、我が子たちは個性的すぎるくらいでちょうどいいんだ。貴族失格と言われてもいい」
カタリーナを野放図に育てた理由がそれか……!
「ただ、中立を保つだけの政治力もないから、穏健派の派閥に所属している。
そうすると庇護と義務と無茶ぶりがワンセットだ。
カタリーナの最初の婚約者はひどかっただろう?
でも、あまり勘のするどい家ではない方がいいから、引き受けた。派閥に恩も売れたしね」
人の良さそうな微笑みが、薄気味悪く見えてきた。
「ああ、心配しないで。
カタリーナを虐げるようなら、やり返すための算段はつけていた。
貴族の末端らしく、強かに生きていくのさ」
耳まで赤くして胸を張る姿には愛が溢れている。なんだか涙が出てきそうだ。
「ヴォルフ君。
もし我々に何かあったら、助けようとせずカタリーナと逃げなさい。
私たちは、貴族も平民も関係なく家族だ。
生き延びるのが役割だと心得て――」
義父上、なんと気高いお覚悟を……!
「お父様、また絡み酒しているの?」
愛しのゲルトルートが、義父上からグラスを取り上げた。
侍従が近寄ってきて水を渡している。
素直にこくこくと飲む義父上。
「意外に悲観主義者なのよね。
『いざ』という時が来ないように、頑張りましょうね、ハイネ?」
「そうならないために、遠くまで木を売りに行って情報を集めているんだから、心配しすぎ。
わたくしは平民のやり方を学ぶわ。よろしくね、ヴォルフ兄さん?」
カタリーナがウィンクをして、ヴォルフが茹であがる。
――この姉妹には勝てそうにありません。
これにて完結です。
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