昼の休憩 カタリーナside
昼食は自由だ。騎士団御用達のお店に行く者もいれば、自分で用意してきた者もいる。
わたくしは迷わず、令嬢たちの席から我が男爵家の観客席に向かった。
そこには調理長たちが張り切って作った、料理が並べられていた。
美味しそうな料理をどれからいただこうか。ワクワクして見回すわたくしの耳に、姉の婚約者ハインリヒの泣き言が届いた。
「師匠、勘弁してください。南の辺境伯が、午前中に負けたご子息に説教を始めていますよ」
指を指すわけにはいかないので、目線だけでご一家がいる辺りをチラ見している。
勝負に忖度を持ち込もうなどと、無粋な男だ。
「あらあら、まあまあ。戦いだもの、そういうこともあるわよ」
母は動じることなく、ハインリヒをなだめにかかる。
「午後は番号を引いて勝ち抜き戦になるのでしょう? それだって組み合わせの運、不運はあるわ」
わたくしは母に同調する。
「そうですけど……」
ハインリヒは、貴族社会の序列に縛られた小心者だ。
それでも、短期間でこの大会を開催にこぎ着けた手腕は認めよう。
「勝負が決まった後でグチグチ言わないの。ほら、あーんして?」
姉が、婚約者の意識を逸らせるためにイチャつく作戦に出た。
「そうよ、忖度するなら試合なんかしない方がマシよ。お姉様、これ美味しいわ」
野次を飛ばしてから、負けじと姉に話しかける。
「カティ、それ食べやすいでしょう? 塩を振る前に、素揚げしてもらったの。
この木の実はうちの領地の特産物だって、ご令嬢がたにも宣伝してね」
防火林の役目も果たす木で、木の種を煎ると美味しいのだ。
「はーい。領地思いなお姉様。さすがです」
午後に甘くないおやつとして出してみよう。
父はニコニコと会話を聞きながら、食事をしていた。
姉とハインリヒのイチャコラを眺めながら、これが本当の姿ならばいいのだけれど、と思う。
女性も当主になれるので、姉の配偶者は男爵家を継ぐわけではない。
だが、男尊女卑の傾向が残っているため、自分が当主になるつもりの見合い相手もいた。
姉はしっかり者だが、一度懐に入れると警戒心がなくなる。
わたくしがしっかりと見張っていなければと心に誓っているのだ。
昼食の場には師匠と、他に三人の男たちがいた。
師匠の息子と、木工職人、それに革細工師が領地から出て来ている。
午前中の役割分担は、こうだ。
出場者は並べられた様々な木製の武器から、好きなものを選ぶ。
ヴォルフが出場者の話を聞きながら、必要に応じて削る。
場合によっては木工職人や革細工師が手を加える。
革細工師は持ち手に革を巻いたり、盾を欲する人がいたら持ち手を作ったりするために待機していた。
「盾を欲しがる人はいませんでしたね」
革細工師が残念そうに言った。
「腕に小さい盾があると便利だけどね。誰か一人が装備したら、真似する人が続出するかもしれないぞ」
木工職人も大小様々な板を用意してきたので、午後に期待したい様子だ。
「これで、木製の武器が見直されて、注文が入るかしら。練習に最適だし、本物をオーダーメイドする前の試作として注目されるかも」
領地を繁栄させることに熱心な姉はご機嫌だ。
わたくしの婚約者探しも役に立ったなら、よかった。
「それなら、大会の最後に宣伝したら? 受付窓口がどこかわからないと交渉できないよ」
ハインリヒが姉に顔を寄せながら提案した。いちいち近づかなくてもいいでしょうが。
本当に仲がいいのか、わたくしに当てつけるためにやっているのか……なんとなく苛つく。
「当主であるお父様でいいんじゃないの?」
他に誰か適任がいるのかしら。思いつかないわ。
「婿殿でいいんじゃないかな? 私は領主の仕事で忙しいから」
父は流れるように仕事を押しつけた。
「え、私は結婚式の準備もしないと……」
ハインリヒが抵抗する。
「そちらはわたくしが引き受けましょう。もうやることは決まっていて、招待状や細々とした手配ですもの。一人でもやれますわ」
「トルーデ。この試合の後始末も共にやってくれると思っていたんだが?」
……姉と一緒にいる時間を増やしたいだけじゃないかしら?
「役割分担して、テキパキとやっていきましょう。ね?」
姉は婚約者を言い負かした。姉は責任感と合理主義が前面に出ていて、恋愛の感度が低いと思う。
そういうところが可愛いのだけれど。
だから、とどめを刺してあげる。
「頼りにしています。婿殿」
悔しそうに、睨まれたわ。
そのあと姉に慰められていたから、睨んだふりだったのかもしれない。どこまで本気で、どこから演技なのか、得体の知れない男だ。
「それにしても、魔法使いは魔法騎士がお一人だけですか」
午後の勝ち抜き戦に進む出場者の一覧を見ながら、わたくしが言う。
「集団戦だったので、魔法を禁止しましたから」
この試合を計画したハインリヒが答える。フォークで芋を刺して、眉を寄せた。
魔法を禁止にするか使用許可を出すか、騎士団との話し合いは難航したらしい。それを思い出したのかもしれない。
「魔法は精度が高くないと、周囲の人を巻き込みかねんからな」
師匠が肉を口に放り込んだ。
ハインリヒと同じ、禁止派なのかしら。ならば、ハインリヒを臆病者扱いするのはやめてあげよう。
いろいろな攻撃魔法を見ることができたら楽しいだろうな、と思ったけれど。
「鞭を得意とする護衛は気の毒だと思ったんだが、運を持っているな。名簿に残っているぞ」
木工職人が楽しそうに指差した。
「こちらが用意した武器という縛りがあって、即席で作った鞭だからな。
手に馴染んでいないし、皮も柔らかさに欠ける。先端の編みだって甘い。
絶対に不利だから、正直棄権した方がいいと思っていたよ」
革細工師は悔しげな表情を浮かべて、果物にかじりついた。中途半端な品を提供せざるを得なかったことに、もやもやを感じているようだ。
「師匠の介入があったから、鞭の人も二回戦に進めちゃいましたね。
こういう、妙に巡り合わせのいい方もいらっしゃるのが面白いわ」
ふふふと笑うと、姉に「真剣に考えなさい」と、たしなめられた。
「ごめんなさぁい」と軽く謝っておく。
ヴォルフがコップを置いた。
「親父、次の試合が終わったら棄権しろよ」
「なんでじゃ。久しぶりに楽しい手合わせをしているのに邪魔するな」
「――腰。さっき変なふうに捻ってただろう。またぎっくり腰になるぞ」
「むう、仕方ない」
「負けるとは考えていないんですね」
ハインリヒが師匠に尋ねた。
「ははは、負けたら、潔く降りるわい。そんな男なら、嬢ちゃんを任せられるでな」
「勝った人と婚約するなんて、約束していないわよ」
こういうことは、はっきりと言っておかないとね。
そもそも、なんでこんな大会をすることになったの?
わたくし、強い男となら結婚するなんて、一言も言っていないはず……。




