舞踏会に踊る影
ヴィグリス邸にて開かれた舞踏会は、キラキラとしたシャンデリアが天井に並び、とても華やかだった。
「来たわ、カレットよ」
「品のない耳飾りね」
入場してすぐに、濡れた雑巾のような囁きが耳をなでる。
少し安心した。どうやら私、影だってバレてないみたい。
「何を仰います。舞踏会には、婚約予定のフラル様も出席なさるのですよ!」
「お茶会の日に、そんなもの予定するほうが悪いのよ!」
10日前、私はカレット様に呼び出された。カレット様の部屋に入ったときは、メイド長と言い争っている最中だった。
「セラを代わりに行かせてよ。背格好は似てるし、化粧すれば何とかなるでしょ」
カレット様は私に目線を移した。メイドに面倒事を押し付けるときの、あの眼差しだ。
「それじゃ、後は頼んだわよ」
メイド長が呼び止める声も聞かず、カレット様は出ていってしまった。
そういうわけで、私はカレット様の影としてここにいる。
言われたとおりに立ち振る舞い誤魔化していたけれど、ついにダンスの時間が来てしまった。メイドの私に、ダンスの経験なんてあるはずもなかった。
『大丈夫、フラル様はダンスの上手な方だと聞いてるから、彼に合わせればいいのよ』
メイド長の言葉を思いだし、自分を奮い立たせていると、後ろから声がした。
「あの、あなたがカレット?」
「え、ええ」
「ぼ、僕、フラルです」
フラル様は襟にマカロンの食べこぼしを付けていた。言葉づかいも、なんだか変。
間もなくして、音楽が始まった。
私は彼の手を取り、出来る限り合わせて動こうと努めた。しかし、どうにも動きがぎこちない。改めて彼の顔を見ると、とても不安そうな目をしていた。
「もしかして、あなたはフラル様の影なの?」
「えっ」
「シーッ、実は私も」
「なんだ、君もだったのか」
まるで私の周りが影に包まれて、彼と私だけの舞踏会が始まったみたいだった。
「まあ、騎士の方だったのね」
「まだ見習いだけどね。フラル様は舞踏会より、他の女性の所へ行きたいとさ」
「ひどい人ね」
「君のところもね」
「あはは」
それから月日が経ち、城下町で買い物をしていると、店の前で数人の客が世間話をしていた。
「聞いたか? ロドン伯爵の令息、婚約破棄したんだってさ」
「フラルとカレットだろ。初顔合わせの舞踏会では、意気投合したって話なのになぁ」
私はこほんと咳払いをしながら、奥の店主に声をかける。
「すみません、マカロンを10個くださいませんか。主人の好物なんです」
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