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紅蓮のコンフィチュリエ

掲載日:2025/11/10

二時間ほどの映画の様な短編小説です。静謐な雰囲気を携えた静かな物語を目指しました。


 私には胸に大きな傷(あと)がある。


 鏡で見る度にその(みにく)さに(ため)息が出る。私を育ててくれたお祖父さんは気にしなくてもいいと言ってくれた。私はその言葉を信じていた。記憶を(さかのぼ)れる限界の頃からお祖父さんと山奥で暮らしていた。その前の記憶はない。何故、胸に(きず)があるのかも覚えていない。お祖父さんに聞いても微笑んで頭を撫でられるだけだった。

 (いく)度目かの冬を超えて季節は春に変わろうとしていた。積もった雪が溶けて白銀の色が緑色に染まり始めている。

 何を疑問に思おうが、お祖父さんの事を信じていれば大丈夫。何も間違っていない。私が判断した事は全て間違えてしまう。胸の疵と共に大事な物を無くした様に私の心の中には空洞がある。考えてもモヤがかかったまま、何も思い出せない。


 山の奥深くの家。丸太や木の板を不恰好に組み合わせた小屋は家と呼んでいいのか分からないくらいに貧相な物だ。それでも雨風を(しの)ぐには十分だった。そこで誰とも会う事も無く、自然と暮らす。お祖父さんの大きな角と尻尾は他人には許容されないらしい。「魔族だからね」なんてカラカラと笑う顔は何処となく寂しそうだった。


 ある日、森の根菜を取りに行って帰ると、家が燃やされていた。パチパチと火の粉を散らし、(かたわ)らにお祖父さんの抜け(がら)が転がっていた。心配よりもこの先をどうやって生きて行こう……と、途方に暮れて三日三晩お祖父さんだった(かたまり)の横でぼんやりと座っていた。


 ぼんやりとしながらもこれは当然の(むく)いだと考えていた。お祖父さんは里に降りては隠れて人を食べていたのだから。やったらやり返される、それは感情を持つ生き物なら当たり前の摂理(せつり)だとお祖父さんは常々言っていた。その日が来ただけの事、それだけの事だ。


 いつの間にやら雨が降り始めて、燃えていた家も黒焦げのまま鎮火(ちんか)した。ずぶ濡れになったオリーブ色の髪は肩にべったりと張り付いて雨(つゆ)(した)らせる。洋服の着替えも全部燃えてしまった。今さら慌てても仕方ないからずっと座っている事にした。


 一昼夜(いっちゅうや)明けて雨が上がる頃、(かす)んだ(きり)の中からポツンと人影が見えた。男だった。身なりの整った端正な顔立ちで、(ゆる)いカーブがかった銀髪。出来の良い楽器の様な低い声色。落ち着いたゆったりとした口調で私に語り掛けて来る。何も考える事の出来ない私はその男の話を黙って聞いていた。

 男が何を話しているのかさっぱり理解出来なかったが、どうやら私を連れ出しに来たらしい。行く当てもない私は男の誘いに乗る事にした。


 ……男はお祖父さんと同じ角が生えていたから。



 ⋆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⋆


 それから随分と時が経った。肩まで伸びていた髪が腰に掛かろうかとするくらいには。男に連れられて来た場所は魔族が沢山たむろっていた。男は世界に散らばる魔族を集めて()党を組もうとしていたらしい。

 大小様々な姿の姿をした人の姿を()した者達が人間から奪い取った城や街の建物に群がっていた。

 私はお祖父さん以外の人を見た事がなかったので、その多種多様さに感心していた。とは言え、魔族の世界は実力が全てだ。連れられた最初の頃は私の虚弱な姿を見て因縁を付けて来る者もいたが、銀髪の男に「文句を言って来る者がいたら、遠慮なく殺していい」と言われていたので容赦なく叩き斬った。将軍と呼ばれた魔族を切り刻んだ頃には、私に突っかかってくる命知らずは居なくなっていた。


「フラム」


 フラムとはここでの私の名だ。銀髪の男が名付けた。魔族に名前など不要なのに区別する為には必要らしい。お祖父さんといた頃はどう呼ばれていたのか覚えていない。きっと名前なんて呼ばれていなかった。私もお祖父さん以外の名前を知らない。だからあの人は『お祖父さん』という名前なのだろう。銀髪の男は「モンテ」と名乗っていた。

 銀髪の男に呼ばれた私は血塗れになった髪の毛を(ひるがえ)して振り向く。手には人間から奪い取ったと言われる聖剣を手にしたまま。


「何」

「君は何でもぐちゃぐちゃになるまで切り刻んでしまうんだね。それは君の性質なのかな? 名前を『コンフィチュリエ』に改めた方が良さそうだ」

「どうして?私はフラムという名前でしょう。今さら変えても聞き慣れない」


 銀髪の男は笑いながら名前は(たい)を表すと言った。分かりやすい方がいいとも。その名前を聞いただけで人々が震え上がる程の意匠(いしょう)の様な物だと言いながら、魔王に進言しておくと伝えて来た。魔王とは銀髪の男が何処(どこ)からか連れて来た魔族だ。

 御輿(みこし)がいればバラバラで身勝手な魔族達もひとつに(まと)めやすくなると言うのが銀髪の男の言い分だ。それなら銀髪の男がなればいいのにとも思うが、それは(イヤ)らしい。あくまで自分は裏方なのだとか。魔族という種族はよく分からない性格をしているとつくづく思う。


 山奥の家と同じ様に火が付いて黒焦げに変わった残骸と沢山の肉塊が転がっている村の跡地。言われるままに魔族の同胞と訪れた場所で私は最後の生存者に手を掛ける。銀髪の男に呼ばれたのは丁度その時だった。魔族の集まりは何時(いつ)しか魔王軍と呼ばれる程度には大きくなっていた。

 少しずつ人間の居住地を侵食して勢力を伸ばしていた。私はその戦闘力を活かす為に最前線に駆り出され、人間の村や街を襲い続けた。恩賞や名誉に興味は無い。

 ただお祖父さんがいなくなった頃の景色を再現していた。その景色を見ると少しだけお祖父さんを思い出すから。

 同じ魔族の仲魔からは『紅蓮(ぐれん)のコンフィチュリエ』と呼ばれて畏怖(いふ)の目を向けられるのはあっという間だった。私の髪はいつの間にか腰より下に伸びていた。


 ⋆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⋆


「これより人間の世界を(せん)滅する」


 魔王から号令が掛けられたのは魔王軍が人間の世界を半分程切り取った頃だった。統率された軍は階級が付けられ、私は軍団長の称号を与えられていた。徒党を組んでいた頃とは見違える程の礼節を()いられ、規律正しく振る舞う。各地に散らばった王城に陣取り、人間と同じ様にしているのは滑稽(こっけい)だった。どんなに同じ様に行動しても魔族は魔族なのだから。ありとあらゆる人間と魔族の生き血を吸って真っ赤に染まった甲冑を着て私は王城の中を歩く。長くなった髪の毛は後ろでひとつに(まと)めて()めてある。銀髪の男から(もら)った聖剣は初めて手にした時から変わらず、切れ味の衰えないまま私の虐殺を支え続けていた。

 人間達の作り上げた秩序も次に攻め落とす王国で最後らしい。後は散り散りになった集落ばかりだそうだ。この王国は最後まで抵抗を続けて、これまで何度も魔王軍の襲撃を受けては跳ね除けて来たらしい。私は興味がなかったので、要請を受けてものらりくらりと(かわ)して来た。しかし、今回はどうしても避けられないらしい。これ以上は(かば)いきれないと銀髪の男が(こん)願して来たからだ。


 なんとなく気が乗らないまま戦地に(おもむ)くが、こういう気分の時は決まって不都合な事が起きる。何処から漏れたのか魔族の滞留していた場所が襲われて、早々に大打撃を受けた。銀髪の男達が会議を続ける中、退屈さに欠伸(あくび)が隠せない。激昂した幹部を真っ二つに叩き斬った後、私は銀髪に告げる。


 その足で前線に赴くと大地を轟かすような大声で叫ぶ。呼応する魔族。地震の様な振動が城壁を揺らす。何度でも(げき)を飛ばして私は馬に乗り駆ける。魔族達の叫び声が最高潮に達した頃を見計らって私は号令を飛ばす。霧が晴れたように夜明けの光が差し込む中、城壁を取り囲んだ魔族の群れが一斉に王国に雪崩れ込んだ。


⋆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⋆


 血だ。血だ。血だ。ありとあらゆる物が血で(あふ)れている。怯えたような表情の門兵や守護兵達を切り刻む。城下町を阿鼻叫喚の絶望で埋め尽くす。駆ける馬の背に乗って目に入る物全てを斬り伏せる。多少の腕に覚えがある者もいたらしい。私にとっては(わず)かな誤差でしかない。下らない剣術ごっこに付き合ってみてもあっという間に首が飛ぶ。散り散りに逃げる人間達に興味は無い。馬を城に向け、手綱を振る。鉄格子の門は巨鬼にへし折らせた。

 豪華な装飾の施された城内にひしめく兵士達を()ぎ倒しながら私は王を探す。屍の山と化した肉の絨毯(じゅうたん)を馬で踏み付けて駆け巡る。

 やがて最上階に居座る王の前に辿り着くと私は馬を降りて徒歩で近寄る。険しい顔をしていた王は私の顔を見るなり驚愕の(おも)持ちをして狼狽(うろた)えている。私は意味が分からず、さっさとこの戯言を終わらせたいだけだった。隣にいた女を斬り捨てて私は王の首を跳ねる。

 王の首と共にネックレスが床に落ちる。手に取ったそれは見覚えのある形をしていた。身体が覚えているようにネックレスのブローチを開ける。その中には王と隣の女と子供が描かれた絵が入っていた。写実的でまるで現実と瓜二つに描かれた絵の中には自分そっくりの人間が描かれている。


 頭がくらくらする。警告を発する様に頭痛が響き、よろよろと後ろに後ずさる。私は女をもう一度見る。女も同じネックレスをしていた。私はお祖父さんの家で同じ物を見た記憶がある。いつから? いや、忘れていた? いや、違う。様々な記憶が(せき)を切ったようように甦る。


 カタカタと震えて、聖剣を落として(ひざまず)く。信じられない記憶は嘘だと言って欲しかった。私は……人間、なのか?


「おや、見つけてしまったのですか」


 落ち着いた声。いつの間にか立っていた銀髪の男が微笑んでいる。


「お前、は……知って、いたのか?」

「さぁ、何の事やら。ただ、私は貴方が『お祖父さん』と呼ぶ人物が人間の子供を連れ去ったのは知っていますが」


 血が沸騰する。世界がグラグラと()だる。血も流れていないのに真っ赤に染まる視界に入る人物を見て、ドス黒い感情の波が抑え切れない。


「貴方も言っていたでしょう。魔族なんて身勝手な物だと。私は貴方がどんな反応をするのか見てみたかった。それだけですよ」


 ニコリと笑うその姿は人間を真似(まね)ただけのただの魔物だった。それだけ。たったのそれだけの為にこの男は全てを巻き込んだのだ。


⋆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⋆


 城内に(おぞ)ましいほどの死臭が充満している。荒れる呼吸を正そうと私は肩で息をする。何もかもを叩き斬った。私の周囲に動いている物はいない。魔族を一匹残らず殺して廻った。人間は誰も残っていなかった。私は何をすればいい? 私の判断した事は全て間違ってしまう。このまま人間側について味方をすればいいのか? 今さら何をすればいい。ならば魔族に組み入ったままでいるのか? それも何の意味がある。そうか、どちらも皆、滅ぼして仕舞えばいい。その後で私も死ねば……。死んでどうする? 私が死んだら何か解決するのか。そうと言うなら……。


 私は手にしていた聖剣を胸に突き立てて、そのまま一気に貫く。痛みもなく血も一滴たりとも流れない。銀髪の男がかつて言っていた。「聖剣は聖なる者の魂を取り出して加工して出来た物。魔族を滅ぼし、人間を切り刻む唯一の剣」なのだと。

 私は一瞬で理解して(から)笑いが出る。魂の器である肉体を突き立てようとそれは元の鞘に戻るような物。何の意味があるのだろうか。


「ふふ、ははは……、はははははははは!!」


 聖剣を投げ捨て、真っ赤に染まった両手を上げて狂い笑う。

 私はどうすればいい私はどうすればいい私はどうすればいい私はどうすればいい? 私はどうすればいい。教えてくれ。誰か教えてくれ。誰か、誰か、誰か、誰か! 私はどうすればいい。自分では判断出来ないんだ。私はどうすればいい。私はどうすればいいのか!!


 …………。そう。何もかも私は間違っている。

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