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魔王の動き

 朝日が砦の瓦礫の隙間から差し込み、昨夜の戦火の跡を赤く照らしていた。

 風が冷たく、森の木々を揺らす音だけが静かに響いている。


 砦の片隅。リナは崩れた石壁の上に座り、夜明けの空を見上げていた。

 目の下にはうっすらとクマが浮かび、髪は乱れたままだ。

 それでも、頬に触れる空気を感じながら、昨夜の出来事を思い返していた。

 ――あの人。あの声。

 月明かりの下で出会った男の姿は、夢のようにぼんやりとしたまま心に残っている。

 赤い瞳。

 静かな声音。

 そして、あたたかな銀の花。

 「……誰だったんだろう」

 ぽつりと呟く声が、風に紛れて消えていった。

 「おはよう、リナ」

 後ろから聞こえた声に、肩が軽く跳ねた。

 振り返ると、ティアナが毛布を抱えたまま立っていた。

 薄桃色の唇は、少しだけ眠たそうな笑みを浮かべている。

 「起きてたんだね。やっぱり……眠れなかった?」

 リナは小さく頷き、視線を足元に落とした。

 「……少しだけ、考えごとをしてたの」

 「そっか……」

 ティアナは彼女の隣に腰を下ろし、小さく息を吐いた。

 「昨日は……怖かったね。

 正直、私もあれが初陣とは思えなかった。

 魔王の気配があんなに近くにあったなんて……」

 「でも……戦えて、よかったと思ってる」

 莉奈のまつ毛が震えた。

 「え?」

 「……ううん、“戦えた”って言うより、“立てた”のかな。

 怖かったし、今も怖い。でも、何もできないままじゃ……もっと、辛かったと思う」

 ティアナはその言葉にふっと目を細め、頷いた。

 「うん、それってすごく大事なことだと思う。

 リナ、少しだけ……顔が変わったよ」

 「そう……かな」

 そう言いながらも、リナの胸には昨日の出来事が小さく灯をともしていた。

 剣を振ったこと。誰かを守ろうとしたこと。そして、誰かに――救われたこと。

 そのすべてが、彼女を確かに変え始めていた。

 そこへ、重い金属音を鳴らしながらカイルがやってきた。

 「二人とも、準備を。王都から帰還命令が下った。陛下が直接、報告を求めている」

 ティアナは立ち上がりながら眉をひそめた。

 「ということは、魔王の影が本物だったって、王都も察してるってことよね……」

 カイルは静かに頷いた。

 「我々の初動は評価されるだろうが、それだけで済む話じゃない。

 魔王が動いたという事実は、国全体の体制を揺るがす。いずれ、王都も戦場になる」

 莉奈はその言葉に唇を結び、遠くの森を見つめた。

 昨日のあの男の姿が、また脳裏をよぎる。

 「……あの人、何者だったんだろう」

 そう呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく、朝の空に溶けていった。


【同時刻――魔王城・玉座の間】

 世界の果て、光の届かぬ大地にそびえる黒の城。

 その中心に位置する玉座の間は、漆黒の石柱が天を突くように立ち並び、空間そのものが静謐に沈んでいた。

 そして、その玉座には一人の男が座っていた。

 魔王アスラ。

 赤い瞳と銀の髪を持つ男は、部下たちの報告を受けながらも、どこか上の空だった。

 「……勇者の戦闘能力は、今のところ未熟。しかし、精神は折れていないようです」

 「我らの接触により、何かしらの“覚醒”が始まりつつある可能性も」

 報告する魔族の言葉に、アスラは目を細めた。

 「覚醒……そうか」

 玉座の肘掛けに肘をつき、彼はゆっくりと目を閉じた。

 「妙なものだな。昨日、あの娘と話した時……初めて会ったはずなのに、なぜか懐かしく感じた」

 部下たちは互いに視線を交わすが、誰一人として口を開こうとはしなかった。

 レヴァンの目に宿るものが、単なる戦略の一環ではないと悟ったからだ。

 「私は……過去を持たない。この体には、“記憶”というものが宿っていない。

 目覚めたときから、私はただ、魔王として在る」

 それは事実だった。

 レヴァンには、自分がどうしてこの世に生まれたのかという記憶がなかった。

 だが、人間という存在に対して拭いきれない既視感を抱くことがある。

 特に、あの娘――勇者の少女に。


 「……名も、過去も知らぬはずの少女を、なぜ私は知っていると錯覚する?」


 自嘲気味に笑みを浮かべ、彼は胸ポケットから小さな銀の花を取り出した。

 昨夜、彼女に手渡したものと同じ花。

 不思議と、手放せなかった。

 「この世界の“運命”が動き始めている。ならば……見届けよう」

 その声は、静かに響いた。

 彼が玉座から立ち上がると、部下たちは無言で跪いた。


 「私はまだ、彼女を知らない。だが、きっと出会う」


 それが、“はじめて”なのか、“再会”なのか。

 彼自身にもわからなかった。


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