表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

恐怖と一歩、初めての剣

 カイルが前へ踏み出し、鋼の剣を横一文字に薙ぐ。

 刃が空気を切り裂き、突進してきた魔族の腕を叩き落とした。

 甲高い金属音が響き、火花が散る。

 巨体の魔族が痛みにのたうつが、カイルは即座に体勢を切り替え、腹部を蹴り飛ばした。

 魔族は呻き声をあげて地面に転がる。

 「ティアナ、援護!」

 「了解!」

 ティアナは抱きかかえていた魔導書を開き、杖を掲げた。

 「――《フレイム・バースト》!」

 轟音とともに炎が地面を走り、二体の魔族を一瞬で炎に包み込んだ。

 「ギャアアアッ!」

 燃え上がる炎の中で魔族たちが断末魔をあげる。

 焼け焦げた匂いが鼻を刺し、私は思わず口を手で押さえた。

 ――怖い。

 心臓が早鐘を打ち、手が汗で滑る。

 私は剣を構えたまま、足が地面に根を張ったように動かせなかった。

 「……っ」

 声が出ない。

 「勇者様、下がって!」

 カイルの怒鳴り声が飛ぶ。

 だが、私は足がすくんで動けなかった。

 その刹那、背後から魔族の影が襲いかかってきた。

 鋭い爪が月光を反射し、私の目の前に迫る。

 「――っ!」

 「《バリア・フィールド》!」

 ティアナが間に割り込み、杖を横に振った。

 光の壁が展開され、魔族の爪を受け止める。

 だが衝撃はあまりにも大きく、ティアナの小さな体が弾き飛ばされた。

 「ティアナ!」

 私は慌てて駆け寄る。

 彼女の額から血が流れ、地面に広がる。

 「だ、大丈夫。まだ……やれる」

 ティアナは必死に笑って立ち上がったが、足は震え、目もうつろだった。

 「……私、何もできてない」

 悔しさと恐怖で胸が締め付けられる。

 剣を握っているだけで、動けない自分が情けなくて涙が滲んだ。

 「勇者様!」

 カイルの声が戦場に響く。

 「剣を握れ!守るのも、戦うのも、お前の役目だ!」

 守る……?戦う……?

 そんなことしたことないのに?

 私は剣道どころか運動もまともにしてこなかった。

 動くのは決まった授業や学校行事だけ。

 訓練も受けていない私が何かできるわけなんてないのに……

 そもそもなんで私が剣を握っているんだろう。

 

 逃げたい

 こわい

 帰りたい


 頭の中はネガティブな言葉しか浮かんでこない。

 ああ、やっぱり私に勇者なんて……


 「大丈夫、下がって休んでて」

 ポンと肩をたたかれる。

 自分より背丈も低く、幼く見えるティアナ。

 血は止まっておらず震え、立っているのも限界なはずなのに。

 それでも私を守ろうとしてくれている。


 ――守る。


 その言葉が頭の中で繰り返される。


 確かに経験はない。

 何もできないかもしれない。

 それでも……

 それでも、守られるだけなんていや。

 少しでも力になりたい。

 それが無理でも、足手まといなんてなりたくない。


 私は歯を食いしばり、震える手で剣を構えた。

 目前の魔族が、獰猛な笑みを浮かべて突進してくる。

 「小娘が……!」

 恐怖が全身を支配する。

 だけど、ここで何もしなければ――。

 「うあああああっ!」

 私は半ば叫ぶようにして、無我夢中で剣を突き出した。

 刃が魔族の肩口に深く食い込み、鈍い手応えが伝わった。

 「グァアッ!」

 魔族は苦痛に呻き、後退した。

 「わたし……斬って……」

 自分が傷つけたのだと理解した瞬間、全身が震えた。

 「よくやった!」

 カイルが魔族を弾き飛ばし、私の隣に立ち、ポンと頭をたたいた。

 「そのまま、下がらず戦え!」

 それは力強く、重たい言葉。

 でも、さっきよりは向き合える気がする。

 ティアナも立ち上がり、再び魔導書を抱えた。

 「《アイス・ランス》!」

 氷の槍が空を切り、魔族の足元を凍らせる。

 敵の動きが鈍った隙を、カイルが剣で切り裂いた。

 剣を振るたびに腕が重く、手の平は血で擦れて痛む。

 それでも、足はもう止まらなかった。

 「やぁあああっ!」

 叫び声と共に剣を振り下ろす。

 刃は魔族の肩をかすめるだけだったが、怯ませるには十分だった。

 「勇者様、いい動きだ!」

 カイルが背中を預けて言った。

 「そのまま気を抜くなよ!」

 「はい……!」

 私は必死に頷いた。


 現実から、自分の役割から、逃げたくない。

 戦場は徐々にこちらに傾きつつあったが、敵の数はまだ多い。

 「くそ……きりがないな!」

 カイルが汗を流しながら呻く。

 そのときだった。

 遠くの森の奥から、低い声が響いた。

 「……退け」

 その声に、魔族たちが一斉に動きを止める。

 赤い瞳が一斉に森の奥を向いた。

 「魔王様のお声だ!」

 魔族の一人が叫ぶと、彼らは一斉に森の奥へと退却を始めた。

 私はその場に立ち尽くし、奥の暗闇を見つめた。

 森の中、誰かがこちらを見ている気がした。

 闇の奥で、一瞬だけ赤い光が揺らめいた

 ――それがまるで人の瞳のように見えた。


 「……あれは?」

 私の胸がざわめいた。

 でも次の瞬間、その気配は霧のように消えた。

 「勇者様、立てますか?」

 カイルが手を差し伸べる。

 私はその手を掴み、立ち上がった。


 戦いは終わった。しかし、胸の奥に重い不安が残ったままだった。

 ――今の声は誰だったのか。

 そして、あの赤い光は……。


 私は形見の腕時計を握りしめ、深く息を吐いた。

 「あれが……魔王……?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ