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7 金くれだァ?オラァ!持ってけコンチクショー!!!

「やったなァ、乃木ぃ!」

明石取締役はスピーカーが割れそうな大声で典太の労をねぎらった。

大山常務はそのハゲ頭にweb会議の画面を反射し、ボンヤリと青い光を放っている。

伊地知専務は余程安心したのか、脂ぎった顔に満面の笑みを浮かべてよだれを垂らしている。

「で、お前一体どんな魔法使ったんだ?こないだはお前が何を言いたいのか全く分からなかったが、もう駄目だみたいなこと言ってたろ?」


…どうしたもんか。

ガネーシャ出てきて麻薬やって頭がおかしくなってバキュームカーで商号被ってた会社に突撃して潰そうとしたところで正気に戻って自害して生まれ変わって審査官に賄賂払ったら申請通りましたなんて言えない…。


「なんだお前黙りこくって…ああ、この前はスマン、つい怒鳴ってしまったが、忘れてくれ。…で、何をどうやったんだ?」

「…乃木くん、社長への報告も必要なんだ。現在の状況と次のアクションを説明してくれ。」

「おーい、電波大丈夫か?」


「あのー…、……ガネーシャ…て頭がおかしく…バキュームカーで商号…突撃して潰そう…自害して生ま…審査官に…申請通りました…」


「ん?なんて?」

「すまん、よく聞こえなかったのでハッキリと言ってくれ。」

「おい、ミュートなってないか?」


「…ガネーシャ デテキテ マヤク ヤッテ アタマ オカシク ナッテ バキュームカー デ ショウゴウ カブッテタ カイシャ ニ トツゲキ シテ ツブソウ ト シタ トコロ デ ショウキ ニ モドッテ ジガイ シテ ウマレカワッテ シンサカン ニ ワイロ ハラッタラ シンセイ トオリマシタ」

「ん?」

「ん?」

「…ミュートぉ?」


…あ、やべ。

「いや、お前いつの間にヒンディー語できるようになったんだよ。」

「…乃木くん、この会議は社長への報告内容の聞き取りだよ。いくらヒンディー語覚えたからといって、ふざけるものじゃないよ。」

「おい、ミュート…あ、俺のスピーカーか。」


結局報告のWeb会議はなんかグダグダした感じで終わった。

『ガネーシャガネーシャ言ってるから、ガネーシャ信者の審査官の懐に飛び込んで懐柔して何とか申請を通したのだろう』という感じの話になんとなくなって、終了した。

…やり切った。

やり切ったぞ。

俺は自由だ!やることをやった。


「そゆわけで俺、旅行行ってくるわ。」

あの日以来俺の家に住み着き、クローゼットの中に亜空間の宮殿を作って鎮座しているガネーシャに、俺は声をかけた。

この間こいつがソファでポテチをポリポリやっていた時にメイドさん(男)が入ってきてこいつの姿を見て失禁昇天し、ルームラグを小便でびしょびしょにされるという出来事があった。

ついでに俺のカバンも濡れた。

さらにコンサルの作った中華フォントマイルストーンも濡れた。印刷が滲んだ。

ドライヤーで乾かしたら小便のシミが残った。あと部屋が臭くなった。


敬虔なこちらの人にはこいつの姿は神々しすぎるようで、俺はこいつを人目に付かないようクローゼットに押し込むことにしたのだった。

…この移動で願い事を1個消費したんだがな。


「お、典太君。あの時のフラグ回収かな?この間言ったよね、『商号申請後20日以内に登記申請を完了しないと失効』だよ。覚えてる?」

「ふっふっふっ…センチュリー22コープインディア取締役であるこの俺に死角はない。すまんなフラグをへし折って。コンサルに念を押しておいたぞ。

登記申請は電子申請のみ。コンサルがポチっとやるだけだ…ったよな?」

「…合ってるけど典太君。今盛大に新しいフラグがおっ立った気がするよ。」


ふん、俺のこの計画に狂いはない。

「それで典太君、どこ行くの?」

「フッ…バラナシだ。」


―一週間後―

たす…けて…くだ…さい…。

俺は今、一文無しでガンジス川の畔でボロを纏い乞食をやっている。


***

「うぉらこの糞野郎。割り込むんじゃねえ!ブチ殺すぞ!」

この国の人々はせっかちだ。行列に並ぶという概念、日本の1割くらいしか無い。


「コラぁボケカス野郎。てめえの顔が近いんじゃ!」

そしてこの国の人々は物理対人距離感がバグっている。行列に並ぶ際はほぼゼロ距離で密着する。


ここはインディラ・ガンディー国際空港。俺はバラナシ行きの飛行機に乗ろうとここにやってきたが…例のクスリを飲まされていたら2~3人殺していたかもしれん。

日本語ならどうせこいつらに通じないのでセーフだ。

ニコニコして独り言っぽく言えば問題ない。

何?小物くせえだと?俺には英語が話せないという大義名分がある。

「…あ、ごめんなさい。私、日本に暫くいたので日本語分かります。」

「………。」

尚たまにこういう奴いるから、みんなも気を付けよう。


***

さて、ここはバラナシ空港だ。

デリーと違い、必要最低限の設備のコンパクトな空港だ。

…ヒンドゥー教の祭典、クンブメーラの際、殺到する客を捌くには少々心許ない設備だが、今日は何もない平日。

典太はスンナリと空港の外へ出た。


コンサルに予約してもらったホテルの運転手が持つ、「NORITA NOGI」のプラカードを探す。

…あった。あの白い修行服みたいなの着た奴だな。


その時、親切そうな青年が近づいてくる。

ホテルの運転手に目配せし、俺には『荷物を持ってやる』と言っているようだ。

ああ、これもホテルのサービスかなとこのジーンズにシャツの青年に荷物を預ける。

この青年は運転手と何やら話しながら車に向かって歩いている。

運転手が車に乗り込み、この青年が荷物をトランクに積み込む。

おう、ホテルまで頼むわ。そう思ったさ中、青年が口を開く。


「バクシーシ」


へ?


「バクシーシ!バクシーシ!」


その時、安っぽいカラフルな原色のプラスチック製の、邪魔なくらいでかでかとガネーシャの顔のパーツの付いた電子辞書のような端末が喋りだす。

行きがけにガネーシャが願い事一つと引き換えに俺にくれた、げだつ道具の「キッズ・ヴェーダ」とかいう、『宇宙の真理が書かれている書を子供でも分かるようにしたもの』だそうだ。

単三電池4本がいるが、通訳とか旅の注意事項を説明してくれるとか言ってた。

『あー、典太君。これはね、チップ寄越せっていう意味だよ。まあチップだから気持ちで良いけどね、荷物運びの場合、普通の人の相場は10~50ルピーってとこかな。

で、社会的地位のある人なら100ルピーくらい払っちゃってもいいんじゃない?

金額は君に任せるけど、取締役の威信を示すチャンスじゃないかな。』


…なるほど、そういう意味か。

俺は財布を開く。細かい金がねえ。

とりあえずいっぱい持ってる500ルピーを差し出す。

「………!サンキュー、サーぁああ!!!」

若造の股間にシミが広がる。小便漏らしやがった。

…しまった、やりすぎたかな。でもまあ、ええわ。俺は取締役だからな。

その時、ドライバーの目がキラリと光ったのを俺は見落としていた。


超特急運転にゲロを吐きそうになりながらホテルに付く。

するとドライバーはこう言った。


「バクシーシ」


またかよ…さっきは500ルピー払っちまったが、荷物運びの相場が10~50ルピーって言ってたから、まあ運転なら500ルピーくらいが相場か。

俺は500ルピーを差し出したが、


「ペッ」


ドライバーがあからさまに渋い顔をして唾を吐き出す。…待てやこっちは客だぞコラ。


『ドライバーへのバクシーシの相場はね、500~1500ルピーくらいだよ。』

キッズ・ヴェーダが喋り出す。


…わかったよ糞が。もってけドロボー。

俺は追加で1000ルピーを差し出す。

ドライバーはまだ物欲しそうにこちらを見ている。

…くそったれ。地獄に堕ちやがれ。

追加でもう500ルピーを差し出すと、「しゃーねーなぁ」みたいな渋い顔をし、トランクから乱雑に俺の荷物を出して地面にたたきつける。

…ハァ?この野郎!ぶち殺すぞ!…まあ俺は取締役だ。心に余裕があるんだ。これくらいの無礼は許してやる。


キッズ・ヴェーダの力を借りてホテルにチェックインし、街を散策する。

…しかしこの街の住人、全員餓鬼道に堕ちているとしか思えん。

―頼んでもいないのに道を案内してバクシーシ。

―その道が間違っており、正しい道に連れて行ってやると言われ、何故か土産物屋に到着してバクシーシ。

―ぶち殺すぞコラぁ!と怒鳴りつけ、やっとガンジス川の畔についたらバクシーシ。

―そこでインスタにあげる写真撮ってたら「俺の写真を撮っただろ」と言われバクシーシ。

―川べりで葬儀が行われており、これがうわさに聞くガンジス川の畔でご遺体を焼く奴か…とか見ていたら声をかけられバクシーシ。

―声をかけられ背負っていたリュックが半開きだったことを教えてもらったらバクシーシ。

―ホテルへの帰り道が分からなくなりバクシーシ。

―そして再び土産物屋に連れていかれてバクシーシ。

―疲れ果ててキレる気力もなく、カレー粉とシルクのスカーフを買わされて出てきたところで意味もなくバクシーシ。

―そいつの胸倉をつかんでホテルまで帰ってきたところでバクシーシ。


俺は、金がなくなった。


今回の願い事 2回

残りの願い事 991回


布施とは、飢えた者に食を与えることではなく、渇いた魂に静かな灯を差し出す行にございます。

己が持ち得た言葉、知識、そして無償の祈り──それらを惜しまず差し出すとき、言葉はただの音ではなく、他を癒す火となるのです。

布施とは、金銀を施すことにあらず。

己の時間、己の怒り、己の執着さえ──整え、選び、差し出すことで、他者は救われる。


「施す者は、施された者よりも多くの功徳を得る。それは、施す者が執着を捨てるからである。」

これは、釈迦牟尼仏の説かれた、戒の中に灯る尊き言葉にございます。


施すは、捨てること。

捨てるは、執着を断つこと。

断つは、己を見つめること。

布施とは、他者のために見つめた己の姿を、静かに差し出す祈りのかたちにございます。

――布施は、祈りを灯し、執着を焼き、衆生の影に火を差し込む、仏の道にございます。――合掌

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