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4 ドタマかち割るぞコラぁ!この名前のどこに文句があるんじゃあッ!!!

『商号申請』。それはこれからインドの地に産声を上げる会社が名前と祝福を受ける儀式である。


この地には『登記局(ROC)』という命名の神がいる。

この地で産声を上げようとする会社は、まずこの神にその名を示し、認められる必要がある。

この神にその名を認められた会社のみが、その恩寵の証として『Name Approval Letter』を神の手により授けられる。

――これは商号申請が承認されたことを示すレターである。


「神にその名を示す。」

これは一見簡単なようだが、インドに進出する日系企業のうち、3割~5割が躓くという、まさにインド進出の鬼門である。


この神は気まぐれだ。


ある者は「類似商号が既に存在している」と啓示を受け絶望のあまり気を失う。


そしてまたある者は「商標登録済みの語句と被っている」と神託が降り、失意に打ちひしがれて帰宅し、オールドモンクを呷って便器に胃の内容物をぶち撒ける。


「親会社名と類似しているがNOC(異議なし証明)未提出である」

「事業内容と商号が乖離している」

という神の怒りの声に触れ、戦慄し、放心状態のままその場で失禁するものも多いと聞く。


更には神の僕である登記局の審査官から『語感が気に入らない』『なんとなくやだ』という意味不明な理由で却下されて慟哭し、糞を漏らしながら服を脱ぎ捨てて発狂する者も稀にいると噂される。


そしてこの命名の機会は、原則2回しか与えられない。

一回の申請で神に提示できる商号は2つまで、そしてそれが2回なので合計4つの社名の候補しか出すことが出来ない。


……インション。それは敗者への烙印。

この2回の機会のうちに商号が認可されなかった場合、そのインド法人は生まれる前に死に、その担当者は『インドまで行ってションベンをしただけの奴』略して『インション』の烙印を捺され、その余生を窓際で鼻をほじりながら過ごすことになる。

――――ガネーシャ書房 インションの書 第3章――――


「っていうことだよ、典太君。」

なるほど…さっきは殴り殺してやろうかと思ったけど、思いとどまってよかった。

典太は、手に持ったビール瓶をゴミ箱に捨てに行った。

紙は燃えるゴミ。瓶も燃えるゴミ。ただしどっちも燃やされるわけではなく、デリーのはずれのゴミ山に運び込まれるだけではあるが。


「あとそれから、商号承認後20日以内に登記申請を完了しないと折角承認取っても失効しちゃうよ。気をつけてね。」

…俺は上の空で聞いた。

「典太くん、見え見えなフラグ立てんのやめな?」


俺はこいつの鼻を引っ掴んでビール瓶で脳天をカチ割る前に、願い事を一つ消費して「なぜ商号承認が進まないのか?」を聞いてみることにした。

本社に「状況と問題点を報告しろ」と連日ツメられているが、分からんものは説明のしようがないので、藁をも掴む気持ちで頼んでみた。


するとコイツはガンジープリズムパワーで本を一冊生成して、俺に読み聞かせた。

『インションの書』とかいうふざけた名前の本だったのでやっぱり撲殺してやろうと思ったが、とりあえず今まで何回コンサルの話を聞いても分からなかったことがわかったので許す。俺は優しいんだ。


「背景はわかった。で、うちの会社は何故承認が降りない?」

「コンサルの報告書に書いてあるじゃん。『類似称号が別に存在している』だね。」

ガネーシャは家にあった最後のポテチをポリポリ齧り、食べかすで書類に油染みを作りながらパラパラと鼻でページをめくっている。

…クソが。あんなもん何回読んでもちっとも分からなかったのに。こんなリラックスモードのゾウに負けたのが悔しい。


「まあ僕は叡智の神でもあるからね。君よりは賢いんだ。」

…こいつ殺す!さっき捨てたビール瓶を拾いに行こうとしたその時、

『カシャコン』

願い事カウンターが一つ減る。そして…

「うげぁーーーっ!痛ってぇええーー!!!」

これまで経験した事のないような激痛が右目に走る。


「あー、網膜に直接刻んだからね。書き換わる時動くからちょっと痛いかも。」

馬鹿野郎これのどこがちょっとだ!

俺は床に崩れ落ちのたうち回っている。


「おーい、大丈夫?いたいのいたいのとんでけー。

…あ、そうだ!アレがあった!ガンジープリズムパワー・メークウィッシュ!」

「のぉおおおあああ!!!」

さらにカウンターが一つ減り、激痛の追撃を受ける。

あまりの痛みに床にゲロをぶち撒ける。

こいつ3回ぶち殺す。


「これはね、げだつ道具の『バングラッシー』っていうんだ。苦痛に耐えられぬ時飲むがいい。」

テーブルの上に置かれたそれは、汚いコップに入った、潰れた芋虫と飲むヨーグルトを混ぜたような色の薄緑色の液体だった。

コップには緑色でギザギザのあるカエデの葉っぱのような物が描いてある。


こいつまた頼んでもいないのにくだらねぇ道具出しやがった。

…しかし目玉を抉られるような激痛は継続している。

このままではゲロだけではなく糞まで漏らしてしまいそうだ。

ええい、どうにでもなりやがれ!

俺はヨロヨロ立ち上がるとコップを引っ掴み、中身を一気に胃に流し込んだ。


…俺の意識は、肉体を離れ、そして宇宙を満たしていった。


今回の願い事 2回

残りの願い事 997回

産みの苦しみ、それは、形なきものに形を与えようとする者の、業に他なりませぬ。

この世に生まれるすべてのものは、名を持たず、声を持たず、ただ在る。

されど人は、在ることに耐えられず、名を求め、声を与え、意味を刻む。

その刻みこそが、苦の始まりなり。

御仏は語られたり。

「名を授けることは、執着を授けることに等しい」と。

拙僧、かつて一枚の葉に名をつけようとして、風に吹かれてその葉を失いしことあり。

その時拙僧は、こう悟ったのです。

ー名とは、留めるための鎖にして、流れるものを縛る網なり。 ――合掌。

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