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3 ワケわかんねえ宇宙語並べんなクソがァ!俺は営業だぞボケぇ!!!

「典太さん…私はインド共和国の神、ガネーシャ。あなたは手術の失敗により、残念ながら命を落としてしまわれました。」

真っ白な部屋に椅子があり、そこにガネーシャが座っている。


あたりはどこまでも静かだ。


素晴らしい女神のコスプレをしたガネーシャは口を開く。

ふくよかな脇腹が青い衣装からはみ出している。

「あなたはこれから異世界 インド共和国に転」

「しつこいわ!そのくだりは要らねえっつってんだろ。」


気がつくと、ベッドの上で横たわっていた。

知ってる…天井だ。俺が赴任先のデリー市内で間借りしているサービスアパートだ。


昨晩のアレは何だったのか。夢か?と思いたかったが夢ではないことはもう分かっている。

視界の右上に、殴りたくなるようなゾウの顔のアイコンと、その隣に「999」という数字が見える。

昨日あの畜生神が神器である物騒な槍を俺の右目に突き立て、網膜に彫り込んだものだ。

俺のベッドはその時のガネーシャの狼藉で数箇所穴が開き、さらに飛び散った血と漏らした小便でえらいことになっている。


枕元には血に塗れた手術衣を着て馬鹿でかいマスクを付けたガネーシャが立っている。

鼻がマスクからはみ出ており、マスクの意味がない。

ソーシャルディスタンスを要求する。


「典太くん、目を覚ましたみたいだね。どうだい?物理的に生まれ変わった気分は?」

「目の前にいる奴をぶっ殺したい気分です。

あのー、ガネーシャさん。一個気になることがあるんだけど、いいかな?

…残機カウンター、999って出てるけど、願い事の数1000個だったよね?1個どこいったの?」


曲がりなりにも俺は日本人だ。釣り銭は一円でも合わないと気持ちが悪い。

他にもツッコんだりぶっ飛ばしたりしたい事はいろいろあるが、まずはそこをクリアにしておきたい。


「あー、それね。ほら昨日、君の目に残機カウンター埋め込んだでしょ?それで一個使ったよ。」

「待てやコラ。こっちは頼んでねえぞ。」

「いや君の国にもあるだろ。『お通し』って奴だよ。」

「よしじゃあもっかい昨日の凶器出せ。二つ目の願いだ。てめえの頭切り落としてやるわ。」

「あーそれ、一回やられてんだよね…前の頭どっかいっちゃったし、痛かったからやだ。代わりに10万カルマポイントをプレゼントでいい?」


俺はこの畜生を無視して、仕事をすることにした。

…あと1ヶ月でセンチュリー22インディアの登記を完了しないと、本格的にマズい。

典太の赴任から、2カ月が経過していた。


登記が完了し、デリー市内にオフィスを構えるまでは、この俺のアパートがオフィス代わりだ。

コンサルのフラウドギブマネーが出したマイルストーンをテーブルの上に広げる。

機械翻訳した珍妙な中華フォントで打ち出された書類にはこう書いてある。


①必要書類の準備(日本側):登記簿謄本(英訳+アポスティーユ)、定款、委任状など

②必要書類の準備(インド側):登記住所、インド人取締役のKYC、定款ドラフトなど(3〜5営業日)

③デジタル署名(DSC)取得:インド登記局で使う電子署名。日本人取締役も取得(1週間前後)

④商号申請(SPICe+ Part A):会社名を申請。(1〜2週間)

⑤設立申請(SPICe+ Part B):定款・登記書類を提出。電子申請で完了(約1週間)

⑥設立証明書(COI)取得:登記完了。PAN・TANも同時発行(即日〜数日)

⑦銀行口座開設・資本金送金:インドルピー建てで送金。FIRC取得が必要(1〜2週間)

⑧株式割当・FCGPR報告:RBIへ資本着金と株式発行を報告(2〜3週間)

⑨事業開始届(INC-20A)提出:設立後180日以内に提出。これで営業開始可能(即日〜数日)


用語の意味?知るか。俺は宇宙語は解さん。総務に聞いてくれ。俺は営業だ。


2カ月前に典太が渡航してきた際には、既に①②は本社の総務と法務がフラウドギブマネーとやり取りして既に終わっていた。

ついでに、いらないのに典太のインドビザも勝手に取られていた。

ホント、俺じゃなくてあいつらが来ればよかったんだと典太は思うが、仕方ない。

あいつら全員赴任断ったんだもん。


典太の最初の仕事は、インドに住む外国人に義務付けられている外国人滞在登録である「FRRO登録」だ。

コンサルに言われるがまま証明写真を撮りに行ったり書類にサインしたりする。

発行されたFRRO登録証は右上に典太の写真があるが、何故か上下逆に映っている。

糞コンサル、てめえの目ん玉は上下逆についてんのか?蝋人形にしてやんよ。


次の仕事は③のDSC取得だ。今後センチュリー22インディアの取締役としての電子署名を行う上で必要になる。

これは本来は書類のやり取りとWeb通話による本人確認で事足りるが、典太は英語もヒンディー語もわからない。

そこでコンサルの担当者と一緒に当局に赴いた。

取締役か、大出世だと少し浮かれながら、何やら当局と話しているコンサルの横で仁王立ちし、コンサルが何かしゃべったら鷹揚に「いえーす」と頷く。

5~6回やったら「典太さん、黙っててください」とコンサルに怒られた。


取締役(名ばかり)の証、DSCを取得したと聞いたときは、少し嬉しくなり手帳の隅に「取締役・乃木典太」という漫画を描こうとして結局描けなかったのでやめたのは秘密だ。


要は、会社としての意思決定はセンチュリー22本社経営層。

書類の準備や読解はセンチュリー22本社総務&法務&フラウドギブマネー。

典太の役割は証明写真撮ることと、回ってくる書類のサインと、当局に直接顔を出す必要がある場合にコンサル担当者の隣で突っ立っていることだけだ。


…完璧な役割分担である。威厳ある取締役にふさわしい。


③のDSC取得までは典太の取締役としての働き…?もあり順調だった。

しかし今、④の商号申請で決定的に躓いている。

全く進む気配がない。


商号申請が通らなければ会社の登記ができない。

登記がなければ、資本金の送金も出来ない。株式も出て来ない。

それが出来ないと、事務所の設置や従業員の雇用、備品の調達も進められない。

登記後の開店準備は4ヵ月を見込んでおり、これ以上の登記の遅れはもはや許容できない。

センチュリー22のインド進出は頓挫、典太は「インドに行って小便をしてきただけの男」の称号を得ることになる。


典太は頭をさする。

昨晩気絶している間にAEDを頭に取り付けられる際、ガネーシャに剃られた10円ハゲがひんやりする。

典太は棍棒になりそうなものがないか部屋の中を見回した。



今回の願い事 1回

残りの願い事 999回

御仏の御意思は、わかりやすい言葉に表されているものではありませぬ。

この現世、とかく複雑に見えるかもしれませぬが、それは煩悩を捨て、全てをありのままに受け止めることにより、その複雑さが、実はただの心の揺らぎであると気づかされるのでございます。

煩悩とは、欲・怒り・無知の三毒にて心を乱すもの。

されど御仏は、煩悩を断ち切ることよりも、煩悩を見つめることこそが修行であると説かれました。

「煩悩即菩提」──煩悩の中にこそ、悟りへの道があると。ーー合掌

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