22 さらばガネーシャ!アイラブインディア!!!
「よし、じゃあ仕事場に行こう。忙しくなるよ。」
ガネーシャがそう言うと、視界が歪む。
俺とガネーシャはセンチュリー22組事務所に転移した。
「ガンジープリズムパワー・メークウィッシュ!
…『どこでもゴープラム』!」
馬鹿でかい扉が現れる。
そしてできたばかりのセンチュリー22インディアの組事務所天井を破壊する。
毎度扉がデカすぎる。横に置け。
…それで、この産廃でどうする?
『どこでも』とか言いながら、行先は『アートマンとサンサーラの部屋』とかいうイカれた空間限定じゃねえか。
今の状況をどうにかできるとはとても思えん。
「忘れたのかい典太君。
この『アートマンとサンサーラの部屋』では時間の進みは下界より早い。
この中での1年は下界での1時間だね。
…さあ、仕事だよ、典太君。
関係者を全員拉致して、この中にブチ込むんだ。
Demat口座開設はあと20日でやればいいから、480年までなら時間かけれるよ。」
*****
「すまねぇな、アンタに恨みはないが、暫くうちの別荘に来てくれや。
…やれ、アミット。ラメシュ。」
目の前の男は怯えて震えながら小便を漏らしている。
ポキポキと指の関節を鳴らしながら、アミットとラメシュが大きな袋と縄をもってにじり寄る。
「快くご協力いただいて助かりますわ。」
ラメシュはDP(Depository Participant/証券口座を開く金融機関)の担当者が動けないよう関節を極めている。
動けず、哀れな顔で小便を垂れ流す男にアミットが袋を被せ、縄でぐるぐる巻きにする。
「OYASSAN、次行きましょう。」
本当に、頼りになる社員だ。
業務遂行力や知識も半端ないが、この手の荒事にも滅法強い。
…違法行為じゃないかって?
問題ない。うちのコンサル、フラウドギブマネーは法律事務所でもある。
こいつらが法的にもみ消してくれるので、合法だ。
「おい、誰だ貴様らは!…ぼ、暴力はよせ!ああ、お助けくださいガネーシャ様。」
所得税局の担当官は俺達闖入者に驚き、小便を垂れ流しながらガネーシャに祈っている。
「ああ、俺達と一緒に来ればガネーシャに会わせてやる。」
嘘ではない。
アートマンとサンサーラの部屋には、『マハーセーナ精神注入棒』を構えたガネーシャがこれまで拉致してきたDemat口座開設関係者の作業を監督している。
「ヒィッ……うぅん」
何を誤解したのか知らんが、所得税局の担当官は失神して動かなくなった。
拉致して、扉にブチ込んで、罪をもみ消して、拉致して、扉にブチ込んで、罪をもみ消して…
数時間後、センチュリー22本社のDemat口座は開設された。
*****
『カシャコン』
願い事の残機カウンターが0になる。
しかし、いつもの目の痛みは来ない。
俺の網膜に刻まれていたあの鬱陶しい残機カウンターは、そのままスゥーっと消えていった。
そしてガネーシャも、それっきり俺の目の前に現れることはなくなった。
…別れの挨拶くらい言いやがれ。
そう呟きながら、俺は事務所のガネーシャ像の前に香を焚いている。
今日はセンチュリー22インディア開所1周年だ。
あの時のことを振り返る。
Demat口座開設後は、特に大きな問題もなく開所に漕ぎつけることができた。
株式を割り当てたら、あとはそれを当局に報告し、事業開始を届け出るだけだ。
これは木刀を持ったアミットとラメシュがフラウドギブマネーに張り付いて監督し、スンナリと終わったと報告を受けている。
帰ってきたラメシュが持っていた木刀が折れ、ガラスの破片が食い込んでいた件についてはツッコんでいない。
そしてその後、開所式のプジャを執り行った。
朝の光がまだ柔らかく、空気に静けさが漂う中──
天井を修理したセンチュリー22組事務所の一角に、白布が敷かれ、花輪と紅粉が並ぶ。
サフラン色の衣をまとい、聖水とベルを手にした導師が、静かに現れる。
祭壇には、ガネーシャ像が鎮座する──障害を取り除く神、事業の守護者。
香が焚かれ、火が灯される。
小さな炎が揺れ、空間の中心に「意志」が宿る。
グルが唱えるサンスクリットのマントラが、壁に反響し、組事務所としか形容できなかったオフィスが、神殿のような気配に変わる。
俺はグルから額印を受け、手を合わせる。
その瞬間、俺は単なる名ばかり経営者ではなく、神々とセンチュリー22のビジネスを仲介する者となる。
儀式の終わりに甘味が配られ、それは「神々の祝福を口にする」行為──事業の甘き未来を象徴する。
典太は祭壇のガネーシャ像を注視したが、それはただ静かに揺らぐ炎を反射するだけだった。
「何を考えていたの?」
ガネーシャ像を見つめ、一年前のことを思い出していた俺に、サプナが話しかける。
今日はガネーシャ・チャトゥルティ。神ガネーシャの生誕を祝う祭日だ。
会社は休みだが、俺とサプナは事務所に足を運び、静かに祈りを捧げていた。
サプナの腕には、寝息を立てる俺とサプナの息子のアディティヤが抱かれている。
「ああ、ちょっと俺の、世話になった友達のことをな…」
カバンからポテチの筒を取り出し、祭壇に供える。
アイツ、いつもこれをポリポリやってたよな。
「ごちそうさん、典太君。」
祈りを終え、帰ろうとしていた俺は、背後から聞こえた懐かしい声に振り返る。
「やほ」
結跏趺坐を組んでプカプカと浮遊する、ガネーシャの姿があった。
ガネーシャは語り出す。
「一年半前かな?ああ、そう言えば君は暫く『アートマンとサンサーラの部屋』にいたから3年半前か。
あの時の君は本当に心配だったけど、すっかり逞しくなったよ。
最初君は救いようがないくらい受け身で、全てを人のせいにしていたけど、今の君の心にはジュガードの精神が宿っている。
最初君はこの国に飛ばされたことに絶望していたけど、今君の愛するものは全てこの国の中にあるし、この国自体も好きになっただろう?
…ね、僕の言ったとおりだろ。『僕は自信をもって保証するよ。この国はいい国だよ。』ってね。」
……言われてみればそうかもな。
お前の言う通り、最初はサッサと任期終わらせて帰りたいと思ってたけど、今じゃこれが俺の日常だ。
うん──猛烈に恋焦がれるような「好き」じゃない。
でも、いいところもダメなところも、まとめて静かに受け入れている。
それってつまり、俺はこの国も、ここに住む人たちも、ちゃんと好きになったってことなんだろうな。
「そして君も今や立派なヒンドゥー教徒だ。
そうだな、君が最初来た時に僕がサービスで叶えてあげた願い事としてじゃなくて、信徒への神の慈悲として、祝福を授けるよ。
僕は障害を除き、困難と闘う力を授け、願いを叶える神、ガネーシャだ。
……ガンジープリズムパワー・メークウィッシュ!」
ガネーシャの背後から差していた後光が増し、天井からダイヤのような煌めく光が俺と、サプナと、アディティヤに降り注ぐ。
「困ったら、僕に祈って救いを求めていいんだよ。
救いを信じて頑張る人に、僕は何度でも奇跡を見せてあげるよ。
じゃ、頑張ってね典太君。」
そう言うと、ガネーシャはすっと消えていった。
サプナは跪いて祈りを捧げている。
アディティヤは静かに寝息を立てている。
後日俺はこの時ガネーシャが起こした『奇跡』に驚愕する。
俺の日本国籍が消え、会社の籍も本社からセンチュリー22インディアへの『出向』ではなく『転籍』となっていた。
……今日も俺はなんとか頑張っている。
今回の願い事 1回
残りの願い事 何度でも――救いを信じて頑張る限り
「完結」とは、終わりにあらず。仏の筆が一度止まる、その静寂にございます。
人は申します──「物語が終わった」「人生が一区切りついた」「これで完結だ」と。
されど、拙僧は申します。
完結とは、終焉にあらず。むしろ、始まりの余白にございます。
仏典に曰く──
「一切は無常なり。されど、無常の中にこそ常住の理あり。」
つまり、完結とは「閉じる」ことではなく、「開かれたまま終える」こと。
それは、執着を手放す技。
それは、物語を語りきった者が、次の語り部に筆を渡す瞬間。
それは、煩悩の舞台を一度降り、悟りの稽古場を掃き清める所作。
南無阿弥陀仏の御慈悲は、始まりにも、終わりにも、そしてその間にも満ちております。
完結とは、仏の掌の上で一度筆を置くこと。
そして、次なる縁起を待つ静寂。
さればこそ、今日も誰かが物語を閉じ、誰かがその続きを夢見、誰かが「この終わりに意味があった」と振り返る。
それすらも、すべて御仏のお導きのままに。
──合掌。




