21 しゃらくせエ!…もっかい口座だァ!!!
「で、ムスゴパル。申し開きはそれだけか?あァ?」
組事務所と見まごう殺風景な室内。黒光りする良質なソファにふんぞり返っている典太の背後に、日本刀が光っている。
床にはコンサルのフラウドギブマネーの担当者、ムスゴパルが正座している。
筋骨隆々逞しい体に派手な柄のシャツを着て、ダブルのスーツを羽織っているアミットが口を開く。
「OYASSAN、控えめに言って、今の状況かなりマズいです。
…このボンクラ、どう落とし前付けさせます?」
ドスの効いた声と威圧感を放つアミットの風貌に、無言の殺意を放つ事務所の雰囲気も相まって、ムスゴパルは恐怖のあまり小便を漏らしている。
センチュリー22本社から送金された、資本金は着金した。
しかし、センチュリー22本社に対し株式を発行することができないでいた。
*****
「…事態はわかったよ、乃木君。」
今日の大山常務もモニターの光を禿げ頭に反射しているが、いつもより青白く見える。
「君が自分を責めることじゃない。しかし困ったな。」
ムスゴパルを責めていたが特に自分を責めていたわけではない俺は、神妙な顔を作る。
経緯はこうだ。
センチュリー22本社が振り込んだ資本金に対し、センチュリー22インディアは株式を発行して割り当てる。
従来は紙の株券を発行すればよかった。
しかし……最近、制度が変わった。
株式が、電子化されたのだ。
電子化された株券を受けるには、センチュリー22本社がインドで株式口座、『Demat口座』を開設する必要がある。
しかしこれには3カ月ほどかかる。
それに対し、株式の割り当ては、着金してFIRCが発行されてから60日間以内に取締役会で決議、株式の登録(Demat振替)する必要があり、さらにその後30日以内にインド準備銀行への報告(FC-GPR提出)と登記局への株主の登記(PAS-3提出)を完了する必要がある。
これが完了するまで、センチュリー22本社が振り込んだ資本金は『資本は存在するが株主が存在しない』という、いわば『幽霊資本』の状態になる。
これでは監査で問題になるだけでなく、前述の期限を超えての株式割り当ての未実施や、株主の未登記は法令違反だ。
コンプライアンスを重視……じゅ、ジュウシするセンチュリー22には由々しき問題だし、罰則もある。
そして我らがコンサル、フラウドギブマネーはこの株式電子化への制度変更を、知らなかった。
しかし、先日センチュリー22インディアに入社したアミットが知っていた。
そのためフラウドギブマネーは上を下への大騒ぎ、俺は本社との緊急Web会議をやっている最中だ。
「しかし…時間がないな。こちらで集める書類は今総務が超特急で集めている。週内には出そろうだろう。
…問題は…インド側の手続きだな。」
センチュリー22はまず、PAN(納税者番号)を取得する。
申請書類はフラウドギブマネーが今死ぬ気で書いている。
株主となる本社の登記簿、取締役の身分証明、フラウドギブマネーへの委任状などは今本社総務が死ぬ気でかき集めている。
日本側の書類はアポスティーユ(公証人役場→外務省による認証)が必要だが、これも総務が当局に鬼電して張り付いてなんとか今週中に用意するという。
問題はインド側の手続きだ。
…これにはどうやっても1カ月ほどかかる。
PAN取得後は銀行を選定し、これ用にまた登記簿や取締役の身分証明、KYC書類などをアポスティーユ付きで提出する。
そしてDemat口座開設申請を出すのだが…これも開設まで2カ月ほどかかる。
タイムリミット60日のうち、40日程は事務所の開設と従業員雇用に使ってしまった。
あと20日しかないが、Demat口座開設まで賞味3カ月はかかる。
*****
「という訳だ。助けてくれ。」
家に帰った俺はクローゼットの扉を開け、ガネーシャと対峙している。
人の力で時を巻き戻すことはできない。
フラウドギブマネーのボケカスを激詰めしたところで事態は好転せず、ただ時間が過ぎるだけだ。
しかし俺には神様がついている。
ガネーシャ様、お願いいたします。
「…なるほど、それは大変だね。…君の最後の願いだね。
よし、アレを出してあげる。」
…ちょちょちょちょちょいちょい!『最後』って言った?
願い事カウンター、まだ963回を示しているぞ?
そう抗議した瞬間、願い事カウンターが恐ろしい速さで回転を始める。
『カシャカシャカシャカシャカシャコン』
「うげぁぁぁぁあああ!!!」
そしてこれまで経験したことの無い目の痛みが俺を襲う。
これまでの生活で定期的に猛烈な目の痛みに襲われていた俺は、それなりに痛みに対する耐性ができている筈だった。
『カシャカシャカシャカシャカシャコン』
「のぉぉおあぁっ!!!」
立っていられず、床にへたり込む。
そしてそのまま小便と糞を同時に漏らして床に垂れ流す。
『…カシャコン』
カウンターは動きを止め、残機『1』を指す。
「プゥッ」
俺は小さく放屁すると、そのまま意識を失った。
*****
「おお、勇者典太よ。其方は目が痛くなって気を失ってしまった。其方は異世界、インド共和国に転生
「やかましいわ!それより意味が分からんぞ。なぜ963回あった願い事がいきなり1個になるんだ?」
俺はガネーシャの言葉を遮り、猛抗議する。
「…ああ、それか。ごめんね典太君、ちょっとカウント間違いがあったんだ。
ほら、君、こないだ日本で免許取りに行ったとき、ハチロク962台廃車にしただろう?
アレの修理に、願いを一つずつ使ってたんだよ。」
…雑だ。この作者雑だ。
しかし言われてみれば確かに、俺はアートマンとサンサーラの部屋でのドラテク修行の折、多い日には一日10台以上のハチロクを崖下に叩き落としている。
しかしこのままでは今後何かあってもガネーシャを頼ることができなくなる。
そうだ、原点に立ち返ろう。
「分かった。願い事を変更する。
『願い事もう1000個』これで決まりだ。」
「あー、典太君、その願いは既に叶えているだろう?…ダメだよ、この資本主義の世の中、同じこと繰り返してちゃ進歩がないだろう?
ちゃんと限られた営業資源の中で物事を成し遂げていかなきゃ。
…で、どうする?」
…俺は今までを振り返る。
…………碌な目に遭ってないことに気づいた。
そう言えば毎回脳天をカチ割ってやろうと思ってた。
「おし、ガネーシャ、この難局を乗り切る道具を出してくれ。」
俺は漏らした小便と糞の中、目を覚ました。
目の前ではガネーシャがプカプカ浮遊している。
まあ、清々するわ。
結局こいつの頭をカチ割ることはできなかったが、多分もう天寿を全うするまで殺されて死ぬことはないだろうし、変な薬を飲まされることも、身ぐるみ剥がされることも、宗教指導者として祀り上げられることもなくなるだろう。
いいじゃないか。
想いとは裏腹に、俺の目から涙が溢れていた。
今回の願い事 962回
残りの願い事 1回
「失敗」とは、仏の慈悲が人に与える裂け目でございます。
人は、成功を積み上げて己を築こうとします。
されど、仏の眼から見れば──その築かれた己こそが、執着の塔。
失敗は、その塔を崩し、地に足をつけさせるための雷鳴でございます。
失敗したとき、人は初めて「知らなかった」と言える。
「慢心していた」と認められる。
「助けが必要だ」と頭を下げられる。
それこそが、修行の始まりでございます。
弘法大師もまた、こう申されました──
「学ぶ心あらば、失敗は師となる。」
失敗とは、己の無知を照らす灯。
己の傲慢を砕く槌。
己の孤独を癒す縁。
それを恥じることなかれ。
それを隠すことなかれ。
それを語ることこそが、他者を救う道となる。
失敗を経て、己を知り、他者を知り、世界を知る。
そのとき、人は初めて「生きている」と言えるのでございます。
──合掌。




