20 お前ら全員採用じゃぁ!しっかり働けコラぁ!!!
碌な人材が来ねぇ…。
履歴書に『ラーマ・チャパティ・ファクトリーCEO』『グーグル・プライベート・リミテッド・デリー支社リサーチ員』とか書いてある。
話を聞くと家でチャパティを焼き、近所のネカフェでネットサーフィンをしているだけの無職だった。
「はい次の方。」
オフィスを構えたセンチュリー22インディアは営業員と事務員の求人を開始した。
応募はガンガン入ってくる。
「あのー、月20万ルピーからでお願いできますか?あと毎年の昇給は20%で…」
「できません。出口はあちらです。」
開口一番それかよ。うちはATMじゃねえ。
「はい、アニカさん、入室ください。」
何故かオッサンが女の子を連れて入ってくる。
「あ、どうも。アニカの叔父のパンカージです。
この子はとても聡明な子で…」
「お帰りください。出口はあちらです。」
ハァ…。
この国は14億を超える人口を抱える、世界最大の国だ。
仮に上澄み1割を集めれば、日本の人口を超える数の超優秀人財が集まるだろう。
だが…それと同じくらい、どうしようもない人材もいる。
「はい、次の方。」
ドカドカと男たちが入ってくる。
その手には、黒い袋と縄が握られている。
…俺は頭から袋をかぶせられてグルグル巻きにされ、どこかへと連れていかれた。
*****
「OYASSAN、こいつです。」
「こいつが、ウチのシマで組事務所を開いた組のHEADです。」
俺は、恐怖のあまり袋の中で小便を漏らしている。
「おし、コンクリ詰める前にヤキ入れるぞ。袋から出せ。」
拘束を解かれ、袋から解放される。
…なんだ、ウチのオフィスじゃないか。
見覚えのある一枚板の机、殺風景な内装。作りの良いソファー。部屋の隅の日本刀。
しかし、何かが違う。
額縁に飾られた見るからにヤバそうな人の写真。見慣れない会社ロゴ。そしてガネーシャの祭壇ではなく、神道の神棚。
…間違いない。
センチュリー22の内装サンプルとして見せられた、『本職』の組事務所だ。
*****
「なあ、ここはウチのシマなんでな。」
この『本職』の男は日本語で、ドスの効いた声で俺に話しかける。
「それをウチの事務所に瓜二つなニセモン作りやがって…ウチのシノギ潰すつもりかテメェは?」
はわわっ!そこは俺のせいじゃありません。俺はバツつけてこれだけはやめろって言ったんです。
文句は俺じゃなく、フラウドスティーラー不動産のあのボンクラに言うてやってください。
股間が生暖かくなる。
俺の金玉は縮み上がっているが、小便をせき止めているアレも同時に委縮し、歯止めが効かなくなっている。
「ウチの組に挨拶も入れねえで勝手なことされちゃ、筋が通らんやろ?」
…その言葉に俺は、カチンときた。
こっちは曲がりなりにも、この国のルールに敬意を払い、この国のルールに基づいてセンチュリー22を立ち上げた。
ハッキリ言う。この国の仕組みはまだ未成熟だ。色々なところで矛盾はあるし、曖昧な部分もある。
だけどこっちはその中であがいて、もがいて、何とかその制度の枠組みの中で折り合いを付けてきた。
お前らが勝手な『筋』を主張するのは、百歩譲って知らん。
だけどな、俺が通すのはお前らの『筋』じゃねえ。この国の『法』と『風習』だ。
「お前、DSC取ったか?」
ヤバい。挑発してどうする。
俺の理性は脳内で叫んでいる。
しかし、勝手に口が動く。そしてその声は底知れず冷たい。
「商号申請は?設立申請は?代紋掲げんのもいいけど、COIちゃんと取ったんか?」
威勢のいいことを言っていてこれまでのことを思い返す。俺の認証の取り方も、これまで碌なもんじゃない。
大抵、神の威光かカネの力で担当者の裁量を引き出して認証を取ってきている。
それでも、この国のルールの中でやってきている…。ルールの中で…。
俺はだんだん自信がなくなってくる。
本職の男は顔を青ざめさせた後、紅潮させる。
額には青筋が浮き立つ。
「ほう…ワレ、ええ度胸やのぉ?おいラメシュ、道具持ってこい!…ワレェ、いてまうぞ!」
…やばい、マジで怒らせたみたいだ。
サプナ、すまん…結婚2週間で未亡人にしちまうかもしれん。
「おし、テメェの度胸に免じて、道具選ばせたるわ。チャカかドス、どっちか選べや!」
あのーごめんなさい、イキってました。選べませんよどっちも。
痛くない方でお願いしたいっすけど、死にたくないんでやっぱまだお願いしたくないっす。
この状況から助かる方法ってないですかね?
あーもう神様仏様ガネーシャ様、助けてください!!!
「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」
俺はいつか、ガネーシャから教わったマントラを唱えていた。
「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」
それは初度の預け入れ資産として銀行から要求された高額な資金を捻出できず、食うに事欠いていた俺を救ったマントラ。
「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」
目からは恐怖の涙があふれ、股間からは情けなく小便を垂れ流していた俺の前に、解脱の光を放つガネーシャが現れた。
(典太君、君すっかり立派になったねぇ。…あとは僕にまかせてごらん。)
ガネーシャが念話で俺に話しかける。
「…龍門潤三郎よ。印度龍門会の名を冠する者よ。
汝が振る舞い、我が民を惑わし、誠を穢すものなり。
此処は我が民、印度人の地。
我が民には我が法あり、歴史あり、流儀あり。
汝が語る『筋』、それは我が民の誠にあらず。
それはただ、虚飾と恐怖をもって誠を踏みにじるものなり…」
ほう、龍門って名前なのか、この本職…。
龍門の手下のインド人極道は、後光を放つガネーシャを前に、小便を垂れ流しながら跪いている。
龍門はチャカを手に取った状態で、ガネーシャを見つめてフリーズしている。
「…我が名はガネーシャ──障害を除き、道を開く神なり。
汝が誠なき道、我が眼前にて断じて許さじ。
今ここに、神の怒りを知るがよい。
汝が傲慢、我が沈黙にて崩れん。
汝が虚飾、我が光にて焼かれん。
汝が無明、我が言葉にて裂かれん。」
(ガンジープリズムパワー・メークウィッシュ!)
…おい、そこ念話じゃなく堂々と言え。お前実は恥ずかしいんか?
ガネーシャの手に、金色に輝く縄が生成されてゆく。
(これはね、げだつ道具の『おしおきパーシャ』って言うんだ。
これに縛られるとね、虚構で飾られたその人の悪意が分離してね、それを見つめることで自分が単にツッパってイキってただけだったんだって思い知らされるんだ。)
…ちょっとまて、ヌルくねえか?俺の時は散々五体を切り刻んだり、脳天叩き潰して殺してたよな?
(ああ、君の場合は虚構じゃなくて、真性だったからね。分離のしようがないよ。…まあ見てな。)
物凄く不安になることを言ったガネーシャは、『おしおきパーシャ』を解き放つ。
すると、その縄は龍門を亀甲縛りに縛り上げる。
「…おい、テメェ!何の真似だコラぁ!」
上ずった声で啖呵を切る龍門の身体に異変が起きる。
まず奴の纏っていた、極道スーツが青白く光る粒子に分解し、亀甲縛りに固められた奴の目の前に再度形を成して床に崩れ落ちる。
続いて奴の立派な彫り物が消え、ペラペラの紙のようなものになって奴の目の前に落ちる。
次はこの組の代紋。次はパンチパーマの髪の毛…
奴を極道たらしめていたものが次々と奴の身体を離れ、奴の眼前にだらしなく落ちてゆく。
最後に残ったのは、裸一貫のただのオッサン 渡世名龍門潤三郎ではなく、山田一郎だった。
「さて──汝、山田一郎よ。
虚飾の衣を脱ぎ、悪意の影を失いし、ただの素体なる者よ。
今ここに、我が民の前に立つ汝に問う。
汝が語る『筋』とは何ぞや?
それは、我が民の法を越え、歴史を越え、流儀を越えてなお、守るに足る誠の核を宿すものか?
汝が誠を語るならば、今ここに示せ。
さもなくば、汝の言葉は風なり──我が民の耳に届かぬ。」
山田一郎は答えない。
ただパンツ一丁の姿で、小便と涙を垂れ流すだけだった。
*****
「OYASSAN、いなくなっちゃった…。でも、あの組織は持続可能な経済モデルじゃなかったよね。」
アミットがぼやいている。
「そうだね。YAKUZAの活動は、GDPに寄与しない非生産的支出ばかりだった。
恐怖による統制は、インセンティブ設計としても破綻してたよね。」
ラメシュが淡々と続ける。
ん…??
俺はこの元組員達のボヤキに、知性を感じる。
「あのー、ところで君たち…何ができる?」
……驚いた。
こいつら、話を聞いてみると法律、経理、営業実務から果てはIT、自動車、電機など、とにかく引き出しが多い。
哲学やら歴史やら宗教やら思想やらにも、やたらと深い考えを持つようだ。
「そりゃ典太さん、馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端で尚なれないのがYAKUZAですよ」とか言ってるが、利口だよお前ら。多分俺より。
(ガネーシャ、こいつらリクルートできないか?)
(ほう、戦闘力25万!!対して典太君、君は…よそう。)
俺はガネーシャが右目に取り付けたデバイスを取っ払って投げ捨てる。
(うん、そうだ、アレを出そう。ガンジープリズムパワー・メークウィッシュ!)
ガネーシャの手に何やら盃のようなものが生成されてゆく。
(これはね、げだつ道具の『カラシャ盃』って言うんだ。
…この国の労働者はね、したたかだよ。採用するのも大事だけど、その後辞めさせないことも考えなきゃ。
採用した後、少しでも条件がいいところがあれば、即転職。
上司の貫目が足りなければ、即転職。
…この『カラシャ盃』で『採用の儀』を執り行うことで、雇用主に対する疑似血縁関係に近い『縁』を感じるようになるんだ。
だから、これで採用すると、辞めないよ。)
ガネーシャの後光が増す。
上座に座るのは俺。
その右隣りにガネーシャが結跏趺坐を組んで浮遊している。
俺達の前には、アミットとラメシュが正座している。
「汝ら、アミットよ。ラメシュよ。
長きにわたり、道を外れしこと、我はすでに知れり。
されど、我が眼は汝らを見捨てず。
汝らもまた、我が信仰の灯を宿す者なり。」
ガネーシャが厳かに語る。
アミットとラメシュは肩を震わせ、涙を流している。
「此処に座すは、我が忠実なる信徒──典太なり。
彼は盃を授ける者、誠の器を持つ者なり。
――今こそ、儀を受けよ。盃を手にし、呼びかけるがよい。
『OYASSAN』と。
その一語にて、汝らは再び誠の道へと歩み出すであろう。」
俺は静かに、威厳ある所作でアミットとラメシュに『カラシャ盃』を渡す。
盃を受けたアミットとラメシュは一礼し、盃に口を付ける。
「OYASSAN、今後ともよろしくお願いいたします。」
そして俺は、優秀な部下2名を採用…?した。
今回の願い事 2回
残りの願い事 963回
就職とは、ただ職を得ることにあらず。
それは己の煩悩と向き合い、社会との縁を結び直す「修行の一環」にございます。
人は生まれながらにして、貪・瞋・痴の三毒を抱えております。
「もっと稼ぎたい」「認められたい」「楽をしたい」──
その願いは、否定すべきものではございません。
されど、それに囚われるならば、業は深まり、輪廻の苦しみは続くのでございます。
就職とは、己の力を他者のために差し出す「布施」の実践なり。
その布施が、誠に基づくならば──それは社会に光を灯す行為となる。
逆に、虚飾や怠惰に基づくならば──それは己を欺き、他者を惑わすものとなる。
さればこそ、拙僧は申します。
職を求める者は、まず己の心を見つめるべし。
何を欲し、何を恐れ、何を誇りとして生きるのか──
その問いに向き合うことこそ、就職の第一歩にございます。
また、職を与える者もまた、試されております。
人を選ぶとは、業を見極め、誠を育てる責任を持つこと。
それは単なる契約にあらず──それは「縁」の生成にございます。
今日、誰かが職を求め、誰かがそれを与え、誰かが「人として生き直したい」と願う。
その願いに、仏は微笑まれる。
その願いに、我らもまた、耳を傾けるべきでございます。
就職とは、煩悩の舞台なれど──
そこに誠が芽吹くならば、それは灯明ともなり得る。
──合掌。




