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18 ハイスぺだとぉ!?ここにおるわ!!!

「と、いう訳だ。まったくもってうまくいかん。」


頭に包帯を巻いて顔に絆創膏を貼った俺は、ガネーシャと話をしている。

前回ムスゴパルの車を横転させてしまい、軽くケガをした。


「世話になったな、ガネーシャ。」


俺は夜逃げの準備を始めた。

ここ最近色々ありすぎて、どうでもよくなってきた。

口座の100万ルピーを持っていって、それでカネがなくなったら説法して稼ごう。

うん、これが悟りってやつなんだろうな。


「あー、典太君?君のおカネ、もうなくなっちゃったよ?ほら。」


ガネーシャが差し出したのは…フラウドギブマネーからの請求書だった。

…社用車を廃車にした俺は、その賠償の請求書を受け取り、その場でズッコケて気を失い、床に小便を漏らした。


*****

「ああ、勇者典太よ。其方は高額請求に驚愕し気を失ってしまったのです。さあ、異世界インド共和国に転生 


「どうしよガネーシャ様、おカネが…おカネがなくなっちゃったぁぁああ!」

俺はガネーシャの言葉を遮り、そのふくよかな体に縋りつく。


「うん、まあ元々あのおカネは君の実力で稼いだものじゃないからね…諦めな?」


「そんな、冷たいですよガネーシャ様ぁ!あれ俺がマントラ唱えて額印塗って稼いだやつですよ?」

俺は食い下がる。


「いや、彼らはガネーシャブランドに惹かれてあの寺院を訪れたんだよ?君はたしかに実務はやったけど、その取り分はさっき扇を作ってパタパタやってた1万ルピーくらいじゃないかな?

あとは僕へのロイヤリティと思って、諦めな?」


そう言われるとまあ、その通りではある。神の化身(アヴァターラ)の称号も、ガネーシャあってのものだ。

しかし、金がないと俺は餓死する。


「まあ、典太君。君の会社の口座が開設されて、業務を開始できれば、これまで未払いだった君の給料も一括で支払われるよ?

それなりにまとまったおカネになるんじゃないかなあ。」


ハッ、そうだ…かれこれもう4カ月以上、給料もらっていない。

これが一括で入ってくれば…!!!

「ガネーシャ様、お願いします!転生させてください!!」


そしていつものように、俺の視界が歪んでゆく。


*****

「さあ典太君。問題点を整理するよ。

君の会社の口座を開設するにはインド人取締役が必要。

しかしインド人取締役はいなくなっちゃった。

新しくインド人取締役を設定してたら間に合わない。

間に合わないと君は本社から無能の烙印を捺され、左遷。

『インドまで行ってションベンしてきただけの奴』略して『インション』と後ろ指刺され、今後定年まで閑職に甘んじることになる、と。」


こないだのWeb会議で取締役陣はそれくらい怒り狂っていた。

傍から見たら期限内に仕事出来てないのに放り投げて日本に行ったりゴアでカジノに入り浸っていたりバラナシで観光してたり、碌でもない奴にしか見えない。

そして何よりあの『いいわけジャータ』とかいう道具の生成する人を舐め腐ったような言い訳が取締役陣の怒りの火に油を注いだ。

…畜生、やっぱり半分以上はこいつの責任じゃねえか。こいつ〆る。ビール瓶で頭カチ割って〆る。


「幸い、センチュリー22には既に取締役がいる。君だね。

つまり、君がインド人になれば問題は全て解決する。」


ズゴッ。

ビール瓶を取りに行った俺はそのぶっ飛んだ解決策に驚愕し、ズッコケた。

…たのむ、やめて…もう俺、インションでいいです…。


*****

サプナは眠りに就く前、クリシュナ像に祈りを捧げていた。

「ああ、クリシュナ様。どうか私にハイスぺ男子を…。」


サプナは、行き遅れていた。

周りから美人美人ともてはやされてきたサプナ。

「宗教的高潔・高収入・高社会地位」の三高男子を追い求めるうち、適齢期とされる25歳をとうに過ぎてしまった。


その美貌にはいささかの衰えも無いが、彼女も既に30歳。

親からの圧力も凄い。


それでもサプナは結婚相手に妥協することができず、こうして毎日、縁結びの神・クリシュナに祈りを捧げ、ハイスぺ男子との出会いを願い続けている。


サプナの夢枕に、クリシュナが立った。

「サプナよ──汝、我が御前にて幾度も祈りを捧げし者。

汝が信、深く、清らかにして、我が心を震わせたり。

わが名はクリシュナ──時を超え、縁を結びし者なり。

今こそ汝の願い、天に届きし時。

汝が生涯の伴侶、我が手により定められたり。

明日、陽の昇る刻、汝の職場にてその者現れん。

心を澄ませ、魂を開け──縁はすでに織られたり。」


*****

「ガンジープリズムパワー・メークウィッシュ!」


ズッコケて起き上がった俺は、『カシャコン』の音とともに走る強烈な目の痛みに、もう一度ズッコケた。

目を押さえながらもう一度立ち上がると、そこには笛を構えて全身に神具を纏う、青い肌の男が立っていた。


「あークリシュナくん?彼はね、典太君って言うんだ。スペックはね…」

なにやらガネーシャがその青い肌の男にゴニョニョと話している。

青い肌の男は時たま頷きながら、履歴書のような紙にメモを取っている。


「じゃあよろしくね、クリシュナくん。」

ガネーシャは手と鼻を振って、浮遊して窓から飛び去って行く男を見送っている。


「クリシュナくんはね、縁結びの神なんだ。…あ、そうだ典太君。

明日はね、この封筒を持って朝一番に銀行に行ってごらん。

…きっとうまくいくよ。」


*****

翌日。

俺はガネーシャに言われたとおり、貰った封筒を持って朝一番に銀行に行く。

サプナ嬢は、何やら昨日より少し気合を入れた小奇麗なパンジャビ・ドレスを着ている。

どこか夢見心地のようにも見える。


「おはようございます、サプナさん。

昨日は書類不備でお手間を取らせましたね。

ガネ……コンサルから新しい書類を預かってきましたので、見てもらえますか?」


俺の信条は『女は顔』だ。

サプナ嬢のような美人には、最大限の敬意をもってさわやかに接するのがモットーだ。


サプナ嬢は一瞬、不思議そうに顔をしかめた後、封筒の中身を改める。

それは……


『宗教法人 ガネーシャの証人』


でかでかとガネーシャの前に跪く、俺の写真が印刷されている例の宗教法人のチラシだ。


「ふごッ???」


俺は椅子からひっくり返る。

しかしサプナ嬢は、真剣にそのチラシを読んでいる。


「これは…典太さんですか?」


いいえ違います、そんな訳ないでしょと即座に否定し、チラシを回収しようとした俺だったが…

その時、室内の照明がスーっと暗くなっていった。


「汝敬虔なる信徒、サプナよ。」

クリシュナと、それからガネーシャが俺とサプナ嬢の隣に結跏趺坐を組んで浮遊していた。


「汝、敬虔なる信徒サプナよ──我ら神々、今ここに座し、汝の願いに応えん。

この者、汝が隣に座す者こそ、天より遣わされし縁の化身なり。

彼は聖地にて奇跡を起こし、衆生を導く者──神の息吹を宿せし者なり。

また彼は、口座の門を開き、資本の流れを呼び込む者──富を得る運命を背負いし者なり。

さらに彼は、取締役の座にありて、世を治める者──社会の高位に立つ者なり。

これぞ、汝が求めし『三高』の極み──信仰・富・地位、三界を統べる者なり。

受け入れよ、サプナよ──縁は今、結ばれたり。」


*****

鼓が鳴る。

それは時空を揺らすようなリズム──古代から響き渡る祝福の鼓動。

花々が空から降り注ぎ、マリーゴールドとジャスミンが地を覆う。

香が焚かれ、空気はサンダルウッドとカルダモンの香りに満ちる。


典太は黄金の刺繍を施されたシェルワーニを纏い、サプナは紅と金のサリーに身を包み、額には神聖なるビンディ。


彼女の足元にはメヘンディの文様が絡みつき、それはまるで運命の地図──神々が描いた愛の航路。


――あの日、銀行の法人窓口で神々の祝福を受けた俺達は、夫婦となった。

サプナの目には俺は、聖地バラナシで神の奇跡を体現する高潔な宗教家で、口座開設の後大金を得る予定の高収入、取締役という高い地位につく『三高』の優良物件男子に映ったらしい。


そして俺は、顔以外はどうでもいい。その点、サプナは最高だ。


俺たち二人は惹かれ合った。


祭壇には聖火が灯され、司祭がヴェーダの詠唱を始めると、空気が変わる。

新郎新婦は七歩を共に歩む──七歩の誓い(サプタパディ)

それぞれの歩みが誓いとなり、宇宙の法則に刻まれる。


――サプナと結婚したからと言って、俺は即座にインド人になる訳ではない。

だが、この国では担当者の裁量が全てだ。


俺はインド人取締役として認められ、センチュリー22の口座は即日開設された。


今回の願い事 2回

残りの願い事 965回

結べばほどけ、ほどければ縺れ、縺れれば絡まり、絡まれば抜けられぬ。

それが結婚にございます。


結婚とは、仏典で言うところの「縁起」の極致。

因縁具足、業の交差点──それが夫婦というものにございます。


されど──拙僧はそれを否定いたしませぬ。

結婚を否定すること。これ即ち、人が人であろうとする願いを否定することにあり。


釈迦牟尼世尊もこう仰いました。

「縁によりて生じ、縁によりて滅す。されど縁を恐れるなかれ」


つまり、結んでよい。ほどけてもよい。

煩悩まみれの縁であっても、そこに「願い」があれば、仏は微笑まれる。


南無阿弥陀仏の呼びかけを以て、阿弥陀如来の御慈悲に縋るものは、それが何人であっても、何度離婚していても、救いの手は差し伸べられる。


御仏とは、完璧な夫婦にだけ耳を傾ける者にあらず。

喧嘩の言葉にも、離婚届にも──ただ、その中に「真」があれば、救いはござります。


結婚とは、煩悩の舞台であり、悟りの稽古場。

愛とは、業の交換日記にございます。


さればこそ、今日も誰かが婚姻届を出し、誰かがそれを破り、誰かが再び「この人となら」と願う。

それすらも、すべて仏の掌の上。

――合掌。


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