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16 カネはなァ!あ…ありがてえっ!!!

「あのー、典太さん。…ふざけてますか?これ。」

銀行の担当者に意気揚々と国内B級カートライセンスを提示した俺は、これをあっさり突き返された。


……なッ、貴様、俺がこのレーシングライセンスを取るのにどれだけ苦労したと思ってやがる!

俺のドラテクに疑問があるなら表へ出やがれ!バーンナウトでお前の股間にぶら下がってるモノをスモークソーセージにしてやるわ!


「いや誰もあなたのドラテクの話なんてしてません。…レーシングライセンスで銀行口座開こうとする人初めて見ましたよ。

いいですか?日本の免許証をお出しいただく理由は、日本の住所の確認です。…これ、住所入ってないじゃないですか。」


レーシングライセンスを取得し、インドに帰ってきた俺は真っ先に銀行に口座を開きに行った。

しかし結果はこれだ。

…あのゾウ殴る。5発殴る。


席を立とうとしたその瞬間、行内の照明が暗くなる。

「パオーン」

俺の後ろに、結跏趺坐を組んだガネーシャが浮かんでいた。


「…愚かなり、汝、プラバカラン。」

ガネーシャの厳かながら冷たい声を聞いた銀行員のプラバカランは、腰を抜かして床でクネクネしている。

「あわわわ…あわ」

この世の終わりのような表情を浮かべ、小便を漏らして水たまりを作っているプラバカランにガネーシャは言い放つ。


「汝、形式に囚われ、証明の器を問うて本質を見失うとは、アートマンを覆う無知(アヴィディヤ)に他ならぬ。

この座に在す我が信徒、典太の操縦は、カルマの流れに乗り、ブラフマンの意志を映すものである。

汝の眼は名と形(ナーマ・ルーパ)に惑い、真理を見ず。

我が教えを忘れ、外界の幻影に心を奪われし者よ──その(ヴィヴェーカ)は、いずこへ消えたか。」


…そうだ、忘れていた。こいつ、その神威を振りかざせば、ヒンドゥー教徒限定で大抵の無茶を通せるんだった。

滂沱の涙と鼻水と小便を垂れ流しながらプラバカランは跪いて頭を地面に打ち付けている。

小便で濡れた床に頭を打ち付けるたびにパシャパシャと水音が響く。


「は、ハハァっ!私の目が一時の煩悩に曇っておりましたッ!この免許証は完全で不可逆的に正しい、無謬の住所証明にござりますッ!謹んでお受けいたしますっ!…どうか御慈悲を!」


…そしてもう一つ忘れていた。この国では担当者の裁量は神に次ぐ力を持つ。

俺のレーシングライセンスは住所無記載ながら、住所証明として受理された。


***

「それでは典太さん…口座に入金する初期のご資産をお預かりしますね…。」

後ろでガネーシャがプカプカ浮いている。プラバカランは何ともやりづらそうだ。

「100万ルピーほど、お預かりできますでしょうか?」

ふごッ!?

今度は俺が椅子から転げ落ち、小便を漏らした。

ひゃ、百万ルピーだと?

俺が日本から下ろしてきたお金は30万円しかない。これを街中の極悪レートで両替したら15万ルピーにしかならなかった。

ぜ、全然足らんぞ。


そうだガネーシャ様…

(典太君、こないだ言ったよね?僕は直接お金をあげることはできないよ?)

そうだった、この守銭奴こういう時は使えないんだった。

…俺は沈黙する。


おもむろにガネーシャが口を開く。

「――時は熟せり。汝、典太よ。

汝のアートマンは、未だカルマの波に揺られ、ブラフマンの岸に至らず。

我は汝に苦行(タパス)を課す。これは供犠(ヤジュニャ)にして、浄財百萬ルピーの集積を以て汝の信仰を顕すべし。」


分かりづらいから普通に喋れ。えーとつまり、お前は修行が足りんと。100万ルピーを自分で稼いで来てお前への信仰を見せろと。これはお前の修行だ…だとコラぁ?

…誰がいつから信徒じゃ。あとで覚えとけよ。


そんなわけで俺の口座開設は一旦保留となり、俺は『カシャコン』の痛みに目を押さえながらすごすごと家に帰っていった。


***

「…で、どうするんだよ?」


俺の部屋で空中に浮かんでウンウン考えているガネーシャに俺は言う。

「俺の手元には15万ルピー。足りないカネは85万ルピー。お前は俺に現金を出せない。このカネが尽きたら俺は餓死。…詰んでねえか?」


その時、ガネーシャがピクリと動く。

「…ああ、そうか。そういえば君、15万ルピー持ってたね。

よし、じゃあ行こう。――ゴアへ。」


***

底が抜けたような青空。

波音の響くビーチ。

潮の香りが漂うこの街は、西海岸のリゾート地、ゴアだ。

窓から海の見えるホテルのカジノで俺は、ディーラーと向き合い、カードをめくっている。


俺の席には、チップがうず高く積まれている。

周囲には人だかりができて、どよめきが聞こえる。


「…オーム シュリーン マハーラクシュミヤイ ナマハ」

俺は目の前に置かれた、『開運マハーラクシュミ』にガネーシャから教わったマントラを唱え、カードを引く。

「…ジャックのフォーカード」

俺は手札を台上に広げる。

ディーラーが取り落としたカードは4が三枚とAが二枚。俺の勝ちだ。

ディーラーの額から汗が流れ、手がガタガタと震えている。


「分かってるだろうなァ?カネはな……命より重いんだ。」

裏から出てきた強面のスーツの男がディーラーの耳元でささやくのが聞こえた。

ディーラーは恐怖のあまり絶望の表情を浮かべ、気を失う。

床に小便のシミが広がっていく。


「…ああ、お客さん、すみませんねえ、粗相がありまして…すぐ代わりのディーラーを連れてきますんで。」

強面が顔を引きつらせながら作り笑顔で言う。

…こええよ。


――典太君、勝つことは偶然じゃない。勝つものは勝つべくして勝っているのだ。

そう言うとガネーシャはガンジープリズムパワーで何やら箱を出した。

…パッケージには札束の風呂に入っている男の姿が描かれている。

突き返そうかと思ったが開けてみると、蓮の花の上に座っている4本腕の女神像が出てきた。


――これはね、げだつ道具の『開運マハーラクシュミ』っていうんだ。

ラクシュミおばさまはね、富と幸運の女神なんだよ。

いいかい、勝負に出る前にこう言うんだ。

「オーム シュリーン マハーラクシュミヤイ ナマハ」

ラクシュミおばさまが君に力を貸してくれるよ。


…ガネーシャ、お前にこれまで出してもらった中で一番使える道具かもしれん。

新しく俺の対面に座ったディーラーと目を合わせる。


『…オーム シュリーン マハーラクシュミヤイ ナマハ…おうん?』

ディーラーと俺の声が重なる。


***

身ぐるみを剥がされた俺は、その辺に落ちていたココナッツの殻で大切な部分を隠し、カジノの前に呆然と佇んでいる。

…ああ、敗因は分かってるよ。

ディーラーは俺とおなじ開運のマントラを『開運マハーラクシュミ』に唱えた。

奴にも幸運の女神のご加護が平等に降り注ぐ。

運が同じ分だけ底上げされたら、あとは技術の差だ。プロに俺が勝てるわけがない。


「あと君はラクシュミおばさまへの信仰が足りないねえ。『開運マハーラクシュミ』はね、信仰心が高い人ほど幸運値のブーストがもりもりかかるよ。」


…うるせえ鼻ひっつかむぞ。

そう思って手を伸ばした俺にガネーシャが一枚の紙を差し出す。

「典太君…いや聖者典太様かな?君、有名人になったみたいだよ?」


その紙を見た俺は、驚きのあまり股間を隠していたココナッツの殻を取り落としそうになる。

「これは…俺?ハァ?」

そこには汚い布を身にまとい、ガネーシャに跪く俺の写真が印刷されている。

でかでかと『宗教法人 ガネーシャの証人』とか書かれている。

何だこれ…いや、こないだのバラナシで撲殺される前の俺の写真なのはわかる。

…何故こんなチラシが?考えたくもない。


~~~~~~~~~~~~

その日、神――ガネーシャは、ひとりのサドゥーの前に姿を現された。

サドゥーは苦しみの中にあり、煩悩に満ちた人々の声を聞いていた。

神は彼に叡智を授け、彼は悟りを得て聖者となった。


聖者は自らの欲望を捨て、心を静め、解脱(モークシャ)への道を見出した。

しかし彼はこう言った、「私ひとりが救われても、他の者が苦しみ続けるなら、それは真の悟りではない。」


そして聖者は、自分の悟りを捨てることを選び、衆生の煩悩をその身に引き受けた。

彼は神に願った、「この身体をあなたに捧げます。私は輪廻の外から人々を導きたいのです。」


神はその願いを受け入れ、天と地を繋ぐ儀式(ヤグナ)を行った。

聖者の肉体は滅びたが、その魂は輪廻の外に留まり、今もなお人々を導いている。


彼はもはや人ではない。彼は神の化身(アヴァターラ)となった。

我らの煩悩を受け止め、人々の道を照らす者である。


神の化身(アヴァターラ)に帰依する者は、ガネーシャの加護を受け、解脱へと導かれるだろう。

彼は我らの煩悩を引き受け、悟りへの道を示す者である。

――――――ガネーシャ書房 『ガネーシャの証人』聖典 新約ヴェーダ 3-2 ヨゲシュによる福音書――――――


「…君はもう、ただの日系企業のインド駐在員じゃないよ。

迷える仔羊を導く、『神の化身(アヴァターラ)』なんだ。」


俺は頭がクラクラしてその場に仰向けにぶっ倒れた。

股間を隠していたココナッツの殻はどこかに転がっていったので、漏らした小便は噴水のように天へと散っていった。


***

「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」

ボロを着た俺は、薄暗い寺院の一室で参拝者の眉間に額印(ティラカ)を施しながら、マントラを唱える。


――俺はあの後目を覚ましたら、何故かバラナシに戻ってきていた。

…目の前には、数百はくだらない群衆が一斉にどよめきをあげているのが見えた。


「ああ、神の化身(アヴァターラ)様…ありがとうございます。」

参拝者は涙を流しながら俺に礼を言うと、壺の中に布施として500ルピーを入れていく。


――その中のリーダー格の男が何やら群衆に向けて演説をしていたようだった。

…後からガネーシャから聞いたところによると、どうやら「神の化身(アヴァターラ)は輪廻転生の輪の外におり、死という概念を超越された!我らへ悟りへの道を示すために再び姿を顕されたのだ!」とかアホなことを言っていたらしい。

俺はそこでもう一度泡を吹いてぶっ倒れた。


神の化身(アヴァターラ)様!どうか私にも、悟りへの道をお示しください!」

参拝者は列をなしている。次から次へとやってくる。


――そして俺は成り行きでこの教団のグルとして、この部屋に押し込められた。

去り際に『お布施100万ルピー貯まったら迎えに来るね』とか言っていたガネーシャに教わったのが、このマントラだ。


「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」

「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」

「…オーム・シュリー・ガナパタイェー・ナマハ…」


2日で100万ルピーを貯めた俺は、デリーに帰って無事口座を開くことができた。


今回の願い事 5回

残りの願い事 968回

賭博とは、ただの遊戯にあらず。

それは煩悩の権現にして、人の心に潜む貪・瞋・痴を露わにする場でございます。


勝ちたいという欲、負けたくないという怒り、そして運にすがる迷い──これら三毒が賭場にて踊り狂うさまは、まさに輪廻の舞に他なりません。


されど、賭博をただ忌むべきものとして遠ざけるのみでは、煩悩の本質を見極める機会を失いましょう。

仏道とは、中道を歩むもの。

極端に走ることなく、節度をもって煩悩と向き合うことこそ、智慧を育む修行の一環となるのです。


賭博に臨む者が、己の心を観察し、勝敗に一喜一憂せず、欲に流されず、怒りに囚われず、ただ一手一手を正念をもって打つならば──その勝負は、心の修練となり、煩悩を照らす灯明となりましょう。


「勝ちに執着することなかれ」

「負けに怒ることなかれ」

「運に溺れ、智慧を失うことなかれ」


これらは、賭場における戒律にして、仏道の真理でございます。

賭博とは、煩悩の火なれども──その火を灯明とするか、業火とするかは、己の心次第でございます。


今日チップを握るその手が、欲望の手でなく、観照の手となりますように。

今日カードを引くその指が、迷いの指でなく、智慧の指となりますように。

賭博とは、煩悩の権現なり。

されど節度と智慧をもって臨むならば──それは、悟りへの一歩ともなり得るのです。

──合掌。


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