15 免許はなァ!こんな練習じゃ取れねえんだよ!!!
「ああ、勇者典太よ。其方は運転を誤り、コップの水をこぼしたことで神罰を受け、滅ぼされました。
…其方を、異世界『アートマンとサンサーラの部屋』へ転生させましょう。」
「…はい、お願いします…」
もう何回このやり取りを繰り返したか分からない。
多分俺、今この世界で一番死んだ回数多い。
「…あと君が滅ぼされてる間、惰性でハチロク、土手に刺さったよ。
まったく、あれもこの神が授けた立派な神具なのに、あんなボロボロにして…カルマポイント7万ポイントコースかな。」
…おい、そこ俺は悪くねぇと思うぞ。
***
もう何週間前、いや何ヶ月前なのかわからないが、『アートマンとサンサーラの部屋』に着くなり、ガネーシャは何も無い部屋に『比馬羅亜峠』なる峠を生成した。
高低差1万メートルのテクニカルコースだ。
さらに奴は古めかしいスポーツ車を生成した。
「これはね、げだつ道具の『スプリンタートレノAE86』っていうんだ。
…ハチロクは、ドライバーを育てる車だからな。
君もこれで練習すれば、きっと一発試験も大丈夫だよ。」
直線的なボディ。同じく直線で構成される内装。タイヤは軽自動車のように小さい。
リアウィンドウには目のマークが二つ描かれ、『BLOW HORN』という文字が書かれている。ダセえ。
「フッ、なんだよこのポンコツ。いつの時代の車だよ。…あのな、あんま馬鹿にすんなよ?」
インドなんかに飛ばされなきゃ今頃新車のフォレスターに乗ってたんだぞ、俺。
外装も内装も古くせえ、ナビもついてねえ、鍵開けんのもガチャガチャやらなきゃならん。
オマケにこいつはマニュアル車だ。変速操作くらい自動化しろ。
何の因果でこんな車に乗せられるんだ、俺…。
「…500万円」
へ?
「30年ほど前、この車は安いタマなら3万円くらいだったけど、今や500万円。…ざっくり年利20%ほどの金融資産だよ、この車は。典太君、馬鹿にしているのはどっちか、考えてごらん?」
…そんなわけで、俺の愛車、ハチロクとの特訓の日々が始まった。
ガネーシャの特訓は過酷だった。
ドリンクホルダーに水を入れたコップを置き、水が溢れたら神罰として撲殺され、転生ルーム送り。
溢さないようゆっくり走るとチェックポイント通過時のタイムオーバーで神罰、そして転生。
ならばと少し飛ばして車をぶつけると神罰、そして転生。
それなりに走れるようになったと思ったら今度は「ドリフトさせてアクセルで車を曲げる特訓」とか言って俺の手をハンドルにガムテープで固定。当然崖下に落ちて事故死した俺とハチロクを蘇生した上で、廃車級のダメージを与えた廉で神罰、そして転生。
頭に来ていつもより多めにエンジンをブン回してコーナー手前で2速に叩き込んだらエンジンが過回転でブロー。からの神罰、そして転生。
神罰、そして転生…神罰、そして転生…神罰、そして転生…
――そして一年後。
「全身の血が沸騰したようなこのハイテンション!エンジンが…俺の意思に応えてくれてる!」
昼も夜もなくずっと走り続けていた俺のドラテクにはだいぶ余裕が出来ていた。
最初はマニュアル車のハチロクをエンストせずに乗ることも一苦労だった。
しかし今や、俺はこの相棒を手足のように操れる。
数日前に一度、「リアバンパーに紙やすりを貼ってガードレールに取り付けたマッチをドリフトで擦って点火する」というもはや何のためにやるのか分からない特訓をやらされた。
俺は一発でクリアした。
「…頃合いだね、典太君。」
次の特訓は何かと身構えていたが、ガネーシャは言った。
「さ、免許取りに行こうか。」
***
免許センターの時計の針は1時間しか進んでいない。
「待たせたな。…ドラテクはな、教えられて身につくもんじゃねぇよ。自分でつくるもんなんだ。」
一年間の修行を終え、『どこでもゴープラム』から免許センターのロビーに戻ってきた俺は、虚空から現れたドアと俺に驚いているロビーの人々に向けて鷹揚に言い放った。
「フン、一発試験か。俺は乃木典太だ。俺のドライビング能力をテストする必要はない。」
***
運転技術審査官は、顔を引きつらせている。
「乃木さん…あなたは…」
フッ、言わずとも分かっておるわ。
免許センターのコースにはあちこちタイヤ痕が残っており、まだ一部で白煙が上っている。
教習車のブレーキは橙色の光を放ち、熱で空気が揺らいで見える。
ギャラリーが集まり、どよめいている。
俺は持てる技術の全てをつぎ込み、実技試験に臨んだ。
会心の出来だ。コースレコードを樹立したに違いない。
かつて皇帝シューマッハはこう言った。「記録は破られるためにある。だから俺は作った」と。
「…不合格です。ああ、貴方の技術はプロレーサーに匹敵する。…でも、ここをどこだと思ってるんですか?」
俺はドリフト縦列駐車を決めた教習車のドアから崩れ落ち、地面にへたり込み、その場で小便を漏らした。
***
「おいコラ叡智の神。話がある。ツラ貸せや。」
相変わらず今一つ表情の読みづらいゾウの頭だが、少し気まずそうなガネーシャが振り向く。
「ああ、典太君…君の言う通り僕は叡智の神だ。言いたいことは分かるよ。これは僕にも予想外だ。
…正直、君の国は僕の国と少し…いやかなり勝手が違う。」
この野郎、あっさり認めやがった。で、どうするつもりだ?あぁん?
「…君の国はすごいよ。制度も完璧に整っているし、あらゆるものが用意されている、立派な国だと思うよ。」
ーしかし君たちは与えられることに慣れすぎている。
ー何かを成し遂げるのに必要なものが手に入らないと、君たちは簡単に諦めてしまう。
「僕の国は、まだ君の国と比べると色んなものが無いし、君は不完全に感じるかも知れない。
…でもね、君たちは忘れていないかい?」
ー例え他のどんなものが無くたって、一番頼りになるもの…『人間の智慧』は必ず君と共にある。
ー今君の目の前にある、『今使える物』と、君が無限に持っているけど持っていることを見落としている『智慧』を組み合わせれば、どんな逆境でも跳ね返してチャンスに変えられる。
「…君に見せてあげるよ。僕の民の底力、『ジュガード』をね。」
***
ーおい…見たかアイツは…
テストコースに集まった受検者達が、明らかに自分たちとはレベルの違う走りをする典太を見てどよめいている。
ー全く、とんでもない化け物が現れたもんだ…
試験官は驚愕と期待の視線で典太を見ている。
ー典太君、君には、誰にも負けない運転技術がある。それを正しく評価する人がいないだけだ。
普通免許の一発試験に失敗した後、ガネーシャはそう言うと、レーシングスーツとヘルメットを俺に着せた。
ーさあ、JAFに行くよ。…彼らは君の技術を正しく評価してくれる。
…国内B級カートライセンスを取りに行こう。
そして俺は、レーシングライセンスを手に入れた。
今回の願い事 3回
残りの願い事 973回
工夫とは、仏の智慧の片鱗──それは、物を作ることに非ず。
無いものを嘆かず、あるものを活かす技にございます。
思い通りにいかぬ現世こそ、工夫の生まれる場所。
道具が足りぬ時、状況が整わぬ時、他人の助けが得られぬ時──人は往々にして諦めを覚えます。
「こんなはずではなかった」「もっと良い方法があれば」と、我が外に救いを求めるようになります。
しかし、御仏の教えはこう申します。
「外に求むるな。智慧は、すでに汝の内にある。」
創意工夫とは、因縁の不足を嘆くのではなく、手元の因果の中に仏法の可能性を見出すこと。
紙一枚で風を防ぎ、言葉一つで心を救う。
煩悩に翻弄されながらも、己の才覚をもって新たな形を与える。
それはまさしく、智慧の遊戯であり、仏の戯れなり。
工夫とは、受け入れの中の抵抗であり、諦めの中の闘志であり、限界の中に灯す、仏の火でございます。
今日何かが思い通りに行かぬとき、不満に浸るより先に、ひとつ目を閉じて、「今あるもの」の中に智慧の芽を探してください。
それが芽吹けば、そこに道が現れる。
それが道となれば、誰かの救いとなる。
そしてその救いが、また次の工夫を生むことでしょう。
──この世に不満は尽きませぬ。
しかし、工夫あるところ、嘆きは悟りに変わるのです。
──合掌。




