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第三話 怪異

 ――こんなことになるって、思わんかった。


 それが、岡部円香(まどか)の率直な思いだった。


    †


「不審者の目撃情報があるそうです。寄り道せず、まっすぐ家に帰ってくださいね」


 帰りのホームルームにて。

 円香も含め、教師の注意喚起をまともに受け取る生徒はほとんどいなかった。


「今日はもう帰るんけ?」

「だらずか。帰るんなら、一人で帰りんさい」


 ホームルームが終わるとすぐに、同じ女子グループの川島由惟(ゆい)と中沢瑠璃亜(るりあ)の二人が円香の席まで寄って来た。


「ルリィ、つみたー」


 コテコテの方言で喋る二人の漫才のようなやりとりを聞いて、円香はわざとらしく()め息を()いた。


「――二人とも、イモくさいから黙っててくれる?」


 瑠璃亜と由惟は揃ってショックを受けた。


「ひっど」

「あっとろし」


 そんな()にもつかない会話をしつつ学校を出た円香たち三人は、村の北側にある数少ない娯楽施設――カラオケボックスへと向かうことにした。彼女たちにとって、半ばお決まりのコースだ。三人ともこの時点では、今日もそこで愉快なひと時が過ごせるだろうと信じていた。


 冬のこの時期、農家はキャベツやブロッコリー、白ネギといった冬野菜の生産に力を注ぐ。多くの畑では、青々とした野菜の葉が規則正しく並んでいた。


 円香たちが左右を畑に挟まれた道路を歩いていると、一台の軽トラックとすれ違った。

 それがこの辺りの農家のものだということは、円香たちにはすぐにわかった。運転手の男性が顔見知りだったからだ。

 それから間もなく――事態は急変する。


 ドガガラガッシャンッッッ!!!!


 そんなけたたましい音を聴き、三人は驚いて後ろを振り返った。


「っひゃあぁっ!?」

「やばっ! 車が……!」


 由惟と瑠璃亜の恐れおののく声を聞きながら、円香もまた恐怖に震えた。


 白の軽トラックは、まるで紙細工の玩具(おもちゃ)のようにぺしゃんこに潰されていた。

 運転席は血で真っ赤に染まっており、ついさっきまで車を運転していた農家の男は、もう人間の形を留めていなかった。生きているとは、とても思えなかった。


「「うっ……」」「ひっ……」


 さっきまで生きていた顔見知りの人間が、目と鼻の先で死んだ。その事実を認識した円香たちの顔色が一様に青くなる。彼は呆気(あっけ)なく、ソフトビニール細工の人形のように潰されてしまった。


 ――だがそれ以上に、円香たちは軽トラックを踏み潰したモノ(・・)から目が離せなかった。


(な、なんよ、あれ……?)


 もぞり、とソレ(・・)が多数の脚を動かし、半壊した軽トラックが更に地面に()し潰される。


 軽トラックを凌駕りょうがする、ぬらぬらと光る暗赤色の巨体を持つ化け物がそこにいた。

 横に長い体躯(たいく)を持つその化け物は全身を硬質の殻で覆い、両腕に当たる部位は巨大なハサミ状になっていた。


『ブクブクブク……』


 化け物の口からは、どろりとした大きな赤い泡が続々と噴出していた。

 それは言うなれば、巨大な赤蟹(あかがに)の化け物だった。


(――あり得んだら……)


 ……自分は今、悪夢か、映画の中にでも入り込んでしまったのではないか。


 円香は半ば現実逃避気味にそんなことを夢想した。それほど、その光景は虚構めいていた。


「ま、まどちゃん、あれ何ぃ?」

「あ、あたしにわかるわけないやろ!」


 ゆっくりと車両を踏み潰しながら動く巨大蟹は、円香たちを次の獲物と見定めているようにも見えた。

 三人は朧気おぼろげにそれに思い当たると、互いに服の袖を掴んだ。


「……は、はよ逃げよっ!」

「うん!」「そ、そうね!」


 瑠璃亜の提案に異議を唱える者はなかった。

 円香たちが震える足取りで元の進行方向に向き直ろうとした丁度その時、巨大蟹も大胆な動きを見せる。


 バァンッと爆発するような音がしたかと思えば、巨大蟹の姿が()き消えた。

 いや、巨蟹は空高く跳び上がったのだ。そして、三人の少女たちの頭上を跳び越えると、くるりと宙返りを決めて彼女らの眼前に着地した。ドスンと重い音がして、地面にいくつもの筋が走った。


「「「きゃああぁぁぁっっっ!?」」」


 円香たちは跳び上がるほど驚き、身を寄せ合って恐怖した。


 一連の巨蟹の動きを目で追えたものはいなかった。

 いつの間にか、背後にいたはずの大蟹が、先回りをするように空から降って来た。

 一方で、軽トラックだった物は、漏れ出したガソリンの引火によって爆発を起こし、炎に包まれていた。先ほど彼女たちが聴いた爆発音はそれだった。


 恐怖に(あお)られた円香たちは、荷物をその場に放り捨てて、一目散に逃げ出した。


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