第二話 祠を壊した者たち
「ベソベソ泣きながら何もせず膝を抱えて死ぬか、生き足掻いて化け物に一矢報いてから死ぬか、だ」
〝霊能探偵〟を名乗る不審な大男、六守破譲悟の科白を聞き、凛は刹那、頭が真っ白になった。
――結局、死ぬんじゃない!
それはあまりに理不尽な宣告だった。
不慮の事故で祠を壊した報いがそれとは、凛にとって受け入れ難いものだった。
「死ぬ、しかないんですか……?」
だから、凛の口調に大男――譲悟を責めるようなトーンが入ったのは無理もないことだった。
譲悟はそんな凛の疑問を、煙草の紫煙をくゆらせながら飄々と受け流す。
「なんだ、生きたいのか?」
「えっ」
何を当たり前のことを――。凛はそう思ったが、譲悟は不思議そうに目を丸くしていた。
「生きていれば、つらいこと苦しいこともいっぱいあるだろう。そりゃあ、化け物に殺されるのは嫌だろうが、苦痛を和らげる術はある。いっそ、ここで死んじまった方がラクなんじゃないのか?」
「――――」
譲悟のそんな言葉に、凛は息を呑んだ。その言葉はあまりにも厭世的だったが、凛の口からはそれを即座に否定する言葉が出て来なかった。
――未解決の航空機事故で両親を亡くした凛が、母方の祖父母に引き取られて転校したのはこの秋のことだった。
『あの小まい東京モン。澄ましとって、気に入らんね』
長閑な田舎の山村に唯一の中学校で、都会から来た凛は浮いた。
結果として、クラスで大きな存在感を持つ女子グループに目をつけられ、陰湿ないじめを受けることになった。岡部円香という女子を筆頭とする三人の女子グループだ。
凛が件の祠を壊してしまったことにも、彼女たち三人が関係していた。
昨日、学校行事として行われた遠足。その帰りがけ、凛は円香らに強要されて、正規のルートを外れてその祠の近くまで行くことになった。
そこで一悶着あった末に、凛は祠が立っていた場所に突き飛ばされ、勢いよく衝突してしまったのだ。石造りの小さな祠は根元から倒れ、一目で修復不可能とわかるほどに砕け散ってしまった。
『ヤバっ! 社こわしとるやん。ウケる〜』
円香たち三人は、壊れた祠のただ中に倒れた凛を指差し、ケラケラと笑った。
――この一件に限らず、凛は彼女たち三人から様々な形で精神的・肉体的な苦痛を与えられていた。
だから、稀に「死にたい」と思うこともないではなかった。
譲悟の榛色の瞳は、まるでそんな凛の心の揺らぎを見透かしているかのようだった。
「嬢ちゃんが望むなら、苦痛を和らげる術を掛けてやってもいいぜ」
譲悟の言葉はまるで、悪魔の囁きのように甘美な響きを持っていた。
「私は……」
凛が何かを答えようとしたそのときだった。
譲悟が身に纏う空気が一変した。
急に北の方角を振り返った譲悟は、その先のある一地点を見据え、眉根を寄せて細い目を更に鋭くした。
「? 何か――」
「嬢ちゃん。祠を壊したとき、ひょっとして他にも誰かいたか?」
雰囲気の変化を察した凛が質問するよりも早く、譲悟はあり得る可能性を凛に問うた。
「は、はい。私以外にも、三人。全員、クラスメートの女子です」
「チッ……。おそらく、それだな」
やや慌て気味に凛が答えると、譲悟は舌打ちと共に煙草を地面に弾き飛ばし、爪先で踏みつけた。
凛は譲悟の様子から、ただならぬ何事かが進行していることを察する。
「何かあったんですか?」
「ああ、最悪なことがな。……チッ、面倒だな。おい、嬢ちゃん。脚に自信はある方か?」
譲悟は応えつつ、黒革のアタッシェケースを左手で拾い上げる。
再び舌打ちをした彼は、手袋をしたままの右手で朽葉色の頭髪をぼりぼりと掻きながら、続けて凛に訊ねた。
「はい。元は陸上部だったので」
「よし、じゃあ走るぞ。ついて来い」
「えっ? ――は、速っ!」
凛が頷くのを見るや否や、譲悟は彼女に背を向け、北へ向かって駆け出した。
凛は慌てて、譲悟のその大きな背中を追って走り出した。