第一話 死の宣告
「――ああ。これはもう駄目だな。嬢ちゃん、あんたはもうすぐ死ぬ」
「…………は?」
女子中学生、神風凛の顔をまじまじと覗き込んだ後、初対面の大男はそう宣告した。それはまるで、明日の天気予報の結果を告げるかのようにあっさりとしていた。
学校を終えて帰宅の途に就いていた凛が、この長髪無精髭の不審な大男に呼び止められたのは、つい先ほどのことだ。大男の足元には、彼の持ち物である黒革のアタッシェケースが置かれていた。
「……どういうことですか?」
凛は大男の顔を見上げながら訊ねた。身長一五〇センチそこそこしかない凛にとって、男は見上げるほど大きかった。男の榛色の双眸の中に、小さな黒髪の少女の顔が映っていた。
朽葉色の髪をした大男はジーンズの尻ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点けて一服した後、紫煙を吐きながら答えた。
「嬢ちゃんが壊したあの祠には、化け物が封じられていたのさ」
〝化け物〟――そう聞いて、凛は眉を顰めた。
祠というのは、冒頭の科白の前、大男が凛に見せた写真に映っていたものだ。
その写真の中の祠は、崩れ落ちた残骸となっていた。
それを壊した実行犯は、確かに凛だった。とはいえ、決して故意ではなく、また、凛だけのせいでもないのだが……。
「そんな、荒唐無稽な……」
十五歳になって間もない凛は、「化け物」と聞いて素直に怯えるほど子供ではなかった。むしろ、怪しげな霊感商法か何かではないかと、警戒を強くした。
とはいえ、そんな反応は大男にとっても予期したものだったようだ。
「信じられない? なら、それでもいいさ。明日の今頃には、たぶん全てが終わってる。いざそのときになって泣いて謝っても、化け物は決して許しちゃくれないからな」
大男はスカジャンを着た両腕を広げ、淡々と確定した事実を告げるかのように言葉を並べた。
そこまで聞いて、凛は空恐ろしさを感じた。男の態度から、ただの詐欺師とは違うような底知れぬ何かを感じた。
「……っていうか、あなたは誰なんですか?」
「――おっと。自己紹介がまだだったか」
今更のようにそんな言葉のやり取りをして、二人は互いに氏名を明かした。
――六守破譲悟。
それがこの粗野な大男の名前だった。
凛が大男――譲悟から受け取った名刺には、その風変わりな名前よりも更に気になる情報が記されていた。
「霊能探偵、ですか?」
「ああ」
その職業の名前を、凛はこのとき初めて知った。
凛の態度からそれを察したのだろう。譲悟は残り半分ほどになった煙草の煙を味わいつつ、ざっくりとした説明を加える。
「今回みたいな化け物がらみの仕事をすることもあるし、心霊現象の調査や問題解決を請け負うこともある。ああ、普通の探偵もやってるぜ。霊能一本じゃ、やっていけないからな」
化け物云々は一旦、さておくとして。
そう聞いて凛にも、おぼろげに譲悟の仕事が如何なるものかイメージが掴めてきた。
「……私は、どうしたらいいんですか?」
譲悟の言葉を全面的に信じたわけではないが、凛はひとまずそれを問うことにした。
対する譲悟は、黒い革手袋を着けたままの右手で二本の指を立てて見せた。
「嬢ちゃんの選択肢は二つ。ベソベソ泣きながら何もせず、膝を抱えて死ぬか――」
譲悟の科白を聞き、凛はぞくりと背筋に氷を差し込まれたかのように感じた。
「――なりふり構わず足掻いて、化け物に一矢報いてから死ぬか、だ」