呪術
呪術の説明だけで長くなってしまったので、二つに分けます。
よろしくお願いします。
新葉は自由帳に書き加えながら親指に顎を乗せた。すると、自由帳に矢印を加え、書き足し始めた。
「なるほど。たくさんのご飯を食べる…それはたくさんの人の感情が集まっていって、強い呪いになるということなんだね。…もしかして、襲うとされる強い呪いがさらに強くなると、人を襲うのがどんどん激しくなるということになるの?昔話にある妖怪みたいな…」
「うーん。妖怪とはちょっと違うね。妖怪は呪いと仕組み自体は似ている。だけど、妖怪は人間の噂から形になった存在であり、呪いは悲しみとかの負の感情から形になった存在だ。妖怪の存在を形作る噂の中には悪意を持ったものもあるが、そこから生まれた妖怪は大体いたずら好きだ。ただ、妖怪に負の感情が集まると、妖怪から呪いになる事例はあるな。そういうのだったらそうなるかもね…。最も君が知っている昔話がどういうものかは知らないけど」
新葉が自分に分かりやすいものを例に出してみたらウサギは頭を掻き、少し悩んでいる様子を見せた。新葉は隣のページに妖怪のことを書きながら想像以上に複雑だと思い、呪いと妖怪についてまとめた部分を見比べていた。頭の中で整理し、重要そうだと感じた部分に線を引いた。そして、新葉は質問の中でまだ否定していない部分に気がついた。
「話を戻すけど、…呪いが強くなれば強くなるほど人を襲いやすくなるの?」
「まあ。そうなるね。さっきの食べ物で表すと、成長していき、胃袋が大きくなる…もしくは食欲が強くなるんだ。そうなっていくと、呪いはたくさんの人間の感情を欲しがるようになるんだよ」
新葉が再び尋ねると、ウサギは頭から手を離し、新葉の質問に答えた。新葉は自由帳の呪術の部分に書き足している最中にウサギを見た。ウサギと視線が合い、新葉は口を開こうとするが、その前にウサギが声を出さず、口の形で伝えた。後で、というのが見え、新葉はまとめる方に集中することにした。
「ここからが多分気になっている呪術のことだよ。呪術には占いとか降霊術とかあるけど、これらは呪術の応用のようなものなんだ。実際には呪術は西洋でいうと、魔法のようなものだからね」
「えっ!そうなの!」
ウサギがそのまま呪術の説明を続けていると、新葉から大きな声が聞こえた。新葉の声は震えていたが、興奮によるものだというのは分かり、さらに目が輝いていた。ウサギは不意を突かれ、少し口を開けていたが、笑顔を浮かべた。
「うん。魔法だよ。呪術は人間や呪いの数だけ色々な種類があるんだ」
「呪いも使うことができるの!」
「正確にいうと、呪いの方が強い呪術を使えるんだ。…人間と呪いの共通点は分かるかな」
「えっ!?…えっと……」
ウサギの話を聞き、新葉の声はだんだん大きくなっていく。新葉の様子にウサギは苦笑いを浮かべながら問題を出してみた。新葉は問題を出されたことで興奮を冷まし、自由帳を見ながら考えた。呪いについてまとめたページを最初から最後までを見返し、最後から最初に戻る。鉛筆の先で字を一つ一つタッチし、新葉は声を上げる。
「人間も呪いも悲しみや怒りのような負の感情を持っている…」
「そういうことだよ。それが呪術の力の源になるんだ。呪術は負の感情を力に変換し、使うものになるんだよ。だから呪いはある程度力をつけると、呪術を使うようになる。ただ、人間は負の感情を呪術に変換できる人間とできない人間がいて、変換できる人間は素養を見出され、訓練を受け、呪術を使えるようになるが、できない人間は訓練しても呪術を使えないというわけなんだ」
新葉の答えは当たっていたようでウサギが笑顔で説明した。だが、ウサギの説明に新葉は表情を曇らせた。義父は何を基準にしたか分からないが、一輝は呪術を使えると確信し、新葉は呪術を使えないと言われている。実際に一輝は訓練を受け、新葉は蚊帳の外だ。新葉は先ほどと違い、心が暗く沈んだ。ウサギは新葉を見て、首を傾げたが、続きを話す。
「しかし、変換できない人間は二種類いるんだ。一つは呪術の変換ができない体質であり、呪術が使えない。もう一つは媒体の体質であるため、呪術の変換そのものを持っていない人間だということだよ」
「媒体の体質?」
「さっき呪術の例として降霊術を挙げたでしょ。降霊術は死んだ人間の魂を呼び出し、憑依させることであり、この憑依される適性を持っていることを媒体の体質と呼んでいるのだ。最もこの媒体の体質は変換できない人間の二割にしか出ないからかなり貴重な存在なんだけどね」
新葉はウサギの挙げた言葉の中に聞いたことのないものがあり、聞き返した。ウサギは良さそうな気分で教え、新葉を指差す。新葉は適性という言葉もあり、察した。
「私がその媒体の体質ということなの?でもどうして?私は憑依されることなんてなかったから…」
「それはこの本が関係しているんだ」
「わっ!この本が関係しているって私は光を見て、本の封印を解いたみたいだけど、それと媒体の体質が関係あるの?」
新葉が自身の掌を見つめていると、間に入るように本が目の前に現れた。新葉は口を開け、体を逸らし、本から少し離れた。新葉の質問を聞き、ウサギは再び宙に浮き、本を開いた。
「この本は呪術が載っているものなんだよ。たくさんの呪術が入っていたのだけど、僕が食べちゃったから今は力を失っているんだ」
「えっ!?食べた!?」
「うん。僕は一応呪いとなっているんだ。だけど、人間を襲ったことは一度もないよ。ただ、全部食べちゃったから僕のご飯がないんだよね」
新葉は笑顔で話すウサギに叫ぶかのように短い声を上げた。だが、ウサギは新葉の様子を気にしていないらしく、話を続ける。新葉は自由帳を見ながらウサギの言っていることを理解しようとする。丸や線を書き加え、答えを見つけた。
「もしかして、呪術も負の感情からできているから…」
「そういうことだよ。僕達にとっては呪術も美味しいご飯なんだ。だから呪術を使う人間は僕達のごちそうになるけど、強力な呪術をぶつけられると、吸収できず、破裂しちゃうんだよね。それを知っているらしく、呪術を使える人間は鍛錬していることが多いよ。要は弱肉強食の世界だね」
「それで…ね」
新葉がウサギを見上げると、ウサギは楽しそうに話してくれた。ウサギの言葉が本当だと分かり、新葉の頭の中に一輝の怪我と陽嗣の言葉が過ぎ去った。新葉は一輝が怪我をすることを止めたいと思っていた。だが、呪術を鍛えないと、一輝が食べられてしまうかもしれないと知った。新葉は心が苦しくなってしまった。胸を押さえる新葉を見て、ウサギは咳払いをして、意識をウサギの方に戻した。
「色々思うところがあるかもしれないけど、今は僕の話を聞いてほしい。それにこれは君にも関係のあることだから」
「それは私に関係のあること?さっきの媒体の体質も含めて?」
新葉はウサギの言葉に首を傾げるが、自分にも関係のあることだと聞き、姿勢を正した。ウサギは少し下に行き、新葉と視線を合わせる。
「媒体の体質というのは呪術を使うことができないが、負の感情や呪術を使うための力を溜め込む容量があるんだ。ただ、中身がないから容量があるのかどうかは分からなくて、見分けがつかない」
「…それなら私が媒体の体質だって分からないんじゃ…」
「簡単だよ。君にあると思ったのはここに似たようなものがあり、それが君に反応したからだ」
ウサギは空中に浮いている本を指差した。本はウサギの言葉に反応するように動き出し、本のページが一枚一枚捲れている。本には白黒の絵が描かれていた。だが、黒い部分は薄く、紙が一枚貼られているように感じた。文字も書かれているが、近くでないと、何が書かれているのか分からない。
「呪術の載っている本と似ている…。あの本も媒体の体質に近いものなの?」
「まあ。そうだね。君をこの本で表すと、真っ白な本ということになっている。ただ、媒体の体質には弱点があるんだ。さっき書いていた真っ白な紙に字とかを書いて、その後に消しても元の真っ白な紙には戻らないでしょ。つまり、一度力が宿ったらその力は自分にずっと刻まれるんだ。消すことはできないんだよ」
「でも新しい力を使うことができるんだよね。力を使えなくなったら別の力を入れればいいんじゃ…」
「さっき紙で表すと、紙の一面が字でいっぱいになり、字が薄くなっても書き足せなくなる。容量を全て埋めると、使い物にならなくなるんだ。この本も同じだよ。前は力が宿っていて、ページ一枚一枚に呪術が載っていたが、全ての力を失っているこの本は消えかかっているんだ」
新葉が本を見つめていると、ウサギは次に新葉の自由帳を指差した。新葉の自由帳には呪術のことがあるが、形跡が残っていた。薄い黒があるのは見えているが、これ以上消えることはなかった。風に揺れ、空中に浮く本と新葉の自由帳のページが捲れる音が聞こえた。さっきまで書き足したり丸や線を入れたりしていた紙はくっきり見える文字で埋められているのが見え、本はページが何枚も捲れ、薄い文字とともに砂の流れる音を出した。新葉の目に本の中身は映ることがなかったが、どのページも薄いという印象があった。
「だからこの本は消える前に新葉に助けを求めたんだよ」
「…私が同じ媒体の体質というだけでしょう。媒体の体質同士で何かやれることがあるの?」
「媒体の体質は力を容量があることなんだ。もし本の方の容量が無くなっても新しい容量があったら力を蓄えられるようになるでしょ」
「…この本は力を蓄えるため、容量のある私を呼んで、新しい容量を手に入れようとしたの」
ウサギの説明を聞き、新葉は自分の掌と本を見比べながら尋ねた。すると、ウサギは本を閉じ、新葉を指さす。ウサギの顔には意地悪そうな笑みが浮かべていて、新葉はウサギに少し怒りが湧き出たが、すぐに何の意図かに気づいた。新葉は本から離れようと立ち上がるが、足に力が上手く入らず、バランスを崩し、時間を失った。