転機2
一話での部分と続きを入れました。そして、漸く呪術関連の話題に入りました。
三話も読んでもらえるとありがたいです。
次の日、学校に黄金色の鈴を持ってきた。誰にも言わず、ランドセルに入れたままであり、鈴は誰にも気づかれることはなかった。一緒に登校している一輝と会話ができないまま教室で別々になった。先生が来て、朝礼が終わり、授業が始まるが、集中できなかった。ただ、ノートに写しているだけだった。下校の時間になっても新葉は下を向いたままだった。灰色の雲が幾つか太陽を覆っている空だったが、新葉の足は図書館に向かっていた。図書館に入り、本を開く音や何かを書く音しか聞こえない静かな空間に新葉はゆっくり呼吸をし、いつも利用するファンタジー小説のコーナーに向かった。本棚に並んだ本を一冊一冊手に取り、数ページ捲り、本を二冊ほど選んだ。選び終えると、新葉は椅子を探し、歩き出した。近くの椅子は他の人に座られていて、いつもよりも離れた場所に来た時、黄金色の光が見えた。新葉は近くにある小さな机に持っていた本を置き、ランドセルを下ろし、鈴を取り出した。上からの明かりで黄金色の光を放った。だが、一瞬のことだった。鈴は鳴りながら転がるだけであり、黄金色の光は別の場所からのようだ。新葉は鈴をポケットに入れ、ランドセルを背負い直した後、真っ直ぐに黄金色の光へと足を進めた。黄金色の光は本棚の中にある一冊の本からだった。だが、新葉の背よりも高い位置に置いてあった。新葉は何も考えず、手を伸ばした。誰かを呼ぶことは思いつかなかった。踵を浮かし、時々跳ねたり片手を本棚の空いたところに置いたりし、不思議な光を放つ本を掴もうとする。そして、本が指先に触れると、自分の方へ引っ張った。不思議な光を放つ本はゆっくり傾き、周りの本の間から飛び出た。新葉は後ろの本棚にぶつかりながら両手で本を受け止めた。両足が床に着き、新葉は大きく息を吐いた後、本に視線を向けた。すると、本は生きているかのように眩い光を放ち、周りを見えなくした。
「どうなっているの!」
新葉が声を上げるが、何処か遠くから聞こえてくるような小さなものに感じられた。新葉は本から目を逸らした。本から放つ光は強い熱があるように感じ、新葉は焼かれている感覚に襲われた。光と熱が収まり、漸く周りが見えてくるようになり、新葉は視線を本に戻した。すると、本の表面から一匹のウサギのぬいぐるみの顔が飛び出していた。先ほどまでなかったウサギのぬいぐるみの顔に新葉は瞬きをしながらウサギのぬいぐるみの顔に触れた。
「絵本でもない本にぬいぐるみの顔があるんだね」
「いや。ないから」
「…えっ」
柔らかな白い毛並みに新葉は現実逃避をし始めた。何なら声も聞こえた。新葉の耳に届き、頭の中が真っ白になったが、本にぬいぐるみの顔に視線を向けた。すると、ウサギのぬいぐるみの顔以外に手が出てきた。新葉は両手を本から離した。本は新葉の持っていた位置で浮いたまま傾いていき、横向きになった。ウサギのぬいぐるみは手で本を押しながら体を出し、横になった本に足をつけた。ウサギのぬいぐるみの全身が出た後、本はゆっくり新葉に近づいた。新葉は逃げようと足を後ろに伸ばすが、本棚に当たり、ウサギのぬいぐるみが目の前まで来ることを許してしまった。ウサギのぬいぐるみは大きな黒い目に新葉の顔を映した。新葉は目を大きく見開き、ウサギのぬいぐるみのことを見ていた。
「こんにちは。僕を起こしたのは君だね」
ウサギのぬいぐるみから聞こえる声は低く、言葉は人間の物だった。新葉はウサギのぬいぐるみの声を聞き、首を傾げた。
「えっ。あなたは一体…?それに起こしたって…」
新葉はウサギのぬいぐるみの言葉を思い返すが、心当たりがなかった。途切れ途切れの言葉が聞こえたらしく、ウサギのぬいぐるみは微笑み、少し後ろに下がったことでウサギのぬいぐるみをじっくり見ることができた。バッグにつける白黒のぬいぐるみにしか見えないが、開いた口から桃色の舌が見え、目の前にいるのはぬいぐるみではなく、生き物だと分かる。
「起こしたのは…本を開けたから目が覚めたということ?」
新葉の小声で呟いた言葉が聞こえたらしく、ウサギは優しく微笑んだ。ウサギは耳を横にし、上下に動かすと、本から離れ、宙に浮いた。
「その通りだよ。僕はこの本の中に封印されていたんだ。そして、それを君が開けたことで封印は解除されたんだよ」
「それならあの光は何だったの。本が光っていて、私は本を取ったの。あれはあなたが光らせていたの?」
「まあ。そうだね。僕はこの本の封印を解こうとして、呼んでいた。そして、君は光に気づき、封印を解いた。多分君は適性があるんだと思う。ちょっとそれを確かめたいから僕について来てほしい」
ウサギが頷く姿を見て、新葉の口から次々言葉が出てきた。頭の中は先ほどまでのウサギと本のことで回り、ウサギの言葉を聞きながら目の前のことを消化し始めた。ウサギが答え終えると、本は宙を舞い、誰の手を借りずにページが捲れ、あるページで止まる。ウサギは開いたページを見ると、その上に乗り、本は図書館の外へと向かう。
「ほら早く」
「待って」
「お客様。館内ではお静かに。あとお忘れ物ですよ」
ウサギの言葉をきっかけに新葉は動き出した。新葉が走っているのを見て、図書館の職員が声をかけた。職員の横をウサギと本が通っても職員は視線を新葉に向け、机に置いた二冊の本を新葉に手渡した。新葉は目を見開きながら受け取り、頭を下げた後、歩き出した。目ではウサギと本を追い、二冊の本をカウンターに出し、ランドセルの中に入れた。貸出期間とかの話は耳に入らなかった。新葉はそれ以上に誰もウサギと本に気づかない様子を見て、不安があった。しかし、新葉はウサギと本を追い続け、図書館を出て、住んでいたアパートを通り過ぎ、小さな山に入った。新葉は途中からずっと息切れしていて、休みたかったが、ウサギに声が届かなかった。ウサギは山の中腹辺りに来ると、空中で止まり、本から下りた。新葉は震え出した足でウサギの前に行き、地面に尻餅をつき、息を整えている。その間にウサギは下がり、新葉の膝の上に乗った。
「じゃあ。説明するよ。まずはこの本と僕についてだ」
説明を始めるウサギに新葉は慌てて視線を向ける。だが、耳は新葉の呼吸と草木の揺れる音しか聞こえず、新葉は口を開け、荒い息の中から声を出す。視界は浮いていたり回ったりしているように感じるが、体は重かった。
「ま…待って。いき…息が…」
「息は整えていていいよ。耳だけを傾けていてほしいんだ」
「わ、私は…そんなに耳が…いいわけじゃないの…。耳は普通で…あなたよりも…」
「うん。そこからだね。僕はウサギという生き物の形をしているけど、ウサギじゃない。勿論。ぬいぐるみでもないよ。呪いとか呪術とかの類いなんだ」
漸く出た新葉の言葉にウサギは頷いているが、説明を止める気はなかった。新葉はどうにか待ってもらおうとしていると、ウサギから気になる言葉が出て、口を閉ざした。ウサギは新葉の様子が変わったことに気づき、顔を近づける。だが、新葉は気にしなかった。呪術という言葉は今の新葉の心を揺さぶるものになっていた。新葉の耳は呼吸音が聞こえなくなり、草木の揺れる音が消え、ウサギの声しか聞こえなくなった。
「もしかして、君は呪いや呪術を知っているのかな」
「…私はあまり知らない。でも義父とか色々な人から呪術という言葉だけは聞いたことがあるの。だから私は呪いや呪術について知らない」
「…そうなんだ」
ウサギの質問に新葉は首を横に振った。新葉の視界は真っ直ぐにウサギを捉えていて、見えるウサギは口元に手を置き、考える動作をしていた。新葉が服の胸元を掴むと、心臓が高鳴っていることが分かった。走ったことによる動悸ではなく、不安と好奇心が入り混じったものだ。新葉は心臓の鼓動を聞きながらウサギの言葉を待った。
「呪いから説明した方が呪術について分かりやすくなるから呪いから説明するね。呪いは祟りというイメージがあって、悪いものだという認識がされているでしょ。でもその呪いは人間によって生み出されるものなんだ」
「呪いが生み出される?」
「そう。人間は喜びとか悲しみとか様々な感情を抱くでしょ。その中の悲しみや怒り、憎しみ、後悔などの感情が集まると、呪いという形になるんだ」
「えーと。…つまり、こういう感じかな」
ウサギの説明を聞き、新葉はすぐにランドセルを下ろし、自由帳を出し、ランドセルを机代わりにメモすることにした。新葉の認識とは違いがあり、確認をしたくて、ウサギの説明を図に変えて、ウサギに見せた。真っ白な紙に人間の絵の頭の部分に喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、後悔、といった文字が書かれていた。その中の悲しみ、怒り、憎しみ、後悔、のところは丸で囲まれ、矢印で人間の絵から少し離れた場所に行き、そこには丸で囲まれた悲しみ、怒り、憎しみ、後悔、の字がいっぱいある。字の隣の矢印の先には大きな丸があり、丸の中には呪いという字が目立っていた。
「うん。合っているよ。続きがあるから呪いの隣に矢印をつけてね。呪いは生まれた後、さらに悲しみ、怒り、憎しみ、後悔などの感情を集めるんだ。そうしていくうちに呪いは強くなり、自分の欲しい感情を得るために対象を選び、襲うことになるんだ」
「…生まれた瞬間は人間を襲わないということなの?」
「そうだね。生まれたばかりの呪いは人間でいうと、赤ちゃんなんだ。そして、感情は呪いのご飯になる。ご飯を食べていくうちに呪いは成長し、自らご飯を手に入れられる。だけど、ご飯を食べられないと、消えてしまうんだ」
ウサギが頷きながら説明を続け、新葉は疑問を抱いた部分を聞いていく。ウサギが別の捉え方を使い、新葉は理解しやすくなったが、疑問が幾つも沸いてきた。
続きは少し加筆したい部分があるので、投稿は少し時間がかかります。
気長に待っていただけるとありがたいです。