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Neo Universe  作者: 林朋子
5/11

5th world ~戦国時代~

周囲に田んぼが広がる畔道に僕たちは居た。

「うわっ。手汚れちゃった。」

座禅の体勢で来たので、立ち上がる時に手に冷たい泥が付き、僕は思わず声をあげた。

「あ~、ズボンも汚れてるな。」

「でもずっと同じ服だし、しばらく風呂にも入ってないから、今更かな。」

「あそこに人がいるね。」

少し離れていて、声は届かないが、農作業している人が見えた。

「ちょっと行って、聞いてみよう。」

僕たちはその人の方へ畔道を通って向かった。

「すみません。さんずってどの辺りですか?」

デルタから聞いたゲートの場所を尋ねた。

「あ~、それは国境付近だな。あの道を左に行けば、街がある。そこでまた聞けばいいよ。」

農夫にそう言われ、僕たちは街へ向かった。

道へ出ると、左手遠くの方にうっすら建物が密集しているのが見えた。あれが街なのだろう。土の道の上を歩いていく。たまに人が通る道のようで、馬車が何台か向かい側から来た。馬車が通れるように、僕たちは端に寄った。馬車が僕たちの隣で止まった。

「お前たち、何突っ立っておる!」

兜、鎧を付け、馬に乗っている武士が僕たちの方を見て、怒鳴ってきた。

「いや、街に向かっているだけです。」

「控えい、控えい!この馬車には殿様が乗っておる!なのにその態度、反逆者とみた。引っ捕らえい。」

その言葉と共にその武士は馬を降り、刀を抜き、こちらに向かってきた。後ろの馬車からも武士が降りて、向かってきた。

「そんなつもりは無いです、許して下さい。」

なぜ怒られているのか、わけがわからないまま、僕たちは両手を挙げ、無抵抗であることを示し、命乞いするしかなかった。

僕たちは、また手を縄で縛られ、馬車に乗せられた。両隣にも前後にも武士たちが座っており、汗臭かった。

「あ~あ~。」

街から遠ざかる方向へ馬車が動き出すのをみて、思わず声を挙げた。

「お前たちはどこの者だ?」

向かいに座っている武士が聞いてきた。

「地球から来ました。」

「地球?そんな国ねえな。本当はどこだ?」

「本当に地球なんですけど…」

僕と山田君は顔を合わせながら、そう答えるしかなかった。

「答えないってことは敵国の者だろうな。まあ、拷問すれば、分かることだ。」

「だから、違うのに…さんずに向かいたいだけです。」

「三途?お前ら、河合の国の者だな。あっさり白状したな。何しに来た?」

「次の世界に行きたいと思っています。」

「やっぱりそうか。河合の国の者は、我々盆林の国との戦いを終わらせ、新しい世界を作ると息巻いてやがる。どんな工作をしにきた?内通者は誰だ?」

「いや、だから全部違いますけど。」

「今更何を言う。」

隣に座っていた武士が、小刀を抜こうと手をかけた。

「まあまあ、止めとけ。こんな所で殺しても掃除が大変だ。残りは痛い痛い拷問で吐いてもらうよ。」

向かいに座っている武士がそう言って、抜刀を止めた。

馬車は僕たちが現れた田んぼも超え、どんどん離れていく。

山を登り、そして下り、城壁が見えてきた。堀に囲まれている。木の橋がかかっており、それを渡った所で門番たちと武士たちが挨拶をかわした。

城壁の中は、家が立ち並んでいる。この辺りの道は石で舗装されていた。食べ物など売る商人、それを買いに来た人などが慌てて道の外に座り、平伏していた。これをしなかったから、僕たちは捕まったと納得した。奥に別の城壁があり、その前で止まった。馬車を降ろされ、武士の指示通りついていく。ここからが城で、先程のは城下町なのだろう。城壁の門を通ると、迷路のような小道が続いた。両側白い塀が続いており、分かれ道を右へ行ったり、左へ行ったり。そして、櫓が所々にあり、攻められても簡単には城に到達出来ない作りだ。その小道を抜け、開けた場所に出ると、また城壁と門があり、その奥に巨大な城が見えた。ざっと5階建てぐらいだろうか。武士たちはそちらには向かわず、小屋に入っていく。小屋で受付の武士となにやら話している。少し待たされた後、階段を降りるように指示された。所々に明かりがあるものの、地下は薄暗く、鉄格子が並んでいた。

「おい、出せよ。」

ガラの悪そうな奴らが何人も捕まっていた。僕はその中で、空いていた牢屋に入れられ、鍵を閉められた。

「お前は、こっち来い。」

と山田君が隣の部屋に連れて行かれた。

1時間ぐらいして、山田君が戻ってきたが、歩き方がおかしい。僕と同じ牢屋に入れられ、よく見ると、目が腫れ、体中にあざができていた。

「いいか、お前たちは死罪なんだよ。だが、情報を吐いた方だけ助けてやるって言ってるんだ。明日はお前の拷問だからな、生き方を考えておけよ。」

ギロッと僕の方を睨んで、鍵を閉め、その武士は去っていった。

「拷問ひどかったんだね?」

「いや、親父の拳骨に比べれば、何でもないさ。でも、明日、何て言うか考えておこう。」

「相手を刺激しない方がいいね。」

「キング。明日拷問の時に、河合の国の諜報員で敵国の情報を集めにきた、と答えて。」

「え?なんで。」

「どっちか一方しか助からないから。」

「いや、じゃあ、言わないね。そもそも嘘つけないし。」

そんな話をしていると、

「おい、そこ!静かにしろ!」

見回りの武士に怒られた。

「おっと、そこの武家さん。私、いい情報をもってまさぁ。」

向かいの牢屋から男性が声をかけた。

「なんだ?」

見回りの武士が、向かいの牢屋に近づく。

「重要な情報じゃけぇ、他の者に聞かれないように、もっと近く。」

見回りの武士が、その声の方に更に近づいた時、鉄格子から手が伸び、武士の首を締め、助けを呼ぶ間もなく、武士はその場に倒れた。武士の腰にあった鍵束を奪い、牢屋の鍵をさっと開けた。こちらに向かってくる。20歳ぐらいだろうか。この世界の人間は黒髪、ちょんまげが多かったが、その男性は、短髪で髪は茶色だった。手には鍵束と武士から奪った刀を持っている。鍵束から鍵を選び、ここの牢屋の鍵を開けた。

「あい、逃げろ。」

そう言って、その男性は刀を牢屋に投げ入れ、隣の牢屋へ向かった。

「殺されるかと思った。」

その位の迫力があった。

「でも、これで逃げられるね。」

僕たちは、刀でお互いの縄を切り、牢屋を出ようとした。

「いや、ちょっと無理かも。」

山田君が足を押さえて、言った。

「痛い?」

「うん、なんとか歩けはするけど、走って逃げるのは無理だ。」

「お前達。なぜ逃げない?」

先程の男性が戻ってきて言った。もうすでに他の牢屋を全て開け、牢人達は大声上げて、地上への階段を登っていっていた。

「あい?足か。ちっ、しょうがねえな。」

男性は倒れた武士から、防具を奪い、僕たちの元へ持ってきた。

「これをつけろ。」

言われるままに山田君が防具を付けた。その間に男性は、上の階に行った。

「一応付けたけど、でも痛みは変わらないし、重い分余計歩きにくいのだが…。」

「ここの武士のふりをしろってことじゃない?」

「なるほどね。」

男性がまた防具を持って戻ってきた。

「これはお前の分。髪型や顔でばれるから、兜はきっちりつけろよ。」

男性も僕も防具を付けた。

「よし逃げるぞ。」

男性と僕で山田君に肩を貸し、地上へ向かった。

牢人に倒され、男性に身ぐるみ剥がされたのだろう。裸の門番が二人倒れていた。

小屋を出た。

「牢人を捕まえろ!」

外は怒号が飛び交っていた。

「ああ、ここを左。」

3人4脚のような状態で男性の指示に従って進んでいく。

「おい、お前手伝え。」

見ると、侍と牢人が1対1で戦っていた。

「あい。ちょっと頼むよ。」

男性は山田君を僕に預けると、あっという間に牢人を斬った。

「お前強いな。助かった。」

「あい。傷病者を連れていきますので。」

男性が山田君に肩を貸し、再び歩いていく。

「おいちょっと待て。」

先程の侍が声をかけた。僕たちは止まった。

「そっちは行き止まりだ。お前たち、本当にこの国の武士か?」

素早く男性が侍を切り捨てた。

「あいや。ここは迷路だから困っちゃうな。」

「やっぱり、道に迷ってたのかよ。」

「人気がない所を選んで通っているかと思っていました。」

「それもあるけど…出口わからねぇ。」

「僕はわかりますよ。」

連れてこられた時の道順を全て覚えていた。

「おお、助かった。」

今度は、僕の指示に従って進んだ。何度か侍や牢人に出くわしつつも城壁を超え、城下町へ出た。町は先程の活気はなく、人一人居ない。脱獄者から身を守るため、家の中に籠もっているのだろう。

「こっちだ。」

男性の指示に従い、建物の中に入った。

「ここまで来れば安心だ。」

男性は兜を外し、大きく伸びをして言った。

「ここは?」

「内通者の家。しばらく匿ってもらう。」

「なんで僕たちを助けてくれたのですか?」

「俺も河合の国の諜報員だ。」

男性はにやりとした。

「実は、僕たち違うんです。ゲートを通って違う世界からここに飛んできて。」

「なんだ、違うのかい。ゲート?なんだそれ。」

「違う世界への通り道です。」

「あい?そうか。俺も以前違う世界で生活していた。鬼退治に出かけたのにいつの間にかこんな所に来てて、戻れず…あれがゲートなのか。」

「そうです。あ、あなたも鬼退治していたのですね。」

「あい?君たちもか?」

「俺たちは鬼を退治したけどね。」

「あいや、君たちが!?見た目と違って、めちゃくちゃ強いんだな。うちの武将に推薦しよう。」

「いや、正確には…」

言おうとした所、山田君が制止して、別の話題に変えた。

「さんずってどこです?俺たちそこに行きたくて。」

「あ~、あい、あい。この世界は、川を挟んで河合と盆林の2カ国がある。川は途中で二手に分かれ、海へとつながる。三途はその分かれた川の間の土地。戦いの要所だから、取り合いなのさ。ちょっと前まで河合国の最前線だったけど、この前の戦いでこの盆林の国が盗っていった。また取り返す予定だから、また荒れちゃうだろうな。そんな危険な場所に用なのか?」

「そこにゲートがあり、僕たちが元居た世界に戻れるはずなのです。」

「でも最前線だから、行ったら、即捕まるよ。」

「何か手はないのか?」

「あい。この国だと君たちは逃亡犯。我が国だと、武将。自分たちの力で領土を取り返せば良い。」

「戦争するのか…。」

僕たちは落ち込んだ。命を賭けたことはあっても、命の奪い合いまでは望んでいない。

「あい。そういえば、君たち。前の世界で私の家族を見なかったか?」

「家族?」

「あい。父は村長、妹はベルという名前なのだが。」

「え~、じゃあ、あなたが!」

「ベルさんはこの世界に来てしまっていて、僕たちは村長からあなたたちのことを託されています。」

「あい。やっぱり、来てたのか。」

「やっぱり?」

「あい、似た女性を見かけたと情報が入って、この国に忍び込んだら、捕まっちまったのさ。」

「なるほど、見つけ出さなきゃだな。」

「この国に居るのですか?」

「あい、城に連れて行かれたと情報があって。でも牢屋には居なかった。」

「え?もしかしてわざと捕まったのですか?」

「あい。あと調べてないのは、城の中。」

「城の中?」

「あい。美人だから、側室として連れて行かれたのかも。」

「え~、あの歳で?美人だけど、若いのに。」

「あい、この世界だと殿様の言うことが絶対だから。可哀想でしょ。」

「そうですね。次は、城の中に潜入するのですか?」

「そのうちね。今は警戒されている。一旦、河合の国に戻るよ。」

「ここから抜け出すのに、門番はどうするのさ?」

「あい、こっちから抜け出せる。」

男性は扉を開けた。中庭があり、井戸があった。

「でも、この足じゃね。」

山田君が言った。

「あいや、回復するまで、この屋敷で待とう。」

防具を外し、足が治るまでの2日間その屋敷に僕たちは潜伏した。1日目は牢人を探している声が飛び交っていたが、2日目はもう諦めたのか、商人が物を売る声の方が大きくなっていた。僕たちは見つからないように屋敷からは出ず、食事と寝てばかりいた。脱獄を助けてくれた男性、ベルのお兄さんのダンさんは、体が怠けないように、時折運動をしていた。


「足は治ったな。よし行くぞ。」

夜になり、ダンさんは僕たちに声をかけた。明かりを持ちながら、中庭の井戸の中に入った。僕たちもついて行った。井戸の中に水はなく、深さも3mほどしか無かった。横道があり、ダンさんが先導していく。

「城の外へ行く抜け道ですか?」

「あい。」

かがんで通る細い道を歩いていくと、縄梯子が吊るされていて、それを登り、蓋を外して地上へ出た。ダンさんは、蓋を戻すと、慣れた手つきで周りの砂、草木を集め、入口が分からないようにした。

「あい。ここは城の南側の山。敵に見つからず河合の国に行くには、更に山を超える必要がある。」

暗くてよく分からないが、ダンさんを信じて付いていくしか無い。ダンさんの足はかなり早く、ついていくのが精一杯で、どういう地理なのか見ている余裕は無かった。

「この川を渡れば、河合の国。」

「橋は?」

「あいや、無いよ。ただ、ここは深くないから、渡れるよ。」

ダンさんは服を脱いでたたみ、帯で頭の上に括り付けた。僕たちも真似をして、パンツ1枚になり、頭に服を乗せた姿となった。

ダンさんが川の中へ入っていく、僕たちも慌てて付いていく。足がひんやりしたと思うと、数歩歩いただけで胸まで水が来て寒さで凍えそうになった。ダンさんはもう向こう岸近くにいる。さらに1歩踏み出すと、足がつかず、顔が水中へ。

「深いですけど!」

と叫ぶことも出来ず、手をばたつかせていると、山田君が手を引っ張り、足が付く場所に戻してくれた。

「ダンさんとは身長が違うから。ここは手を繋いで慎重に行こう。」

二人で足がつくギリギリの場所に立ち片手を握手しつつ、山田君が向こう岸へ足を伸ばしていく。山田君の顔が少し水面下に沈んだが、なんとか向こう側の足がつく場所にたどり着いたようだ。僕も地面を蹴り、山田君に引っ張ってもらい、なんとか向こう岸へ着いた。

「あいや。二人には深かったようだね。」

ダンさんはもう服を着ていた。

「体格が違うから。」

僕たちも体を拭き、濡れて冷たくなった服を着る。

「あいあい。元々村一番の戦士。ここの世界の人はこんな危険な所通らないからね。」

ダンさんが誇らしげに筋肉を見せた。

「橋を架けてくれればいいのに。」

山田君は不満そうだ。

「あいや。作っているうちに弓矢で殺られるね。」

空が明るくなり、太陽が登ってきた。

「あい、あそこが河合の国の監視塔、あっちが盆林の国の監視塔。昼間は見つかっちゃう。なんとか間に合ったね。」

僕たちが服を着終わったのを見て、ダンさんが歩き出した。僕たちも後ろを付いていく。

「普通はどこを通るのですか?」

「あいさ。三途が一番渡り易い。川幅はここより広いけど、浅いからね。だから、取り合いなのさ。」

「おう、ダンさん、お帰り。無事そうだね。」

河合の国の監視塔で見張り役の武士が声をかけてきた。

「あい、茂吉の旦那。収穫は…こいつらだね。」

僕たちの方を見てダンさんが答えた。

「誰だい?捕虜か?」

「あいや、鬼をも倒す武将だい。」

「ほぉ~そいつはすげえや。」

見張り役の武士たちが僕らの周りに集まり、まじまじと見てきた。

話が大きくなっているけど、否定できる雰囲気でもなく、照れた姿で過ごした。山田君はここぞとばかりに筋肉を見せたり、刀を振ったりしたが、どう見てもダンさんの方が上だった。

「あい、ここからは馬車を出してもらえる。」

ダンさんが馬に乗り、僕たちが乗った荷車を引いて、河合の国の城を目指した。



河合の国の城下町も盆林の国に劣らず、活気があった。殿ではないので、流石に平伏する姿はなく、むしろ、ダンさんは皆と仲良く挨拶し、談笑しながら、城へ向かった。

「あい。着いた。」

ダンさんが僕たちの方を振り向いて言い、馬を降りた。

僕たちも荷車を降り、ダンさんと共に城に入った。

左手に広い庭が見え、向かいにはカーテンのような布があり、右手には5人の侍が神妙な面持ちで座っている部屋に通された。

「あい、ここに座って。河合の国の殿様が来るから、粗相の無いように。」

しばらくすると、向かいの白い布越しに人影が見えた。

「ダン。無事そうだな。その者達は誰だ?」

「あい。私と同じく他の世界から来たので、見た目は変わっておりますが、鬼を倒すほどの実力を持った者です。武将に推薦します。」

「なるほど。実力を見てみたい。」

布越しに声が聞こえ、右手に座っていた侍たちが立ち上がり、僕たちにそれぞれ竹刀を1本ずつ渡した。

「そこの庭にて手合わせお願い申す。」

そう言って侍が草履を履き、庭に立った。

「あいや、左近殿はちょいと。手加減を。この者達はまだこの世界に慣れてないから。」

ダンさんが慌てて言ったが、

「殿の手前、そうもいかぬ。」

とその侍は竹刀を構えた。

「行くしか無いね。」

山田君は竹刀を握り、草履を履いて庭に向かう。気は進まないが、僕も行くしか無かった。

「では、始め。」

審判役の侍が言うやいなや、左近の竹刀がすごいスピードで動き出した。

山田君もそれに合わせ、止めている。

「なるほど、そこそこ出来るようだな。だが弱い。」

竹刀がぶつかった直後、左近が更に押し、山田君がぶっ飛ばされた。

左近が僕を見て言う。

「なんだ、お前。その構えは?勝つ気あるのか?」

あっという間に竹刀がぶつかり、僕の竹刀は吹き飛ばされてしまった。顔には当たってなくても風圧で切られそうな気がした。僕は思わず、屋敷の中に逃げた。

「何だ。逃げるのか。屋敷の中だと、天井に当たるので竹刀を振りにくいが、突くことは出来る。」

僕をゆっくり追いかけ、屋敷内に入ってきた。

「あいや。草履。」

ダンさんの言葉を受け、草履履いたまま屋敷に入ってしまった事に気づき、慌てて僕は脱ぎだした。左近が距離を詰めてくる。後ろは壁で、もう逃げられない。突かれる。僕は両手に持っていた草履を左近に投げた。

「そんなのかわすのわけないね。」

左近は避けたが、後ろから、でや~っと山田君が胴を入れた。

「ふっはっはっ。お見事。一人では左近に勝てなくても、二人なら鬼をも倒せる。なるほど、良い武将たちじゃ。」

布の向こうから、殿の声が聞こえた。

僕はまだ心臓がバクバクだったが、左近は息乱れる様子もなく、山田君の方を見て言った。

「ふっ飛ばしたはずなのに、もう立ち上がって来たとは。追い込んだつもりが、逆に挟まれていたとは。」

「体は丈夫なのさ。」

と山田君が自慢気に答えた。

「あいあい。良かったな~お前たち。左近殿の竹刀は、まともに食らうと死ぬからな。」

ダンさんが安堵の表情をしている。え、そんなやばいやつだったのかと更に恐怖心がでた。

「そういえば、ダン。盆林の国の軍備はどうだった?」

と左近はダンさんの方を向いて聞いた。

「あい。三途に7割の兵を割いております。」

「そんなにか。取り返すのは困難か。」

「あい、今は無理かと。」

「諜報ご苦労。下がっていいぞ。」

布の向こうから殿の声が聞こえ、僕たちは部屋を出た。

「採用おめでとう。あっしの家で祝おう。」

ダンさんの言葉に従い、城下町にある武家屋敷に入った。



夕ご飯を食べ、五右衛門風呂に入った。

「山田君は凄いね。あの、左近さんだっけ?あんな強い人と渡り合えるなんて。」

「いや、全然。キングのお陰で一発当てれただけ。」

「いや、僕は逃げていただけで…。」

「それも戦略なんだろ。」

「ううん。全然考える余裕なんて無かったよ。筋肉ないし、運動音痴だし、こんな世界じゃ戦えないよ。」

「十分戦えたじゃないか、自分の武器を信じろよ。」

「僕の武器?逃げることかな。」

「いいや、違う。」

「じゃあ何?教えてよ。」

「自分で気づくことが重要。」

山田君は笑って教えてくれなかった。逃げたけど、最後は苦し紛れでも立ち向かおうとした。昔の僕ならそんな事は出来なかった。この夏、僕は少し強くなったのかもしれない。



翌日、会議があるとのことで、ダンさんと僕たちは再びあの城に呼ばれた。

「三途に7割、およそ1万の敵兵が居る。こちらは、前の戦いで失い、5千。川岸に柵を設け、守り固め、これ以上攻めさせない、そういう方針でいかがでしょうか?」

左近が言う。

「異議なし。」

ダンさんが答えた。

「いや、それだといずれ負ける。逆に打って出られないか?」

布の向こうから殿の声が聞こえた。

「それならば、キング君を先鋒として下され。」

唐突に僕の名前が左近の口から出て、僕はびっくりした。

「せ、先鋒?無理です。すぐ逃げます!」

「逃げたいのなら、逃げても良い。ただ、この戦、お前次第であることは心に留めておけ。」

左近が僕の方をギロッと睨んで言った。

「あいや、先鋒とは名誉なこと。引き受けまする。」

ダンさんが慌てて僕の後頭部を押してくる、その力が強すぎて、抵抗虚しく、僕はお辞儀する格好になった。

「じゃあ、俺も先鋒としてキングを支えます。」

と、山田君が言ってくれたが、

「いや、君は次鋒だ。勝てるとしたら、奇襲。だから、あまり人数はかけられない。」

と、左近が指示を出した。

「よし、ではキングが先鋒、山田が次鋒じゃ。攻めに行くぞ。」

殿の命令が響いた。



「なんで僕なんだ…」

「殿や左近殿の命令は絶対だ。強い部下をつけるから、頑張れ。」

武家屋敷に帰る道中、落ち込む僕にダンさんが励ましてくる。

「昼ご飯は赤飯を頼んどいた。おいしいぞ。勝利の験担ぎだ。」

「次鋒でもすぐ援護するから、安心しろ。」

ダンさんや山田君が色々声かけてくれたが、あまり覚えてなく、呆然としながら、屋敷に着き、昼ご飯を食べた。

「新参者だから、捨て駒として見られているんだ…」

僕は独り言のようにつぶやいた。

「あいや、左近殿はそんな方じゃない。よそ者のあっしにも手厚くしてくれた。」

ダンさんが力強く反論してくる。

「でも、それはダンさんが強いから。」

「あいや、左近殿が名前を覚えているってことは、認めているってこと。あっしだけじゃない。」

「でも、倍の兵力差でしょ?負け戦と思っているでしょ?」

「あい…でも、左近殿は知略にも優れた方。勝算、奇襲に適した人材全て計算した上で出した答え。」

「逃げて良いって言っていた…逃げよ、うん、そうしよう。」

僕は自分にそう言い聞かせた。



「あい、ここが三途の手前。」

ダンさんの馬車に乗り、僕たちは三途近くにたどり着いた。

川があり、向こう岸に多数の人影が見える。川岸と川面はそれほど段差がない。

どんな川か見るために近づくと、ひゅーっと何かが飛んできた。

「あいや、危ない。そんな近づくと矢に当たる。」

ダンさんの言葉に気がつき、僕はすぐさま川から離れた。

「かなり警戒されているな。」

「あい。ただ、夜に明かりや物音立てずに行けば、向こう岸まで行くことは可能。」

「どの位深いですか?」

「一番深いところで君たちの腰。」

川幅は30m位あるが、流れは緩やか。前に渡った上流よりも時間はかかるが、安全に渡れそうだ。

「敵は攻めて来ないのですか?」

「あいや。分からないね。丸腰だと渡れるけど、武器防具をつけると、川の中はかなりの体力が奪われる。敵さんは舟をいっぱい作って、それで攻めようと考えているらしい。まだしばらくは来ないだろうね。」

「我々は、夜中にそっと橋をかけ、そこから奇襲する。」

いつの間にか左近も来ていたようだ。

「奇襲って僕が、ですよね?どうすれば良いのですか?」

「火を放ち、寝ている敵兵を出来るだけ倒し、敵軍をかき乱せ。」

「やれるだけはやりますが、逃げますからね。」

僕は宣言しておいた。左近はまたギロッと僕を睨んで無言のまま去っていった。


敵に見られない場所でこっそり作られた幅10m長さ30mほどの木の橋を夜静かに川岸まで持っていく。ダンさんと山田君が川に入り、橋に付いたロープを引っ張る。僕たちは岸から橋を押す。そうして音を立てずに向こう岸まで橋を届け、簡単に固定した。

「音が出るとばれるから、馬も鎧も無しで、装備は剣だけで。あと、火薬と火付け石も必要だね。」

ダンさんに小声でそう言われ、物品を渡された。さらにダンさんの部下達30名が集まった。

「これだけの人数で本当に大丈夫ですか?」

「あい、奇襲だから、この人数で、と左近殿が。」

不安しか無かったが、仕方なくこっそり橋を渡り、敵兵が休んでいそうなテントに向かった。道中、見回りの敵兵に見つかったが、数人だったため、ダンさんの部下が素早く倒し、テントの風上に立った。合図で一斉にテントや食料庫に火つけ、火矢も放った。

敵襲、敵襲と慌てながら、鎧を付け、剣を持って反撃してくる。一瞬戦おうと思ったが、どんどん膨れ上がってくる敵兵、多勢に無勢の状態で、すぐさま

「逃げろ~」

と叫んで、僕は一目散に走り出した、これまでの中で一番速かったと思う。優秀なダンさんの部下たちを追い抜かし、一番で橋を渡った。橋の向こうでは、味方の兵が多数見える。山田君もこの中で待っているはずだが、そんなことはどうでもいい、とりあえず逃げる、逃げる。あまりの気迫だったのか、味方の兵は道を開け、僕はその中を走っていった。

「逃げ過ぎだ。殿軍より後ろに下がるとは。」

左近にそう言われ、僕ははっとした。先鋒だったのに逃げすぎて、いつの間にか最後尾まで来ていたようだ。

「敵も追いかけてきている。倒しに行くぞ!」

左近とその部下たちは、騎馬に跨がり、最前線へ向かった。

僕は逃げ出した事がバレないようにこっそり戦場へ戻った。

舟を作って渡ろうとしていた敵からすると、むしろ好都合と考えたのだろう。敵兵が僕たちの橋を使って大軍で押し寄せてくる。岸で待ち構えていた味方兵と戦闘を繰り広げ始めた。橋の上では前に進めなくなり、でも後ろからは攻めろと押され渋滞が起こり、橋が壊れた。急な出来事、そして普段と違う鎧を着た状態で川に落ちたことで慌てふためき、川を流されていく者多数。既に川を渡った者はそれまで勝ち戦と考え、意気揚々と来ていたのに、立場逆転、川を背に河内の国の兵に囲まれて戦うこととなり、押されて川に落ちる者、鎧を脱いで川に入り、逃げようとする者なども居て統制が利かなくなった。それを見て一気に押し返す。

「お前が犯人か!」

その時、ものすごい勢いで敵の騎兵がこちらに向かってきた。途中の味方兵はどんどんなぎ倒される。また逃げようと思ったが、さっきの走りで全ての力を出し尽くしたのか、足が動かなかった。もうすぐ近くまで、敵騎兵が来ている。

「こんな暗いのに、なんでバレたんだ。」

「匂いだ。火薬の。」

敵騎兵はそう答えながら、刀を振りかぶった。

僕も戦わなきゃ、そう思ったが、剣が、ない。逃げる時にどこかに落としたのだろう。そりゃ速く走れたわけだ。殺される、そう思った時、左近が敵騎兵を斬った。

「勝ち逃げされると困るからな。」

「?」

「ぼーっとしてないで、戦え!」

「戦うって言っても、武器も何も無い。」

「使えるものは草履でも何でも使う。そうだろ!」

左近の言葉で辺りを見渡し、とりあえず先程の敵騎兵が持っていた刀を奪い、戦った。

「奇襲と橋崩壊で敵は混乱している、勝機ぞ。」

左近は周りの兵を倒すと、そう言って再び前線へ向かった。

前線の向こう側、敵のテントがまた赤く燃えだした。

「僕たちが奇襲でつけた火はもう消えたのになぜ?」

「あい、あっしの部下だね。火薬臭い大将が必死に逃げるもんだから、敵さん、みんな逃げたと勘違いしてくれた。実は数人残って隠れているとも知らずにね。」

声の方を見ると、ダンさんが居た。

「あんたが渡した火薬か!そのせいでこっちは死にそうに!」

「あい、匂い強めのやつね。どうせ負けたら死ぬんだ。死にそうで済んで、良かった、良かった。」

「良くない。」

「あいや、勝ったんだ。負け確率の高い、打って出るという大博打に。」

「渡ってきた敵兵は粗方倒したけど、三途はまだでしょ?」

「あいや、三途の敵兵は混乱して退いたようだ。あっしたちの旗が見える。」

「そのようだな。橋をもう一つ用意してある。架けようぞ。」

敵兵を倒し終えた左近が戻ってきて言った。

僕には暗くて、旗は見えなかったが、勝ったのなら、とりあえず良かったと思った。

川付近に山田君を見つけた。

「いやぁ、怖かった。何度も死にかけた。山田君も大丈夫だった?」

「ああ、俺の役目をちゃんと行ったよ。」

「どんな役目?」

「丁度良い所で橋を壊せってさ。」

「橋が壊れたのは、重さや偶然じゃなかったのか。」

「ああ、キング君は小細工が苦手だろうな。でも、大博打は計算した上でやるものだ。運ってのは、自分の手で手繰り寄せるものだ。」

左近が偉そうに言ってきたが、助けてもらった手前、僕は何も言えなかった。左近が続けて言う。

「でも、そこに私は負けた。草履を履いていることも忘れ、純粋に逃げる姿に勝ったと思ってしまった。隙が出来てしまった。今回の戦いで、勝てるとしたら、敵を騙せるとしたら、キング君のその正直さだと思った。予想通り、敵はこちらの小細工に気づかず、反撃してくれた。一番槍だ、おめでとう。」

「そんなの、戦いの前に言ってくれれば、もうちょっとやれたのに。」

「言えば、顔に出る。敵にばれる。だから、黙っておいた。」

それが僕の武器なのかとこの時初めて気がついた。




「結構広いんだね。三途って。」

「あい、水が豊富で作物がよく育つ。交易も盛ん。戦がなけりゃ良い街。」

僕たちはダンさんと共にゲートを探しに三途を歩いた。

川が二つに分岐してすぐの所に、円形に土がむき出しの部分を見つけた。

「あそこがゲートかな。」

「あいや、あっしは妹探すので、行かねえ。」

「キングは?地球に帰ることになるけど、大丈夫か?」

「これまで見てきた世界、どれも大変で。それに、しばらく離れていると、やっぱり地球が懐かしい。地球に戻って、もう一度頑張ってみるよ。」

僕たちはゲートと思われる場所に座り、ダンさんは少し離れたところから、その様子を見ていた。

「あー、キー聞くの忘れてた。」

山田君が悔しがった。

「しょうがないよね。どっちが先に行くか分からないけど、色々思ってみるしか。」

「だな。」

僕はここで何を思うべきなんだろう。今一番思うのは、疲れた。




―――To the next world  戦国時代 完




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