4th world ~神の村~
「神だ。神が現れた。」
そんな言葉をかけられ、建物の中、何十人もの視線が僕の方を向いている状態で気がついた。戸惑っていると、
「おお、神様お願いします。」
と人々が祈りながら近づいて来た。
「何?これ?」
「さあ?」
僕たちは状況が分からず、少し後ずさりした。しかし、足が痛い上に、すぐ壁があり、逃げることはできなかった。
「神様。鬼を倒して下さい。」
そう祈って、また近づいてくる。たまらず、
「ぼ、僕は神ではありません。申し訳ないです。」
と叫んだ。
「でも、そのリュック。それは本当の神の証。」
「え?」
そう、僕はフリック3世からリュックを貰っていた。建物の中心にある、銅像。よく見ると若かりし頃のフリック3世が同じリュックを背負っている姿をしていた。
「状況を教えて下さい。」
「ここに初めて神様が現れた時、私達に色々な知恵や物を授けて下さりました。でも、その神様はしばらくするといらっしゃらなくなりました。また現れてほしいと願って、私達は、ここに教会を作り、神様の銅像を作ったのです。」
「それから、人が現れることはあったのですが、悪い人も多くて…でもあなたは、それを持っていらっしゃる。神様の証。」
そう言って僕が背負っていたリュックをもう一度指さした。
おそらく、フリック3世が初めてこの世界に来た時、このリュックを背負って旅し、人々に先進的な世界の知識や物を与えたのだろう。
「すみません、人違いです。」
僕は答えた。その時だった。僕たちの眼の前に突然人が現れた。
「我こそが神である。」
そう、その人は叫んだ。そして、後ろを振り返り
「なんだ?こいつ達は?」
と僕たちを指さした。
「さっき現れた神様です。」
人々が答える。
「う~ん。神様は私だ。この者たちは偽物。引っ捕らえろ!」
人々はしばらく戸惑ったが、その言葉の通り、僕たちを捕まえようと向かってきた。
「なんなんだよ、止めろよ。」
山田君は必死に抵抗したが、多勢に無勢、僕たちはすぐに押さえつけられ、自由に動けなくなった。
「でも、本当の神様はあの方です。」
人々の後ろから、僕たちと同世代の女性が毅然とした顔で床に押さえつけられている僕たちの方を指さした。
「なぜだ?」
神様と名乗っている人物がその少女に問い糾した。
「あのリュック。色も形も伝承の通りです。」
「これがか?」
と、神と名乗る人物は不機嫌そうに答え、僕が背負っていたリュックを奪い、中を調べ始めた。
「水筒とゴミ……水筒も空じゃねえか。こんな物で神?全然違う。牢屋に入れとけ!」
僕たちは手を縄で縛られ、屈強な男たちに引っ張られた。
「痛い。」
歩こうとして足が痛んだ。
「こいつ右足を怪我しているから、」
そう言って山田君が僕を支えようと右側に寄って来たが、山田君も手が縛られ、うまく支えられない。それを見て、先程の女性が肩を貸してくれた。
「すまない。」
僕は女性に声をかけた。
「私はベルと申します。父が小さい時に初めの神に会って、助けて頂きました。」
と女性は名乗った。
「ああ、僕もフリックさんには助けて頂いたよ。」
と答えつつも、よく考えると彼のせいでこうなってしまったとも思った。
そんな話をしつつ、教会の外に出た。
緑の多いのどかな風景。そこを僕たちが引っ張られていく。虫たちも驚き、逃げていく。
「ここだ。」
屈強な男たちは苔の生えた石の小屋の前で立ち止まった。
かがんで入るような小さな入口を通る。中は薄暗くてよく見えなかった。引っ張られる力に従い、小屋の奥まで入ると、男たちはそそくさと離れた。
「すみません、私もここまでで。」
縄で繋がれた両手に強く握手してきた。
「ありがとう、ベルさん。」
ベルさんが駆け足で小屋を出て、ガチャッと何かが閉まる音がした。光は入口からわずかに差し込むだけ。残っていた男たちも小屋から出ていった。目が慣れてくると、先ほど閉めたのは鉄格子だと分かった。
「開けろよ。」
縄で自由が効かない手を使って、山田君が手当たり次第、鉄格子をガタガタと動かしたが、どこも開く気配がない。他の壁はジメッとした石。叩いてみたがびくともせず、手が痛くなるだけだった。
「今からでも神と名乗った方が良いんじゃない?」
薄暗い石の牢屋で出られないと悟った山田君が言った。
「でも、それは嘘だから。」
「頭がかてーな。あだ名がカミでもいいじゃん。」
「今更、神だと名乗っても、信じないだろうし…。」
「でも、あのベルさんは信じてくれそうだよ。っていうか、あの神と名乗っていた奴、どうみても胡散臭そうだし。」
「まあ、神は神でも貧乏神か疫病神の雰囲気だったね。」
そう言って僕たちは笑い合った。ようやく暗さに目が慣れ、お互いの姿も見えるようになっていた。
「手に持っているのは何?」
「さっき、握手の時、ベルさんから渡されて。でも何か分からない。丸くて軽いけど、表面は滑らかではなくて…」
「ちょっと持ち上げてみて。」
それまで握っていた物を見やすいように指で持ち、山田君の目の高さに近づけた。
「あ~、これはゴミだ。おにぎりを包んでいたアルミホイルを丸めたもの。」
「え?なんでこんな物を渡したんだろう…何か書いてあるとか。」
「ここだと暗くて、文字があっても分からないね。そうだ、良い使い方がある。貸してみて。」
山田君はそれを手に持つと、僕の手についた縄を擦りだした。
「これで縄切れるんじゃない?」
そう言いながら、さらにアルミでゴシゴシ縄を擦る。ある程度した所で、手に力を入れると、縄が切れ、両手が自由になった。
「ありがとう。じゃあ、次、山田君のを切るね。」
「おう、よろしく。」
山田君も両手が自由になった。山田君はさらにアルミで鉄格子を擦り始めたが、アルミの方がボロボロになった。
「流石に無理か…私が神である!」
呟いたかと思うと急に大声で山田君が叫んだ。
「どうしたの?」
「キングが言わないなら、俺が代わりにって思って。」
「私が神である!」
再び山田君が叫んだ。しばらくすると、ライトを持った男性が入ってきた。
「なんだ?大声出して。」
「私が神である。」
山田君は言い続ける。
「じゃあ、証拠を見せろ。」
もう頼みの綱のリュックも無い。綱、そうだ。
「私達の手を見て何か気づきませんか?」
そう言ってこれみよがしに自由な両手を見せた。
「え、縄が無くなっている。おい。」
そういうと男性は小屋を飛び出した。
小屋の外で誰かと話している声が聞こえた。
「やっぱり神様かもしれねえ。縄が無くなっている。」
「え?本当か?俺はちゃんと結んだはずだ。あれは絶対にほどけない。」
先程の男性がもう一人引き連れて、小屋に戻ってきた。
「ほら。」
僕たちをライトが照らす。
「本当だ。こっちが神様なのか。」
「そうだ。私が神である。」
山田君は自信満々で答えた。
「こ、これは失礼しました。」
男たちは平伏した。
「ここの鍵を開けよ。」
「はい。でも鍵は我々持ってねぇです。取りに行ってきます。」
そう答え、男たちは立ち上がり、そそくさと小屋を出た。
男たちが居なくなり、声が聞こえない頃合いに
「なんとか出られそうだね。」
と山田君に声をかけた。
「だと良いね。」
そう話していたが、次の日になっても男たちは戻ってこなかった。
「私は神である!」
山田君は度々叫んだが、誰も訪れはしないまま、日が暮れた。
「一日何も口にしてないね。」
「ああ、辛いな。叫ぶのももうできねえ。」
その時、小屋の入り口が明るくなった。
あの神だと名乗っていた、やせ細り髪と髭が伸ばし放題の貧乏神がライトを持って小屋に入ってきた。
「お前たち、余計な事をしおって。神は私一人だ。本当の神なら、ここから抜け出してみろ、生き延びてみろ。」
そう言い残して、去っていった。
「何なんだ?」
「さあね。もう疲れたから、眠るよ。」
暗いし、無駄なエネルギー消費をする気力もなく、僕たちは寝た。
夜が明けた。といっても、入口付近が明るくなるだけで、僕たちの方までは光が入ってはこない。人里離れた所にこの小屋はあるのだろうか、人が通る気配が無い。山田君も大声を出す元気はなく、じっとしていた。
日が暮れ、十分暗くなってから、入口に髪の長い人影が見えた。
「私、ベルです。明かりつけるとバレちゃうから、暗いままですみません。」
「ああ、どうしたの?」
「ご飯と飲み物持ってきました。こんな物ですみません。」
そう言って、僕たちの前に置いた。
「やっぱり神様だって、村中の噂になっていますよ。」
「なんで出してくれないんだ?」
山田君が手探りでご飯と飲み物を見つけ、手にとって言った。
「今いるもう一人の神が、怒っちゃって。会いに行くやつは消す、と脅しをかけているの。」
「じゃあ、あんたも危険では?久しぶりの水、おいし~、キングも飲め。」
山田君が僕に何か渡しながら、話す。
「うん、でも本当の神様にお願いしたいことがあって。」
「何ですか?」
山田君から受け取ったものが水筒であるのを確認し、一口飲んで聞いた。
「鬼を退治して欲しいの。」
「神以外にもいるのか。」
「うん、でも実体を見た人は居なくて。見た人は全員、跡形もなく食べられちゃうから。」
「どこにいるかは分かるの?」
「裏山。ある時から裏山に行った人がたまに帰って来なくなって。私の兄も鬼退治に出かけたけど、帰って来なかった。」
「ここを出られないとなんとも出来ないな。」
山田君はむしゃむしゃ食べながら、話ししている。
「すみません。鍵を持ってなくて。こっそり食べ物は持ってきますから。」
「ん~、どうやれば出られるかな…」
「そういえば、メモ気づいてくれました?」
「メモ?」
「はい、ここに入った時ゴミの中に入れて手渡したのですが。」
「ごめん、暗くて分からなかったです…何が書いてあったのですか?」
「あの神は偽物だって。咄嗟に書いて入れたの。」
「なぜ偽物と?」
「数年前に一度会っているの。その時はもっと弱々しい感じで。お腹鳴っていたから、持っていたご飯と水をあげて。その後、一昨日まで見かけなかったけど。」
「?」
僕たちは顔を見合わせた。
「やつもあそこから出てきた…つまり、ゲートを通ってきた。」
「登場してすぐ、神であると名乗った違和感。前にここに来たことがあれば、納得できる。」
「ってことは、やつは一周しているのか。」
「一周?」
ベルさんは話が分からず、聞き返した。
「いや、何でもない。あ~、久しぶりの食事、美味しかった。これで動ける。」
「ああ、僕も気がつくと、足の痛みはもう無くなっていたよ。でも、動けても、この中だけどね。」
「さあ、それはどうだか。」
言いながら山田君は鉄格子を触り始めた。
「うん、このタイプの鍵なら、開けられそうだ。」
そう言って、ポケットから針金を取り出した。
「そういえば、鍵開けるの得意だったね。」
「うん、もっと早く逃げられたかもだけど、キングの足が治らないとすぐ捕まるから。」
そう言いながら、何度か試し、牢屋の鍵を開けた。
「ベルさん、ありがとう。鬼退治してくるよ。裏山ってどっち?」
「こ、ここが裏山です…あ、でも、鬼が出るのは、もっと上の方だと聞いています。」
ベルさんは鍵を開けた事にびっくりしながら答えた。
「うん、分かった。行ってくるよ。」
山田君は勝手に話を進め、上を目指そうと歩きだした。
「いや、本当に退治するの?鬼だよ。」
僕は止めようとした。そんな事をして何のメリットがあるのか。
「じゃあ、ここで待ってて。俺が退治してくるから。」
ここに残っても捕まるだけ。村に行っても同じだろう…むしろ鬼が出て、人が寄り付かない裏山の方が潜伏はし易い。でも、鬼がね…。
「いや、待ってよ。」
考えているうちに、山田君は歩きだしていたので、呼び止めた。
「お前は何のためにここにいるんだ?」
山田君が立ち止まり、振り返って聞いた。
「い、生きて自分に合った世界を探すため。」
「そうだよ。良かったな。前は、地球から逃げたいと思い、死をも恐れなかったのだから。お前は生きろ。」
崖を飛び降りた時もそうだった。一番危険な役を山田君は引き受ける。でも、そうじゃない。友に頼りきりじゃあ、駄目だ。僕も自分の足で一歩を踏み出さなきゃ。
「いや、僕は、僕だって戦える。だからこそ、ここにいるんだ。」
「…一緒に戦うか?鬼と。」
「うん。」
僕たちは、山の上を目指し、歩き出した。
といっても、道の無い、木や草が生い茂った所を月明かりの中歩く状態。前の世界のようにタイムリミットがあるわけではない。僕たちが捕まっていた小屋から十分離れたところで、話しかけた。
「昼間に探さない?今鬼を見つけても、何の武器もないし、そもそも暗すぎて、鬼と気づく前にやられるかも。」
「お、おう、そうだな。もう倒す気でいたけど、確かに昼間に動いた方が良いな。」
そういうことで、僕たちは草をベッドにして眠った。冷たかったが、牢屋の石よりは全然マシだった。
太陽が眩しくなり、目が覚めた。山田君は寝ている。
起こすのは悪い気がして、僕は一人で辺りを散策した。
「必要なのは、武器、食料、水。何か無いかな。」
食べられそうな木の実を集め、硬そうな枝、武器になりそうな石を選んだ。
戻ると、ちょうど山田君が目を覚ました。
「木の実食べる?」
「あ、ああ。ありがと…うん、酸っぱい。」
「こんなのしかなくて、ごめん。でも食べられるはず。」
「いや、ありがとう。いっぱい食べると慣れてきた。」
そんな話をしながら、遅めの朝食を摂っていると、
「ベルの命が惜しければ、牢人共、出てこい。」
そうアナウンスが流れた。あの、神と名乗る人物の声だ。
「えー?まだ鬼退治してないのに…」
「どうする?」
「行くしか無いでしょ。」
「いや、罠だと思う。こんどこそ殺されるよ。」
「でも人質取られてるんだぜ?」
「で、でも…」
そう言いつつも僕は渋々山田君に従い、牢屋の方へ下っていった。
「おお、牢人が居たぞー。」
屈強な男たちが集まってきて、また縄で両手を縛られた。
牢屋にまた入れられると思いきや、牢屋を通り過ぎ、教会を過ぎ、村の家々の中で一番立派な屋敷に連れてこられた。
赤いカーペットの敷いてある奥の部屋に通されると、あの神と名乗る奴が、高そうな椅子に座っていた。
「おお、これ。客人に縄とは失礼な。外してやれ。」
手を縛っていた縄が切られた。手は自由になったが、周りには4人の男たちが見張っていて逃げられそうにない。
「座りなさい。」
そう言われ、僕たちは警戒しながら、椅子に座った。
「まあ、料理でも食べながら、話をしようではないか。」
そう言って、神と名乗る奴が合図すると、使用人がカップに入った温かいスープを持ってきた。僕たちは顔を見合わせた。奴の態度の豹変ぶりに怪しさしか無い。
「毒は入ってない。今、お前たちを殺すと、民衆の反感を買うからな。」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「ベルさんは無事に解放されるんだろうな?」
「まあ、そう焦るな。縄を解き、牢屋を抜け出したことで、お前たちを神と崇める奴らが出て困っておる。まずは、どうやって抜け出した?」
「神だから。」
「ふっ。手の内を明かさないってことか。」
「いえ、あなたは神だから、そんな事お見通しですよね?」
「あ、ああ、もちろん。」
これでこれ以上は聞けなくなっただろう。奴の手下とはいえ、ここには見張り役の男たちがいる。その前では神を演じる必要がある。
「お前らの手口は分かっている。ベルが鍵を開けた、それだけのこと。」
「そんなわけないだろ。鍵は使ってない。その間、鍵はどこにあった?」
「それはうまくバレないように使って返したんだろ。とにかくお前たちは神でもなんでもない。」
「そんなことはどうでもいい。ベルさんは無事に解放されるんだろうな?」
「お前たちの態度次第だ。神じゃないと認めろ、宣言しろ!」
「そうしたら、ベルさんはちゃんと解放されるのか?」
「ああ、そうだ。」
山田君がこちらに視線を向けた。僕も頷いた。
「分かった。認めるし、宣言する。」
山田君が答えた。
僕たちは男たちに囲まれて、放送室に入った。
「ここで宣言すれば、村人全員にアナウンスされる。台本通りに読め。」
台本に目を通した。
「分かった。俺が読むよ。」
そう言って、山田君は台本を奪い、マイクの前に立った。神と名乗る人物が
「スイッチをONにしろ。」
と指示を出した。
「その前にベルさんの解放は?」
「ああ、解放しろ。」
手下に更に指示を出した。それを確認して、山田君が台本を読んだ。
「あ~あ~、我々は牢人です。牢屋を抜け出しましたが、鍵を開けてもらっただけ。私達は神でもなんでもない。ただの牢人です。デルタ様が本当の神様です。お騒がせしてすみませんでした。」
「よし、スイッチOFF……こいつらを手錠して連れて行け。」
「え?お前の指示に従ったじゃん?」
「ああ、でもお前たちの身の保証はしてない。」
「そんな~。」
手錠をかけられた。外れそうにもない。
「牢屋に入れとけ。」
「逆にあんたが牢屋に入って抜け出せば、あんたが神だと証明できるだろ?」
山田君はそう叫んだが、デルタは聞く耳を持たず、僕たちは屋敷を追い出され、牢屋に戻ってきた。
「何してるんだろうな。俺。ごめん、俺のせいでまた捕まっちゃった。」
「いや、いいよ。あいつのせいだし。」
「今度は殺されるかな。」
「すぐには殺せないって言っていたし、牢屋に入れるってことは、まだ猶予はあるよ。」
「うん、でも今回は外す道具もないし。」
「あれ、針金は?」
「どっかで落とした。何度かもみくちゃになったし。あれがあってもこの手錠は難しいと思う。」
山田君は石の壁や、鉄格子に手錠を当て、擦って切れないか試した。その姿を見て、僕も真似したが、ちっとも傷つかなかった。
日が暮れ、そろそろ寝ようとした時、入口が明るくなった。
ライトで僕たちは照らされ、急に眩しくなったため、僕は思わず目を瞑った。
「ああ、すまんの。」
眩しさが無くなったのを確認して、ゆっくり目を開けた。見知らぬ男性が立っていた。
「わしは、この村の村長。そして、ベルの父だ。」
「ああ、どうしたのですか?」
「何も食ってないだろう。持ってきた。」
「ありがとうございます。」
僕たちは受け取り、薄暗くて何か分からないまま食べた。
「美味し~パンかな。ありがとうございます。」
「私の娘、ベルは、皆が見てる前で消えた。」
「え?どういうことですか?」
そして、村長が話し始めた。
今朝、家に警備隊が押し寄せてきた。昨晩、牢人に会い、逃がした罪があると言われ、ベルは連れて行かれた。何かの間違いだと抗議した。でも、全く取り合ってもらえなかった。そこで、牢人の君たちこそが神だと考える、親牢人派の面々と反乱を起こそうと画策していた。そしたら、君たちの放送。親牢人派の面々も意気消沈してしまい、動けないでいた。さらに、デルタが神様の魔法を見せると言い出し、村人全員を集めた。そこに囚われたベルが出てきた。
「おい、ベル、大丈夫か?」
私は駆け寄ったが、途中で警備隊に止められた。
「最期に父に言い残す言葉は?」
とデルタがベルに向かって言った。村人の視線はベルに注がれた。ベルは私に向かってにっこり笑うと、
「私はこれが最期だとは思ってないわ。でもお父様、これまでありがとう。」
そう言い残し、ベルは皆の前で消えた。
その先、私はもう涙で覚えてない。その後気づいたら、あんなことが出来るから、やはり神様よ、と崇める者、下手したら、次は自分が消されるって怖がる者、皆がデルタ様、デルタ様と言うようになった。
村長はその時の事を思い出したのであろう。涙を流していた。
「あいつ、解放してない。約束を破りやがった。」
山田君は悔しがっていた。
「でも、今度はあなたの身が危ないですよね?」
「ああ、君たちに会いに来ているからな。」
「そこまでして…」
「気にするな。私はわざとだ。息子を鬼に食べられ、娘は眼の前で消され、もう生きる希望も無くなった。娘と同じ死に方するなら、それでいい。娘の信じた生き方を私も全うする。」
「ありがとうございます。」
「でも、鍵はデルタが管理している。ここから助け出す方法がない。」
「鎖を切る大きな鋏と針金があれば、抜け出せるんだけど。」
「申し訳ない。そんな鋏はない。」
「そうか…。」
山田君は考えていた手を封じられ、困った表情をしていた。
「ただ、処罰されるまで、食事は持ってくるよ。」
「どっちが先に処罰されるか分からないですね。」
「ああ、そうだな。もし、私が来ない日があったら、私が先だったと思ってくれ。」
「そうならないことを祈りますよ。」
「では、また明日。」
そう言って、村長は去っていった。
暗闇と静寂に包まれた。僕たちは、またあの冷たい石の上で寝ることとした。
次の日、屈強な男たち――おそらく警備隊であろう者たち――がやってきた。
「おい、出ろ。」
もう殺されるのか、そう思った。
警備隊に囲まれて、歩いていく。ゆっくり歩くことが唯一の抵抗だった。少しずつ、草だらけの道を登っていく。
「ここって。」
「ああ、裏山だな。」
山の中腹辺りで100人位の村人が集まっていた。村長もいた。
周りは草木が生い茂っていたが、一部円状に土が露出している所に僕たちは連れて行かれた。そこにデルタが偉そうに登場した。
「さあ、村人共。これから、真の神こそが出来る魔法を再び見せよう。ここにいる牢人を消してやる。」
僕たちを指さした。
「まあ、腹も空いているだろう。最期に美味しい物を用意してやった。」
僕たちの前に料理が運ばれてきた。手錠も外された。でも、僕たちは食べない。
「おい、毒は入ってない。ごちそうだぞ。」
それでも僕たちは食べない。前日、騙されているから。
「早く食べろ。食べないと村長を殺すぞ。」
そう言われて、ようやく山田君が料理に手を伸ばした。
「キングもこのくそ不味い料理食べてやれ。」
そう言いながら、山田君はバクバク食べだした。
僕も少しずつ口に入れた。
「不味い?」
デルタは僕たちに近づき、一口料理を食べた。
「いや、美味いだろう。」
「どんなごちそうより、命を繋いだ食事の方が美味しいって言ってんだよ。」
山田君は怒り出した。確かに、ベルさんや村長が覚悟して持って来てくれた物の方が美味しく感じた。
「普通は、こんなごちそう貰って感謝だろ?」
「お前に感謝する言葉なんてない。」
山田君はきっぱり言い返した。
「もう少しだ。もう少しでこいつらは消える。待っておれ。」
デルタは、村人に向けてそう呼びかけた後、僕たちにしか聞こえないぐらいの小声で話しだした。
「いや、お前たちもゲート通って来たんだろ。ここがゲートだ。次の世界への行き方を教えてやってんだ。感謝しろよ。」
僕は山田君と目を合わせ、
「お前に感謝する言葉なんてない。」
と同時に言った。
食事が終わっても全然消えない僕たちに村人はざわつき始めていた。
デルタは再び小声で話しだした。
「お前たち、地球から来たんだろ。戻れるぞ。次の世界、三途へ行けば。これでどうだ?」
「僕たちは消えない。こいつはペテン師だ。」
僕はデルタを指差し、村人に向かって叫んだ。
「こいつを捕まえろ。」
山田君も叫び、村人は一斉にデルタを捕まえた。
「でも、神が居なくなり、まだ鬼もでるのに、私達はこれから何を依り処にすればいいのか。」
村人が話した。
「私こそが神である。」
山田君が大声を張り上げた。村人たちは平伏した。
「よし、今度こそ鬼退治に行こう。」
そう言って、山田君がにこっと僕の方を見た。僕も微笑み返した。
「神様が手伝って下さる。皆で力を合わせれば、鬼も怖くない。」
村長の言葉に、村人たちがおおーと掛け声を挙げた。
僕たちは全員で鬼の捜索を行った。見つけたら、すぐに声をあげ、駆けつけるようある程度の距離を保ちながら、裏山を歩いた。
夕方になった。
「これ以上の捜索は危険です。明日にしましょう。」
村長が僕たちに声をかけた。
「でも、裏山のほとんど捜索し終わったよね。」
「夜にしか出てこないとか?」
「そんな事はありません。私の息子は、朝出かけて、夕方帰ってこなかった。息子が道を間違えるはずないし、夕方には帰って来る約束だった。昼間のうちに殺られたのだろう。」
村長が言った。
「でも、遺体は見てないのですよね?」
「ああ、探したけど、見つからなかった。鬼は全て食べ尽くすからな。」
「鬼を見たものは居ない…食べ跡すら残さない…」
「鬼は裏山にいる…裏山をこんなに探したが見つからない…」
「ひょっとして…ゲートが鬼?」
そう言って僕は山田君と驚いた顔を見合わせた。
「ふっそうかなるほどな。」
しばらくして山田君が表情を戻して言った。
「大きな白い綱を持ってきて下さい。俺たちが鬼を封印します。」
村人はお互いにどうするか話し合い、綱の原料を集める人、作る人などそれぞれ役割分担し、村へ帰っていった。一通り指示を出した村長が僕たちの元に来た。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。それよりもベルさん生きていますよ。」
「もっと言うと、息子さんもだな。」
「え?そうですか!」
村長の顔が生き生きとしだした。
「違う世界に飛ばされただけです。一緒に探しますか?」
村長はしばらく悩みだした後に、答えた。
「私にはこの村がある。この村を守っていかねばならぬ。今回、より強くそう思った。娘や息子のことは君たちにお願いしたい。君たちなら…神様なら、私が行くよりも信じられる。」
翌朝。
大きな白い綱をゲートの周りの木にぐるりと1周巻き、結んだ。
そして、村人へ向けて、言う。
「僕たちは鬼を封印します。その時、僕たちは居なくなるだろう。」
山田君は、嘘つけるようになったな、と言った顔で僕の方を見て微笑んだ。嘘は言ってないという顔で僕は山田君に微笑み返した。山田君が村人の方を見て、さらに続けた。
「でも、皆さんが俺達のことを神だと崇め、この白い綱の中、聖域に入らないという約束を守る限り、二度と鬼は現れない。」
そう言うと、僕たちは縄の中に入り、円形の土の上で座禅を組んだ。
そして、思う。
「ベルさん、村長、ありがとう。」
―――To the next world 神の村 完