3rd world ~今際の際~
道路はあるものの草木や農作物も生い茂り、太陽が燦々と輝き、夏の田舎のような風景に僕は居た。周りの風景を見渡すと、山田君が居た。
「やったね。無事次の世界に来られたね。」
お互いに駆け寄り、抱き合った。
「ありがとう。お陰で、何の不安もなく、飛べた。」
「あとは、小太郎さんだな。」
僕たちは近くの木陰で待った。でも何十分待っても現れなかった。
「来ないのかな。」
「怖気づいたのかも。」
しばらく待ったが、太陽が山にかかり、夕焼け空になっても現れなかった。そして、その間、この世界の人は誰もここを通らなかった。
「このまま夜になると身動きが取りにくくなる。小太郎さんには悪いが、人を探して、情報を集めよう。」
僕たちは、道路を歩き、より大きな道路へと出た。周りは少しずつ薄暗くなり、見えにくくなっていたが、草は刈られ、街路樹が植えられ、整備された道路だ。何かしらあるだろうと辺りを見渡すと、遠くの方に家の明かりがいくつか灯っているのが見えた。
「あっちに家が見えるから、そこに向かおうか。」
「うん。」
しばらく歩き、明かりの近くに行くと、家の前で子供が地面に座っていた。よく見ると、涙を流していた。
「どうしたの?」
「私たち、明日死んじゃうの。」
「え?どうして?」
少女はそれには答えず、ずっと泣いている。
家のドアが開き、父親らしい人が出てきて、
「アキちゃん、もう泣くのは止めて、最後の晩餐を楽しく過ごそうよ。」
そう言いながら、少女の手を握った。僕たちに気づいて、
「君たちもこんな所で油売ってないで、最期楽しく過ごした方がいいよ。」
と声をかけてきた。
「最期ってどういうことですか?」
「なんだ。ニュース見てないのか?明日、星がぶつかるらしい。この星よりも大きな星と。その衝撃でこの星は粉々になると予想されている。」
僕たちは大変な世界に来てしまったらしい。
「どうにかできないのですか?」
「君も娘と同じこと言うね。星が大きすぎて、なんともね。」
そう言って、泣き止んだ娘と共に家に入っていった。
残された僕たちを静寂が包む。せっかく死を覚悟して飛び降りるまでしたのに、また死が近づいている。まだお互い理解が追いつかず、必死に考えていた。しばらくして、
「どうする?」
と山田君が声をかけてきた。僕たちに残された選択肢…これしかないだろう。考えがまとまり、返答した。
「僕たちが生きる道は、ゲートを見つけて次の世界に行くしか無い。」
「そうだな。生きる道を進もう。」
僕たちは微笑み合った。
「ゲートとは懐かしい言葉じゃ。」
声が聞こえた。薄暗い中、白髪のおじいさんが近づいてきた。
「ゲートを知っているのですか?」
「ああ、なんたって儂は開発者じゃからな。」
「開発者って…ドン・フリック3世?」
「おう、そうじゃ。よく昔の名前を知っているね。この世界では、バレないように別名で生きていたのじゃが。」
あの肖像画に比べると、かなり年老いているが、いくらか面影はあった。
「僕たちは地球から、あのロボットの世界を通って、来ました。」
「おお、そうか。ガンちゃんは元気にしておったか?」
「ガンちゃん?」
「うん、儂の執事ロボット。」
「ああ、名前までは知らなかったですが。あなたに会いたそうにしていましたよ。」
「そうか。ガンちゃんとももう会えなくなるのじゃな。」
老人…フリック3世は寂しそうな顔をした。
「やはりこの世界が無くなるのは本当なのか。」
「ああ、そうじゃよ。物はいずれ壊れ、新しいものへ変化していく。仕方ないのじゃよ。」
「ゲートの場所とかご存知ですか?」
「ああ、あの山の頂上じゃよ。」
指差すが、その指の先はもう暗闇で分からない。
「え?どこだよ?」
「そうじゃな。明かりがないと行けないな。儂の家までついて来い。」
そう言うと、フリック3世は歩き出した。隣家との距離は離れていて、家の明かりでは少し遠ざかるともう届かず、暗闇に紛れてしまう。僕たちはフリック3世のすぐ後ろについていくこととした。
「それはそうと、君たちお腹空いているのでは無いか?」
歩きながら、フリック3世が話しかけてきた。
前の世界では、少ししか食べていない。ゲートを探し、次の世界に行くことに夢中で、気にしてなかったが、言われてみると、お腹が空いてきた。
「うん、お腹へった。」
山田君が答える。
「じゃあ、晩御飯も作ってやるぞい。」
「でも、早くゲートを通らないと。時間無いですよね。」
「星が衝突するのは、明日の朝じゃ。タイムリミットはそこまでじゃな。ただ、夜中にゲートに辿りついてもおそらく通れまいて。」
「なぜ?」
「まず、場所が分からん。何も見えんとな。あとは、キーじゃな。」
「ここのキーは何ですか?」
「その場所にその時間行けば、自然と湧き上がるものがここのキーじゃ。儂一番の自信作じゃて。さて、着いたぞい。」
先程の親子の家より2倍ほど広さのあるログハウスだ。玄関の扉を開け、電気を付けた。
「お邪魔します。」
玄関で靴を脱ぎ、家に上がると、木の匂いが僕たちを包んだ。
「晩御飯作るから、ここで休んでなさい。」
リビングに案内され、僕たちは木の椅子に座った。周りを見ながら、休んでいると、
「最期は一人と思っていたから、大層なものはないが、まずはオレンジジュース。搾りたてじゃぞい。」
フリック3世がジュースの入ったグラスを両手に持ち、僕たちに手渡しした。
とりあえず一口、と思ったが、喉の乾きから、思わず半分以上飲んでしまっていた。
それを見て、
「元気いいね。はい、お次はサラダ。」
「そして、メインの肉。」
と、台所から次々食べ物を出してきた。
「ナイフやフォークはどこにありますか?」
「ああ、そこだよ。」
と僕たちも食べる準備をした。
「一人じゃない食事は久しぶりじゃ。ほい、乾杯。」
「乾杯。」
と僕たちはフリック3世と同じようにグラスを高く持ち上げてから、もう一度ジュースを飲んだ。
「この肉は何の肉ですか?」
「鶏肉じゃよ。」
「おいしいですね。」
山田君はもう既に食べていた。
「いつも食べるの早いね。何の肉か分からないまま食べて怖くないの?」
「出されたものは食べる。なんたって俺の料理よりかは何でもうまいからね。」
この先、料理作りは任せない方が無難なようだ。と言っても僕も料理上手くはないけど。料理を食べていると、山田君が会話を進めた。
「そういえば、この家、一人にしては広すぎじゃねえ?」
「以前は家族と暮らしていたんじゃ。妻に先立たれ、息子は出ていき、今は一人じゃが。」
「すみません暗くなる話をしちゃって。」
「いやいやいいんじゃよ。もう30年ぐらいここに住んどるから、歳も取る。妻も寿命じゃて。」
「ゲートはあなたが作ったのですか?」
先程は突然の事で詳しい話が聞けなかったので、もう一度聞いてみた。
「おおそうじゃ、良い発明じゃろ?20年かけて、あっちこっちに設置したんじゃ。」
「この前の世界では、死ぬかと思ったけど…」
「おおすまんの。あれは谷にゲートを落としてしまっての。でも移動できたから、目印に立て札作って置いたんじゃ。」
「この星のように無くなった場合、ゲートはどうなるのですか?」
「この星は、多分粉々になるからのう。ここのゲートは壊れるのう。じゃが、ゲートの移動先は、人が生きられる環境というルールがあるんじゃ。だから、そうじゃない場合、別の所が出口になる。」
「つまり、この星にはこの先2度と来られなくなり、別のルートを通ることになると?」
「そうじゃ。どこかは儂も通って見なきゃ分からんがな。」
「僕たち地球に帰りたいのですが、どう行けば良いですか?」
相手は開発者だ。帰り道の最短ルートを知っているだろう。
「まずは山頂のゲートを通って…あれ、次の星は、どこじゃたっけ?」
「忘れてる?」
「頑張って思い出して下さい。」
「そう言われても、儂でさえ、帰るのに20年かかったし、他の協力者が置いてくれたルートもあるから、どのルートが最短なのか、分からんのじゃ。」
「そうか。俺らも20年かかるかもな…。流石にそれはやばいな。返せ俺の青春!」
山田君がそう言ってフリック3世に掴みかかろうとした。
「いやいや、知らんて。ゲートを通るかどうかは本人の責任じゃて。」
フリック3世もちょっと慌てた。
「冗談は置いといて、とりあえずあんたが来てくれた方がこの先安心だ。」
山田君は掴みかかろうとした手を戻して、提案した。確かにその通りだろう。今は忘れていても、行った先々で思い出すこともあるだろう。
「このままこの星に居ても死ぬだけです。一緒に来てもらえませんか?」
僕からもお願いした。フリック3世は持っていたフォークを置き、口を拭って話しだした。
「儂はなあ…元居た世界で既に百年以上生きてきた。何一つ不自由なく、ただ時が過ぎていく世界。儂は欲張りな人間じゃ。不自由すら欲しいと思った。だから、あの世界を飛び出したんじゃ。後悔は無い。それからは、苦しくても汗水流して生きてきた。妻と出会い、子供が生まれ、巣立って行き、妻に先立たれた。儂もこの星と共に死んでいくんじゃ。」
「でも、ガンちゃんは会いたがっていましたよ。」
おそらく妻よりも長い時間共に過ごしたと思われる、あの執事ロボットの名前を出してみた。
「懐かしくはあるが、未練はもうない。永遠に薄い命を生きてきた儂にとって、この星での生活は濃い人生じゃった。まさしく生きたと思えるんじゃ。分かってくれ、この星は儂の汗と涙の結晶なのじゃよ。この星と共に死ねるなら本望じゃよ。」
フリック3世は落ち着いた顔で僕たちに返答した。
僕たちはもう言い返せなかった。そりゃあ、年老いているとはいえ、彼が来てくれた方が楽だ。でも、あのフリック3世の眼は決心した眼。迷いがない。そもそも生きる気があれば、もっと早くゲートを通っただろう。
何も言えずに居ると、
「君たちはお風呂に入って一度寝なさい。4時間したら起こすから、そしたら出発じゃ。」
薪で温めた湯を湯船にたっぷり入れ、僕たちは久しぶりのお風呂に入った。ロボットの世界のスライムは楽だったが、やっぱりこういう昔ながらの温かみのある方が寛げた。
寝床も羽毛布団で前日よりも明らかによく眠れた。
「起きるんじゃ。出発の時間じゃて。」
老人、フリック3世の声で目が覚めた。慌てて、準備。と言っても荷物は無く、服もそのままだし、寝癖を直すぐらい。
「布団はそのままでいい。」
畳もうとした僕をフリック3世は制止した。山田君は遅れて目を覚ました。
「彼はまだ眠そうじゃな。とりあえず、リュックはお主が持つんじゃ。」
そう言って、リュックを僕に渡した。
「リュック?」
「ああ、水筒とおにぎりが入っている。疲れたら、食べるんじゃ。」
「ありがとうございます。」
「これが二人の明かりじゃ。」
懐中電灯も1人1個ずつ受け取った。まだ寝起きであまり動けない山田君をなんとか連れて、フリック3世と共に外に出た。外はまだ真っ暗。フリック3世の背中を懐中電灯で照らしながら、夜道をついて行った。
「この道をずっといけば、山頂。その辺りにゲートはあるぞい。」
「色々とありがとうございました。」
僕たちはお礼を言い、山頂へと歩き出した。
人一人通れるぐらいの道で両端には草木が生い茂っていた。欠伸をしている山田君を見て、
「僕が前を歩くから、山田君は付いてきて。」
と声をかけた。
「おう、ん?なにその荷物?」
僕の背中を懐中電灯で照らして気づいたようだ。
「ああ、これは水筒とおにぎり。フリックさんがくれたよ。」
「俺が持とうか?」
「そんな重くないから大丈夫。」
「何か出そうな暗さだな。」
「そんな話はしないでよ。」
「いや、幽霊ってよりも熊とか動物。」
そんな話をしながら、歩いていく。数時間歩いただろうか。道は狭く分かりにくくなっていった。枝や葉が前を遮ることもしばしばで、獣道と言った方が良いだろうか。不安になって、僕は立ち止まり、後ろを振り返った。
「道間違えたかな?」
「さあな。でも頂上には近づいているから、いいんじゃない?」
「そう、だね。」
また前を向いて、上を目指して歩き出した。
「うわっ」
躓いて、倒れてしまった。
「どうした?」
後ろから山田君が声をかけてきた。
「石に躓いちゃったみたい。痛たたた。」
立とうとしたが、右足が痛くて支えられない。
「歩け無さそうだね。ほら、背中に乗れよ。」
山田君はしゃがんで背中をこちらに向けた。
僕は懐中電灯で山の頂上と来た道と照らした。下は家の明かりが少しあったが、頂上は暗闇で全然見えなかった。
「あとまだまだ先がある。僕を抱えて頂上は難しいよ。山田君だけでも目指して。」
と言った。僕は小柄な方で、山田君は逞しい体型ではあるが、距離や道を考えると、どうかと思った。でも、山田君は強引に僕をおんぶして、
「まあ、その時はその時。行けるとこまで行ってみよう。俺は両手塞がっているから、明かりは頼んだ。」
と再び頂上へ歩き出した。僕は、懐中電灯で前を照らした。先程までの僕の歩行スピードよりも軽快に進んでいく。
「イタタタ。」
「今度はどうした?」
「木の枝にぶつかっちゃって。」
自分で歩いている時よりも高くなり、避けにくくなったため、木の枝にぶつかってしまった。
「おお、ごめんよ。注意して歩くよ。」
山田君は少しスピード落として歩いた。
それから、1時間ほど経っただろうか、少し開けた所に出た。
「ちょっと疲れたから、休憩していいかな?」
「もちろん…ごめんね。ずっとおぶってもらって。」
僕たちは、岩の上に座った。街の明かりからすると、結構高いところに登ってきたのだろう。
「おにぎり食べる?」
「うん、そうしよう。」
僕はリュックからアルミホイルに包まれたおにぎりと水筒を取り出した。
「おにぎりは2つあるから、一つずつだね。」
そう言って、一つ手渡そうとした。
「先、水筒良い?」
「うん、どうぞどうぞ。」
慌てて、水筒に持ち替えて渡した。
ゴクッゴクッと水筒から直接飲んで、
「うまい、オレンジジュースだ。これ。」
それまでの疲れが吹き飛んだような笑顔を山田君が見せた。
それからおにぎりを渡し、包み紙を開けた。
「具は何かな?」
「無さそう。塩むすびだね。でも、おいしい。」
「フリックさん、最期の時なのに、わざわざ作ってくれたんだな。」
そう思うと、感慨深く、ゆっくり味わって食べた。
リュックに丸めた包み紙と水筒を入れ、また頂上へ向かった。
少し自分で歩こうとしたが、足の痛みが強くなかなか進めない。
辛そうな顔を見て、
「乗れよ。」
と僕の前で背中向けてしゃがんだ。
「ありがとう。でも、山田君一人で行って。山田君もふらふらでしょ?」
「いや、大丈夫だよ。」
山田君が振り返って、笑顔を見せた。
「なんで、僕のためにそこまで頑張れるの?友達だから?ヒトは遺伝子からして利己的なのに。」
「さあな。ただ、キングのためにやっているつもりはなくて、俺がやりたいからやっているだけだ。ぐだぐだ言わずに乗れよ。」
「ごめん。ありがとう。」
僕は山田君の言葉に従い、またおぶってもらった。
「もうすぐだ。」
山田君は自分を鼓舞するように叫んだ。僕を乗せて山を登る、足はもうふらついていた。
僕はライトで周りを照らした。
「何もない。確かにここが頂上かも。」
その言葉と共に山田君は崩れ落ちた。
「あ、急にごめん。もう限界で。」
「いや、むしろ僕の方こそ、ずっとごめん。」
「大丈夫だよ。ところでキーはなんだろう?」
「場所と時間が重要と言っていたよね?」
辺りをもう一度ライトで照らした。草木は近くに生えてない。ゲートは近くのエネルギーを奪うから、ここがゲートの場所かもしれない。でも、暗くて遠くまでは見えず、本当に頂上なのか、自信が持てなかった。痛い足を引きずりながら、僕も周囲を探索した。
その時、右の方が少し明るくなった。空が黒から青く変わっていき、やがてオレンジに輝き出した。
「日の出か。」
山田君がつぶやいた。
空が更に青く変わっていき、太陽が街を少しずつ照らし出す。僕たちは自然とその風景に目を奪われた。
「綺麗だ。」
そう思った瞬間、僕たちは消えていた。
―――To the next world 今際の際 完