2nd world ~偽りの世~
気が付くと、辺りは荒野だった。隣に山田君も居た。
「殺風景なところだな。」
「これまた毒で死んじゃうってことない?」
前の世界が毒ガスで溢れていただけに心配になった。
「あ、でも人いるね。大丈夫じゃないかな。」
確かに遠くに人が見えた。僕たちは人が居る方へ歩き出した。
40代位のおじさんが畑を耕しているようだ。
「ゲートって分かります?」
「ああ」
こんなに早く分かるなんて、と僕たちは顔を見合わせた。
「どちらにありますか?」
「あっちの方だよ。」
指さしたのは、僕たちが先ほど居た方角。
「出口ではなく、入り口を探しているのですが、あっちでしょうか?」
「ああ、そうだよ。」
「どれくらいの距離でしょうか?目印とかはありますか?」
「5㎞位かな。目印はないね。」
割とすらすら返事が返ってくる。
「僕たちがいたところが500m位だから、もっと向こう側かな。」
おじさんに感謝を告げ、来た道を戻った。
「ここらへんで5㎞かな。」
「草木すらほとんどない所ばっかりだから、ゲートが分かりにくいね。」
辺りを見渡すと、100m位の所にボロそうだが家があった。
「あそこでもう1回聞こうぜ。」
ドンドンドン、呼び鈴が無いため、家のドアを叩いた。
中からおばさんが出てきた。
「何でしょうか?」
「ゲートってどちらでしょうか?」
「ああ、あっちだね。」
来た道と90度違う方向を指さした。
「え、どれくらいの距離ですか?」
少し戸惑いながら、聞いた。
「5㎞位ですよ。」
初めに言われた場所と計算が合わない。この世界では距離が違うのか、目印が無いからここの住人も大まかにしか把握してないのか。
「喉渇いちゃって。水か何か飲み物貰えます?」
「分かったよ。」
そう言ってドアが閉まったが、10分待っても出てこない。もう一度ドアをノックした。
「うるさいね。」
「あの、水を…」
と言ったが、相手は棒を振り回してきたので、僕たちはその場から逃げた。
「どういうことだよ。」
「話が通じてないのかな。」
暑い中、走って逃げたため、汗ダラダラ、喉はカラカラ、で僕たちは建物の影に倒れこんでいた。
「その服装は、地球人ですか?」
疲れていたので、気配に気づけず、急に話しかけられ、ぎょっとした。声の方を見ると、20歳位の男性が手を振りながら、こちらに近づいてきた。
「そうですが、何か?」
「実は私も地球から来たのさ。とりあえず、うちに来なよ。」
それは助かったと、僕たちは彼の後をついていった。
「私は小太郎。君たちは?」
「俺は山田健斗。」
「僕は、川中琴俱。」
とお互い自己紹介をしながら、歩いていく。
「びっくりしたでしょ。この世界は噓つきの世界なのさ。」
「嘘つきの世界?」
「うん、ゲートのせいでね。」
「どういうことですか?」
「ほら、そこがゲート。見ればわかるよ。」
指さされた先には崖があり、立札が立っていた。
近づいて立札を読んだ。
「次の世界に行きたければ、この崖を飛び降りろ。」
崖を見ると、下が全く見えない。
「そう言われても…ほぼ自殺行為だろ。流石にこれは怖いな。」
「でしょ。ここでは、前の世界のように復活出来ないから、私も飛べない。でもこの世界は植物があまり育たなくて、動物も少なく、ぎりぎり食べているような感じなのさ。だから、この立札を信じて、飛び降りた人も大勢。その結果、信じない人ばかりが残った。本当の事を言おうが、嘘をつこうが、誰も信じない。だから、みんな適当に答える。平気で嘘をつく。」
「なるほどね。」
「近い所に家作って、情報を集めるようにしてはいるけど、やっぱり私自身飛ぶ決心がつかなくて。ほら、ここが私の家。ボロ屋で狭いけど、我慢してね。」
実際その通りの家に着いた。ただ、周りの家もどこもボロ屋だった。
「普段一人暮らしだから。でも、頑張れば3人寝られるよ。」
ガタガタ音をたて、入り口のドアを開けながら言った。壁は石を積み上げ隙間に粘土を入れ、屋根は茅葺き、床は土の上に草を編んで作った茣蓙を敷いていた。所々に綻びがあり、なんとか3人雨風を防げる程度の家だった。
とりあえず水を貰い、一息ついた所で僕らは作戦を考えた。
「まず、石を落として、どの位の深さか確認しよう。」
「縄を作って降りよう。」
「そんなのは既に試したさ。でも、石を落としても何も音がしない。縄を作ろうにも植物が育たず、頑丈で長い縄は作れない。」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「だから、私は1周してきた人を待っているのさ。その人が居れば安全でしょ。だから、ゲートを通ってきた人になるべく声をかけてね。」
「どれ位待っているのですか?」
「もうかれこれ5年位かな。地球が嫌になって飛び出したのに、ここの生活の方が辛くて、今はもう早く戻りたいとは思っているのだけどね。」
「そんなに待っているのですね。いっそのこと、ゲートへ飛び降りないのですか?」
「そりゃ、やっぱり怖いからね。いざ、やろうとすると。」
僕たちはもう一度、ゲートの崖へ行き、下を覗いた。
「やっぱり高い。」
「飛ぶのは無理だな。1周してきた人を待つか…」
「そうでしょ。3人居れば、交代で監視もできるから、協力しない?」
「でも、いつまで待てば良いかも分からない。年単位でかかりえるってことですよね?」
・・・重い空気が流れた。
「僕、飛びます。僕の命は軽いから。」
「なんで、そんな事言うんだよ。軽い命なんてねえだろ。」
「ゲートを通ってから言えなかったけど、実は、僕はずっと虐められっ子で、生きているのが辛かった。あの時も…」
そう言って、僕は、初めてゲートを通った、あの幽霊屋敷の話を始めた。
「キング、お友達来ているわよ。」
母親の声に嫌々ながら、玄関に向かった。
玄関に居るのは、同級生の3人。夏休み前、みんなで幽霊屋敷を探検しようと話していた連中。
「あ、今日でした?」
「そうだよ。お前は逃げるから、みんなで迎えに来てやったよ。」
そう言って僕の肩に腕をがっしりと乗せてくる。その力に僕は倒れそうになったが、逆側からも別の一人が肩に腕を乗せてくる。左右両側から肩を組まれ、倒れないように、そして逃げ出すこともできないようになった。
仕方なく僕は彼らの歩く方向へ進んだ。
どれくらい歩いただろうか?僕にとっては、永遠の時間に感じた。周りは夜になり、街灯もほとんど無い、僕は昔から避けていた地域に入った。
「ここだな。」
同級生の言葉でみんな立ち止まった。
大きな塀に囲まれ、入り口からほぼ草で道も分からない状態になっていた。奥に黒い建物が見える。
「草がぼーぼーで人一人通るのがやっとかな。」
僕たちは顔を見合わせた。両肩に乗せられていた腕をどけてくれたと思いきや、
「じゃあ、キングが一番前だな。」
と言われた。
「いや…でも、僕には草をかき分けるような力ないですし…」
「でめえが前行かないと、逃げるだろ。」
と強めに背中を叩かれる。仕方なく先頭に立った。
「でもこれ暗くて殆ど見えないですよね。」
「あー明かり付けてやるよ。」
そう言って僕の後ろからスマホのライトで周りを照らし出した。
その明かりを手がかりに草をかき分け、建物までたどり着いた。
「ここは、入り口じゃないな。あっちだろ。お前、間違うなよ!」
「す、すみません。」
どうやら、草をかき分けるのに夢中で方向を少し間違えたらしい。でもここからは、建物伝いに行けばそれほど大変じゃないし、そんなに大きなズレでもないから、そんな怒号を飛ばさなくても、と思ったが、言えないまま、建物の入り口にたどり着いた。
「これが、幽霊屋敷か。おい、開けろ。」
僕の方を向く。開かないでくれと念じつつ、ドアノブを回すと、なんの抵抗もなしに開いた。
「お、いいね~キング、今度は間違うなよ。」
また先頭を歩くパターンだ。同級生のライトで玄関が映し出された。
「なんだこれ」
玄関には段ボール箱が僕らの侵入を阻むかのように散らばっていた。
「入り口は開いているのに、なんで?」
僕はどう進んで良いのか分からず、立ちすくんだ。
「そこは幽霊屋敷お決まりのやつでしょ。入るのは簡単、でも逃げられないってやつ。はっはっは。」
僕は笑えない。帰ろうよ、と言おうとしたが、後ろから、早く進めよと言わんばかりに押してくる。その力に負けて前に進んだ。床に散らばったダンボール箱を足でどかしながら。
廊下を少しずつ進み、突き当りにドアがあった。
「おい、そのドア開けてみようぜ。」
僕は恐る恐るドアを開けた。中は普通の部屋っぽい。そのことを伝えようと、同級生の方を振りかえると3人が僕にタックルしてくるのが見えた。タックルの勢いで僕は部屋の中へと飛び込んでしまった。痛い、そう思いながらも立ち上がろうとしたが、その前にドアが閉まった。あたりは真っ暗になった。同級生の笑い声だけが聞こえた。慌てて、ドアを開けようとしたが、外から押さえているのだろう、全然動かない。さっきは普通の部屋と思ったが、暗い状態でしばらく居ると、不気味な部屋に思えてきた。そう、ここは幽霊屋敷。でるかもしれない。そう思うとどんどん不気味な部屋に見えてくる。もう同級生の笑い声すら聞こえない。それでもドアは開かず、暗いまま。
もう、こんな世界から逃げ出したい。
「そう、それが、僕にとって地球のキーだった。この世界を抜け出したいという思いは同じでも僕のは暗いキー。山田君のように明るいキーとは違う。地球に戻ってもまた虐められる。」
山田君と出会ってから少し変わったものの、これまで生きていて楽しいと思えたことは殆ど無かった。別に死んでもいいや、ぐらいに思っていた。よし、飛ぼう、と思った時、
「じゃあ、地球に帰らなきゃいいだろ。むしろ飛ぶ必要ないんじゃないか?」
という山田くんの言葉に、僕は、ハッとした。前にロボットの執事にも似たようなことを言われたが、その時は深く考えず、両親が待っていて心配しているから、帰ろうと思っていた。でも、そんなの建前だ。死んだように生きる僕なんて居ても居なくても同じ。それよりは、そばに居なくても自由に生きる僕の方が良いだろう。ただなんとなく、元居た星に帰るべきだという先入観でしか無かった。
「地球ではなく、この世界で生きていけってこと?」
「この世界がキングに合っていればね。飛んで別の世界を探しても良い。命令じゃない。自分でどうしたいか考え、選んでいけば良い。」
僕は答えに困っていた。その顔を見て、小太郎さんは、
「ゆっくり考えればいいよ。よし、じゃあ、とりあえず働いて貰おう。」
と微笑みながら答え、僕たちを裏の小さな畑に案内した。
「植物育つのですか?」
「芋ならなんとかね。かなり小さい実しかならないけど。少しでも大きくさせるため、こういうのは雑草だから、取り除いて。」
といって、手で隠れてしまうほどの小さい草を持ち上げた。
言われた通り雑草を取り除いた。
「次は水だな。川まで水を汲みに行こう。」
両手で抱きかかえるような壺を一人一個ずつ持ち、歩いた。
かなり歩いたが、まだ川は見えない。
「あとどの位ですか?」
「ここで半分位かな。もう疲れたのかな?」
「うん、壺が結構重くて。」
僕はそう答えたが、二人はそうでも無さそうな表情をしていた。
「この世界だと便利な道具は全然ないから、水を汲むのも一苦労なのさ。じゃあ、その日陰でちょっと休もう。」
僕らは、近くにあった家の日陰で休んだ。
「こんなに遠いとは、不便ですね。」
「川に近い所の方が生活はし易いけど、ゲートのためにあそこで暮らしているのさ。」
「トレーニングにはなるね。」
山田君は疲れ知らずの顔で微笑んだ。
少し休んで、僕らはまた壺を抱えて歩き出した。
川の近くなのだろうか、家の密度が増えてきた。
「よし着いた。」
そう小太郎さんは言ったが、辺りには川らしきものは見当たらない。
戸惑っていると、
「ここ、ここ」
小太郎さんが指差した方を見ると、小さな窪みに流しそうめんよりも小さな川が流れていた。
「これか。しょぼいな。」
山田君も落胆している。
「この世界は、山も森が無くて、雨が降ってもすぐ流れちゃう。まあ、雨自体少ないけどさ。」
壺の方が大きくて、汲み上げることも出来ない。
「この下、少し段差になっているから、そこに壺を置けば、水が入るよ。」
下流に行くと、階段3段分ぐらいの高さからちょろちょろと水が落ちており、小さな滝となっていた。その下に壺を置いた。水の量が少ないから、時間がかかりそうだ。
「溜まるまで池で泳ごう。」
「池があるのですか?」
「うん、この下流にね。まあまあ汚れているけど。一応、トイレや生活排水はその池より更に下流で流すことになっているから、お風呂代わりにはなるよ。」
泳ぐと言っても、1mぐらいの大きさの池、足を入れると、水はひんやりしたが、膝までの深さしか無く、底は泥でぬめっとしていた。全身を浸ける勇気は無く、僕は足湯のように膝下だけ浸かって池の縁に座った。小太郎さんは、この狭い池の中で体を曲げ、頭まで浸かった。ぷはーっと顔を出し、
「ふー、気持ちいい。次は君たちの番。」
と言って端に寄った。
「いや、俺はいいっす。」
あの山田君でさえも、この池の汚さに顔を浸ける気にはならなかったようだ。
「僕もいいです。そういえば、家の割に人はあまり見かけませんね。」
僕は話題を逸らした。
「一応町なんだけどね。食べ物が少ないから、無駄にエネルギー消費しないように家に籠もっている人がほとんどだね。」
「あと、人の大きさも俺等より小さいな。」
遠くから、誰だろうと監視している男の人。髭が生えているので、成人だと思うが、僕たちよりも明らかに小さくやせ細っていた。
「ちょっと壺見てくるよ。」
そう言って小太郎さんは池から上がり、上流へ向かった。といっても、池から見える位置に滝はある。壺から水が溢れ出しているのが、ここからでも分かった。
「壺は一つ一杯になっていたから、交換しておいたよ。」
小太郎さんが戻ってきながら、声をかけた。
「あと2倍かかりますね。」
僕らは水が溜まるまで、池の縁に座って風景をぼーっと見ていた。
「そろそろ俺見てくるわ。」
山田君は立ち上がり、壺の方へ行った。
「小太郎さんもロボットの世界を通って来たのですか?」
「うん、そうだよ。」
「いや、あの…前の世界のキーが希望だったのに、この世界の生活って…思いまして。」
僕はぼやいた。
「あー、確かに辛い生活だね。でも、前の世界は満たされすぎて、自分が腐っていく気がしたから、これぐらい不自由でも私は受け入れているよ。地球には帰りたいけど。」
「僕にはこれは耐え難いと感じていまして。」
「そこはじっくり考えて。強制はしないから。私だって、初めは辛かったよ。でももう5年。慣れたかな。」
そう言って、小太郎さんは僕に微笑みかけた。
「小太郎さんはなぜ地球に帰りたいのですか?」
「うん、実は私も暗い気持ちで地球から逃げた口さ。でも、どの世界にも良い部分、悪い部分がある。ゲートを通って、ロボットの世界やこの世界で生活して、地球を俯瞰して見ることが出来るようになった。もう、私は悪い部分からも逃げない、乗り越え強くなってやると決めた。恥ずかしながら、命を賭けることは出来ないけど、地球で一生生きていく覚悟は出来た。だから、帰りたいと思っているのさ。」
そうだ、小太郎さんは5年の間、何周も『崖を飛ぶか?』『なぜ地球に帰りたいか?』考え、考えてきたのだろう。だからこそ、歳上だからではなく、小太郎さんが達観している様に見えていた。僕はどうだろう?迷って、悩んで、結局何も出来ない気がしてしまう。
「壺交換しといたよ。」
山田君が戻ってきた。
「あと1つだね。今度は僕が見に行きます。」
「いや、どうせ運ばないといけないから、みんなで行こう。」
そういうことで僕たちはゆっくり立ち上がり、滝へと向かった。
壺には8分目まで水が溜まっていた。
「どうせ運ぶ時にこぼれるから、これぐらいでいいよ。」
そう言って、壺を僕に渡した。僕はそれを両手で抱えたが、やはり空の時よりもかなり重い。手が千切れそうな感じだ。
残り2つの水一杯の壺は小太郎さんと山田君がそれぞれ持ち上げた。
僕らはゆっくり帰路に向かった。重いので、少し進んでは休む、を繰り返した。夕方になり、来た時よりも暑さが和らいでいるのが救いだった。
「よし、晩御飯を作ろう。川中君は芋を汲んできた水で洗って。山田君は飲水用に水をろ過装置に入れて。」
「ろ過装置?」
「うん、その壺。」
見ると家のそばに壺が2つ縦積みで置いてあった。
「上の壺は、中に布や石を入れて、下がくり抜いてある。水を入れると、上の壺でろ過されて、下の壺に綺麗な水が溜まるようになってるのさ。」
流石に汲んできた水をそのまま飲むわけでは無いらしい。少し安心した。
渡された芋はペン位の小さなもの3つだけなので、すぐに洗い終わった。
「火を起こすから見てて。」
小太郎さんはそう言うと、木の棒と板を取り出し、板に棒をセットし、棒を両手で挟み、錐揉み式で火を起こし、石で作られた竈門の中、乾燥した雑草に火を付けた。
「燃料が限られているから、手早くやるよ。」
そう言うと水を入れた鍋を竈門に置き、先程洗った芋をちぎって入れた。しばらくすると、
「沸騰してきたな。これを入れてと。」
「今のは?」
「さっきの街で昔買った調味料。何かは知らない。元々料理したこと無かったから、こんな簡単なものしか作れないんだ。」
出されたのは、芋を煮てよく分からない調味料で味付けされた汁。
でもこの世界に来てから何も食べておらず、腹ペコだった僕たちにはそれでも美味しく感じた。空には、赤い月と星が輝いていたが、竈門の火は消えかかり、暗くて周りは見えにくくなっていた。
「足りないな。」
山田君がぼやいた。
「申し訳ない。この世界だと、これが精一杯なのさ。」
「分かっています。」
山田君が申し訳無さそうに返事した。山田君にとっても、この世界は辛いのだろう。その気持ちを感じて僕は山田君に
「この日々が続くと思うと、辛いね。」
と言うと、山田君は真面目な顔で、
「お、そうか。じゃあ、飛ぶか?」
と聞いてきた。
「いや~まだそこまでの決心はついてなくて。一晩考えたいかな。」
僕はまだ迷っていた。
「そうだね、もう暗くて、危険だから。とりあえず今晩は寝よう。」
と小太郎さんに言われ、することもなく、僕たちは家に入り、3人雑魚寝となった。
背中は茣蓙1枚だけですぐ地面。ひんやりと冷たさが伝わってくる。掛け布団も無く、足も伸ばせない。それでも、小太郎さんは慣れているのだろう、すぐに鼾をかいていた。でも、僕は寝る気になれなかった。
飛ぶか待つか。その答えに悩んでいた。
「キング、起きてる?」
山田君が小声で聞いてきた。
「うん。」
「別に明日答えを出さなくても良いよ。ゆっくり考えよう。」
そう言われても悩んでしまう。この世界での生活は辛い。でも、飛ぶのは自殺行為かもしれない。前の世界では、飛行装置から落ちたことがあったが、あの時は急だったし、復活できたから、そこまで恐怖を感じなかった。でも、今回は違う。そうこう一人で悩んでいるうちに山田君は寝たようだ。確かに山田君の言う通り、答えを急ぐ必要は無いかな。僕も寝ることとした。
翌朝。
「おはよう。どう決めた?」
起き上がった僕に気づいて、小太郎さんが聞いてきた。
「いや、すみません。」
「うん、大丈夫だよ。焼き芋作ったから、食べな。」
山田君はまだ寝ている。熱々の小さな焼き芋をもらい、少し冷ましてから頬張った。
「ふあ~あ。」
山田君が起き上がり伸びをした。
「焼き芋あるよ。」
「ありがとうございます。あつっあつっ。」
山田君は寝起きの状態で、焼き芋を受け取り、意外な熱さに目が覚めたようだ。
「山田君、ごめん。まだ決心がつかないんだ。」
「ああ、いいよ。俺、良いこと思いついたんだ。」
小さな焼き芋を一口で口に入れ咀嚼しながら、山田君は続けた。
「俺が飛ぶ。もし、ワープ出来ないと思ったら、大声を上げるから、声が聞こえたら、別の方法を考えて。声が聞こえなかったら、上手くゲートを通れたと思って、ついてきて。いいアイデアだろ?」
「でも、それじゃあ、もしワープできなかった場合、山田君は…」
「ああ、死ぬね。でも、友達を救う。意味の無い死じゃない。」
そう言って、僕に微笑みかける。
僕はこれまで誰かに押されて流されて生きてきた。ゲートを通ってから、何か変わった気がしていた。でも、結局押されないと一歩さえ踏み出せない。違うんだ。違うんだ。でも、言い出せなかった。山田君は、微笑みの後、まっすぐ崖へと向かった。
「待ってよ。」
僕たちは山田君の後を追いかけた。
「引き止められると気持ちがブレるから、俺はもうこのまま行くよ。」
山田君は振り返らずに、崖へと走っていく。僕たちはもう見守ることしか出来なかった。山田君は、崖の前で一呼吸整えてから、崖へ歩みを進めた。山田君の姿が消え、僕たちは慌てて崖の縁に駆け寄った。崖の下を覗くと、山田君がどんどん小さくなっていく、僕はしゃがんで両手を地面につけなるべく頭を下げ、山田君を見ようとした。米粒のようになったが、声は聞こえない。そして見えなくなったが、やはり山田君の声はしなかった。
「僕も行かなきゃ。」
そう呟いて、僕は立ち上がった。
「ちょっと待てよ。あれだけ深いんだぞ。大声を出したけど、聞こえなかった可能性もあるんじゃないか?」
小太郎さんはまだ納得していない様子だった。
「もし、そうだとしても、僕は、山田君の考えを、山田君を信じます。」
もう一度、下を覗き込む。底の見えない高い崖。僕も崖への一歩を踏み出した。足元からそのまま下に落ちていく。
どんどんスピードが加速していく、このまま地面まで落ちていくだけかもしれない。
それでも、後悔はない。僕は、友を信じる。
―――To the next world 偽りの世 完