1st world ~無人の星~
昔、ガリバー旅行記の現代版を書こうと考え、いくらか書いていました。
と言っても、一人の友達にしか見せてないですが。
それから時は経ち、もうその原稿も無くし、新たに書き直しました。
ストーリーもかなり変わりましたが、よろしくお願いします。
気が付くと、昼間だった。
それも日差しで熱いコンクリートの上…屋上で倒れていた。
ついさっきまで、夜で建物の中に居たはずなのに。
起き上がり、周りを見渡してみる。
ここは、30m四方ぐらいあるだろうか?向こうには、ここの出入り口が見える。
どれぐらいの高さだろうか?端へ行き、手すりから下を覗いてみる。
空気が黒く汚れていて見えにくいが、10階位あるだろうか。辺りは、ビルが立ち並ぶものの、見慣れた景色には思えない。
ここはどこだろう? と、もっと周りを見ようとした時、違和感に気づいた。
影がない?いや、太陽が2つある!
そう、明るい太陽が右にも左にも1つあったのだ。
どういうことだ、そう思った時、屋上の出入り口が開いた。
「ようこそ。」
黒のスーツを着たおじさんが、にこやかな顔をしながら出てきた。こちらにゆっくりと歩いてくる。
「あ、あの、すみません。あなたは誰ですか?」
僕は相手と距離をとりながら、聞いた。
「私はこの世界の案内人です。」
と笑顔のまま答えてくる。この世界?やっぱり地球じゃないのか。やけにリアルだが、これは夢なのだろうか?異世界に急にワープした話のようだ。あれこれ考え込んでいる雰囲気を見て、相手は続けて話した。
「ここは地球から300万光年離れた星です。」
太陽系の外…もはやどの位の距離かイメージもつかない。ただ、相手の表情からは、敵意を持ったり、嘘をついたりしている感じには見えない。ここは正直に聞いてみようと心に決めた。
「どうすれば、地球に戻れますか?」
一番重要な質問をしたつもりだ。この答えがあれば、夢でも現実でも元の世界、地球に帰れるだろう。しかし、相手はその質問に困ったように聞き返した。
「地球に戻りたいのですか?」
僕は言葉に詰まってしまった。本当に地球に戻りたいか、いっそのこと、この世界を楽しんでみるのもありではないか、そう考えていると、
「まあ、地球への戻り方は簡単ではないのです。複雑なので、中で話ししましょう。」
さっき出会ったばかりの男を信用してついて行って良いのだろうか、と不安に思ったが、ここは、太陽が2つある屋上。さっきからかなり暑く、とりあえず屋内に入れてもらうこととした。
様子を伺いながら、近づいていく。案内人の手の先を見ると、そこは白い壁、と思っていると急に壁が開いた。中を見ると数人しか入れない小部屋だった。たまらず僕は言う。
「話をするには小さくないですか?」
「これは所謂エレベーターです。ここは、地球より進んだ文明だと思って下さい。」
なるほど、と思い、案内人の後に従って乗った。
「応接室まで」
案内人がそう言うと、壁が閉まり、小部屋が下に移動、さらに横に移動した。移動している割には、不安定ではなく、倒れそうになることもなかった。そして、壁が開いた。
目の前には、ふかふかの絨毯、高そうな装飾品、長いテーブル、壁の中央には男性の肖像画、そして、よく見ると端の方に僕と同じ高校生位の少年が座っていた。
「彼は君の少し前に来た地球人です。」
案内人がそういうと、彼は立ち上がり、
「俺は、山田健斗。よろしくな。」
と会釈した。
「あ、ああ、僕は、川中琴俱です。」
「キング?凄い名前だね。」
と、山田君は驚いた顔で言った。大抵みんなそういう反応をする。馬鹿にした表情じゃないだけまだまし、と考えるようにしている。
「ええ、楽器の琴に倶楽部の倶でキングと言います。」
いつものごとく嫌々ながら、そう答えた。そう、僕は、昔からこの名前が好きじゃなかった。母親が琴を弾いていたのと何かの王になって欲しいとのことで名づけられたそうだが、名前に相応しい自分じゃなかったから。僕の暗い顔も気にせず、山田君が聞いてきた。
「歳は?俺は高2。」
「僕も高校2年生…同い年ですね。」
自己紹介が終わり、僕の表情が戻ったのを確認して、案内人が説明を始めた。
「君たちはゲートを通って、この世界に来ました。」
「ゲート?」
「そう、ゲートです。テレポート装置と言った方が伝わるかもしれません。戻るためには、複数のゲートを通り、そしていくつかの世界を経由する必要があります。」
「つまり、直接地球に戻るゲートは無い、ということですか?」
「キングは理解早いな。俺はまだ夢見心地で理解が追い付かないや。」
「まあ、夢であってもとりあえず受け入れるしかないですから。」
「そうです。直接は無理です。このゲートについて複雑なので、実際に見てもらいましょう。」
そういうと、案内人は笑顔のままピストルを取り出し、自分のこめかみに当て、ドンと発砲した。
「え、え、え、どういう事?」
山田君は慌てだした。そりゃそうだろう、目の前で人が自殺したのだから。でも、すぐ異変に気が付く。飛び散ったのは、血じゃない。金属だった。
「ロボット…なのか?」
僕は呟いた。
「そうです。」
先ほど、僕が入ってきた壁が開いて、案内人が顔を出し言った。元案内人の所に来て、
「これは片づけておきますね。」
と言いつつ、手際よく機械片を集め、部屋の外へ出した。
「何体も案内人はいるのですか?」
ここは地球よりも進んだ世界。それならば、人型ロボットが複数あってもおかしくない。
「いえ、案内人は私一人です。ただ、地下に3Dプリンター機があり、私が壊れるとすぐさま次の私が出来上がるようになっています。私は機械ですが、そのプリンター機は遺伝子レベルから細胞も超高速で作り出し、復元することが出来ます。」
「ヒトも作れる、ということですか?」
「そうです。ありとあらゆるものが作れます。これにより不死の世界になりました。これをさらに活用したのが、わが家の主、ドン・フリック3世です。」
そう言って、壁にある男性の肖像画を指さす。
「そうか、この人がこの家の主か。」
確かに家の主の割には20代の若々しさがある。
「で、その主は今どこにいらっしゃいますか?」
「残念ながら、この世界には居ないです。」
案内人は、これまでずっと笑顔だったのに、この時は悲しい表情を見せた。
「ゲートを使って別の世界に行ってしまいました。」
「こんなに進んだ世界なのに?」
山田君が納得いかない顔で言い放った。
「何故かは私にも分かりませんし、分かれば是非教えてもらいたいと思っています。」
そう言うと、案内人の眼は元の笑顔に戻っていた。
「主は、この3Dプリンター機のスキャン、複製の間に超高速の情報伝達を加え、遠く離れた場所への移動を可能にしました。」
「?」
「スキャンして、遠く離れた場所にその情報を伝え、そこで複製することによって、テレポート出来るという事です。この時、スキャン元のエネルギーを使うため、元の物体は消えますし、周囲のエネルギーも奪います。」
「それがゲート?」
「そうです。ただ、何でもテレポートさせると問題になるため、制約がついています。」
「どのような?」
「心です。気持ちが合わさった時にテレポートする仕組みになっています。」
「気持ちって、どう合わせればいいのですか?」
「ゲート毎に異なります。悲しみだったり、喜びだったり。私も良く分からないですが、それがゲートを開く『キー』と呼ばれています。皆さんはここに来る時、強く願った気持ちは無かったですか?」
「そうか、そういえば…」
そして、山田君が語りだした。
そう、今は夏休み。近所にお化けが出るという屋敷があると知り、夜こっそり家を出て、一人探検に出かけた。かなり大きめの屋敷だが、誰も住んでいない様子で庭は荒れ放題。電気も点いて無い。玄関のドアは鍵が掛かっており、ぐるりと屋敷を一回りしたが、入れそうな場所は無かった。ただ、玄関の鍵は昔ながらの型。こういうのは得意なんです、とウキウキしながら、針金で開錠した。さあ、探検の始まりだ。玄関近くは段ボール箱が山の様に積み重なっており、入るスペースが無いどころか中の様子さえ見えない。少しずつ段ボール箱を動かして中を伺おうとした。
ドン。段ボール箱が崩れた。
「あ~、やっちまった。でも通り道は出来たか。」
そう言って、奥を携帯のライトで照らしながら、探検。肝試しみたいで面白いな、と思いながら進み、奥の部屋にちょっと入ってみた。
「これだよ。このわくわく感。当たり前の世界じゃなく、まだ見ぬ新しい世界を冒険したい…」
「そう、その瞬間、この世界に来たんだ!」
「いや、勝手に人の家に入るなんて、普通に犯罪ですけど。」
そう僕は突っ込んだ。
「でも、お前かって、ゲートを通ったってことは、あの屋敷の中に入ったってことだろ?」
「ま、まあ、そうだけど…。僕は同級生に誘われてだし…鍵も開いていたし…あ、君が開けたのか…」
なんとも歯切れ悪く返答した。
「まあ、いいや。ゲートはあの幽霊屋敷の奥の部屋。そして、キーは、わくわく感とか、新しい世界へとかだったってことか。キングもそうだろ?幽霊屋敷の探検、面白いもんな。」
「う、う、ん…」
この時、僕はまだ本当の事を話せず、曖昧な返事しか出来なかった。
「そうです。そんな感じでゲートとキーがあります。そして、ゲートがある所は、エネルギーを使うため、周りに生命体が育たなくなります。それが目印です。」
案内人が話を続ける。
「君たちは新しい世界に来たくてここに来た。だから、地球に戻りたい、なんて思わなくてもいいのでは?ここでずっと暮らしても良いですよ。」
「確かにそうだよな。この世界を楽しもう!」
と山田君がいきいきした顔で答えた。
「でも、親とか心配しませんか?」
そう、僕は同級生と出かける、としか親に言ってない。あまりにも遅くなると、心配されるだろう。
「うちは、ないな。」
山田君は吐き捨てるように言った。
「まっ、勝手にやれって方針だから、好きにやりますわ。あー腹減ったー。」
それを聞いて、案内人が、
「では、食事を用意しましょう。」
と答え、部屋の外へ出て行った。
「そういえば、本来なら夕食の時間ですよね?」
「地球ならそうだろうな。ここは太陽2つあるし、時間の概念どうなんだろ?」
そんな話をしていると、案内人が早くも食器の乗ったワゴンを押しながら、部屋の中に入ってきた。
出されたのは食器の上に四角い茶色のブロック。
「これは何ですか?」
流石に見慣れない食事に戸惑う。
「必要な栄養素を突き詰めるとその形になりました。プリンター機で作ったものです。味は肉風味にしてあります。」
案内人は機械だから、食べないようだ。目の前に出された茶色の物体を見て、僕は無理だと言おうとしたら、
「うん、おいしい。」
隣で山田君がバクバク食べていた。その雰囲気に押されて、僕も少し切って食べてみる。
「確かにジューシーで、肉のうまみがあって美味しい。」
あまりのおいしさにさらに食べた。
「おかわり。」
早くも山田君が案内人に言った。
「はい、どうぞ。」
案内人がすぐに持ってきた。私は1個で十分な量に感じたが、山田君は3個食べて満足した様子だった。
「そんな食べると太りますよ。」と僕が言うと、
「この世界だと太っても、戻せるから。食べなきゃ損損。」と山田君。
「確かにここの3Dプリンター機は単にそのものをコピーするだけでなく、追加や削除も可能なので、体型を変えることも可能です。」と案内人が解説した。
「ほらほら~。」と山田君が調子に乗る。僕は少食だから、と思いつつも、
「この世界の娯楽って何ですか?」
と、話題を変えた。
「デスゲームですね。3Dプリンター機を使えば、何度でも復活できるので、リアルで殺し合いのゲームをしていました。」
「なんか気持ち悪い…それって楽しいのかな?」
復活するとはいえ、想像するだけで痛そうだと思った。でも、隣で山田君はわくわくした顔をして、
「やってみたい。」
と言った。
「では、まず、今の状態を保存しましょう。地下にある3Dプリンターに向かいます。付いて来て下さい。」
そう言って、壁へ向かっていく。僕たちも椅子から立ち上がり、案内人の後を追った。
壁が開き、エレベーターの小部屋に入り、
「3Dプリンター室まで」と言うと、壁が閉まり、横移動、下に下がり、壁が開いた。
そこには、建物の中なのに、5m位の高さのガラス張りの建物があり、そこから色々な配管やコードがあっちこっち繋がっていた。
「これが3Dプリンターです。古い型ですので、結構大きくて。皆さんが通ったゲートは最新型なので、もっとコンパクトで、目立たない作りになっています。こちらに一人ずつ入って下さい。」
…そう言われても、ちょっと怖いよね、そう思っているうちに、山田君がスタスタと入り、ドアが閉まった。
「スキャンを始めます。ウィーン。ガシャ。ウィーン。ガシャ」
機械音が1分位続いた。
「スキャン終了しました。」
見た目には山田君は変わりない。案内人がドアを開ける。
「ど、どう?」
何が起きるのか不安で山田君に聞いてみた。
「いや、別に。ちょっと音がした位かな。」
本当に変わりはないようだ。
「最新型なら、音もせず、超高速でできるようになっています。では、次、川中様。どうぞお入りください。」
中に入り、僕も同じように1分位でスキャンが終了し、出た。
「これで登録終了です。何度やられてもリセットできます。では、殺し合って下さい。武器はあちらの部屋にあります。」
いやいやいやいや、リセットできると言われても…。でも、山田君は武器部屋の方へ歩いていく。
「いやいやちょっと待って山田君!無理だよ。僕は無理!」
「流石に俺も無理だよ。普通の高校生だし。殺し合いなんてさ。ただ、ちょっとどんな武器があるか見に行くだけ。」
そうか、進んだ文明だとどんな武器があるのか興味はある。
剣、大剣、盾、銃、拳銃、弓矢、鎧…意外に知っている物ばっかりだった。ややがっかりした二人の様子を見て、案内人が、
「本当に強い武器を置いちゃうと、先に使った方が勝ちで面白くないから、こんな感じのものを置いています。まあ、必要であれば、何でもプリンターで作れますが。」
と言った。
いや、それでも実戦でありそうな武器、防具の数々。映像で見たことはあっても、実物を触ったことはほとんどない。実際、剣を手に取ってみると、思っていた以上に重い。あれこれと手に取って見ていると、
「それでは、デスゲームは止めて、他のものにしましょう。二人で協力して、草原で獲物を倒すようなのはどうですか?」
と、案内人。僕たちは顔を見合わせ、それならハードルは下がるかな、とうなずき合った。
お互い装備をして、集合。
「草原エリアは2階になります。」
と、案内され、エレベーターに乗り、2階へ向かった。
「でもさ、それ装備しすぎじゃない?」
「いやだって、遠距離では大砲を使って、接近戦だと大剣で戦って。でも逆にやられる可能性もあるから、盾と鎧で守って。山田君は逆に装備なさすぎですよ。」
「まあ、獲物を倒すだけなら、これでいいかなって。」
と弓矢を見せた。
「弓は得意ですか?」
「いや、初めて。」
…戦力にならない事が判明。こりゃどう戦えばいいのか…、と悩んでいると、扉が開き、草原エリアに着いた。
空は青く、草が生い茂り、所々に木が生えていた。本当に外にいるような景色。無限に続いているような感覚。風も吹いていた。
木の枝にライオンが寝そべっていた。ガシャン、ガシャン、一歩歩く毎に鎧の音がする。いざ動き出すと結構重いな、と思っていると、音に反応したのか先ほど木に居たライオンが凄い勢いでこちらに向かってきた。
慌てて剣を抜く、いやもう遅い。ライオンが飛び掛かり、僕はバランスを崩し、倒れた。鎧の上から噛もうとしたり、足の爪で引っ搔いたり、次々と攻撃してきた。剣は抜けたものの、倒れているので、思ったように動かせない。じたばたしていると、グサッ、頭に何か刺さった感触があった。
気が付くと、僕は、3Dプリンター内に居た。ああ、やられて、復活したのか。あたりを見回しても、案内人は居ない。勝手に動いても良いのか分からず、そのまま待っていると、
「早く出て下さい。次の予約が1件あります。」
とアナウンスが入った。プリンターの外に出て、ドアを閉めると、プリンターの動作音と共にヒトの形が作られていく。ん~あれは、山田君か。
「製造完了しました。」
アナウンスが流れ、山田君が僕を見つけ、飛び出してきた。
「いや~、ごめん、ごめん。間違って弓矢が当たっちゃった。」
「?」
「わざとじゃないんだ。ライオンを狙ったつもりがなぜかキングの頭に命中して。」
あ~僕はそれでやられたのか。
「まあ、いいですよ。復活できますから。山田君もやられたのですか?」
「うん。次の矢を構える暇も無いまま飛び掛かってきちゃって。」
そこへ案内人がやってきて、
「ゲームを続けますか?」と聞いた。
僕たちは顔を見合わせて、
「はい。」と答えた。
「ただ、装備は考えた方がいいな。」
「うん、相手が素早いから、こちらも素早く攻撃出来るものや、遠くから狙えるものがいいですね。銃とか。」
「なんか銃はずるい気がするんだよな。次は槍でいこうかな。」
銃が駄目で弓や槍はOKという理論が僕には分からなかったが、僕は僕なりに装備を整えていく。
「こんな感じでどうですか?動きやすいように防御は胸の部分だけ、武器は拳銃。」
「ちょっとずるいけど、まあいいんじゃない?俺は槍と盾。」
僕らはもう一度、草原エリアに向かった。
また、あのライオンが居た。今度は遠く離れた草原の茂みに頭だけ見える。建物の中なのにこの奥行きはどうやって出しているのだろう、そう思いつつも銃を構えた。
だ、ダメだ。手が震えて、撃てない。
いざ構えると、これまでにない緊張感に包まれた。おもちゃではなく、ちゃんとした拳銃。小型でもそれなりに重さがある。武器を選んだ時はそんなに感じなかったのに、いざこの場所に来ると、本当にこんなことで命を奪っていいのか、そもそもちゃんと撃てるのか、色々な考えが僕の頭の中を駆け巡った。
ライオンがこちらに気づき、向かってきた。どんどん大きくなってくる。
や、やっぱり撃てない。逃げよう。そう思ったけど、足も動かない。
その時、山田君が僕の前に立ち、盾でライオンの攻撃を防ぎ、素早く槍を突いた。
「ガオー。」ライオンは吠えた。致命傷ではないが、動きは少し遅くなった。槍を何度も突き、ライオンは倒れた。
「これで良かったのかな?」
山田君が呟いた。
「大丈夫ですよ。プリンターで何度でも生き返りますから。」
と案内人が説明した。
「いや、そういう意味じゃないんだ。命ってそういうものじゃないんだ。」
山田君は戸惑いながら、そう答えた。その気持ちがなんとなく分かった。僕たちは生きるために命を奪ったのではない。あくまでゲームとして。相手も自分も生き返れる、だから良い?このゲームは僕の心が汚れていく、そんな気がした。
「では、別のゲームにしましょう。生き物が相手ではなく、機械が相手です。今度はお宝探しゲームです。相手を倒さなくてもいい。相手の目を搔い潜り、お宝を盗んでくる、そんなゲームです。」
「あー、それなら面白そうだね。」
山田君の顔に笑顔が戻った。
「武器はそのままで行きますか?」
「いや、こんなでかい槍だとすぐ見つかるから…置いてくかな。」
と言って、槍を置いた。盾は持っていくようだ。僕も銃を置いていくこととした。
「では、3階のオフィスエリアに向かいます。」
と案内人が言い、エレベーターに乗った。
3階に着いた。さっきとは違って、建物の中にありそうな落ち着いた雰囲気。僕らは廊下に立っていた。両側に部屋がいくつかあるようだ。窓から中の様子を覗こうとしたが、曇りガラスで全然見えない。その時、
部屋のドアを開けながら、「失礼します。」と山田君の姿。
いやいやいや、中に人居たらどうすんだよ、と慌てる僕。
「誰も居ないや。」
そう言って山田君はこちらを見て、そのまま部屋の中へ入っていった。僕も後に続き、ドアを閉めた。中はロッカー室のようだ。いくつか開くロッカーもあり、中には服が掛かっていた。
トントン。ドアをノックする音。僕たちは顔を見合わせた。
ロッカーに隠れるべきだろうか、でも迷う暇もなく、ドアが開いた。
50歳ぐらいだろうか、眼鏡をかけた男性が現れた。
「君たちは誰だ?」
しまった。見つかった。潜入失敗か…、そう落ち込んでいたら、
「僕たちは最近ここに入った者です。」
と山田君が自信満々に話した。
「そうか、新入社員か。制服着て、ミーティング室に来い。」
そう言うと男性はドアを閉め、去って行った。
「あ~、助かった。咄嗟によく嘘言えますね。」
山田君の方を見て、微笑みながら言った。
「いや、嘘ついたつもりはないけど。向こうが勝手に勘違いしただけで。」
「うん、確かにそうですね…。そういえば、制服を着ろと言っていましたよね?」
「ロッカーに入っている服がそれかも。」
取り出してみると、先ほどの男性が着ていた服に似ていた。僕らはそれを着て、部屋を出た。廊下にいた女性社員と目が合った。一瞬不安がよぎったが、今は制服を着ている。ばれやしない。そう思っていると、
「ミーティング室はどちらですか?新入りなのですみません。」
と山田君がその女性社員に聞く。そんな目立つ行動は控えた方が…と思ったが、
「こちらの部屋です。」
と斜め前のドアを手で指し、怪しまれることなく、すんなり案内してくれた。
「ありがとうございます。」
僕たちはお辞儀して感謝を伝え、女性社員が廊下の角で見えなくなるのを待った。
そう僕たちは本当の新入社員ではない。お宝を盗んでくる、それが僕たちの目的。
「ちょっと周りを見て、情報を集めましょう。」
「よく見ると、ミーティング室と書いてあるな。」
近づいて見てみると、ドアの横にミーティング室と書かれているのが見えた。ちょっと離れると読めなくなる。そういう仕組みなのだろう。
「僕たちがさっき居たところは、男性用ロッカー室。隣が事務室ですね。」
「男性用ロッカーの向かいが、女性用ロッカー室。隣がミーティング室。」
ただその向こうにも廊下がある。そっと顔を出し、女性社員が曲がった左の方を見た。
「もう居ないようです。」
「ただ、はち会う可能性もあるだろ?右行ってみよう。」
右に曲がった先には、いかにも重厚そうな扉があり、社長室と書かれていた。
また、扉を開けようとする山田君をさすがに止め、僕らは曇りガラスの窓から聞き耳を立て中の様子を窺うこととした。すると、部屋の中から声が聞こえてきた。
「今日は、まみちゃんとデート。この指輪受け取ってくれるかな。」
社長っぽい男の独り言だ。僕らは顔を見合わせた。
「その指輪がお宝か。」
「でも中に一人は居ます。どうやって盗みましょう?」
僕たちは小声で話し合った。
「とりあえず、扉開けて中の様子を確認しよう。それでバレても、またやり直せばいいんだろ。」
そう言うと、山田君は扉を開けた。
「誰だ。ノックもせず、入ってくるとは。」
社長と思ったが、ロッカー室で会った男性社員よりも全然若い。30代位か。やり手の社長かぼんぼんの2世社長か、見た目では分からないが、とりあえずかなり怒っている。
「すみません。泥棒が入ったようでして。高価なものが盗まれてないか確認に来ました。」
また、山田君の口から出まかせだ。ただ、山田君の方を見ると、嘘はついてない、と言いたげな目で立っている。あたりを見渡しながら、
「ちなみにこの部屋で一番高価な物はどれですか?」
と山田君が聞いた。
「う~ん、この絵かな。いや、今日はこの指輪の方かな。特注品だし。」
そう言って指輪が入った箱を持ち上げた。
「確認してよろしいでしょうか?」
山田君は社長に近づき、箱を手に取り、開けた。しばらく見た後、
「うん、異常なし。」
そう言って箱を閉めた。後ろに立っている僕から見れば、閉める瞬間に指輪を盗った事はばればれなのだが、社長側からは見えてないようだ。
「では、失礼しました。」
そういって、中身が空の箱を返し、僕らは社長室を出た。
「これでクリアなのかな?」
「とりあえず、スタート地点へ戻ってみましょう。」
社長に気づかれて追いかけてくる不安とあまり急いで行くと他の社員に怪しまれてしまう不安の狭間で戦いながら、僕たちはスタート地点へ向かう。角を曲がった所で社長室のドアが開き、ものすごい形相で追いかけてきた。僕たちはたまらず走り出した。
バキューン、バキューン。銃を撃つ音。僕には当たってない。そのままスタート地点へ滑り込んだ。
「クリアおめでとうございます!」
アナウンスが流れる。どうやら上手くいったようだ。
山田君は背中に隠していた盾を取り出し、そこにあった銃痕を見ながら、「あぶね~。」と呟いていた。
「結果発表~~~、30点。」
とアナウンスが流れる。
「え~、低すぎ!」
山田君は思わず叫んだ。ちゃんとお宝を取ってきたのに…。
そこに案内人が現れた。
「本当のお宝はそれじゃないのですよ。」
「じゃあ、絵の方だったのかよ。」
「絵でもないです。実は、パソコン内に入っている顧客情報が一番のお宝でした。」
「そんなん、分かるかよ!そもそも思ってたやつと違う。もっと赤外線トラップを抜けるとか人に見つからずに行くとか。」
「人に見つからずに行く方法はありましたよ。初めにロッカーに隠れて社員の会話を盗み聞き、お宝を奪ってくるというのが。あと、女性用下着を盗んでくると、マイナス20点というセクシー要素もあります。」
「そんなの初見では無理。」
「まあ、この先何度でもやり直せますし、他のシナリオもあります。別のステージでは、赤外線トラップもありますよ。」
「色々あるのですね。でも今日はもう疲れました。」
「それでは、ベッドルームへ行きましょう。」
「まだ遊び足りないけど、明日もあるし…了解…」
山田君は渋々納得したようだ。エレベーターに乗り、ベッドルームへ向かった。
「この世界に寝るっていう概念あるのですね?何度も復活できるなら、不眠不休の人もいそうなものですが。」
「ところが寝る方が幸せっていう人も多かったのですよ。」
「どうしてですか?」
「ご主人様に昔聞いた時は、寝る方が嫌なことを忘れられる。しかも夢の方が無限大だって言っていました。ロボットの寝るは省エネモードだから、よく分からないですが。」
「嫌なことなんて、この世にあるのか?」
「山田君はずっと楽しそうですね。でも僕は、ずっと大変。」
「どんなことで?」
「家族がどうしているか心配ですし、さっきのゲームもずっとハラハラ緊張して、楽しむって感じじゃなかったです。」
「そうか、じゃあ、まあ寝てスッキリするか。」
「ここがベッドルームです。一人一部屋あります。」
ドアを開けると、巨大なスライムが登場した。
「何ですか?これは。」
「これがベッドです。裸になり、スライムに入って下さい。寝ている間に全身きれいになります。また、無重力に近い状態で全身の疲れも無くなります。」
もし入って、出られなくなったら?呼吸はできるのかな?実はスライムが僕たちを食べるための案内人だとしたら?と色々不安に思っていると、山田君はすぐに裸になり、スライムの中に飛び込んでいった。
「気持ちいい~~。」
声は出せるようだ。
「苦しくない?」
「全然。全身マッサージ受けているような感じ。こりゃ、ずっとここに居たいかも。」
山田君が大丈夫そうなのを確認した上で、僕も隣の部屋に入り、スライムベットで休むこととした。
翌日。部屋が明るくなり、僕は目を覚ました。泳いでスライムの外に出て、服を着て、部屋の外に出た。
「お目覚めですね。」
案内人がすでに待ち構えていた。
「朝食のご用意が出来ています。」
「お、おう。待ってくれ。俺も起きた。」
隣の部屋から、山田君が服のボタン付けながら出てきた。
一緒に朝食へ向かった。昨日、夕食を食べた応接室に案内され、僕たちは同じ席に座った。眼の前には、昨夜と色違いのブロックが食器に乗っていた。
「朝食なので、ご飯はパン風味にしてあります。飲み物もコーヒー風味にしてあります。どうぞ。」
案内人が笑顔で説明した。
「パンとコーヒーで良くない?」
「でもこちらの方が栄養満点ですよ。」
食べると、味はほぼパンとコーヒーではあった。
「昨晩の事、思い出したのですが、案内人は一人だけと言っていましたが、ゲームでは何人か人が居ましたよね?」
「あれはゲーム用のロボットです。」
「あなたもそうですが、かなりリアルですね。本当の人かと思いました。」
「それはありがとうございます。でもこの世界には、本当の人はもう居ないのです。」
僕らは顔を見合わせた。
「それはどういうことです?」
「話せば長くなるのですが…」
地球よりも進んだ文明の世界。ロボットに大半の仕事は任せ、3Dプリンター機で何でも作れるようになった。ヒトでさえも。しかし、その後に起こったエネルギー問題。ロボットも3Dプリンターもエネルギーが無いと無用の長物である。
そこで、近くにあった衛星を燃やし、太陽を2つにし、太陽光発電をよりしやすくした。併せて、これ以上人を増やさない政策が始まった。亡くなっても復活できるが、何体も同じ人間を複製することは出来なくなった。子供も作れなくなった。それでも最新のゲームなどで永遠の命を楽しんで生きていた。ただ、そんな生活に嫌気がさした人たちも居た。その一人がこの家のご主人、ドン・フリック3世。ご主人様はゲートを開発し、この星の外へ開拓に乗り出した。ご主人様は1回戻ってきたが、すぐにゲートで次の世界に行き、それ以来、もう30年近く戻ってきてない。その間にこの世界でも大きな出来事が起きた。ゲームがエスカレートしすぎたのだ。お互いに殺しても殺されても何度でも復活できる、そんな痛みのないゲームの中で、より強力な爆弾を使う人たちも出てきた。気づいた時には遅かった。強力な爆弾は世界に何年にも渡る黒煙を上げ、太陽光が届かなくなってしまった。そうして、電力が無くなり、ロボットはスリープ状態に入った。テクノロジーに頼り過ぎて人々は弱くなっていた。ロボットもプリンター機も動かなくなり、何も出来ずに亡くなった人、ゲートを通って別の世界へ行った人。
20年ほど経ち、ようやく黒煙の上の方が晴れてきたため、太陽光が届き、機械は動けるようになった。
でも、もうそこには人は居なかった。
「でもその話、ちょっとおかしい気が…スリープ状態に入っていた間の事、どうして知っているのですか?」
「実は、前にゲートを1周してきた方から話を伺ったのです。私の再起動ボタンもその時押して頂き、動けるようになりました。」
「その人は?」
「ゲートを使ってまた別の世界へ行きました。」
「なんで?こんな楽しい世界なのに?」
山田君は不服そうな顔をした。
「その方は、寂しさを感じたようです。その後訪れた方々も大抵そういう理由でした。ロボットがいるとは言え、一人の世界ですから。その点、あなた達は二人でこの世界に居る。もしかしたら、この世界を復興できるかもと思っています。」
「そんな、期待しないで下さい。家族も心配しているし、そんな長くは居られないですよ。」
と僕は言ったが、山田君は、
「よし、朝ごはん終わったら、まず街を探索しよう。」
とやる気満々だった。
「ぜひ、色々探検して下さい。でも、街も気をつけて下さいね。」
「何か出るのですか?」
僕は昨日のライオンを思い出した。うろついていて、攻撃してくるのかもしれない。
「いえ、黒煙の毒で、3分ぐらいで呼吸が駄目になり、死にます。」
思っていた以上に危険だ。
「防毒マスクはありますか?」
「一応あります。それを付ければ数時間は大丈夫です。」
「数時間あれば結構動けるな。」
僕らは武器庫で顔面全体を覆う防毒マスクをもらい、1階の玄関から外へ出た。
黒煙が舞う中、かろうじて道路と周囲のビルが見えた。
「とりあえずあのビルへ行こう。」
山田君が近くのビルを指さす。僕らは、あたりを見渡しながら、入り口にたどり着いた。
ただ、入り口のドアをノックしても反応はなかった。鍵がかかっているのか、ドアを強く押したり引いたりしても開かなかった。
「鍵穴もないから、さすがに俺でも開けられない。」
山田君の声が聞こえた。でも周りを見渡しても真っ暗で何も見えない。さっきまでは見えたのに。この数分で黒煙が防毒マスクにくっつき、視界を遮ったようだ。
慌てて手で防毒マスクの目の部分を拭く、少し景色が見えた。山田君はすでに防毒マスクを外しており、僕の肩を叩きながら、
「戻ろう!」
と叫んで、元のビルへ走っていく。僕も悪い視界の中、山田君に続いた。
「はあ、はあ。」ビルの中へ駈け込んで山田君が大きく呼吸した。外の黒煙と違って、このビルの中は綺麗な空気だ。
「視界が悪くなって、慌ててマスク外しちゃった。慣れてないから。何が起きた?」
「マスクの色!」
「あ。元々緑色だったのに。あれだけでこんな黒くなるのか…。」
予想以上に黒煙はひどいようだ。
「以前来た方の中には、何度も復活しながら、行けるところ全て回った方も居ました。でも、人もロボットもおらず、入れる建物も無かったそうです。」
「この黒煙の中で?凄い根性だな。」
「その方は、家族を探しているって言っていました。この世界には居なさそうだからって次の世界へ行きましたけど。」
「なぜこの建物の中は大丈夫なのですか?」
「目には見えないですが、この建物と屋上にはバリアを張り、さらに空気清浄をしているので、黒煙の害は来ないです。」
「その技術はもっと使えないですか?範囲を広げるとか探索する人の周囲にバリア張るとか。」
「出来ないです。バリアは、この建物専用のものとなっています。」
「もう人が住める環境じゃないんだな。」
「そうかもしれないです。」
「通信は?直接行けなくても、通信出来る所はありますか?」
「通信手段はありますが、返事が来たことは一度もないです。」
「空は?高い所ならそこまで空気汚れてないし。」
「そうですね。飛行装置に空気清浄をつけてであれば、上空から世界を見渡せると思います。やってみましょう。」
僕たちは3Dプリンターでできた部品を屋上に持ってきて組み立てた。3Dプリンターで完成品を直接作ることもできるが、それだと大きくて屋上まで持って来られないらしい。出来上がったのを見ると、ガラス張りの卵型で中は二人が背中合わせで座れるようになっていた。
「私はここで待っています。もし帰れなくなったら、死んで復活して下さい。」
案内人に見送られる僕たち。怖いセリフだなと思いながら、卵型飛行装置に乗った。座ってシートベルトはどこだ?と思っていると、
ギュイーンという音と共に上へ高く飛び出した。急に動き出し、重力で下に引っ張られ、体勢を崩して飛行装置の側面に顔をぶつけた。
「いたたた。急に動いた。」
「おう。赤いボタン押したら、急に動き出したよ。」
真ん中に仕切りがあり、背中合わせのため、お互いの様子はよく分からないが声は聞こえる。
「うん?こっちにはそんなの無いですよ。」
「こっちは座ったら、操作パネルが出てきて、一つだけ色が違ったから、押してみた。」
「え~?操作の仕方聞いてないですよね?」
「ボタンに分かり易い図が書いてあるから大丈夫。止まるとか。押してみるよ。」
今度は急に止まったため、体がふわっと浮き、天井に頭をぶつけた。
「ちょ、勝手にボタン押さないでよ。頭ぶつけた。」
「ああ、ごめんごめん。調節が利かないんだな。」
「ちょっと一旦落ち着きましょう。シートベルト的なものってそっちはありますか?」
「ああ、これかな。」
ポチッとボタンを押す音。それと共に僕らは勢いよく飛行装置の外へ飛び出した。
「それは緊急脱出用じゃないの~~!」
僕は叫んだが、果たして山田君の耳に届いたのか、風圧でよく分からなかった。
そのまま地面へ落ちていく。パラシュートもつけてない。山田君もどこに飛ばされたか見当たらない。そのまま黒い地面へ。
3Dプリンター室で目が覚める。山田君と案内人が立っていた。
「高い所から落ちて死んだようです。」
プリンター機の外に出てきた僕に向かって案内人が説明した。
僕はまっすぐ山田君の方へ行く。勝手に行動するなと怒りに。そんな気も知らずに、
「フリーフォールみたいで楽しかったよね!」
と目を輝かせながら、山田君は話しかけてきた。
散々だよ!ちゃんと使い方説明受けてやろうよ!と怒りたかったが、怒り慣れない僕は
「次は僕が運転していいですか?」
としか言えなかった。
もう一度プリンターで作り、屋上で組み立てた。今度は案内人に操作方法を確認した。
「ボタンに図があるので、直感的に操作できますよ。その代わり細かい調節は出来ないですが。」
「それが、急に外へ投げ飛ばされたのです。」
「ああ、シートベルトを外して落っこちるやつですね。」
「それでシートベルトの絵が描いてあったのか。パラシュート付けてないから、緊急脱出しても意味ないのにな。」
「あれは、大空を落ちていくのを楽しむボタンです。」
そんなボタン付けるなよ…と思いつつ操作方法を一通り覚えた。
今度はちゃんとシートベルトボタンを押す。すると、自動でベルトが出てきて、全身にフィットした。立ち上がるような動作は出来ないが、ボタンを押す位の操作は問題なく出来そうだ。この世界の上空を飛び、上から下の様子を覗き込んだ。
ほぼ黒。でも、だからこそ僕らが居たあのビル群はかろうじて分かった。遠くの方を見てみると、海のような黒煙の中にひょっこり緑色の頂上を出した山々が見えた。
「ああいう所に人が居るかもしれないですね。」
「行ってみよう。」
山の所へ行き、捜索ボタンを押した。結構な距離までこのボタン一つで生命反応を探すことが出来ると説明を受けていた。
「捜索中…解析中…人はいません。」
「こっちは居ないようです。」
「じゃあ、向こうは?」
僕らは何度も場所を変え、捜索ボタンを押した。合わせて自分の眼でも誰かいないか確認した。
「植物はあるけど、誰も居ないようですね。」
「せっかくだから、降りてみようぜ。」
僕たちは、山の一つに降り立ちドアを開けた。
僕は恐る恐る外に足を踏み出した。でもそうこうしているうちに、草木が生い茂る中、山田君は駆け出した。
「どうしたのですか?」
「いや、久しぶりに自然の中を駆け回れるから。」
無邪気に楽しそうにしている。僕も飛行装置から離れ、木に触ってみた。爆弾の影響か、まだ生えてそんなには経ってない様子だ。細くて、高さもそこまでではない。でもたくさん似たような木が生えていた。辺りを走り回っていた山田君が戻ってきた。
「はあ、はあ、久しぶりに走ったら、苦しい。」
そのまま大の字に倒れた。僕もここから見る景色はどんななのだろう、と草の上に横になった。太陽がやはり2つあり、眩しい。でも背中は草と地面で良い感じに冷やされ、太陽の温かさが心地良かった。ビルの屋上で目が覚めた時とはえらい違いだ。
「気持ちいいですね。」
僕は山田君に話しかけた。でも、返事がない。ふと山田君の方を見ると、山田君は居なくなっていた。
「山田君。山田君。」
僕は辺りを見渡して、できる限りの大声で叫んだ。返事はない。物音全くなく居なくなることってあるだろうか?立ち上がって周囲を探しているうちに、息苦しいことに気づいた。
そうか、山田君は走り回っていたから、毒をより多く吸ってしまい死んだのか。黒煙が無くなっている高さでも毒はまだ残っているのか。見た目で判断してしまい、防毒マスクを付けてなかった。僕はそう思い、呼吸を止めて、一直線に飛行装置の中へ戻り、ビルへ戻った。
ビルの屋上では、案内人と山田君が手を振って立っていた。
飛行装置を降りながら、
「山田君、大丈夫ですか?」
と聞いた。
「おう、毒でやられたようだ。もう復活したけど。」
「ふとみると、居なくなっていたから、びっくりしました。」
「この星の中では、登録した人の生命に危険が来た段階で、センサーが感知してプリンターに転送されます。ですので、その前までの記憶は残り、元の体は消えます。辛い思いはしたくないということで、早めに転送されるようになっています。そして、人を増やさない政策のため、複製は出来ず、元の体は消すようになっています。」
「そんなセンサーがあるなら、そもそもこの星に人が居るかいないか、分かるのではないですか?」
「そうです。だから、私はこの世界に人は居ないと説明しました。」
「確かに。そんなことも言ってたっけ。」
「でも先に詳しく説明してくれれば、黒煙の中外出たり、飛行装置作ったりしなくて済んだのに。」
「だよな。案内人なら、もっとちゃんと案内して欲しいな。」
「実は私は、案内人ではありません。」
案内人の言った言葉に僕らは耳を疑った。
「じゃあ、何者なんだよ?」
「ドン・フリック3世様の執事用ロボットです。」
いまいち違いが分からず、より詳しく聞く。
「では、なぜ僕たちの案内や世話をしてくれるのですか?」
「本来なら私はフリック様のお傍に居るべきなのです。でも、私はゲートを通れなかった。私にはキーが理解できなかった。一周してきた方に通り方をお聞きしましたが、君には無理だと言われた。それならば、せめてフリック様がもし戻って来られた時に、住みやすい場所にしておきたい。そのためには、人が住める環境で、人が居る状態にする必要がある。そこで、案内人を名乗り、この星が住める環境になったか調べてもらいつつ、この星に残ってくれる方を探していました。」
危険性を調べるために、僕たちにこの世界を探検させていた、その事実に僕は何とも言えない悲しみに包まれ、信じていたのに、とボソッと呟いた。
「そうか、じゃあ、飯食おう。」
気まずい空気を打ち消すように山田君が言った。
「ごめん、僕はご飯食べる気にならないです。」
「なんで?別にいいじゃんか。執事はこの星を調査して、あわよくば永住して欲しい、俺らも探検したい。衣食住も不自由しない。Win-Winだろ。」
そう言って、笑顔でこちらを見た後、エレベーターへと歩き出した。
「い、いや、僕は探検したいわけじゃないですが…」
小声で抵抗したが、仕方なく、僕も山田君の後について行った。
「また、これかよ!」
山田君の怒号が響いた。見ると、昼御飯に用意されていたものは、またあのブロックだった。
「昼は、ラーメン味にしました。」
「それなら、ラーメン出してくれ。」
「非効率的ですが…分かりました。しばしお待ちを。」
暫くして、ラーメンが出てきた。
「ぬるっ。」
「3Dプリンターで作ったそのままですので。温めた方がよろしいですか?」
「うん、お願い。」
今度こそちゃんとした温かいラーメンが出てきた。
「ドン・フリックさんは、こういう御飯を食べなかったのですか?」
「いや、大好きでしたよ。でもあなた達はドン・フリック3世様と違いますから。」
「好みが違うと?」
「いえ、必死に奉仕すべき人間ではないということです。」
「やっぱりそういう考えなのですね。」
せっかく美味しい料理にありつけたのに、また箸が進まなくなった。
「でも、ここに住んで下さる限りは、衣食住は提供しますよ。たまには御馳走も作りましょう。」
そう言って執事は笑顔を見せた。
「御馳走?やったー。」
山田君は嬉しそうにしていた。でも、僕の中では不安があった。執事は僕らの事を人として見てくれているのだろうか、実験動物に見られている気がしてならなかった。
結局食べきれなかったラーメンは、勿体なさそうに見ていた山田君にあげ、執事にゲートの位置を確認したいと話した。
「1階にあります。もう次の世界に行くのですね。」
「いえ、確認しておきたいだけです。」
エレベーターで1階に案内された。玄関とはまた別の場所のようだ。
「ここは裏口になります。ドン・フリック3世様は他の誰でも通れるようにこの部屋、ゲートを開放していました。」
床に1m程度の赤い丸が一つ描かれているだけで、他に何もない質素な造りだった。
「中央にある赤い丸がゲートの位置です。機械は床下に隠してあり、普通は目で見ても分からないのですが、ここでは印を付けて分かり易くしています。周囲のものを転送エネルギーに使うため、物を置いても消えちゃうので、簡便な印しかつけられないですが。」
行くか?…ゲートの位置を見ながら、考えてみる。次の世界はどんな感じだろう。1周してきた人も居るってことは、生きられない環境ではないはず。でも、もし今偶然キーが合って次の世界へ行ったなら、山田君はすぐには来ないだろう。この世界が好きそうだから。新しい世界に一人ポツンとなる…無理だな、と考えていると
「どうした?ゲートをずっと見て。行くのか?」
と山田君が話しかけてきた。
「いや、まだいいです。山田君は?」
「もちろん、まだこの世界を楽しみたいよ。」
そう言って、僕達はゲートを後にした。
「あ~、またやられた。」
僕らは昼食後、山田君がやりたがっていた赤外線レーザーを掻い潜ってお宝を手に入れるゲームをしていた。といっても、僕は数回で難しいと感じ、見ているだけであったが、山田君はかれこれ10回以上チャレンジしていた。
「あそこのレーザーが早く切り替わるから難しいな。戻って右から行こう。」
スタート地点へ戻りながら、そう呟いていた。
「プリンターで体を小さくしたり、足を長くしたりすれば、簡単にクリアできますよ。」
執事がアドバイスをしてくれたが、
「それじゃあ、意味が無い。」
と答える山田君。
「難易度高いですから、そんなやり方では99%無理ですよ。」
執事が声を張り上げて忠告する。
「なら100回挑戦すればいけるかな。」
と山田君は明るく答えた。
「非効率的ですね。」
執事は、そう呟いた。
それでも、山田君は26回目のチャレンジで宝箱までたどり着き、ガッツポーズ。しかし、音楽や照明に変化はなく、ゲームが終わる雰囲気では無かった。人が入れそうな位大きな宝箱。とてもこれを持ってスタート地点まで赤外線レーザーを掻い潜り、戻れる感じではなかった。山田君はせっかくだからと、宝箱を開けた。大きな宝箱なので、中にさぞ大量の財宝が入っていると思いきや出てきたのは1本の小さな鍵だった。きょろきょろとあたりを見渡すと、宝箱の向こう側にそれが入りそうな鍵穴を見つけた。鍵を開けると、隠し扉だったようで、押すと、向こうの部屋に行けるようだ。扉の隙間から次の部屋の様子を覗いた。
「誰だ?」
次の部屋から声がした。扉が開いた物音に気付き、一人の男が立ち上がって、こちらへ向かってきた。慌てる山田君。隠れる場所は…宝箱くらいしかない。すぐさま宝箱の中に、身を隠した。
ガードマン風の制服を着た男が扉から数秒顔を出して、あたりを見渡し、
「異常なし。」
と言って扉を閉めた。男の足音がしなくなったのを聞き計らって、山田君が宝箱の中から少し顔を出した。あたりを見渡して、宝箱からゆっくりでてきて
「ちょっとタイムしていい?」
と執事に聞いた。
「分かりました。今の時点をセーブしておりますので、いつでも再開できます。」
「これって、まだ続きがあるの?」
「ええ、全体の1%ぐらい終了したところです。」
「めちゃくちゃある!とりあえず、ここまでクリア出来たし、一旦、外の空気吸いに行こうぜ!」
遊び疲れたのかと思いきや、テンション高めに誘ってきた。
「屋上ですか?」
外の空気とはいえ、地上の空気は吸えたもんじゃない。
「ん~、ついでにまた乗り物に乗って、探索しようぜ。」
まだ遊び足りないらしい。でも、この執事と2人で待つのも辛いし、山田君の誘いに乗ることとした。
「あの屋上に降りてみよう。」
飛行装置から見下ろし、比較的高いビルで黒煙が晴れている屋上へ向かった。
防毒マスクをつけて、屋上に降り立った。この位の高さなら、黒煙による視界悪化はなさそうだ。山での経験から、マスクは必要だけど。あたりを見渡しても、屋上から建物に入る入口ぐらいしかなく、そこに二人で向かった。
「鍵がかかっているね。」
「そりゃ、そうだと思いますよ。」
「でも、古いタイプだから開けられるかも。」
そう言うと、山田君はポケットから針金を出し、鍵穴に入れゴソゴソやりだした。
「うん、開いた。」
防毒マスクで表情はよく分からないが、こちら側を向いて明るい声を出した。
「え、中入るのですか?」
「せっかくだから、探検、探検。」
山田君はずかずか建物に入っていく。
「暗いな。」
そういってライトを点け、辺りを照らした。
「おそらくはこの壁辺りがエレベーターかな。」
そう言って山田君は白い壁の前で止まった。ただ、全然壁は開かない。
「電気無いから多分動かないと思います。」
「ああ、そうか。」
周りを見渡すと、ドアが一つあり、開けてみると、下へ続く階段があった。昼間ではあるが、電気がなく、黒煙のため、日光もあまり入らず、夜のように暗かった。山田君は、ライトで周りを照らしながら、下の階へ降りていく。
「ちょっと待って。暗くて、怖くないですか?」
置いてきぼりにされることとどんどん先へ進む山田君に恐怖を感じ、一声かけた。
「だから面白いでしょ。」
山田君はどんどん階段を下りていく。これ以上離されては、たまらないので、ダッシュで山田君の近くまで駆け下りた。
「なんだ?怖いのかよ。それでよくあの幽霊屋敷行ったね?」
「いや、僕の場合は、同級生に誘われて。半ば強引に、ですから。」
「そうなんだ。てっきりこういうの大好き派だと思ってた。」
そう言って山田君は笑った。
それからは僕のペースに合わせて歩いてくれた。これまで自由気ままに動く人だな、と思っていたが、意外に僕の事も考えてくれる。一つ下の階に降りて扉を開け、廊下に出た。ライトを当てると、どうやら左右に扉が計4か所あるようだ。一番近くの扉を開けると、カチコチで小さくなったスライムがお出迎えした。
「もともとベッドだったのかな。」
「見た感じ子供部屋の様だね。」
埃や黒煙で黒くなっているが、部屋には、可愛いらしいぬいぐるみが所狭しと飾ってあった。
「急にあのぬいぐるみが動き出したりとかね。」
「止めてよ。そういうの。」
暗くて視界が遮られているから、そう言われるとちょっと動いた気もしてしまう。
「冗談、冗談。じゃあ、次の部屋。」
重そうな本がびっしり本棚に置いてあった、
「父親の部屋かな。」
「奥に…人居ない?」
「え、どこ?」
二人でライトをしっかり当てた。そこには…人が椅子に座り、こちらを向いていた。
「ぎゃあ~」
僕は思わず声を上げた。逃げようと思ったが、足が動かない。
山田君はスタスタ人に近寄り
「大丈夫ですか?」と声をかけて、肩を叩いた。
ドサッ。バランスを崩して椅子から倒れた。その姿を見て、
「ひゃあ~」
とまた声を上げてしまった。
「大丈夫だよ。ちょっと硬いし、これはロボットだよ。」
「ああ、なんだ。安心した。」
「せっかくだから、持って帰ろうよ。」
そう言いながら、椅子から倒れたロボットを抱きかかえた。
「結構重いな。手伝える?」
「うん。」
僕もロボットに近づき、山田君の逆サイドからロボットに肩を貸すような形で二人で支えながら立ち上がり、やっとの思いで階段を登り、飛行装置へと向かった。
元のビルに戻ると、執事が屋上で待っていた。
「ああ、それは人型ロボットですね。」
「あそこのビルの中にあったから、持ち帰ってみたんだけど。」
「ロボットはいくらでも作れますから…必要ないです。一応、原料として受け取っておきますね。」
そう言って、執事は表情変えず、人型ロボットをひょいと持ち上げ、エレベーターへ向かった。
「一人で持ち上げるって、力すげえな。」
山田君はそんなことに感心していた。僕は、むしろ自分と同じロボットを原料として見ていることに驚いた。
「ビル探検に行こうぜ?」
もうかれこれ3日かけて30か所位行ったであろうか。執事からは無駄な事をと言われながらも、僕らは今日も飛行装置を使い、まだ訪れてないビルの屋上に降り立った。
防毒マスクをつけ、屋上から建物への入り口へ向かった。
屋上の鍵は古いタイプの物も所々あり、山田君にとっては簡単に開けられるようだ。
「お、ここも点くね。」
執事に建物の電気系統スイッチを教えてもらったおかげで、太陽光充電されている建物では、電気を点けられるようになった。これで、エレベーターに乗ることもできたが、山田君は雰囲気が出るからと、1階ずつ階段で降り、探索した。
ここにも女性のヒト型ロボットが1体あった。見た目は人と変わらないが、基本構造が金属でできているため、デコピンするとこちらの指がかなり痛い。一応、人ではないことを確認して探索を続けた。地下1階まで来て部屋の扉を開けると、カプセルに入っている女性を見つけた。初めて見るカプセルだ。これまで何体も見てきたヒト型ロボットは、ほとんどが充電器の椅子に座り、スリープ状態になっていた。これまでと違う、そんな予感がした。
「これは人かな、ロボットかな?」
山田君は興味を持つとすぐそちらへ向かう。女性は目を閉じており、動かない。
「どうやったら、このカプセルは開くのかな?」
さすがに力任せには開けられず、カプセル周りにボタンが無いか探しているようだ。僕は遠巻きにあたりを観察する。すると、机に日記が置いてあるのを発見した。
全部を読むのは大変なので、とりあえず、最後に何が書いてあるか、ページをめくった。
9月8日
今日も黒い毒雲が街を覆っている。私たち夫婦は、別の世界へ移住することにようやく決めた。ただ、一つ気がかりがある。娘のマリナがまだ赤ん坊でゲートを通れないこと。今でも嫌だけど、置いていくしかない。私たちは、マリナを保育器に入れ、残りの予備電気全てを保育器維持に充てることとした。これで太陽光が戻らなくても10年位は維持できる。でも私たちもここに戻ってこられるか分からない。かといって良い人が見つけてくれるかどうかも分からない。ごめんなさい。
日付は19年前。カプセルに入っている女性は20歳位に見える。このカプセルのような保育器で起きることもなく、成長だけしていたのだろうか。
「人だ!」
見ると、山田君が何とかカプセルを開け、人であることを確認したようだ。
でも、人は居ないとなっていたのに、なぜ?
そのことは日記の初めのページに書いてあった。
2月25日
私たちはこの子を産む決心をした。それは法律では認められてない。だから、隠れて出産する。ネットワークにも登録しない。よくよく調べると、そういう家族は他にもいるようだ。私たちは皆さんからアドバイスを頂き、隠れて育てる決心をした。
「駄目だ、その人は復活できない!」
ネットワークに登録されてないということは、毒で彼女が死んだって、感知されない。マスク無しでどの位大丈夫か分からないが、エレベーターで屋上までは行けても、そこから飛行装置までの距離も危険だ。もっと近づけてから再度来た方がいいのかな、でももうカプセル開けちゃってるし…と悩んでいると、
「大丈夫だよ。あとは任せたよ。」
そう言って、防毒マスク無しの素の顔でこちらに微笑む山田君。自分の防毒マスクを彼女に付けていたのだ。
「あなたたちは誰?」
女性が目を覚まして聞いてきた。
「やだぁ、ごぁわ。」
山田君はもうすでに呼吸が苦しく、言葉にならないようだ。
「君と同じヒトです。あなたはマリナさんですか?」
と僕は日記に書いてあった名前を読み上げた。
「え、ええ。これば何?」
顔に付けられた防毒マスクを外そうとしながら聞いてきた。
「外さないで。それは防毒マスク。それが無いと毒ガスで死んでしまいます。」
「そんな事信用できないわ。」
忠告にも関わらず、まだ外そうとしていた。そんな中、山田君はとうとう消えた。
「え?彼は?」
「毒ガスで死にました。あなたに防毒マスクを渡したから。」
「私のために?」
僕は大きく頷いた。
「とりあえず空気が綺麗な場所へ行きましょう。」
「分かりました、付いていきます。」
マリナさんはもうマスクを外そうとはせず、おとなしく僕の言葉に従った。
エレベーターで屋上へと向かう。20年近く動いて無かったはずなので、不安だったが、問題なく動いた。
何から話せば良いのだろう?僕はこの世界の住人ではなくて、彼女こそそうで、でもずっと保育器に入っていたから、ロボットやら毒ガスやら全く分からないだろうし…、ととまどっていると、
「保育器の中に長いこと居たけど、ずっと両親が残した記憶を見ていたの。だから、この世界の状況も大体は分かるわ。」
それなら話がスムーズに進みそうだ。
「あなたたちは生存者を探しているの?」
「ええ、そうです。これから屋上に置いてある飛行装置に乗って、拠点に戻ります。」
屋上に着き、飛行装置に乗り込む。マリナさんも、親の記憶で見ていたのだろうか、とまどいなく乗り込んだ。
「拠点までどの位ですか?」
「え。ええと10分ぐらいだと思います。」
「何人ぐらい集まっているのですか?」
「私と先ほどの山田君だけ。他はロボットです。」
「え、まだそれだけなの?」
「もっといるのですか?」
「ええ。母の記憶だと隠れて出産した人達はもっと居て、バレないように協力し合っていたそうよ。保育器に入れたのもその仲間のアドバイスって…あなたたちは、もしかして政府側の人間?」
「いえ、私たちは他の世界からゲートを通ってきた者です。この世界には人がおらず、政府も無い状態の様です。」
「そう、良かったわ。でも、この毒ガスで全く人が居なくなっちゃったのね。」
ビルの屋上では、案内人と山田君が手を振って待っていた。
「あれ、彼は?」
「彼は登録しているので、死んでも復活できるのです。」
「ふーん。登録も便利な所があるのね。」
屋上に降り立ち、
「ここならマスクを外しても大丈夫ですよ。」
と、マリナさんへ呼びかけた。マスクを外したマリナさんの顔をまじまじと眺め、執事が、
「本当に人ですね。居ないはずなのに、どうして?何が間違っていたのでしょうか?」と戸惑っていた。
「一つ一つ屋上から入って、隅々まで探索して、とうとう見つけたな。」
と山田君が微笑んだ。その笑顔を見て、僕も微笑み返した。
「あなた方の行動は、ずっと非効率的だと思っていました。でも、あなた方はその非効率なやり方で、私の中の間違いに気づかせてくれました。ありがとう。見つけてきてくれて、ありがとうございます。」
意を決した顔で執事が言った。
「いや、俺らは、やりたいようにやっただけですよ。なあ!」
山田君は照れを隠すように僕の肩を叩いた。
僕たちは、ドン・フリック3世の肖像画が飾られている応接室でマリナさんと話し合った。
「つまり、発電が回復しつつあり、この建物内なら普通に生活できるのね。そして、人を集め、世界を復興していきたいと。」
「ご協力願えますか?」
「私はずっと保育器に入っていたとは言え、この世界の人ですから、なるべく復興させたいわ。でも、できれば、私の家の執事を連れてきても良いかしら。そちらの方が楽しいわ。」
「分かりました。良いでしょう。」
僕とマリナさんで防毒マスクをして、もう一度あの建物に戻った。
途中で見かけた女性のロボットを見て、
「彼女がアルファさんだわ。」
とマリナさんは言いながら、駆け寄り、再起動ボタンを押した。
ロボットは目を開け、立ち上がった。
太陽光がここも回復しており、既に充電済みだったようだ。
「マリナさん、大きくなりましたね。おはようございます。」
彼女の執事であることを理解しているようだ。僕ら3人は拠点へと戻った。
「地図を見せてもらえますか?」
テーブル上にこの辺りの地図が映し出された。赤い所がこの拠点、黄色い所は僕たちが屋上から入った建物だ。
「母親の記憶では、この辺りとこの辺りに私と同じように登録されてない人が居るはずだわ。」
「保育器の耐用年数を考えると、早めに助けに行く必要があります。」
マリナさんとアルファさんが中心となり、今後の計画を練っている。
「危険性を考えると…、私も登録しようかしら。」
「良いのですか?ご両親はあなたを登録しなかったのですが。」
「その登録しなかった原因の法律や政府は既に無くなっているし、両親がもしも戻ってきた時、元気に生きている、って気づいてくれるかもしれない。なんたって、ずっと動けなかった分、もっとこの世界を楽しみたいの!」
彼女たちの会話を聞きながら、
「もうこの世界は彼女たちに任せた方がいいな。」
と山田君が僕にこそっと耳打ちした。
「地球に戻る決心ついた?」
僕も山田君に小声で返す。
「地球はまだ先だけど、とりあえず次の世界へ行こう。」
僕らは笑顔を交わして、立ち上がった。
「どちらに行かれるのですか?」
その様子を見た、この家の執事が僕たちに話しかけた。
「ゲートから次の世界に行きます。」
「分かりました。案内しましょう。」
案内された場所は、この前とは違う場所だった。
「すみません。この前はダミーの場所を教えていました。」
「なぜ?」
「これまでのヒトは一人で寂しさが募り、次の世界へ行く方ばかりでした。でもあなた方は二人だった。ずっと永住させ、この街を復興させよう、そう計算して嘘の場所を伝えました。テレポート出来なくても、キーが違うだけと思い込ませる予定でした。」
「自己中だな。俺らの立場をもっと考えてほしいな。」
「いえ、プログラム中心です。でも今回の事で何か変わった気がします。」
「だから本当の場所を教えてくれたのですか?」
「そうですね。永住してくれる方も見つかりましたので。」
「じゃあ、ついでにキーを教えてくれない?」
「ドン・フリック3世様はロボットに頼らない世界を考えていました。だから、ロボットはここを通れない。あなた達にあって、私に無いもの。それがキーになります。」
「なぞなぞみたいですね。僕らに何があるのだろう?」
「愛かな。」
「う~ん。間違いとか無駄とかですか?」
「色々ありますね。でもここのキーは、希望です。ドン・フリック3世様は、次の世界に希望を持って旅立って欲しかった。そして、私たちロボットは、プログラムや計算に基づいたことしかできません。ドン・フリック3世様に会いたいと思っても、それは希望ではなく、実はプログラムなのです。でもあなた方は、不可能も可能にする。私からすると、希望で溢れています。」
(希望?僕に希望なんてあるのかな…そうだ。山田君という頼もしい知人が出来たこと、これは今僕にとって一番の希望かも。)
―――To the next world 無人の星 完