55 : Day -30 : Aoyama-itchome
東京でも危険は同様だった。
際限なく湧き出す餓鬼、亡者系の敵に、ヒナノの破魔系魔法はよく効いた。
しかし相手が手ごわいと見るや、敵はぞくぞく新手を繰り出してきた。
なぜかライト系の悪魔も多く、敵はただの死者系悪魔ではない、という雰囲気がよく伝わってくる。
そうなるとマフユの呪殺系がよく効く。
たったひとりの戦いを強いられているチューヤに比べれば、バランスのいい戦い方ができた。
チューヤは4体同時召喚できるかもしれないが、こちらには強力な悪魔の力を身につけたプレイヤーが5人もいるのだ。
何度目かの襲撃を弾き返し、一時的に小康状態をとりもどす部屋。
きょうのナミは、イッキの加護ばかりではない若者たちの「生気」を受けて、いつもより具合がいいようにみえる。
ただ、これが燃え尽きる直前の「ろうそく」でないとはかぎらない。
ふと、部屋の中央に置かれた毛布の塊を見下ろし、不気味そうにマフユが言った。
「おい、笑ってんぞ、こいつ」
「……え?」
一同、凍りついたチューヤの死体を眺める。
たしかに唇の端が吊り上がって見える。彼はなにを笑っているのか。
ケートは冷静に状況を鑑み、
「凍結の具合だろ。魂はないんだ。ただの反射以外の反応、あるはずない」
「あったとしても、わるい兆しじゃないんじゃないか。なにしろチューヤは、笑顔の幽霊と仲良くなれるタイプだ」
「楽しそうだなおい、臨死体験ってやつよ」
「というか全員、臨死体験はしてるだろ。お互い、ここまで修羅場をくぐってきてるわけだからな」
言われて、顔を見合わせる一同。
たしかにそのとおりだ。過酷な戦いで致命傷を負ったとき、仲間から回復魔法やアイテムなどで瀕死状態から救ってもらったことは、一度や二度ではない。
とくにリョージなど、瀕死状態から回復するたびに強くなる戦闘民族よろしく、みずから好んで死地に赴くようなところがあった。
他人に回復してもらうまでもなく「自力回復」さえ果たすという、戦闘ホリックな特性も身につけている事実は、瞠目に値する。
「私は回復させる側が多いけど、たまにチューヤのナカマの世話になったことはあったかなー」
「わたくしはガブリエルに救ってもらったことがありますわ。──あの光の彼方に天国の門が開けていると思えば、わるくない感覚ではありました」
「そうか? オレは、あんまり好みじゃなかったけどな。べつに地下がきらいってわけじゃないけどさ。地熱に暖められた混沌の闇、みたいな?」
リョージの言葉に、ケートが独特の感性で首を振る。
「地下? 光の世界だろうが、臨死体験は。輝くトンネルのなかを、永遠にもどれない世界へ、光の粒子になって突き進み、量子化された永劫の冷たい海へ混ざりこむ。それが死だ」
「どんな怪しげな本を読んだんだよ、チビスケ。死んだら腐って闇に沈む。そこは暗くて冷たいところだ。決まってるだろうが」
「光は光ですが、もっと神に近く温かいもののはずですよ。そこは光り輝く永遠の王国です」
あらためて顔を見合わせる一同。
どうやら各自の属性によって、臨死体験の性質は異なるようだ。
「みんな、いろいろ体験してきてるんだねえ」
「こいつも慣れてるだろうよ。笑っちゃうくらいだからな」
リョージはチューヤの冷たい皮膚に不敵な笑みを返した。
「サアヤが毎回さっさと回復させちゃうから、それほど死なないんじゃない?」
「そういう意味では恵まれたやつだな、こいつ」
複雑な視線を受けていることを、死人は知らない。
その笑顔の向こう側では、劇的に物語が進行していた。
気がつけば、公園のブランコに座っていた。
なぜ自分がここにいるのか、よくわからない。
ただ、午前2時の公園にひとがいない、という事実だけはまちがいなかった。
自分の両手を見つめ、それが透けている事実を確認する。
……もどらなければ。肉体に。
現在位置を確認しようと霊体の自由度を駆使して飛び上がろうと試みたが、足が地面に吸いつけられるように引っ張られて飛べない。
いつもの生身の状態に近いが、重力とは別の「吸引力」が、自分をこの地に縛りつけているようだと気づいた。
考えてみれば、東京にもどれたのはこの吸引力のおかげのような気がしないでもない。
──ぎりぎりでマカミを倒したはいいが、その土地に縛ろうとする力から解き放たれて、吹っ飛ばされた。
例のとおり、宇宙的規模の放物線を描いて、そのまま自由落下のような感覚で東京に落ちた。
そう、ここは東京。
そんな気はするが、自分がまだ物理的な存在でないことも承知している。
さて、どうするか?
「よう、どこ行くんだ?」
声にハッとして、ふりかえる。
さっきまでチューヤが座っていたブランコに、別の人間が座っている。
彼も透けているところをみると、死人なのか、あるいはそれに近い状態であるはずだ。
が、それよりもなによりも、チューヤにはいっそうおどろき、追求しなければならない事実があった。
「む、室井さん!? なにやってんすか、あんた、こんなとこで!」
位置ゲーム『デビル豪』の製作者にして、異世界線を知る謎のプログラマ、室井。
そういえば最近、彼への報告を怠っていたような気はする。
「こんなところがどんなところか、おまえさんはわかってんのかい?」
「ええと、それは……どこです?」
「人間GPSのおまえさんがわからんくらい、いろいろいそがしかったらしいな。……ここは山王公園。大森だよ」
「Oh! もーりス! 貝塚の地ですな」
「……まあ、そうだな」
突っ込む元気もないらしい、室井は静かに答えた。
モースが発見し、発掘したことで知られる縄文後期の遺跡は、現在は品川区と大田区にまたがる地域に石碑が残っている。
「で、どうしたんすか、室井さん。身体が透けてるところをみると、どうやら俺と同じ状態みたいですが」
「まあな。おまえがなかなか会いにきてくれないから、さみしくて自殺したんだよ」
皮肉に笑う室井に、憮然とするチューヤ。
「……つまらん冗談はやめてください。働きすぎて発作的に首でも吊ったとか?」
おうおう、ふつうに乗っかりやがったな、とばかり室井はやや鼻白んだ。
「働かされすぎてることは事実だが、そこはせめて過労で倒れたくらいにしといてくれよ」
「いや、いつも死にたそうな顔してるから……」
「ま、正解だ。さいわい、おまえさんと同様、まだ死んじゃいないがな。同じ次元の生霊だから、こうして互いを見つけることができたんだろうよ」
チューヤは公園の時計を確認し、それから室井に視線をもどした。
この状況に至る経緯を、互いに手短に交換する。
室井はしばらく考えてから、いつものように的確な助言でチューヤを助けてくれた。
「上はダメだ。無理して飛んでも、意味がない」
「……どういうことです? この時間だと電車はないし、タクシーにも乗れないし、歩いてもどる時間はないんですが」
「そういう問題じゃねーな。肉体へもどるには、まず魂の次元を、もとにもどす必要がある。ふつうの魂が逝く道の、逆順をたどるんだ。……坂を下りるんだよ」
「坂って……まさか」
くらやみ坂。
絡み合った伏線に溺れて沈みそうだが、ともかく理屈はとおる。
くらやみ坂の上下で戦う、キリスト教と仏教の魂の奪い合いには、これまで何度も遭遇した。
ふつう、魂はゆっくりと上に昇る。
それを束ねて、自分たちの「獲物」にしているのが星天使と神将だ。
その逆順をたどるとは、どういうことか。
地に横たわるものへ、もどること──すなわち蘇生だ。
星天使も神将も、魂を集めるのが仕事なので、生き返ってもらっては困る。
そこで両者とも、もどろうとする魂は押しとどめる、という点で利害が一致する。
死者にとっては導き手だが、生き返ろうとする者、その条件を満たしている少数派にとっては、おしなべて邪魔者。
それが星天使であり、神将である。
「あの星天使と神将を、両方倒すんですか?」
「うんざりした顔だな。それができなきゃ、生き返れないぜ」
へらへらと笑う室井に、チューヤは不満げに返す。
「室井さんはそれでもよさそうですね」
「まあな、だが……そうでもない。まだ、おまえに死んでもらっちゃ困るんだよ。どうしても頼みたいことがあるんでな」
「頼み?」
「あとでいい。ともかく行くぜ、坂道へ」
立ち上がり、室井に案内されて山王公園を出る。
道を左へ。
ほどなく「史跡・闇坂」の立て杭。
標高差20メートルほどの坂道に、どんな難所が待ち構えているか、チューヤもそこそこ知っている。
「話し合いで解決したいところだけど」
「悪魔使いらしい論理だが、今回はむずかしいだろうな。こっちが生きていれば交渉相手にもなれるが、死人だ。すくなくとも表面上な」
相手が人間なら約束は守るが、異教徒であれば守る必要はない、という教義にのっとって新世界の住人を大虐殺したキリスト教徒。
小競り合いから商取引までしばしば相手を裏切り、アラビア人は信用できないという固定概念までも植えつけることに成功した、イスラームの戦士たち。
彼らに共通するのは、自分と同じ信仰をもたない相手に「誠意を示す必要はない」という狂った前提だ。
そんな連中と、まともな交渉はできない。
現状にかんがみれば、死人という自分の状況は相手にとって交渉相手にはならない、ということ。
であれば、推して参る。
「……どうしても、ここじゃなきゃダメですかね? もっと難易度の低いくらやみ坂もあると思うんですけど」
脳内の悪魔全書を展開しながら問うチューヤ。
彼は現在、レベル30そこそこの若輩者だ。
それでも勝てる相手というのを選びたい。
たしか最低レベルの星天使や神将は、レベル10台のはずだが……。
「それはできねえよ。おまえがここに引き寄せられたのは、偶然じゃないからだ」
世界の「仕組み」として、レベルの近い星天使や神将に、魂は自然と引き寄せられる。
日本人がリトルトーキョーに、中国人が中華街に、キリスト教徒が教会に引き寄せられるのと同様、あらゆる魂は自分の「レベルに合わせた」階層の吸引力に引き寄せられる。
まれに、異常に強い上昇志向の持ち主がいたりもするが、たいてい長つづきはしない。
蛙の子は蛙、それが世の摂理というものだ。
星天使も神将も、基本的にはレベルの近い魂を集めることに特化している。
言い換えれば、だからこそ12段階に細分しておく必要がある。
レベルはもちろん「強さ」とイコールだが、本来の天使や悪魔の強さを意味しているわけではない。あくまで召喚されるときの「初期レベル」だ。
一般に低レベルの状態は望ましくないという考えもあるが、こと死者の魂を扱う場合、むしろ初期レベルを低く抑えたほうが、レベルの低い魂と接しやすい、という意味で好都合なケースのほうが多い。
レベルは強さではあるが、強ければいいというものでもないのだ。
最強レベルの神や悪魔になると、強さではなく「序列」の意味合いが強いことも、すでに校長から教わった。
あとはレベルと現状の折り合いをつけていくだけだ。
ゲーム的にいえば「バランス調整」だ、と室井は言った。
優秀なクリエイターの手による「神調整」は、ユーザーから絶賛の嵐となる。
室井はいま、目のまえにいるチューヤと坂のレベルを勘案しながら、
「ここで待っていて正解だったようだ。帰ろうぜ、おまえのために用意された道だ」
室井は死んでまで、チューヤに何事かを伝えるため、ここで待っていたのだろうか。
頼みごとがあるということであれば、聞いてやらないわけにいかない。
そんな気がする。
「大森のくらやみ坂か」
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
アドナキエル/星天使/F/16世紀/ドイツ/隠秘哲学/大森
マクラ/神将/F/13世紀/鎌倉/摩虎羅大将立像/大森海岸
たしかに、がんばればなんとかなるかもしれないレベルだ。
言い換えれば、ギリギリだ。
5から10程度のレベル差であれば、戦い方しだいでなんとかなる。
だが現状、チューヤ自身の戦闘力がほとんど0に等しい。これは、さきほどのボス戦でも身に染みた。
なにより「死ねない」というのが、かなり厳しい。
肉体があれば、いわゆる「最終ターン」があるので多少の無茶もできるが、魂の死は、すなわち即死攻撃になってしまう。ガーディアン・オオクニヌシの固有スキルは、肉体にのみ作用するアドバンテージなのだ。
それでも、ナカマたちの働きだけで、なんとかここまで生き延びてきた。
もうひとふんばり、頼むしかない。
「そんなおまえに、ひとつ手助けしてやろうかね」
室井はポケットから携帯端末を取り出した。
その画面に、自身の作品である『デビル豪』を起動。画面上にアイテム「生大刀」を表示する。
「……どういうつもりですか」
「つかめよ。おまえにやる」
どこぞの街角でキャッチセールスにつかまって、お話をうかがったところ、どうやら売ってくれるのはゲーム内アイテムだった、というネタ話がある。
「はあ? ゲーム脳すぎるでしょ!」
と突っ込みながらも、室井が言うのだから、というわけで手を伸ばす。
さすが霊体だけあって、あっさりと突き抜ける画面。
が、そこにはたしかに手ごたえが存在し、引き出してみれば手のなかにずっしりと重量感のある「太刀」があった。
「生大刀。オオクニヌシには、なじみのある武器のはずたぜ」
『古事記』によれば、大国主神が根之堅州国から持ち帰った大刀ということだ。
「お宝じゃないすか」
「ネカフェで配ってたんだよ。なんかのイベントのあまりものでな。安心しろ、しっかりNFTだぜ」
ノン・ファンジブル・トークン。
代替が不可能なブロックチェーン上で発行されている、という意味においてこのアイテムは唯一無二だ、一応は。
「…………」
「下で待ってるぜ。おまえさんには、もうひとつわたすもんがあるんだ。じゃーな」
境界のチーターよろしく、ふわりと浮いて姿を消す室井。
彼は生きたいのか、死にたいのか、それ以前に、なにが目的なのか。
ともかくいまは、課されたミッションを果たすしかない。




