表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PanDemonicA/3 -パンデモニカ/第3部  作者: フジキヒデキ
港区南青山黄泉比良坂下ル
PR
52/92

51 : Day -31 : Aoyama-itchome


「で、ここがサアヤのおばさんちか」


 チューヤに代わって先頭に立ち、開いた玄関のドアを支えるのはリョージ。


「ようこそ! オバハウスへ!」


 さきに足を踏み入れつつ、後続を迎える姿勢のサアヤ。


「いらっしゃーい。なんだよオバハウスってー」


 あいかわらすへらへらして、つかみどころのないナミ。

 イッキが支えないと、まともに立つこともできない。

 本来は出勤している時間だが、サアヤが電話して事情を説明すると、イッキは仕事を休んで待っていてくれたのだった。


 近所のスーパーで大量に買い込んできた食材を、リョージとマフユがどさどさと対面式キッチンの床に下ろす。

 時刻は午後8時をまわった。


 チューヤたちからは電話で、そろそろ合流する、という。

 もちろんチューヤは、一度行った場所への道案内を必要としない。

 鍋の準備をしているうちに、インターホンが鳴った。

 地上部分に関して、チューヤは基本的に最短距離を選ぶ。


 長時間の煮込みを要する、本日のメニューは「博多風もつ鍋」だ。


「なんでもつ鍋にしたの?」


 チューヤの問いに、


「わからん。なんか、臓物を寄せ集めて人体を……ハッ! オレはいま、なにを……」


 ふるえるリョージ。


「うーん。リョーちんにまで影響を与えているとは、おばさんの呪いもそうとうですぞ、こりゃ……」


 ぼやくサアヤ。

 彼女はなにやら多くを知っているようだが、まだ説明はされていない。


 ともかく、もつ鍋に罪はない。

 早くもよだれを垂らすマフユ。

 彼女にとっては肉肉肉肉、肉がすべてだ。

 とくに臓物となれば、食い散らかす野生のケダモノの本性があふれ出る。


「おいマフユ! モツを生で食うバカがいるか!」


「いいだろ、ちょっとした味見だよ」


「もう、フユっち、メッメ! 部屋で待ってて!」


 下ごしらえはリョージとサアヤが担い、部屋ではヒナノがナミとなにやら歓談している。


「そうですか、どこかでお会いした気はしたのですが、練馬の乗馬クラブで」


 ヒナノの言葉に、


「あー、見た見た、厩務員のおばさんかと思ってた」


 話に混ざるのはケート。

 ケートとヒナノがたまに訪れる練馬の乗馬クラブに、ナミが出入りしていたという話はあまり聞かないが。


「失礼だぞケート。……ナミさん乗馬なんかやってたっけ?」


「いやー、なぜか会社に馬術部があってね、いろいろ実験に協力してもらってたかなー」


 チューヤの問いに、てれてれと笑うナミ。


「実験て!」


 光が丘の研究所で、ナミが生命科学の研究最前線にいたことを思い出す。


「光が丘ケネルクラブと提携してて、怪我した馬とか連れて行くと治してくれるんだよな」


「ああ、そういえばあったね。道路からサラブレッド見られた気がする」


「画期的な動物実験によって、骨折が治癒した馬もいるらしい」


 というウワサは、ケートも小耳に挟んでいる。


「人間に適用できないのが残念だよねー」


「……しっかりしなさい、ナミ」


 一応、偏差値の高い会話もできるかと思いきや、唐突にソファからずり落ちるナミを支えるイッキ。

 だいぶ年下にもかかわらず、年上のようにふるまっている。

 これがホストの気配りというものなのかもしれない。


「もう、おばさんグダりすぎー。はーい、みんなテーブルあけてー」


 サアヤの先導で、大量の食材を運ぶリョージ。

 リョージが厳選した、鮮度の良い国産牛の生もつミックスと、山盛りキャベツとささがきゴボウ、ニラ、ニンニク、トウガラシ、ごま。

 テーブルの中心では、かっぱ橋で買った1980円の土鍋に、しょうゆ味のスープがそろそろ湯気を立てはじめている。


「だいぶ臭いの強い感じになってるが、金曜日だから勘弁してくれ」


 手を洗って、最後に鍋奉行がやってきた。


「あんまり曜日感覚ないけどな。べつにいいよ、臭いくらい」


「よし、じゃあ材料投入ー」


 どさどさどさっ、とまず投入されるのは野菜。


「おせーんだよ、リョージ。煮込むんだろ? 手早くやれ」


「いや、煮込まないぞ。肉はもう下茹でしてある。野菜がしなる程度まで火が通れば、そのままいただける」


「え、もつ鍋でしょ? 煮ないの?」


「そそ。だからいい肉、買ってきた。払ったのはお嬢だけど」


 ヒナノは軽く肩をすくめ、


「まさかモツを買うとは思いませんでしたが」


「……よし、スープ沸いたな。肉、投入。あとは混ぜずに、じっと待つ」


 脂の多い小腸を中心に、リョージの手でバランスよく投入されるモツ。

 野菜のうえに浮く感じで、透きとおったスープから熱が加えられていく。

 柔らかくぷりぷりした食感が好評で、博多もつ鍋として東京でもブームとなった。

 新鮮な生もつなので、すぐに火がとおり、ぶるっと膨らんでとてもおいしそうだ。

 最初だけは、リョージが手早く各自の皿に取り分ける。


「いただきます!」


 お約束になっている掛け声で、鍋開始。

 奉行の出番は最初だけで、あとは各自のペースで材料の投入と咀嚼をくりかえすパターンの鍋となる。

 もちろん中心は鍋のようでいて、なにより重要なのが、会話だ。


「リョージめ、ボクに聖なる牛を食わすとは」


「おまえ飲食のタブーないって言ってたじゃん」


「代わりにあたしが食ってやる。どんどん入れろ」


「だから入れすぎるなって、肉! 沈んで行方不明になるだろ」


「あっさりしょうゆに合いますね、脂の加減もちょうどよろしい」


「ぷりぷりでおいしいよ。さすがリョーちん、いい仕事しまんなー」


 いつもの鍋部。

 楽しそうにそのようすを眺めるイッキたち。


「こんな部活があるんだね。いやあ、おれもちょっと学生にもどりたくなったよ」


「かなり特殊ですけどね、うちら。ささ、イッキさんもナミさんも、どんどんいってください」


「さんきゅーシンちゃん、はむはむ、おいひーこれ」


 だらだらとこぼしている件については、イッキが処理している。

 とにもかくにも、金曜の鍋ははじまった。




 時刻は徐々に深更へ。

 青山といえば、もちろん霊園。

 ベランダから墓地を見下ろしながらの鍋というのも、なかなか乙である。


「ごめんねみんなー、わざわざこんなところに呼び出しちゃって」


 サアヤの言葉に、


「こらー、こんなところとはなんだー」


 苦情を発するナミ。


「いいえ、護国寺や日比谷も近くて、やはり都心のほうが、いろいろと都合がいいですわ」


 ヒナノにとっては、神学機構のカテドラルも近くて助かる。


「だな。ボクとしては、毎回このあたりで鍋してもらいたいくらいだ」


 ケートにとっては祖父母の家が近い。


「お金持ちにとっては、練馬なんて東京の辺境だもんね」


「練馬バカにしないでよ!?」


 うなずくチューヤに、笑うリョージ。


「警視庁が近くて通勤も便利だよね、チューヤ……のお父さん」


「同じだろ、帰ってこないから。まあ本庁に勤務する警察官て、けっこう地方からくるひとが多いから、そういうひとにとっては便利だろうなー」


 サアヤの言葉に、警視庁からのお給金で育ったくせに、さして興味なさげなチューヤ。


「どこでもいいよ、鍋さえ食えればな」


 リスのように頬を膨らませ、肉を食らうマフユ。

 ──昨夜からのハードなスケジュールで、全員、そうとう疲れている。

 それでも鍋はやめられない。

 栄養補給しなければ倒れてしまう。行動するためにも、鍋は必要なのだ。




「そういえば、あなた、霊界電話というアイデアをお持ちとか」


 ふと、話題を振るヒナノ。

 ケートは鍋を食いながら、不満げな視線をサアヤに投げた。

 サアヤはそっぽを向いて、アホ毛をたゆんたゆん揺らしている。


「ふん、ボクたちだけの愛の秘密だったんだがな。しょうがない。──まあそうだが、こいつは使用者を選ぶんだ。たとえば、ボクとそこの蛇とかは、ぜったいにつながらない。霊界感度レベル2だからな」


 サアヤからも一度、説明されているが、霊界電話の接続は使用者を選ぶ、という。

 愛のレベルが5以上でなければ、けっしてつながらないらしい。


「なんでレベル2なんだよ、レベル0だろ、てめーとなんか」


 逆に不満げなマフユ。


「うるさい。浮世のしがらみというやつだ。相手の名前と顔が一致する時点で、残念ながら最低限、レベル2なんだよ。……それから、片想いもダメだ」


 ケートはちらりと視線をチューヤからヒナノ、それからサアヤへ。

 により、と笑うサアヤ。


「どんーなに想っても電話のキスじゃ遠い♪」


「なんなんだおまえら、こっち見んな! ……ともかく特定の相手とだけ、世界の壁を越えてコンタクトがとれる可能性があるわけだな。画期的ではある」


 さしあたりチューヤも、ケートのやることは全面的に認めている。

 事実、サアヤとケートの「霊界電話」は通じた。それは彼らの「愛」のたまものだという。


「ケーたんすごいよね、そういういろんな研究、同時に進めてるんだから。天才だよねえ」


「よく言われる。もっと褒めろ」


「それで、レベル5というのは……」


 ヒナノが問いを重ねると、ケートは片眉を上げ、それからあざ笑うように唇の端を吊り上げた。

 そのままリョージに視線を移し、


「リョージ、おまえけっこう才能あるぞ。世界中の人間を、まんべんなく愛してるみたいだからな」


「そうか? べつに愛してるってほどでもないが、人間というか、地球の生き物はみんな兄弟だとは思う」


「なるほど、博愛主義にもいいところはあるわけだ。ボクなんか、好き嫌いが激しくて困るよ」


「自分でわかってるなら直せばいいのに……」


「ま、もうすこし研究は必要だけどな。……ほらよ」


 ポケットから、サアヤがもっていたミサンガのような組み紐を、全員に投げわたす。

 霊界電話というツールは、たしかにわるくないアイデアだ。

 一同、興味深そうに新たなアイテムを手に取った。


「おお、これが……。つまり、霊界電話のアンテナなんだな?」


「いや? ただの導電性繊維だよ。それに、つながりたい相手の」


「相手の髪の毛を編みこんでね、呪いをかけるんだよ!」


 サアヤの言葉に、全員の動きが一瞬、ピタリと止まる。

 なんだよ、呪いのアイテムかよ……。

 昨今の事象からかんがみても気が引けることこのうえないが、とはいえ、サアヤのもたらした実績も軽視はできない。

 まじまじと手のなかの紐を見つめる面々。


「で、愛があればつながるんだよなー、サアヤ」


 見つめ合い、にっこり笑うサアヤとケート。

 それを見て、とても悔しそうなのはマフユ。


「もう呪いって言っちゃってるし。……ふーん。とにかく、まだそういう怪しげなアイテムの域を出ないわけだな」


「仮説と数式はあるんだよ。もうちょっと掘り下げる必要はある。まだ実用レベルではないだけで」


 腹を押さえ苦笑するケート。

 たしかに役には立っているのだが、毎回おなかが痛くなるのは困る。

 そもそも「特定の相手とだけ」というのは、定量化と普遍性を追求するサイエンスにとって、きわめて不快だ。

 より一般化するための研究が不可欠だった。


 やがて鍋も佳境を迎え、材料が乏しくなってきた。

 リョージが満を持して、高級スーパーの袋から取り出したのは、ちゃんぽん麺。

 一般的なラーメンとは製法が異なり、九州以外ではあまり見かけない、めずらしい麺だ。


「もつの脂やキャベツの甘みで、味わい深く育ったもつ鍋のスープを吸わせる。しっかり煮込んでから食べるのがコツだな」


 生唾を呑むマフユ。

 彼女にとっては、まだ腹6分目にも満たない。

 シメの麺がなければ、暴れ出すことだろう。


 煮込むことでスープを吸った麺はぷっくりと膨らみ、つるっとした食感に変化して美味しくなる。雑炊でも美味しくはあるが、ぜひ試してほしいのがちゃんぽん麺だ。

 煮込まれるまでの間、一同の動きが一服する。

 方向感を失った一同の視線が、自然、サアヤに集まった。

 この場をセッティングした彼女から、話を進めるべきだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ