51 : Day -31 : Aoyama-itchome
「で、ここがサアヤのおばさんちか」
チューヤに代わって先頭に立ち、開いた玄関のドアを支えるのはリョージ。
「ようこそ! オバハウスへ!」
さきに足を踏み入れつつ、後続を迎える姿勢のサアヤ。
「いらっしゃーい。なんだよオバハウスってー」
あいかわらすへらへらして、つかみどころのないナミ。
イッキが支えないと、まともに立つこともできない。
本来は出勤している時間だが、サアヤが電話して事情を説明すると、イッキは仕事を休んで待っていてくれたのだった。
近所のスーパーで大量に買い込んできた食材を、リョージとマフユがどさどさと対面式キッチンの床に下ろす。
時刻は午後8時をまわった。
チューヤたちからは電話で、そろそろ合流する、という。
もちろんチューヤは、一度行った場所への道案内を必要としない。
鍋の準備をしているうちに、インターホンが鳴った。
地上部分に関して、チューヤは基本的に最短距離を選ぶ。
長時間の煮込みを要する、本日のメニューは「博多風もつ鍋」だ。
「なんでもつ鍋にしたの?」
チューヤの問いに、
「わからん。なんか、臓物を寄せ集めて人体を……ハッ! オレはいま、なにを……」
ふるえるリョージ。
「うーん。リョーちんにまで影響を与えているとは、おばさんの呪いもそうとうですぞ、こりゃ……」
ぼやくサアヤ。
彼女はなにやら多くを知っているようだが、まだ説明はされていない。
ともかく、もつ鍋に罪はない。
早くもよだれを垂らすマフユ。
彼女にとっては肉肉肉肉、肉がすべてだ。
とくに臓物となれば、食い散らかす野生のケダモノの本性があふれ出る。
「おいマフユ! モツを生で食うバカがいるか!」
「いいだろ、ちょっとした味見だよ」
「もう、フユっち、メッメ! 部屋で待ってて!」
下ごしらえはリョージとサアヤが担い、部屋ではヒナノがナミとなにやら歓談している。
「そうですか、どこかでお会いした気はしたのですが、練馬の乗馬クラブで」
ヒナノの言葉に、
「あー、見た見た、厩務員のおばさんかと思ってた」
話に混ざるのはケート。
ケートとヒナノがたまに訪れる練馬の乗馬クラブに、ナミが出入りしていたという話はあまり聞かないが。
「失礼だぞケート。……ナミさん乗馬なんかやってたっけ?」
「いやー、なぜか会社に馬術部があってね、いろいろ実験に協力してもらってたかなー」
チューヤの問いに、てれてれと笑うナミ。
「実験て!」
光が丘の研究所で、ナミが生命科学の研究最前線にいたことを思い出す。
「光が丘ケネルクラブと提携してて、怪我した馬とか連れて行くと治してくれるんだよな」
「ああ、そういえばあったね。道路からサラブレッド見られた気がする」
「画期的な動物実験によって、骨折が治癒した馬もいるらしい」
というウワサは、ケートも小耳に挟んでいる。
「人間に適用できないのが残念だよねー」
「……しっかりしなさい、ナミ」
一応、偏差値の高い会話もできるかと思いきや、唐突にソファからずり落ちるナミを支えるイッキ。
だいぶ年下にもかかわらず、年上のようにふるまっている。
これがホストの気配りというものなのかもしれない。
「もう、おばさんグダりすぎー。はーい、みんなテーブルあけてー」
サアヤの先導で、大量の食材を運ぶリョージ。
リョージが厳選した、鮮度の良い国産牛の生もつミックスと、山盛りキャベツとささがきゴボウ、ニラ、ニンニク、トウガラシ、ごま。
テーブルの中心では、かっぱ橋で買った1980円の土鍋に、しょうゆ味のスープがそろそろ湯気を立てはじめている。
「だいぶ臭いの強い感じになってるが、金曜日だから勘弁してくれ」
手を洗って、最後に鍋奉行がやってきた。
「あんまり曜日感覚ないけどな。べつにいいよ、臭いくらい」
「よし、じゃあ材料投入ー」
どさどさどさっ、とまず投入されるのは野菜。
「おせーんだよ、リョージ。煮込むんだろ? 手早くやれ」
「いや、煮込まないぞ。肉はもう下茹でしてある。野菜がしなる程度まで火が通れば、そのままいただける」
「え、もつ鍋でしょ? 煮ないの?」
「そそ。だからいい肉、買ってきた。払ったのはお嬢だけど」
ヒナノは軽く肩をすくめ、
「まさかモツを買うとは思いませんでしたが」
「……よし、スープ沸いたな。肉、投入。あとは混ぜずに、じっと待つ」
脂の多い小腸を中心に、リョージの手でバランスよく投入されるモツ。
野菜のうえに浮く感じで、透きとおったスープから熱が加えられていく。
柔らかくぷりぷりした食感が好評で、博多もつ鍋として東京でもブームとなった。
新鮮な生もつなので、すぐに火がとおり、ぶるっと膨らんでとてもおいしそうだ。
最初だけは、リョージが手早く各自の皿に取り分ける。
「いただきます!」
お約束になっている掛け声で、鍋開始。
奉行の出番は最初だけで、あとは各自のペースで材料の投入と咀嚼をくりかえすパターンの鍋となる。
もちろん中心は鍋のようでいて、なにより重要なのが、会話だ。
「リョージめ、ボクに聖なる牛を食わすとは」
「おまえ飲食のタブーないって言ってたじゃん」
「代わりにあたしが食ってやる。どんどん入れろ」
「だから入れすぎるなって、肉! 沈んで行方不明になるだろ」
「あっさりしょうゆに合いますね、脂の加減もちょうどよろしい」
「ぷりぷりでおいしいよ。さすがリョーちん、いい仕事しまんなー」
いつもの鍋部。
楽しそうにそのようすを眺めるイッキたち。
「こんな部活があるんだね。いやあ、おれもちょっと学生にもどりたくなったよ」
「かなり特殊ですけどね、うちら。ささ、イッキさんもナミさんも、どんどんいってください」
「さんきゅーシンちゃん、はむはむ、おいひーこれ」
だらだらとこぼしている件については、イッキが処理している。
とにもかくにも、金曜の鍋ははじまった。
時刻は徐々に深更へ。
青山といえば、もちろん霊園。
ベランダから墓地を見下ろしながらの鍋というのも、なかなか乙である。
「ごめんねみんなー、わざわざこんなところに呼び出しちゃって」
サアヤの言葉に、
「こらー、こんなところとはなんだー」
苦情を発するナミ。
「いいえ、護国寺や日比谷も近くて、やはり都心のほうが、いろいろと都合がいいですわ」
ヒナノにとっては、神学機構のカテドラルも近くて助かる。
「だな。ボクとしては、毎回このあたりで鍋してもらいたいくらいだ」
ケートにとっては祖父母の家が近い。
「お金持ちにとっては、練馬なんて東京の辺境だもんね」
「練馬バカにしないでよ!?」
うなずくチューヤに、笑うリョージ。
「警視庁が近くて通勤も便利だよね、チューヤ……のお父さん」
「同じだろ、帰ってこないから。まあ本庁に勤務する警察官て、けっこう地方からくるひとが多いから、そういうひとにとっては便利だろうなー」
サアヤの言葉に、警視庁からのお給金で育ったくせに、さして興味なさげなチューヤ。
「どこでもいいよ、鍋さえ食えればな」
リスのように頬を膨らませ、肉を食らうマフユ。
──昨夜からのハードなスケジュールで、全員、そうとう疲れている。
それでも鍋はやめられない。
栄養補給しなければ倒れてしまう。行動するためにも、鍋は必要なのだ。
「そういえば、あなた、霊界電話というアイデアをお持ちとか」
ふと、話題を振るヒナノ。
ケートは鍋を食いながら、不満げな視線をサアヤに投げた。
サアヤはそっぽを向いて、アホ毛をたゆんたゆん揺らしている。
「ふん、ボクたちだけの愛の秘密だったんだがな。しょうがない。──まあそうだが、こいつは使用者を選ぶんだ。たとえば、ボクとそこの蛇とかは、ぜったいにつながらない。霊界感度レベル2だからな」
サアヤからも一度、説明されているが、霊界電話の接続は使用者を選ぶ、という。
愛のレベルが5以上でなければ、けっしてつながらないらしい。
「なんでレベル2なんだよ、レベル0だろ、てめーとなんか」
逆に不満げなマフユ。
「うるさい。浮世のしがらみというやつだ。相手の名前と顔が一致する時点で、残念ながら最低限、レベル2なんだよ。……それから、片想いもダメだ」
ケートはちらりと視線をチューヤからヒナノ、それからサアヤへ。
により、と笑うサアヤ。
「どんーなに想っても電話のキスじゃ遠い♪」
「なんなんだおまえら、こっち見んな! ……ともかく特定の相手とだけ、世界の壁を越えてコンタクトがとれる可能性があるわけだな。画期的ではある」
さしあたりチューヤも、ケートのやることは全面的に認めている。
事実、サアヤとケートの「霊界電話」は通じた。それは彼らの「愛」のたまものだという。
「ケーたんすごいよね、そういういろんな研究、同時に進めてるんだから。天才だよねえ」
「よく言われる。もっと褒めろ」
「それで、レベル5というのは……」
ヒナノが問いを重ねると、ケートは片眉を上げ、それからあざ笑うように唇の端を吊り上げた。
そのままリョージに視線を移し、
「リョージ、おまえけっこう才能あるぞ。世界中の人間を、まんべんなく愛してるみたいだからな」
「そうか? べつに愛してるってほどでもないが、人間というか、地球の生き物はみんな兄弟だとは思う」
「なるほど、博愛主義にもいいところはあるわけだ。ボクなんか、好き嫌いが激しくて困るよ」
「自分でわかってるなら直せばいいのに……」
「ま、もうすこし研究は必要だけどな。……ほらよ」
ポケットから、サアヤがもっていたミサンガのような組み紐を、全員に投げわたす。
霊界電話というツールは、たしかにわるくないアイデアだ。
一同、興味深そうに新たなアイテムを手に取った。
「おお、これが……。つまり、霊界電話のアンテナなんだな?」
「いや? ただの導電性繊維だよ。それに、つながりたい相手の」
「相手の髪の毛を編みこんでね、呪いをかけるんだよ!」
サアヤの言葉に、全員の動きが一瞬、ピタリと止まる。
なんだよ、呪いのアイテムかよ……。
昨今の事象からかんがみても気が引けることこのうえないが、とはいえ、サアヤのもたらした実績も軽視はできない。
まじまじと手のなかの紐を見つめる面々。
「で、愛があればつながるんだよなー、サアヤ」
見つめ合い、にっこり笑うサアヤとケート。
それを見て、とても悔しそうなのはマフユ。
「もう呪いって言っちゃってるし。……ふーん。とにかく、まだそういう怪しげなアイテムの域を出ないわけだな」
「仮説と数式はあるんだよ。もうちょっと掘り下げる必要はある。まだ実用レベルではないだけで」
腹を押さえ苦笑するケート。
たしかに役には立っているのだが、毎回おなかが痛くなるのは困る。
そもそも「特定の相手とだけ」というのは、定量化と普遍性を追求するサイエンスにとって、きわめて不快だ。
より一般化するための研究が不可欠だった。
やがて鍋も佳境を迎え、材料が乏しくなってきた。
リョージが満を持して、高級スーパーの袋から取り出したのは、ちゃんぽん麺。
一般的なラーメンとは製法が異なり、九州以外ではあまり見かけない、めずらしい麺だ。
「もつの脂やキャベツの甘みで、味わい深く育ったもつ鍋のスープを吸わせる。しっかり煮込んでから食べるのがコツだな」
生唾を呑むマフユ。
彼女にとっては、まだ腹6分目にも満たない。
シメの麺がなければ、暴れ出すことだろう。
煮込むことでスープを吸った麺はぷっくりと膨らみ、つるっとした食感に変化して美味しくなる。雑炊でも美味しくはあるが、ぜひ試してほしいのがちゃんぽん麺だ。
煮込まれるまでの間、一同の動きが一服する。
方向感を失った一同の視線が、自然、サアヤに集まった。
この場をセッティングした彼女から、話を進めるべきだ。




