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48 : Day -31 : Araiyakushi-mae


 ついにタトゥーマンの列が崩れ、中心から姿を現したのは──雪。

 彼女がこの空間の支配者であり、ボスだ。

 AKVN14ナンバー7、チームKの2番手、憑依する悪魔はユキジョロウ。

 だが、そのまえに立つ年かさのタトゥーマンは、雪が進んでくるのを押さえ、みずからまえに出て言う。


「これはこれは、ご丁寧なごあいさつ、痛み入りやすが……しかしね。こっちも商売、ゆるがせにはできねェんだよ」


 座頭イッヒは、軽く首をまわし、目のまえのタトゥーマンに語りかけるようでいながら、そのじつ背後の雪に向けて言う。


「そこを曲げて、ここはひとつ、どっちとも利害関係のねえ外人のあっしの顔を立てて、手打ちにしちゃあもらえんせんかぃ」


「どういう意味だい? さきにコナァかけてきたんは、そちらさんだろう。中野の小菊っぱらが、宣戦布告を伝えてきたんじゃあねえのかい?」


 年かさタトゥーマンの声に、周囲の多くが同調の相槌を発する。


「そうだ! 逃げ出そうってんなら、殺っちまえ!」


「なにが手打ちだ、討ち取ってやらあな!」


「お待ちなせえ」


 ざりゅっ、と音を立てて身を横へ翻す座頭イッヒ。

 なんの攻撃行動もとっていないのに、さきに踏み込んできたタトゥーマンは、ぞくりとふるえあがって退いた。

 その場で、自分の首が身体とくっついていることを、何度も見比べて確認する。


「てめえ、やるってのか……!」


「わるいがな、うちの雪さん殺らせるわけにゃあいかねえよ」


 一気に戦闘の気配が高まる空間。

 しかし座頭イッヒは、まだ刃を抜くことなく堂々とわたりあう。


「あっしァ、血を流したくなくて、こうしてカシラ低ぅしてお頼み申してござんすが、もちろん、やるかやらねえか決めるのは、そちらさんでゴンス。

 ……そもそもねえ、旦那方、呪いの発した場所は、あんたらのうえ、北山組のお偉方からだっていうじゃあねェですかい? 水和会にもそのくらいの話は伝わってるんだ。もちろんあっしのような客分が判断するような話じゃア、ござんせんがね」


 びしっ、と一同の表情が厳しく締まる。

 いっぱしの渡世人らしく、座頭イッヒは、ヤクザの世界の力関係もよく把握しているようだ。

 そもそも彼が「座頭」と呼ばれている理由が、ここにある。

 マフユは感心したように、短く口笛を吹いた。

 どうやらこの白いおっさん、たいそうな大物らしいや……。


 ロキが中心となり、マフユもそれに含まれる千住会系に対して、力業でナンバー1をとっているエリサは、日本古来の古くさいヤクザを中心にした北山組系の流れを汲む。

 一方、それらのどちらにも属さない傍流でありながら、強力な「戦闘力」を有することで一目置かれている、外国人を中心とした水和会系という組織がある。


 座頭イッヒは、ここに寄宿している身分だ。

 構成員ではないが、客員として引き立てられている。きっかけは、銀座の名門校に通学していた会長の孫息子で、仏教の心得と極道に通じる「道」を伝えた。

 以来、座頭イッヒは日本のヤクザにも顔が利く。

 その正体を看破したタトゥーマンのあいだに、ざわめきが広がっていく。


「水和会とぶつかるのは、得策じゃねえですぜ」


「ただでさえ千住のやつらァ、底知れない地力ありますからね」


「だがよ、このままおとなしく雪姐、殺られて……」


 いきなり弱気が強くなり、同時に反発も起こってきて、喧騒の巷と化す。

 すると、座頭イッヒはやや表情をゆるめ、


「あっしらァ、あんたらの発したもん、ただ返したいだけでゴンス。そいつをどうするか決めるのは、あんたらの上のほうじゃござんせんかい」


「……どうする気だい、座頭の」


 年かさのタトゥーマンから相談事らしき口上を引き出せた時点で、座頭イッヒの「勝ち」といっていい。


「こちらの若い御仁の呪い、そちらの姐さんに引き受けてもらって、お偉いさん方々まで届けてもらいてえ。……どうでゴンス?」


「なんだと!? てめえ、黙って聞いてりゃあいい気になりやがって」


「野郎ども、たたんじまえ!」


「お待ち!」


 そこで、長らく黙って聞いていた雪が、一歩を踏み出した。

 引き下がるタトゥーマン。

 どこのヤクザ映画を見ているのかと、ハラハラするチューヤたち。


 座頭イッヒも、さらに一歩を踏み出して、じっと雪の目を見つめる。もちろん見えてはいないが。

 ユキジョロウの冷たい瞳は、年齢を超脱した、酸いも甘いも噛み分けた深みを帯びている──と、座頭イッヒは嗅ぎ分けた。


「いいだろう、大姐さんに届けてやろうじゃないか。座頭イッヒさんとやら、あんたの顔を立てる女の名を、雪だ、よォくおぼえておきな」


「ほう、感心に決めなさった。雪さんかい。忘れようったってもう無理さね。年若いのに、肝っ玉が座ってらっしゃる」


 にやり、と笑う座頭イッヒ。

 極道の通分、涅槃の袖すり、隔てる辻のたもと。


「なあに、ここであんたと切り結んだほうが、よっぽど被害が大きい。そのくらいの計算はできるつもりだよ。……その男にかかった呪いを、大姐さんに届けてやればいいんだね? 請け負ってやろうじゃないか。人を呪わば、だ」


 同じく、にたり、と笑う雪。

 彼女の思惑は、こうだ。


 呪いは持ち主に返される。もしそれでエリサがダメージを受ければ、チームKとしては大損害ではあるが、雪の相対的な位置づけは上がる。

 進学校で、順位が上の人間がだれであれトラブルに巻き込まれると、なんとなくラッキー、と思ってしまう思考回路と似ている。


 それに、自分の部下だけはできるだけ温存しておきたい、という思惑もある。

 仏教の僧籍ももつ、盲目の座頭イッヒ。

 その仕込み杖の切れ味を見て、生きている者はまだいない、という。なにしろ彼の正体は、あの菩薩なのだ……。

 ここで恩を売っておくことも、いずれ役に立つかもしれない。


「よろし。連れてきなせえ」


 座頭イッヒにうながされ、チューヤとケートに肩を貸されたリョージがまえへ。

 彼ほどの体力をしても、著しい消耗を強いる強力な呪いだ。

 これを受け止めて届けるだけの力があるのは、この場にはユキジョロウだけだろう。低レベルのタトゥーマンごときでは、ただちに即死の憂き目、力不足にもほどがある。

 準備をする座頭イッヒから、雪は不意にその背後、マフユに視線を移した。


「あんた、マフユってんだろ? 気をつけな。エリサ姐の気持ちはわかるが、あんたは恋敵なんだよ」


「ああ? なんであたしが……」


 素っ頓狂な声をあげるマフユ。

 突然、自分が話に巻き込まれることに、理解がなかなか追いつかない。


「ロキってのは、いい男じゃないか。あんたがいつも隣にへばりついてちゃ、不愉快な気持ちになる女は、いくらでも転がっているさね」


 薄く笑う雪の「女」の表情に、マフユは辟易したように眉根を寄せる。

 いくつかの事象が、さっそく腑に落ちた。


「……ちっ。ロキ兄は兄貴だよ。そういう関係じゃねえ。これだから女ってやつは、めんどくせえんだよな」


 命を狙われる理由がありすぎて両手では足りない彼女にしてみれば、いまさら殺意のひとつやふたつ増えたところで、どうということはない。

 そのうちに、座頭イッヒの準備も整った。


「それじゃあ、そこに並んでおくんなせえ。……さあ、いいかね。ヨッ、ハ! ヨシ、手ごたえあり!」


 リョージに当てた仕込み杖を、雪に当てて気合を入れる座頭イッヒ。

 どんな理屈か、呪いがリョージの身体から抜け、雪へと移る。

 一瞬、苦痛に顔をゆがめた雪は、そのままばったりと倒れた。

 あわてて駆け寄るタトゥーマン。殺気だって、いまにも座頭イッヒたちに襲いかかろうとしているが、雪はふるえる手を持ち上げて、


「いいから、すぐにあたしを大姐さんのところへ。……帳尻は合わせなくちゃねえ」


 連れ去られる雪。

 取り残されるチューヤたち。

 薄らぐ境界。

 意外な方法で、中間選挙戦の結末がついた──。




 今回、鍋部の面々には、じつは多額の被害が出ていた。

 ヒナノとケートの所有する高級車が、みごと境界に奪われてしまったのだ。

 巻き込まれた時点で半壊はしていたのだが、まだ修理すれば使える状態だった。


 とはいえ、お金持ちの家にとってはたいしたことではない。

 送って行けなくて申し訳ない、とケートが呼んだタクシーを断って、座頭イッヒは、秋雨じゃ濡れて行こう、と言いながらお寺のほうに向かった。

 新井薬師にお参りでもするのだろうか。よくわからないひとだ。


 また、迦楼羅面をつけた運転手は、なんとなく、そのまま職務を継続していた。

 継続といっても運転する車はないので、一度家にもどって父と相談しなさい、というヒナノの指示を受け、ちょうど呼んであったタクシーで去った。


 仮面をつけて運転してもいいか、という問いには、程度問題、と答えるしかない。

 道路交通法では運転に支障を及ぼすような、たとえばサンダルや下駄は禁止されている。僧侶の袈裟なども問題視されて炎上したことがあったが、基本的には「仮装」していてもOKだ。

 公然わいせつ罪や軽犯罪法に抵触するような露出はNGだが、それ以外で車の運転に支障がなければ問題はないとされる。

 ただし顔面を完全に覆うようなマスクの場合、「視界が妨げられて危険」と判断される可能性は高いので、運転手としての職務には問題があるかもしれない。


「運転手さん、がんばってほしいね!」


「これからの世の中は、ああいう運転手も増えるんじゃないかな」


「あんなタクシーが来たら、乗ってあげるとしよう」


 と、なんとなく呪いの仮面くらいはもう、ふつうのこととして受け入れてしまっている自分たちの価値観の変化のほうが、おそろしいような気もした。

 ──そうして、中野区の一隅に集まった6人。

 期せずして金曜日。


「さっさと鍋にしようぜ、リョージ」


「了解。材料ないだろうから、行きがけに買っていこう」


「はーい、注目ー。そこで、私から提案でーす」


 ぱんぱん、と手をたたいて部員たちの視線を集めにかかったのはサアヤ。

 なんとなくすなおに車座をつくるのは、彼女がみんなから愛されているためだ。

 人望なきチューヤでは、とてもこうはいかない。


「なんか不愉快な意思を感じたんだが」


「チューヤ! いま私が話してるでしょ!」


「すんません……」


 しゅんとする主人公。パートナーは中心に立ち、こほんと咳払う。


「よろしい。で、私からの提案なんだけどね、きょうの鍋は青山でやってくれないかな、って」


「青山? なんで?」


「なんででもいいよ、サアヤが言うならそうしようぜ」


 即座に合意するマフユに、めずらしくヒナノも乗っかる。


「そうですね。いつもあの、つまらない部室に集まるのは気が重いですし」


「おっけー、じゃ青山向かおうぜ」


「……すげーな、サアヤ」


 感心するチューヤ。

 自分が誘ったらぜったい、こういう流れにはならなかっただろうという自信がある。

 そのままチューヤのルート検索にしたがい、西武新宿線で中井へ。

 大江戸線に乗り換えてまっすぐ青山一丁目へ。


「わるいけど、俺たちちょっと行くとこあるんだ。サアヤたちはさきに行っててくれ」


 そう言って途中、都庁前で降りるチューヤとケート。

 それ以外の面々は、そのまま六本木・大門行きに乗って青山を目指す。

 サアヤが一瞬、不安げな表情を見せたが、3人の仲間がついていれば迷うことはないだろう。

 ホームで飯田橋・両国方面行に乗り換え、新宿西口へ。

 物語は淡々と進んでいる。



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