44 : Day -31 : Nakano
中野区の中心、中野駅。
その廃墟化した駅前広場に屹立する、
「さん、プラーザ、なかーの」
という名の複合施設。
愛称は「さんプラ」。横浜にある駅をパクったかのような名前だが、とくに関係はない。
斜めに傾斜した壁をもつ特徴的なビルで、その最上階に、
「おおお、ここに小菊姫がおわすか……」
感動にうちふるえる唐沢の一方、チューヤの不安はやまない。
だいぶ巨大なビルで、周囲には相当数のモムノフがうろついている。
それ以外の上級悪魔も見かける。ときどき「捕食」も行なわれているようだ。
ここは平和な現世ではない、あたりまえにひとが食われる境界なのだ。
「けっこうなハードボイルドになりそうな予感だけど」
「あいや、ご心配めさるな! これ、このとおり」
と、唐沢がふところから取り出したのは、「らぶ小菊ゴールドカード」なるもの。
一定の「お布施」によって発行されるプライムカードで、そのカードがあれば、
「おお、同志よ!」
門番のモムノフが両手を広げて、唐沢を抱擁した。
どうやら強行突破する必要はないらしい。
「ふざけたお面はかぶってるけど、けっこう役に立ってるよね、ヒナノンちの下僕さん」
「ふざけたお面をかぶせたのは、あなた方でしょう……」
うきうきと先頭を切る唐沢につづいて、チューヤ、サアヤ、ヒナノ、マフユが、さんプラに足を踏み入れる。
内部の廃墟化も進行しているが、それなりに現世からぶんどってきた「資産」が活躍しており、21世紀的な電飾や機械モノ、衣類や装飾品があちこちに見受けられる。
エレベーターも稼働していて、本来ならエレベーターボーイのモムノフとひと悶着ありそうなところだが、唐沢のゴールドカードの威光はすさまじく、まっすぐ最上階へと案内された。
「さすが給料の7割を使ってるひとだね」
「8割ですぞ!」
最上階はレストランを改装したコンドミニアムらしく、たまにプライベートなコンサートも開催される、選民のためのイベント会場だった。
ゴールドカードの所持者のみが立ち入りを許される部屋の奥に──彼女はいた。
AKVN14、ナンバー3、チームVリーダー、小菊。
まさに菊人形のような、純日本人ふうの顔立ちをしているが、言葉遣いが独特でそのギャップに萌える層が、とくに外人に多いらしい。
系統としては美人系で、艶やかなロングの黒髪ぱっつん、72年にパリコレデビューし、欧米にフィーバーを巻き起こしたSAYOKOを思い出す、という往年のファンも多い。
世界をつなぐ「くくり姫」として、ワールドワイドな活動を展開中。
なかでも特徴的なのは、コテコテのジャパングリッシュだ。
ネイティブスピーカーの耳には、まことに心地よい「たどたどしい英語」として聞こえるという。脳をフル活用して意味を把握しなければならず、いわゆる「幼児言葉を判読したときの喜び」のようなものをともなうらしい。
そもそもアニメやゲームなど日本文化が好きな層に訴求しているので、小菊のジャパングリッシュは、彼らに自分が日本語で話しているような錯覚を与えるという。
言葉は情熱と勢い、が小菊のモットーである。
「ウェルカム、トゥ、プロデュー(↑)サーさァん」
語尾にカッコハートをつけるニュアンスで、お得意さまに媚びるのはアイドルらしい。
桁外れの資金を拠出しているファンは「プロデューサーさん」と呼ばれ、下にも置かれない取り扱いを受ける。
感動でうちふるえている唐沢であったが、同時に違和感をおぼえてもいた。
さきにそれに気づいたのは、小菊のほうである。横にいるマネージャーらしいヴァネッサと、なにやら小声でやりとりしている。
「ええと、本部の小金沢さんでは?」
「いえ、ただのファンの唐沢ですが」
「……おい、別人だぞ!」
えらい騒ぎになっている。
どうやらひとちがいで最上階まで一気通貫だったようだが、ゴールドカードはゴールドカードである。
事情を聞くと、明日の総選挙本番投開票に向け、打ち合わせのために最上級金主を交えて、企画会議が行なわれる予定なのだという。
「ええと、ミスタ・唐沢? 応援してくれて、いつもサンキューです! これからブリーフィングですけど、それまでゆっくりしていってね!」
さすがアイドルだけあって、それなりの顧客に対しては態度をわきまえている。
変なお面をかぶっていることに、ちっとも動じていないところが、さすがアイドルらしい。この業界、多少の変態であることはデフォルトなのだ。
唐沢は恐縮しつつも、呪いの面の力か、それなりの貫録で周囲のモムノフたちに君臨する程度の威圧感は発していた。
「千住のおエラいさんがご来臨であらせられるのでしょうな、わかりますぞ、小菊姫」
訳知り顔にうなずく唐沢に、小菊も同意の表情だ。
小菊がナンバー3でありながら、「中野駅」という最高の選挙地盤を確保できたことには、当然、相応の理由がある。
AKVN14は、株式会社AKVNが運営主体となって展開するアイドル・プロデュース企画で、そこに参加するアイドルはそれぞれ、個別の芸能事務所に所属していることが多い(全員ではない)。
そこで、いわゆる「事務所の力」というのが、さまざまな局面で左右する。
エリサの背後に強大なネームとマネーのバックボーンがあるのと同様、小菊の背後にも強力なコネクションと伝統を備えた、千住芸能社が控えているのだ。
「千住のおエラい……」
チューヤは少しく考え込んだ。
この流れは、とても重要な気がする。
そもそもAKVNが、マフユ絡みの単発イベントであるとは、とうてい思えない。
現にリョージ、ヒナノも、すでに完全に巻き込まれている。
おそらくサアヤも、これから強力にコミットせざるを得ないだろう。
なにしろ彼女は、昭和の歌娘なのだ。
「……そんなことより唐沢、ここから出る方法を伺いなさい」
「そ、そうでした。お嬢さま。……ええと、小菊姫。すこし伺いたいことがあるのですが。この境界から抜け出すための手順を、われわれは必要としておりましてな」
「パードン? ディフィカルトなお話は、あっちのマネージャーとしてもらえますか? プロデューサー」
小菊にうながされ、唐沢は脇に控えていたマネージャーと、なにやら話しはじめる。
一方、小菊はチューヤたちに興味を移し、アイドルらしい如才なさで笑顔をふりまいた。
小菊は、それなりに女子ウケもいい。
自己実現して海外と広くつながっていこう、というメンタリティは、同世代の元気な女子たちの共感も集めているのだ。
「みなさんも総選挙、楽しんでいただけてますかー?」
「はい、それなりに。にわかファンですんません」
「ノーノー、みんな最初はニワカです。大事なのは、そのファーストステップ。千住の道も一歩から」
「千住かあ……けど赤羽は怖いからなあ」
ぽつりと本音を漏らすチューヤ。
人差し指を立て、左右に振る小菊。
「ノンノンノン、アカ、ヴァネ」
「あか……ば?」
「アカ(→)ヴァ(↑)ネ」
巻き舌で発音する少女は、ジャパングリッシュが売りのくせに、「う」に濁点は日本語である、というわけで「正しい日本語」を要求した。
濁点や拗音などを駆使した日本語の表現力に挑戦することやぶさかではなく、たまに「あ」に濁点で叫ぶこともあるが、これをファンは「ご乱心タイム」と呼んでいとおしんでいる。
「オーケー。アカヴァネ」
「プリーズ、ヴォート・ミー!」
両手を広げ、投票を呼びかける。
選挙活動もたけなわだ。
「ヤー、オフコース、アー、ユーノウ? バット……アイム・ノット・ア・シチズン、オブ・アカヴァネ」
「リアリィイ!?」
「ソーリー、アイム・ガベッジメーン!」
「ヤー! ゴー・トゥ・ザ・トラッシュボックス! バット・ドン・ウォーリー。ライツ・キャン・ビー・ボウト! ウィズ・マネー!」
「マ、マネー? おい、投票権って買えるのか」
正直、チューヤはまったく総選挙の仕組みを把握していない。
赤羽のアイドルグループなので北区民でなければ選挙権がないのかと思いきや、展開しているのが中野総選挙なので中野区民かもしれない。いずれにしても自分は杉並区民だからなあ、などと考えている彼の思考法そのものがズレている。
「むかしからそうだろ、芸能界じゃ常識だぞ。いいからその怪しげなジャパングリッシュをやめろ」
マフユが冷たい声で言った。
チューヤは頭を掻きながら、
「あいむそーりー、ひげそーりー」
「……で、赤羽の千住芸能社だよね」
サアヤが話を進める。
伝統ある千住芸能社は、東京の下町に端を発する広域暴力団が立ち上げ、それなりの芸能人を輩出して、業界では中堅どころの事務所だったが、昨今の資本関係の入れ替えにより、現在はもっぱら川崎系の半グレ集団が主導権を握っているという。
「イエス、センジュ・エンターテインメント・オフィス」
「ロキだな」
「オウ、ドゥユーノウ、ロッキー?」
「エイドリアァアァーン!」
チューヤが盛大にボケ倒す。
一応、しばくサアヤ。
「やめんか。……AKVNの商標権自体は、たしか千住芸能社がもっているんだよね。で、株式会社AKVNに、関係各社がいろんな形で出資してる。メンバーも、それぞれが劇場や芸能事務所に所属のまま、人材派遣会社の株式会社AKVNに登録するという形で、仕事を請け負ってるんだよね」
「さすがサアヤさん、芸能界にくわしいね」
感服するチューヤ。
伝統ある鍋部部員の得意ジャンルが、いかんなく発揮されている。
「伊達に昭和を生きてないからね」
「伊達も酔狂も、そもそも生きてないよね、昭和に!」
「生物学的にはね。魂は昭和だから」
にらみ合う昭和オタと鉄オタ。
「じゃあ俺の魂が汽車ポッポでも文句言うなよ」
「それは言う!」
いつもの夫婦漫才。
どうやら話が進まないとみて、小菊が割り込んだ。
「ヘイヘイ、カモーン。ギミアブレイク」
「なんだって?」
「話を進めてもらってもいいですか、って」
サアヤの翻訳は的確に、その責任をチューヤになすりつけている。
彼は地団太を踏みつつ、
「進まなくしてんのあんたでしょ! ……いや、そうか。千住芸能社はAKVNを動かす最大の運営主体で、利害関係者なのか。ロキとしては、この営業を成功させないわけにいかないってわけだな、マフユ」
マフユをふりかえると、彼女は軽く肩をすくめて、
「変態を寄せ集めておいて、とくにヤバいやつだけ排除する。アイドル営業的には、ルーティンワークだよ」
「ヘイ、マフュー! ロッキーが言ってました、ヒズ・シスターだって。お初にお目にかかりますー」
如才なく運営に手を伸ばす小菊。
マフユも女の子じたいは好きなので、にこやかに応じる。
「おう、千住の看板娘、がんばれよ」
「ロッキーに相談したら、変なやつはどうにかしてくれるって、約束してくれました。やさしいひとでーす」
マフユが動いたきっかけ、中野を中心に動いていた理由も、これで整合された。
すでに門間を殺している彼女は、AKVNの用心棒という仕事を一応、クリアしたことになる。
彼女としても、さっさと現世にもどりたいのだろうが、まだ目的の「も」の字も達していないチューヤたちはそういうわけにいかない。
「わるいんだけどさ、中野坂上のエリサって娘に、ちょっと用事があるんだよね。どうやったら会えるか、わかるかな?」
「オー! 宿命のライバル、不動のセンター、チームKの党首、ナンバー1エリサ、彼女はカワウィーでェす。でもわたしたち、負けません!」
「うん、そのエリサに、ちょっと困ったことになってもらうかもしれないんだけど、いいかな?」
「いいともー」
AKVN全体としての利益より、自分たちチームの利益を優先する。
彼女の思想は正直だ。むしろ当然ですらある。
小菊は空中に魔術回路を描き、関係をくくる。
それは選挙だろうが戦争だろうが、同じ「戦さ」という形態に変わりはない。
「イエス、ウィー、キャン! みなさんを刺客に任じまァす、敵将を……殺れ!」
結ばれる魔術回路。
目のまえにコンパスのような矢印が出ているのは、敵将の位置を示していると思われる。
「……これは?」
「いま、チームKにこっそり宣戦布告、デクラレーションしまんた! まずはこのすぐ北、新井薬師の邪魔な雪女郎を! しかるのち南へ転戦、敵将エリサを殺りなさい!」
「小菊姫の御意のままに」
空気を読んで頭を下げるチューヤ。
たんに利用されているだけのような気もするが。
ともかく、つぎのミッションが確定した。




