39 : Day -31 : Nishiaraidaishi-nishi
日付が変わった。
深夜の境界は、いよいよヒリつく展開を見せている。
「ドラッグパズズのほんとうの経営者、出現ってか」
ごくり、と息を呑むリョージ。
「くくく……皆さんを笑顔で迎えよう、ようこそ。おひさしぶりですな、諸君」
リョージを除く全員の身体が、ぶるっとふるえた。
どこかで聞いたことのある声の正体が、速やかに浸透していく。
あまりにも印象深いその容姿、口調、性格、そして取り憑いた悪魔の本性。
風と熱砂の悪霊、大魔王パズズ。
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
パズズ/大魔王/C/紀元前/アッカド/エクソシスト/代々木公園
「てかあんた、北大路……」
「ドサンピン? さん?」
「お嬢の親戚だよな」
チューヤ、サアヤ、マフユは、サガワのレストランでいやというほど、彼のいやらしい笑顔に接している。
接していないリョージだけは、首をかしげて、
「え、どういうこと?」
「ああ、リョージとの合流は最後だったから、おまえは会ってないんだっけ。白金台のレストランで残念な美食のイベントがあったんだけど、そのときにいろいろあったひと」
ざっくりとした説明だが、いまは掘り下げている場合ではない。
三匹の丸いおっさんのうち、茶色のおっさん、という記憶だけ新たにする一同。
「……お父さん。あなたのせいで、彼は破滅したのよ」
恨みがましい目で北大路を見つめるのは、どうやら彼の娘らしい芽衣子。
苗字がちがうことはもちろん、相手に向ける敵意の視線は、彼らの関係が一方ならぬ殺伐としたものであろうことをうかがわせる。
美食のクラブなどを経営していそうな芸術家ぶった人間は、だいたい家族や親戚と不和になるものなのかもしれない。
「なにを言うか。骨董品が趣味だというから、それ見ろ、これほどいいものばかりを売って差し上げたのだ。感謝こそされ、恨まれるおぼえなどないわ」
飄々と言い放つ北大路。
親戚であるヒナノをもシェフに食わせるくらいの性格だから、当然、彼が「いいひと」であるという考えは、頭から排除すべきだ。
それにしても、ここへきてあからさまにパズズの正体を現したことには、いったいどんな意味があるというのか。
「たしかに、いいものが多いようだな。先日から、いろいろ物色はさせてもらってるが」
別の声が、北大路の背後から聞こえた。
ハッとしてマフユが身体を固くする。チューヤも一瞬だけ聞いたことのある声だ。
「……てめえ、見つけたぞ、瀬戸!」
北大路の陰から出てきたのは、山羊のような顔をして、神経質そうな口調、かつ横柄な態度は完全に金持ちのドラ息子だった。
チューヤも経堂駅で一瞬だけ見た姿を、かろうじて思い出した。
AKVNの企画を立ち上げた大物プロデューサーの父親の威を借る、変態息子。
「さーて、話が複雑になってきたが、どうしたもんかね? 乱戦で決着をつけようか?」
北大路の言葉に一瞬、戦闘態勢をとりかけるが、状況が複雑すぎる。
だれが、だれを攻撃して、だれと協力して、あるいは傍観すべきなのか?
そもそも、敵を殺したい、という単純な目的でここにいる者は、ほとんどいないのだ。
いるとすればマフユくらいだが、
「瀬戸、まずはっきりさせろ。女たちをバラしてんのは、おまえか」
「失敬だな。それはオヤジのほうだろう。ぼくは集めて、組み立てているんだ。感謝してほしいくらいだね」
たしかにチューヤの記憶では、バラバラにされた死体を集めることに執着しているようだった。
それをイシフでつなぎ、理想とする彼だけのアイドルを創るのだという。
マフユとしては、とりあえず瀬戸の身柄を確保して、多くの情報を搾り取りたいところだろう。
「オレは、とりあえず手紙を届けられたんで満足なんだが」
小声でつぶやくリョージの言葉を聞きとがめた筈木が、
「だが断る! それを受け取るとは、まだ言っていない」
猿の手が握りしめるデス・レターは、どうやらまだ送達を完了した、という取り扱いにはなっていないらしい。
たとえば裁判所からの特別送達は、受け取りを拒否することができない。それでも受け取りたくない、と断固として拒否する者もいるが、その場合、ポストに届ければよいことになっている。その事実をもって、配達完了とみなされる(民事訴訟法)のだ。
しかしデス・レターに、日本の法律が適用されるとはかぎらない。
いまさら受け取り拒否などという無理無体が通用するとしたら……?
「私はさ、ヨモツシコメさんの協力を得たいだけなんだよね。……どうかな?」
遠慮がちに問いかけるサアヤに、さっきまで狂ったように笑っていた芽衣子が、正気をとりもどした真顔で、プイとそっぽを向いた。
彼女は彼女で、そっとしておいてもらいたいというのが望みなのかもしれない。
「俺は……そうだな、学館についての情報をその女のひとに訊きたいし、殺人事件の重要参考人であるそこの瀬戸ってひとにも話を聞きたい」
だが断る、という冷たい視線を受けたチューヤには、二の句が継げない。
悪魔との交渉テーブルを展開するようには、人間との交渉は一筋縄でいくものではない。
彼らがまともな人間であるという見方も、また残念ながらできないのだが。
「なるほど、きみたちにもそれぞれの事情があるわけだな。だが、そんなことはどうでもいい。つまらん下世話の妄言など、野良犬にでも食わせておけ」
北大路の剛腕が、個人的事情というそれぞれにとっての重要な動機を一蹴した。
一身上の都合などという言葉を新入社員が使うことを許さない、有給休暇は少なくとも三年勤めてから使えと豪語するブラック企業の中間管理職よろしく、彼にとって重要なのは唯一、彼自身の事情のみなのだ。
「あいかわらず、ひとの話を聞かないおっさんだな」
「だから憎まれるんですよ、お父さん」
娘夫婦からもバッシングされる北大路は、平然と言い放つ。
「わしは、わしが知りたいことしか、聞きたくないのだ。わしが知りたいのはな、われわれがどんな道を選んで進もうとしているか、それだけなんだよ。選ぶのはそれぞれの個人だ、と愚かなポピュリストどもは言うが、ばかばかしい。世界の行く末は、だれかが選ぶものなんだよ」
傲然と語る北大路……いやさ、パズズ。
世界の破滅にすべてのコインを賭けて、へらへら笑って結末を待ち受けるタイプの男は、どんなゲームのテーブルを演出しようというのか。
チューヤは、いやな記憶を思い起こしながら、
「だけど今回は、肉を食う、ってわけにはいかないでしょう」
「もちろんだとも、同じゲームなど、ちっともおもしろくない。……さあ、新しいゲームをはじめようじゃないか。ここには、たくさんの道具立てがあるんだから」
いやな予感に輪をかけて、寒気が走る。
これはパズズにとって、予定調和のギャンブリング・テーブルなのではないか?
最初からここに招き寄せられていた。この場に、骨董品がうずたかく積まれた、積年の埃と怨念が渦巻く、この古くて新しい場所に。
「殺し合って生き残ったやつが勝ちでいいだろ」
「それもわかりやすい、わるくないゲームではあるがね。……それを望むかい?」
マフユは乗り気だが、チューヤたちは即座に否定する。
それはそれで、まずい。
この場で最強の魔王が「ゲームをしよう」と言っている以上、乗っておいたほうがいい。すくなくともレベリングの足りていない中盤、RPG的には。
「それで、どんな?」
「デミウルゴス・ゲームをしよう」
ぴくり、と反応するのは瀬戸。
「あのデミグラス野郎がコレクターとは、初耳だな。神保町に稀覯本を集めているクイズマスターがいるとは聞いたが」
北大路はそちらを一瞥もせず、
「池袋のデミウルゴスとは関係ないよ。神保町のダンタリアンともね」
「デミウルゴス……ダンタリアン?」
池袋界隈に出現する偽神、神保町の堕天使、いずれもかなり終盤の悪魔だ。
「わしは本物にしか興味がない。本物を見極める目をもっている者としか、話もしたくないのだ。物の価値のわからない人間にふさわしいのは、その無価値さに足るだけの生……つまり死ね」
芸術家に特有の暴論。家族と不仲になる理由がわかる。
彼のような芸術家ぶった個性は、しばしば他者を睥睨し、貶斥しがちだ。
この手の人物像に対して、親しく付き合おうという動機はなかなか得づらい。せいぜい利用価値があるうちは、表面的に付き合うふりをする程度だろう。
チューヤたちにとっても、身勝手な意見を宣い、わがままなゲームを仕立て、好きほうだい巻き込んでいく北大路の態度は、とうてい看過しえない不快に満ちている。
ヒナノの親戚において、北大路がしばしばハブられるのは当然だ。
とはいえ彼自身、相応の実力も備えているのだから始末がわるい。
彼の芸術論は一定の支持を得ているし、その審美眼はそれなりに確かだし、なにより強力な魔王だ。
「……話を進めてくれ。どんなゲームだ?」
他の選択肢を排除されているチューヤの振りに、にやりと笑う北大路。
彼は両手を広げ、室内を示唆して言った。
「真贋を見極めた者には、ひとつ、褒美をくれてやろう。どうやら訊きたいこと、知りたいことのある者が多いようだ。その問いの答えを得るがいい。そして……もう一度言う。真価を見極める目のない者に、生きる資格はない、死ね」
一流の冒険者であれば、当然、見極められなければならない。
本物に対する目利き。
あやしげな勝負が、はじまった……。
「全員、動くな。では、ルールを説明しよう。この部屋にある骨董品に、14までのタグをつけた。時計まわりに、順番に好きなものを選んで、それがホンモノか、ダウトかを見極めろ。わしからはじめよう。……では、これだ」
アッシリアの悪魔を刻んだ、四枚羽の青銅像を手に取る北大路。
背面に「我パズズ、ハンビの息子、猛威を振るい荒々しく山から出てくる大気の悪霊の王者である」と刻まれている。
購入した筈木は、あわてたように身を乗り出して、
「ちょ、北大路さん、それは貴重なホンモノで、ルーブル美術館から裏ルートで買いつけたと」
「あんたはアホか。貴重な紀元前の遺物が、そう簡単に買えるわけがないだろう。……ダウトだ!」
響きわたる正解の音声。
当然、彼が売りつけたものなのだから、真贋くらいは承知している。
偽物だと知っていて、本物として売りつける。
骨董商人にとってのルーティンワークだった。
「つぎ、瀬戸の坊ちゃん」
北大路に指さされた瀬戸は、大いに不興げに、
「はあ? ぼくは客だぞ、北大路さん、あんた、まさか客を」
「黙れ、エジプトのコッパ神が。粘土で人間をつくったと言い張るなら、本物の人間がつくったものくらい見極めてみせろ」
この言葉は、重要な意味を含んでいる。
一喝され、渋々ながらタグのついた品物を順に見てまわる瀬戸。彼の実力は未知数だが、さすがにパズズにはかなわないということだろう。
ほどなく、その背のガーディアンが憑代に何事かを囁いた。
瀬戸は、人の顔の蓋がついた古めかしい壺を手に取り、言った。
「こんなカノプス壺があるか。古代エジプトで焼かれた瀬戸物など、地口にしてもデキがわるすぎる。……ダウトだ!」
鳴り響く正解音。
悲鳴をあげる筈木。
「あああ、北大路さん、あんた、それはカイロ博物館に収蔵されるまえに、こっそりと輸入したホンモノだって……」
「毎度どうもだったよ、筈木。あんたにまだ金があれば、本物だと言い張ってやるところだが、これが現実というものだ」
にやにや笑う北大路。
娘・芽衣子は憎々しい視線で、愛する男を破滅させた父親を凝視する。
そんな骨肉の争いに興味のない瀬戸は、
「さて、北大路さん。褒美をもらえるんだったな? あんたにいくつか訊きたいことがある」
「質問はひとつだよ、瀬戸の坊ちゃん。……つぎ、そこの触角娘。選びなさい」
北大路と瀬戸が、顔を寄せて小声でひそひそと話している間に、指名されたサアヤが自分の目利きを試される番となった。
友人たちの心配そうな視線をしり目に、彼女は意外にあっさりと、百鬼夜行の描かれた掛け軸を手に取った。
視線をもどした北大路は、おもしろそうにそのようすを眺め、問うた。
「で、それはホンモノかね、それとも」
「ダウト! だよ。だってホンモノは、蛭子のおじいちゃんが持ってるもん」
響きわたる正解音。
再びくりかえされる、筈木の悲鳴。
「あああ、北大路さん、あんた、それは恵比寿の金持ちから高値で売ってもらったもので、口銭だけで安く譲ると言っていたじゃないか!」
「はははは、現実は厳しいなあ、大正解だよ、お嬢さん」
楽しげに拍手をする北大路。
どうやら筈木がのたうちまわるのを見るのが、よほどお気に召しているらしい。
「そういえばサアヤのじいちゃん、骨董品とかめっちゃ集めてたよな」
「グッジョブだぜ、サアヤ」
「ありがとー! じゃ、質問していいんだね? ヨモツシコメさん……じゃなくて、芽衣子さん? どうしても訊きたいことがあるの。おばさんがひどい病気で、死人みたいになってるんだけど……」
サアヤは、奥のほうに立つ芽衣子のところへ歩み寄り、ケータイに表示されたラファエルからの診断などの情報を伝え、処方を求めている。
芽衣子にとっては憎らしい父親が勝手につくったルールだったが、サアヤに罪はないという判断もあっただろう。
自分も正解を出して、なんらかの「褒美」を得たいという思いもあったかもしれない。
同じ魔女タイプのふたりは、小声でぼそぼそとやり取りしている。
一方、目利きゲームは、つぎのプレイヤーへ。




