34 : Day -32 : Shin-egota
総選挙・中野ステージ。
局地的に散発するゲリラ的なイベントをこなし、ポイントを積み重ねる。
各地を行脚するアイドルたち。その土地にちなんだ企画を盛り上げ、票を確保することを目的とする。
今回の「中野総選挙」は、中野、東中野、中野坂上、中野新橋、中野富士見町、新中野、鷺ノ宮、都立家政、野方、沼袋、新井薬師前、新江古田の12駅を「選挙区」「地盤」として行なわれる。
街頭演説でもっとも優位なのは、利用者数が圧倒的に多い中野駅だ。
しかし各駅、それぞれ徒歩でも行ける距離感なので、多くのファンが中野界隈を行脚しているさまが、しばしばニュースサイトなどでも取り上げられている。
個人戦ではあるが、それよりもチーム戦のほうが、重要な意味をもつ。12駅は、4つのチームに分けられ、その総合得点で勝敗を決するというルールだからだ。
総選挙である以上、党が勝たなければ意味がない。
党首だけが莫大な得票を集めたところで、政党として政権に参画できなければ、事実上無意味なのだ。
そこでチームメイトのため、近隣の駅から応援が駆けつけることもある。
主役はナンバー1である中野坂上のエリサ(チームK)だが、新中野のニナ(チームN)、中野の小菊(チームV)も侮れない。
アニマル「A」党、クールな「K」党、ベジタブルの「V」党、ニッコリ「N」党による総選挙は、佳境を迎えていた。
チーム戦は、構成員3名の順位トータルが、そのまま結果となる。
現在、ニッコリとベジタブルが21とトップ、クールとアニマルが22でそれを猛追している。順位の合計数なので、数が少ないほうが勝ちだ。
まるで仕組んだような僅差であり、だれかが1つでも順位を上げれば、だれかの順位が下がり、すなわち勝利するという、おそるべきデッドヒート状態にあった。
「あんた、あのポン子にも負けてるんだよ! わかってんの?」
雪が厳しい声をかける。
広いワゴン車の床には、ひとみが正座させられている。
「ごめんなさい。でもあたし、一生懸命」
「結果よ! 結果がすべてなの! あんたが1個でも順位を上げたら、つぎのシングルはあたしたちのチームで決まりなのよ!」
響きわたる雪の声が、ワゴン車全体を張り詰めさせる。
後部座席のいちばんいい席に座る、トップのエリサが静かに言った。
「落ち着きなよ、雪。まあ、ひとみがダメなのは、最初からわかってたでしょ。賞レースをおもしろくするために、大差がつかないように配分してるのよ」
「そ、そうですけど、でも」
氷のようなエリサの語調が、いつものごとく豹変する。
「でも? じゃねえんだよ! うざいんだよ雪、その姐御キャラもよ」
「す、すいません……」
雪に八つ当たりしてから、ひとみに視線を移すエリサ。
「わたしはもう順位を上げようがないんだ。おまえが順位上げなきゃ、党派ポイントで負けんだよ。わかってんだろうな?」
「は、はい、わかってます。ごめんなさい」
頭を下げるひとみ。
その態度の端々に、はすっぱさがにじみ出ている。
アイドルとして人気が出ないのは、このへんのスレた感じが好まれないせいだろう。
売り出す側も、そんなことは百も承知のはずだが、たいていの「キャラ」に一定の「需要」があることも事実だ。
この手の十把ひとからげのチーム売りというのは、あらゆる趣味嗜好の人間を取り込むことを、まず第一に考えなければならない。
同じような顔、同じような雰囲気の少女ばかり、大量生産された人形のように並べてもだめなのだ。
「2位は?」
エリサの問いに、雪は手元のタブレットを確認しながら、
「チームN、ニッコリのニナです。データによると、いろんな層に、まんべんなく人気があって……」
「ああ? わたしの人気が偏ってるとでも言いたいの?」
「い、いえ、その、すみません、そういうわけでは」
恐縮する雪の順位は7位。
エリサ1、雪7、ひとみ14で、計22だが、1位も21のタイスコアだ。
1ポイント差など、どこかの順位が入れ替わればひっくり返るのだから、ないに等しい。
「いいのよ。そうなんだから。……あのバカ社長、もっとちゃんと仕事ができないの」
「はい?」
「なんでもない。行くよ」
エリサは立ち上がり、開かれたワゴン車のドアをくぐる。
これからチームK「クール」の党首として、14位という現在最下位のひとみの応援演説を、新江古田の駅前で展開しなければならない。
現に1位をとっている人間の責務として、党を勝利に導くために。
ハイル、エリッサー!
「彼は、地元の資産家で、ニナ推しで有名でした。今回も、大量のニナ握手券つきCDを箱買いしています」
事件現場の部屋には立ち入り禁止のテープが張られ、部屋の中心では鑑識が作業中だ。
ビニール袋を履いて歩く所轄の刑事たちは、顔を見合わせる。
「……どういうことだ?」
「さあ、わたしもくわしくないので、よく知らんのですが」
「知らんのですか!?」
若手の刑事がはいってきておどろいた。
この手の話題では、一般に30代以上はまともに対応できない。
「知らん。3行でまとめてくれ」
「AKVN14は14人組で、4チーム、プラス1のユニットに分かれている。
ニナはチーム・ニッコリと呼ばれるユニットで、トップをとっている。
全体の人気は2位で、現在激しい選挙戦が展開中である!」
「ごくろうさん」
「わかったような、わからんような……」
いまいちしっくりきていない中年の刑事たちをしり目に、若手の刑事は被害者の状況を再確認して、思わず嘔吐く。
「なんだこりゃ、ひっでえな」
そのまま、ばさっ、とビニールシートをもどした。
若手はアイドルのコンサートに場数を踏み、中年は猟奇的事件の場数を踏んでいる。
「そいつが、現在2位のニナ? とかいう女を応援していたらしい。それが殺されたってことは、1位か3位のしわざってことか?」
「ニナちゃんは、そんな汚いことしません!」
「取り巻きの汚いだれかがやったんだろ」
「秘書が勝手にやった的な政治家みたいに言わないでください!」
「じゃあ総選挙とかやるなよ……」
ジェネレーションギャップというよりも、趣味の差が著しい。
あらゆる「業界」が、マニアを求め、集めている。
「まともに考えれば、そのAKなんとかとは関係ない、という線で調べるべきだが」
「まわりがグッズだらけですけどねえ」
「しかし、全体人気を左右するほどの額を買っているのか? だとしたら、殺したら全体として損じゃないか」
「そんなバカなことしませんよね、ふつう」
中年の刑事は肩をすくめ、
「ふつうじゃないから、コロシなんてバカなマネするんだよ。とにかくヴァネ商法とかいうやつには、だいぶキナくさいもんが絡んでる。バラバラ事件との関連も騒がれたし……」
「でもそれ、報道に規制かかりましたよね。上も及び腰だし」
率直な物言いの若手に、中年たちは内心忸怩たる表情。
天下の首都警察が、ちょっと力のある芸能事務所のお偉いさんくらいを相手に、手も足も出ないなどとは思いたくない。
「まったく、この国の治安はどうなっとるのかね。衝動的犯行の過失致死犯しか立件できないのか?」
「一応、AKVNの案件は組対にまわしてありますが……キナくさい枝葉、どうにか払えんでしょうかね? 都合のわるいひと、いるでしょうけど」
中年の刑事は、皮肉を宣う若手に対して人差し指を立てる。
「思ってるだけで言わんとけ」
「すんません。じゃ捜査としては」
「基本どおりだよ。バイアスはかけない」
「いいんですか、それで」
「当面そうするしかないだろう。具体的な名前でもあれば別だが」
「あの、これ……」
近所の飲み屋の店員だという男が、ひとつの名刺を差し出した。
刑事たちの視線が集まる。
事件の直後、店のまえに落ちていた、と。
裏面に、携帯番号らしき走り書き。
これは「契機」になる。
チューヤの携帯が鳴った。
メッセージはなく、いくつかの写真が送りつけられてくる。
父親のアカウントからだから、意味は明白だ。
中野で起こった、アイドルファンの殺害にまつわる動きを契機に、捜査が進んでいる。
個別の事件と思われていたいくつかの事件が、徐々につながりつつあるようだ。
こうなってくると、圧倒的な組織力と膨大な情報を握る警察は、問答無用で犯人への包囲を詰めていくだろう。
バラバラ事件の本丸、その最終ターゲットが隠れひそむ場所として、いくつか目星がつけられている。
そのなかで、いちばん警察が目をつけづらい一か所に、チューヤは目を止めた。
──幽霊屋敷。
ここだ。
「どうでもいいけど、ここから逃げ出してからにしてくんないかな」
サアヤからの苦情が響く。
当然だ。
彼らは現在、舎利学館第二別館に軟禁されている。
数時間まえ、チューヤたちは公園から建物の裏側へ抜け、いくつかの建物に囲まれた小道をたどって、おそらく死んだ被害者も逃げたであろう道筋を逆に進んだ。
そこで学館の警備に捕まり、そのまま近くの建物の一室に閉じ込められている。
戦うという選択肢はあったが、あえて無抵抗で捕まった。
抵抗して無駄に敵意を増すより、情報を集めやすいと判断したからだ。
不法侵入なので、当然、相手の態度はかなり堅かったが、派手な暴力には訴えてこなかった。
新興宗教の宿命として、家族をとりもどす、などの目的で似たような侵入者がしばしばやってくることもあるだろう。
いちいち暴力的に対処していたら、教団の評判にもかかわる。
ルーティンワークのように、一室に閉じ込められた。
もしかしたら、この同じ場所に、被害者も軟禁されていたかもしれない──。
「携帯電話をそのまま持たせておくってことは、下手なことをするつもりは最初からないんだと思うよ」
学館のひとは、個別にはいいひとだ、という持論をもつサアヤは楽観的である。
「だとしても、いつまでも閉じ込められているわけにもいかんのだがな」
無道にも仕事がある。
とはいえプロレスラーなので、平日はトレーニングとブログの更新くらいのようだが。
「倉田さんの意見は?」
チューヤの問いに、無道は肩をすくめる。
「たまに、思いついたときに出てくるんだよ、うちのじいさん」
「なるほど」
と、そこへやってきた、教団の人間。
事務的な態度で、淡々と言葉をつなぐ。
「お問い合わせの人物ですが、わが教団に在籍したという記録はありません。また、友人の痕跡を探りたいというご意向を鑑み、本館敷地内への不法侵入について、今般は警察に通報することもいたしません。ただし、二度と同じことをなさらないという念書に、サインをお願いします」
言って、3枚の紙をテーブルのうえに置く。
まさに「型通りの対応」という雰囲気だが、すくなくとも彼らはこれで、チューヤたちの個人情報を取得し、ある種の警戒網をめぐらせてくるだろう。
「いや、警察を呼んでもらっていいですよ」
チューヤが言おうとしたことを、代わりに無道が言った。
その瞬間、教団の男の表情がわかりやすく変わる。
「警察沙汰は……まずいんじゃないですか?」
ややふるえる声で脅しを重ねようとする教団の男に、
「理由による。俺にとっては、ジョージに対する友情のほうが大事でね」
無道の応答は無慈悲だ。
「……そうですか。では……行方不明に、なっていただきましょうね」
空気の質が変わった。
チューヤたちにとっては慣れているが、無道にとってははじめての経験だ。
「な、なんだ、こりゃ……ば、化け物!」
ドアのところで、教団のスタッフ数人もまとめて悪魔へと姿を変えている。
慣れていなければおどろいている間にやられてしまったかもしれないが、チューヤたちにとってはルーティンワークだ。
ナカマを召喚し、敵を倒す。
瞬間、ハラリと床に落ちる紙切れ。
……式神。
「敵は陰陽師、ってことか」
それを拾い上げ、ぽつりとつぶやくチューヤ。
しばし唖然としていた無道だが、幽霊事案については慣れている。ただ「現世の心霊」から「異世界の現実」までの一歩を踏み出し、受け入れるだけでいい。
とくに「ジョージ」という名前は、彼に対応をうながす契機として重要だった。
「……そいつがジョージを殺した? って、じいさん!」
守護霊と会話する無道。
大方、そんなところだろう。
チューヤはうなずいて、出口に向かう。
「この境界は、たぶんそいつが築いてる。……こういう潜入捜査を期待されているらしいですよ、無道さん」
あきらめたように言って、さきへ立ってダンジョン攻略へ向かうチューヤ。
境界のクリア方法、その基本に忠実に、つぎの戦いへ。




