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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

EYES

作者: FAL
掲載日:2023/06/13

雰囲気主従ものです。割とダークよりかなぁ、と。

 十二歳、温かな風が吹く昼下がり。私は自分の家の何倍も大きなその豪邸を見上げて、思わずポカンと口を開けていた。母様に見られたら大目玉を食らうこと間違いない。

 その豪邸は今日から私が住み込みで働くことになる場所で、目の前では昔なじみらしい母様とその豪邸の主人がなにやら話し合っている。一見談笑しあっているように見えるのに、なんだかぎこちなく感じるのは気のせいだろうか。


「エル、こっちに」

「はい、母様」


 母様に呼ばれ、私はトランクを抱えてそちらへ向かう。

 母様の前に立つその人――私の今後の立場からは、ご主人様ということになるのだろうか――は、艶の有る黒髪を後ろで一まとめにしている。その髪は腰の位置まで伸びていて、一瞬女性かとも思ったが、近づいたことでそれは違うと確信した。母様と比べて肩幅も広ければ背も高い。先ほどは遠すぎてよく聞こえていなかったけれど、声も低いし喉仏もある。間違いなく男性だ。


「レルト、娘のエルよ」

「今日からよろしくお願いします……っ!」


 トランクから一度手をはなし、お辞儀をする。たっぷり三秒ほど頭をさげてから、ゆっくりと持ち上げると、レルト様の顔が思いのほか近くにあって、思わず小さく声をあげてしまった。


「レルト、からかわないで頂戴。エル、この男が私の昔なじみのレルト。レルト・アミンよ」

「はは、驚かせてしまったようだね。レルトでかまわないよ」

「は、はい、レルト様」


 レルト様はお茶目なところがあるようだ。母様は顔に手を当ててため息をついていた。


「エル、今日から十年間、レルトのもとでしっかり働いてくるのよ」

「はい、母様」


 母様の言葉にしっかりと頷いて見せたが、それでもなんだか不安そうな顔をしている。何故だろうか、少し考えてみたけれど、その理由が思い当たらず、私は小さく首を傾げてしまった。


「レルト……娘を、頼むわね」

「あぁ、任せてくれ」


 母様はレルト様に念を押すかのように話しかけると、最後に私を抱きしめてきた。私も思わず母様を抱きしめ返してしまう。暫くの間、私とおそろいである母様の青い瞳を見ることも敵わない。


「……それじゃあ、ね、エル」

「はい、母様」


 かくして、私、エル・レイズの女中生活は幕をあげたのだ。




               *




 私が女中生活を送ることになったのは、何でもレルト様からの要望もあるらしい。レルト様は優秀な方らしく、地域の方々からも慕われているものの、何故かこの豪邸に一人で住まわれている。それを見かねた人たちから何度も女中を雇ってはどうかという進言があって、それを最初は断っていたのだけど、押しの強い方が自分の娘を無理やり女中にしようとしてきたのだとか。そんなことになるならば自分で雇ったほうが良いと、昔なじみの母様に私を奉公に出す気はないかと持ちかけたのだそうだ。

 母様とレルト様は学院時代に出会い、そこで父様ともども意気投合したらしい。父様は私が幼いころに亡くなってしまったけれど、残された財産は生きていくのには十分であったし、兄様が家督を継がれているので問題は無い。

 話が逸れたけど、母様は私の奉公話を十年という期限付きで認めた。レルト様もそれに反対されるようなことはなく、こうして私の女中生活は決められたのだ。


「……といっても」


 この豪邸、女中が私一人と聞いて最初は目を丸くしていたのだが、その殆どは使っていない部屋だそうだ。よって、私の仕事場は普段使うような場所だけで良いらしく、後はレルト様の仕事場らしい部屋をいくつか紹介された。が、レルト様の仕事場はなんでも人に見せられない書類が多いらしくて、入るのを禁じられてしまったけれど。

 レルト様はこの辺一帯の領主様、ということになるのだろうか。本人は笑って否定しているけれど、多分そうだろう。

 彼の行った統治は劇的なものが多いそうだ。この一帯には山や森が多いのだけれど、彼はある日そこに住む動物たちを一斉に狩猟する政策を打ち出した。それはいくらなんでもかわいそうだと領民が直訴すると、根絶やしにするのではなく、数を減らすのだといわれたそうだ。何でも、数が多すぎるとそのうち村に動物が下りてきて、田畑の被害が尋常なものではなくなる可能性があるらしい。そういった被害を抑えるためにも、動物たちが山や森から出なくても良いような状態にする必要があり、そのために狩猟が大事なのだそうだ。よく分からないけれど、食物連鎖、とかいうのも関係しているらしい。

 半信半疑でその狩猟を実施したところ、田畑の被害が劇的に減ったそうだ。それからというもの、レルト様は領民に慕われるようになった。


 閑話休題。


 そういうわけで、私の仕事はこの豪邸の広さに対して全くといって良いほどない。レルト様の身の回りのお世話といっても、普段実家でやっていることを場所を変えてやっているようなものだった。

 そんな日常を過ごしていた私だが、ある日のことだ。ふと思い立ち、普段使っていないという部屋を回って掃除することにした。時間は有り余っているし、もしかしたら急遽使うことになるかも知れない。そう思っての行動だったのだけれど。


「? なんだか変ね……?」


 普段使われていない場所のはずなのだけれど、それにしては妙に埃が少ないような気がする。何故なのだろうかと首を傾げていたら、一箇所だけ扉が開いているのを見つけてしまった。もしかしたら隙間風が入ってきて埃が飛んでいるのかもしれない。

 扉を閉めようとして、近くまで歩く。


「っ!」


 だけど、私はそこで扉の中をのぞいてしまった。


「な、なに、これ……」


 そこにあったのは、台の上に置かれたおびただしい量の透明な瓶。そして、その中に入っている何対もの瞳。液体に浸されているらしく、瓶の中でゆっくりと回っているものもある。

 その衝撃的な光景に、私は思わず目を奪われてしまった。と、そこで耳が足音を捉える。思わず振り返れば、そこにはレルト様の姿があった。


「あぁ、見られちゃったか」


 困ったように笑うレルト様は、そのまま部屋の中へと入り、私を手招きしてくる。恐る恐る部屋に中に入れば、レルト様はこの光景の説明をしてくれた。

 なんでも、レルト様は研究職も営んでいるらしい。というより、本業はそちらで、領主の仕事は後からついてきたそうだ。それで研究の仕事がなかなか手につかなくなり、困った彼はそれもあって女中を雇うことにしたようだ。

 彼は生物の生態について研究をおこなっているらしく、この夥しい数の瞳もその産物らしい。が、流石にこれを普通の人が見たら気味が悪いだろうと、豪邸に誰かを招きいれたことはなかったそうだ。どうりで今までお客様が訪れたことがないはずである。


「? あそこだけ瓶が空なのは……?」

「あぁ、それは近いうちに中身が入る予定なんだ。だから先に出していただけなんだよ」


 それと、と付け加える形で、私はこの部屋への立ち入りを禁じられてしまった。




             *




 それから七年がたったある日のことだ。私が仕事をこなしていると、眉間に皺を寄せたレルト様がいつの間にか後ろに立っていた。何事だろうか。

 七年も二人で生活していればお互いのことは分かってくる。だが、レルト様の顔は今まで見たことのないような顔で、口元に手を当てて動揺を必死に隠そうとしていた。だが、口端が歪んでいるのは隠しきれていない。


「エル、落ち着いて聞いてほしい……君の母親が、亡くなった」

「!」


 私が持っていた皿がこぼれ落ち、強烈な音がその場に響き渡った。


 それから、私は一時的に実家に帰された。母様が亡くなったというのは本当で、兄様たちは皆悲しんでいた。

 なんでも、病死だったらしい。流行り病に罹ってしまい、そのまま快復せず、亡くなってしまったそうだ。兄様たちは私に連絡しようとしていたが、母様がそれを止めたそうだ。私に心配をかけたくない、と。

 だけど、それで母様の死に目に会えなかったのだから、私は何度も兄様たちを責めてしまった。どう考えても八つ当たりだったのだけれど、兄様たちは何も言わず私のそれを受け止めてくれていた。

 母様の埋葬が明日に迫った日。レルト様が実家を訪れた。兄様たちとは既に顔見知りだったらしく、挨拶を交わしている。

 彼がここを訪れたのは、母様の件ともう一つ、私についてだ。


「エル、私は十年という約束で君を雇っていた。だけど、私とその約束をしたのは君ではなく、君たちの母親だ。君が望むなら、私は君をこの家に帰してあげようと思っている」


 その言葉に兄様たちは賛成している。私自身、揺れ動くものはあったけれど、決められない。なにせ、目の前に居る三人の男の人は皆、私にとって大切な人たちだ。そう簡単に決められるはずもない。

 私は少しの間、母様のもとへ向かった。止められるかとも思ったけど、死に目に会わせられなかったという負い目があるらしい。兄様たちは何も言わず私の好きにさせてくれた。


「母様……」


 母様の顔は穏やかなものだった。でも、その瞼は閉じられたまま、二度と開かない。私とお揃いの青い瞳は、私を二度と見てくれないのだ。

 母様の顔を良く見たくて、手を触れる。冷たい、人の温かさを感じられないその白い肌に、手を滑らせていく。そして、私は母様の瞼を開いて、そこにあるものを見る。

 そうやって決心した私は、母様から手を放すと、レルト様の居る部屋へと戻った。




               *




 レルト様の下で働き出してから、もうすぐ十年。私も既に二十二歳だ。

 結局、あの後私はレルト様の下で働くことを選んだ。兄様たちは心配してくれていたけれど、この仕事も母様の形見なのだといえば、案外簡単に引き下がってくれた。そもそも、勘違いも甚だしい。

 あの時点で、異性が七年間も同じ屋敷で暮らしていたのだ。しかも片方は年頃。当然、何度か情も交わしていた。最も、鈍い兄様たちは何も気づかなかったようだけれど。

 といっても、私の方がレルト様に迫った形だ。レルト様から求めてきた事は一度も無い。というか、十二のころから住み込みで働いているせいで、接する男性といったらレルト様ぐらいしか居なかったのだ。惚れるなというほうが無理だ。

 だけど、十年の契約ももうすぐ切れる。兄様たちからの手紙では戻ってくるのが楽しみだとか、見合い話がきているとか書かれてあったけれど、そのどれも私の心を揺らす事はできなかった。もう、決めているのだ。

 だから私は、夜中、レルト様の寝室を訪れた。


「エル? どうしたんだい?」


 問いかけるレルト様に対し、私は何も言わずに体を密着させる。それだけで私がどんな目的で寝室を訪れたのか分かったのか、レルト様は困ったように笑った。

 実を言えば、母様が亡くなってから、私はレルト様と情を交わしていない。私が迫る事は何度かあったのだけれど、その全てをレルト様は断り続けたのだ。

 今回もレルト様はそのつもりらしい。それを悟って、私はレルト様の耳元に口を寄せ、あることを囁いた。


「っ!」


 瞬間、レルト様は私を突き飛ばしながら弾けたように立ち上がり、寝室を出て行ってしまう。そして、程なくして戻ってきたその顔は怒りに満ちていて、私は思わず小さく笑っていた。


「エル、なんてことをしてくれたんだ!」


 初めて見るレルト様の怒りに満ちた表情。その視線は私だけに向けられている。そう、レルト様は今、他の誰も見ていない。そして他の誰も、レルト様を見ていないのだ。


「だって、レルト様は私を見てくれない。だったら、私しか見れないようにしてあげようと思ったの」

「だからといって! あれは、〝あの瞳〟は!」


 言いかけて、レルト様は口をつぐんだ。でも大丈夫。だって、私は全部分かっているのだから。

 私はあの瞳の部屋に入った事が二度ある。一度目は発見したとき、そして二度目は、今日この日だ。一度目は偶然だったけれど、二度目は故意である。

 私がそれを思い出しながら微笑むと、全て悟ったのか、レルト様の顔は急に青くなった。赤くなったり青くなったり、今日は見たことも無いレルト様の顔をたくさん見れる。


「ねぇ、レルト様」


 青い表情のレルト様に近寄り、下からその顔を見上げる。一番私の目が、母様譲りの青い瞳が綺麗に見える位置から、レルト様を見る。


「私ね、レルト様を一番近くで見ていたいの。これから先も、ずっと」




              *




 それからすぐ、私は山から偶然降りてきた狼に襲われた。幸いレルト様がすぐ発見して狼を追い払ってくれたから命に別状はなかったけれど、顔に大怪我を負い、左目を失明してしまった。こんな女性を嫁にもらうような物好きは居ないらしく、見合い話は全部なくなったそうだ。

 だから、レルト様がその責任を取ると言った時、兄様たちは比較的簡単に折れた。きっと、これから先の私が不憫でならなかったのだろう。

 それから、私たちは小さな式を挙げて、同じ屋敷で暮らしている。兄様たちは女中を雇ってはどうかと五月蝿いけれど、そのつもりは一切ない。私は、私たちは、この状況で暮らすのが一番心地いいのだ。


「だから、心配しないでね、母様」


 母様の眠る墓の前で、私は告げて、その場を後にした。きっと母様はこうなることを望んでいなかったに違いない。でも、私はそう望んだのだ。

 きっと私は、狂っているのだろう。




               *




 何対もの瞳が多く保管されているその部屋の中央に、その瓶はあった。

 他のものに比べて真新しく、また、何度も手入れがされているその瓶にも、当然中身はある。

 男はそれを見て、口端をゆがめた。男が欲しかったものが手に入ったのだ。それを嬉しく思うのは当然であろう。

 男は愛おしそうにその瓶を撫でると、そのまま部屋から立ち去っていく。


 その背を、一対の青い瞳が、ずっと眺めていた。



                        

あえて、解説は行いません。何が起こったのか、どういう結果だったのか、どうかお好きな解釈をなさってください。

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