喪に服す
惚れた女が死んだからといってずっと落ち込んでいられるほど、野生ってのは甘くねえ。
人間社会なら『喪に服す』ってえ考えもあるけどよ。ここじゃまったく無理な話だ。
行道も、もうこの歳できっちりそれは承知してるみてえだな。巣に戻る間までにも当たり前みてえに狩りをしてやがった。
そうだよな。ちょっと見てるだけでも、こいつはもう下手な獣よりも間違いなく強え。ヴェロキラプトルみてえな獣相手でも一対一なら余裕で勝てるだろ。
巣立つまで親が生きててくれる保障なんざ一ミリもねえし、とにかく早く自分で生きられるようにならなきゃいけねえし、それができる能力は備わってるってえことだ。
その中でも行道は、単純な攻撃力なら蟷姫にも劣ってねえ物を持ってやがる。母親の素質と俺の素質をきっちりと合わせ持っていて、それがやべえ敵と遭遇して開花したのかもしれねえなあ。
まったく大したもんだよ。でも、正直言ってありがてえ。赤ん坊の育て方なんざ、本当は分かんねえし。行道がもし麻沙美と同じように生まれてたら蟷姫に食われる前にひっさらって俺が育てようとも思ってたけどよ。本音を言えば育てられるあてなんざまるでなかったんだよなあ。
ははは、無責任だろ? 俺でもそう思う。
思うけどよ、野生ってなあそもそもそういうところもあるよな。病院もねえ、社会保障もねえ、親自身が今日一日生き延びられる保証もねえ。そんな世界で子供を産んで育てるなんざ、計画性だの責任だの考えてたらできることじゃねえよなあ。
それでも、やれることはやるしかねえだろ。生きるってのあ、そういうことなんだろうなあ。
そうして俺は、行道と二人で暮らすことになった。まあそう言っても、『行動を共にしてる』ってえだけなんだけどよ。
蟷姫がいねえ巣で二人で寝て、起きたら狩りに出て、蟷姫がやってたみてえに行道が挑みかかってきたらその相手をしてよ。
ただ、行道の才能が開花した今じゃ、蟷姫にとっちゃ手に余る感じだったかもしれねえな。何しろすげえ勢いで上達して、捌き方が分かってる俺でさえ一苦労なんだよ。こいつ自身はあくまで手加減してじゃれついてるだけのつもりなのかもしれねえけどよ、油断したら一発KOも有り得る威力のが当たり前に繰り出されてきやがる。それを指が折れた手だけじゃ捌ききれねえから、肩や肘で受け流すんだ。
こりゃどのみち、『相手しきれない』ってえ感じで蟷姫に追い出されてたかもしれねえな。並のカマキリ怪人相手なら、的が小せえのを活かして勝てちまう可能性も十分あるだろ、これあ。




