人間としての名残
そんなこんなで俺は蟷姫と一緒に暮らして、んでもって、狩りに出る時と帰ってきた時には、子供の<墓>に軽く挨拶するようになった。
「じゃ、いってくるぜ、麻沙美」
麻沙美ってのは、俺が勝手につけた子供の名前だ。カマキリ怪人としちゃ死産も同然だったとしても、人間としちゃ一瞬でもこの世に生きたんだ。名前くれえあってもいいだろ?
そういうのを考えちまうところがまだ人間としての名残って感じだよな。
「……?」
蟷姫には俺のしてることの意味がまったく理解できねえみたいだけどよ。
まあいいさ。俺は俺だし彼女は彼女だ。分かり合えなくて当たり前じゃねえか。それどころか分からねえからこそいいんだよ。彼女のことを分かりてえと思う。その気持ちがあるから好きでいられる。完全に分かった気になっちまったらそっからはもう飽きてくしかねえんじゃねえか?
それは嫌だぜ。俺は。
ああそれと、<麻沙美>ってえ名前自体にゃとくに深い意味はねえ。俺の<幸正>ってえ名前から連想しただけだ。俺あ、そういうのを考えるのはあんま得意じゃねえからよ。
なんてことも考えながら、彼女との暮らしは、俺にとっては安らぎってえヤツだったなあ。
んでもって、ざっと百日くれえ経った頃だったかな。彼女がまた、
「ギーッッ!」
ってえ感じでムチャクチャ不機嫌になったんだ。
ははは。やっぱり『きた』か。たぶん妊娠だ。麻沙美のことが頭をよぎってちょい胸が痛んだけどよ、でも、『今度こそ』とは思いたいじゃねえか。それに、万が一のことがあっても、今回はちょっと試してみてえことがあるんだ。
運を天に任せるだけじゃなくてよ。やれるだけのことはやりてえ。
だがその前に、無事に出産までたどり着かなきゃ話にならねえな。
そんなわけで、前の<仮の巣>は使わなくなったら崩落したから新しく作り直してまた距離を取って見守ることにする。
縄張りの見回りも欠かさねえ。他のカマキリ怪人が現れたらぶちのめして追い払う。ここまでは、縄張り目当てらしい奴は、一度ぶちのめすともう現れなかった。楽に縄張りを奪えねえ奴相手に無理するよりも、歳を取って弱ってるのとかを狙う方がそりゃ賢いだろ。
妊娠中で動きが鈍ってメスを狙うってのもアリだろうな。だからこそ俺みてえな変なヤベえのがいるって思や、余計に近寄ってこねえんじゃねえか?
と考えて、対処する。カマキリ怪人は基本的にゃあ決まったパターンで攻撃してくっから、慣れてくるとそんなに難しくねえ。
もちろん、あいつらの速さに対抗できるってのが大前提だけどな。




