別に何にも不足も不満もねえ
それからも俺は蟷姫を見守り続けた。
その一方で、薄く鋭く割れる石とかも見付けられたことで、石のナイフを手に入れ、ますます今の生活に馴染んでいってた。
別に何にも不足も不満もねえ。狩りをして獲物を捕まえてそれを食って糞をして寝て、惚れた女を見守って。
それで何が不足だ? 俺は今、これまで生きてきて一番充実してんぜ?
そりゃ、最初の頃は腹を壊したりってのも多かったけどよ。今じゃ体もすっかり慣れたってえことか、そんなこともほとんどなくなった。
まあ確かに俺のこの常識はずれに頑丈な体があってのことかもしれねえにしたって、実際に問題ねえんだからいいじゃねえか。
髭も髪も石のナイフでそこそこ整えられるしな。そりゃカミソリみてえに綺麗にゃいかねえよ。でもな、邪魔にならねえ程度にゃできるんだぜ。
ああ、あと、体に色をつけるのにちょうどいい果物を見付かってなあ。体に付くとちょっと洗ったくれえじゃ落ちねえから、普通なら厄介なヤツかもしれねえが、今の俺にとっちゃ助かるわ。一回塗ったら何日かはそのままでいける。
ますますいい感じだぜ。
そんな調子で俺の方も気楽な一人暮らしを楽しんでたらよ、蟷姫が巣から出てこなくなったんだよ。
何かあったのかと思ったんだが、巣の中からカマを伸ばして鳥やらトカゲみてえなのを捕まえてっから、ピンと来た。
『いよいよ生まれるってえことか……!』
間違いねえだろうな。巣の外じゃそれこそ外敵から丸見えだ。そりゃさすがに危ねえだろ。周りから見えねえところで出産できるってこたあ、我ながらいいもん作ったもんだ。
そんな感じで蟷姫が巣にこもるようになってから三日。いよいよ朝から彼女が姿をまったく見せなくなった。
『まさか死んでねえだろうな……』
そんな風に心配しちまうけどよ、だからってヘタに近付いて警戒させたりしたらそれこそ何が起こるか分かりゃしねえ。
そんな調子で焦れながらなんとか気配を探ろうと集中してたらよ、
「ギ……ギギ……」
ってえ呻き声みたえなのがかすかに聞こえてきた。それが出産の所為かどうかは分からねえ。ただ、かなり力がこもってる声だとは感じた。まさに今出産中だってえことだと考えるしかねえか。
まったく、こういう時、男は本当にできることがねえんだなと思い知らされるぜ。
惚れた女が命を張ってんのによお……
そりゃ元からオスは出産には関われねえみてえなのは確かだ。これがカマキリ怪人にとっちゃ普通なんだろうさ。けどな……
歯痒いぜ。




