ここの縄張りをくれてやるのは
いつだったか、
『息子が父親に対してしてやれるのは、肩を叩いてやるか、殺してやることだけだ』
なんてのを聞いた覚えがある。別にそれをそのまま真に受けるつもりはねえけどよ、ここで生きてると、なんかすげえ実感がある。
確かに<してやれること>なんざ何もねえんだよ。『肩を叩く』どころじゃねえ。
『何もしねえ』
か、じゃなきゃそれこそ、
『殺してやる』
しかねえんだ。
ここの縄張りは、俺がずっと維持してきた。他のカマキリ怪人が入り込んできたら、オスだろうがメスだろうがお構いなしにぶちのめして追い払った。元々は蟷姫の縄張りだったここを他の奴にくれてやるつもりはまったくなかった。
他のメスに対しては、蟷姫の時みてえな気分にゃなれなかったしな。そういうのもアリっちゃアリなんだろうとは思ってたけどよ、そういう気分になれるメスに出会えなかったんだからしょうがねえだろ?
それに、ここの縄張りをくれてやるのは行道しかいねえと思ってたしな。
その行道は、鳥怪人と鉢合わせたみてえでよ。たまたまそこに俺が通りがかった。
相手の鳥怪人も、決して弱えわけじゃなかった。前に俺に襲いかかってきた奴と比べても、余裕で互角以上だったろうなと思う。行道でも、目や耳の穴にあのナイフみてえな爪を刺されりゃ余裕でアウトだろうよ。
当然、鳥怪人の方もそれを狙ってやがる。なのによ、一瞬見ただけで、
『ああ、こりゃダメだな』
って感じちまったよ。鳥怪人の方の勝ち筋がまったく見えねえ。力の差がありすぎる。鳥怪人がやるべきは、全力で逃げることだっただろうさ。
たぶん鳥怪人の方もそのつもりだったんだろ。けど逃げ切れなかった。逃げ切れねぇから一か八かに賭けるしかなかった。逃げるためには思いっきり反動をつけて飛び上がるしかねえのに、その『反動をつける』ための隙が命取りなんだよ。
その鳥怪人は、ぱっと見は十二か十三くれえの女って感じだったけどよ、蹴りの鋭さは、行道にも負けてなかったけどよ、残念ながらそれだけじゃあ行道を相手にするにゃあ足りなかったなあ。
何発かそいつの蹴りを捌いた行道は、完全に見切ったってことなんだろうなあ。完璧なタイミングでカマを繰り出して、足をがっちりと掴んだ。
「ギィアッッ!!」
鳥怪人は悲鳴を上げて必死に振り切ろうとしたが、ダメだったな。
見た目にまだガキにも思える奴だったから可哀想な気もしたけどよ、ここじゃそういうもんだ。
すまねえな。
俺にもどうすることもできねえよ。