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妻へ

 妻へ




 拝啓、いかがお過ごしですか?


 ツンと透き通った冬の風が、貴女を傷付けなかった事を祈ってます。




 此方は気付けば、温かな春になりました。

 風と共に今日も、小鳥達が賑やかな挨拶を告げています。


 本当の空の無いこの街に、

 阿多多羅山の見えぬこの街に、



 貴女がやってくる事は、きっともう無いけれど。


 千鳥達と共に風になった貴女は、もう私のことなんて覚えていないかも知れないけれど。



 千鳥(彼女)達の声を聞くたびに、貴女が会いに来てくれやしないかと、そんな事ばかり考えています。




 私の、まるで鉄砲のような人生を。

 鯰のような、駝鳥のような、そして象のような毎日を。

 こんな生き方しか出来なかった、私を。


 貴女は、どう思っていたのでしょうね?




 貧乏で、貧相で、頼りなくて。


 「僕の前に道は出来る」なんて言いながら、

 「孤独で何が悪い」と強がりながら、

 「冬が好きだ」と、そんな言葉を吐き捨てながら、



 一人夜道に震える、そんな私を。


 そんなつまらない男を、それでも支え続けてくれた貴女に……私は何を返せるのでしょう?何を与えられたのでしょう?

 貴女が遺した琥珀色の梅酒を見る度に……そんな思いが過ぎります。

 




 ―――馬鹿馬鹿しいでしょう?


 貴女が居なくなった日から、幾年もの月日が経ったのに………私は今も、あの名月の月夜にいるのです。

 貴女が愛したアトリエに、こうして座っているのです。



 最後に貴女が浮かべた笑顔のように、「私が恋したのは、そんな人では無いですよ」と、そう笑ってくれたら幸いです。


 私に、貴女に愛される資格なんて無いけれど。

 貴女に会えた事を、後悔した事はありません。


 ―――貴女は今もずっと、私を照らす光です。




 ………もうすぐきっと、私も貴女の元へと行くのでしょう。

 風に攫われて、鳥になった貴女の元へと……きっと私は行くのでしょう。



 「待っていてくれ」とは言いません。

 何処にいたって、きっと見つけてみせますから。

 もう二度と、貴女を連れ去られたりなんてさせませんから。




 ―――だからきっと………また会えたなら。

 その時にはもう一度、あの素晴らしいパノラマを教えて下さい。






 届かぬ手紙に、レモンを添えて。


 高村

何これ?と思われた方には誠に申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい詩でした。 心に染み入る言葉たちで。 高村光太郎さんの奥さんへの愛情の深さは胸を打たれるものがあります。 そして天才高村光太郎さんの傍にずっといた奥さんの愛情と苦悩も。 ああ、夫…
[良い点] 高村光太郎だ!レモン哀歌だ!と思って最後まで読み進めると高村光太郎でした。 本人が書いてもこんな感じなんだろうなぁと思える素晴らしい作品でした。 [気になる点] 投稿日が10月5日だった…
[良い点] いいえ、なにこれなどとは思いません。 とても心に沁み入ってくる、 その想いのままに書く言葉が、そう。 本当の『手紙』だと思いました( ..) [一言] 情景を、読む側が想像できる、 それぞ…
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