白い肌の女 - 生餌
白い肌の女 - 生餌
このうらぶれた安ホテルの一室に、これで五日目になる。
いや、気がついてから五日と言うだけで、本当はいつからここにいるのか分からない。
そして、うらぶれたと言うよりも、打ち捨てられた廃ホテルの一室と言ったほうが正しいだろう。
ずっと人の気配も、感じないのだから。
だらしなく破れたカーテンから、眩しい日差しが入り込む。
部屋の隅にはいくつもの蜘蛛の巣。
全体にほこりがつもり、壁は所々、剥落している。
どこからか入り込む隙間風。
だが、私はそれらに何も思うことはない。
どうしてここにいるのかも、定かではなく、関心もない。
いや、一つだけ思い出すことがある。
白い肌の女のことだ。
私はパチンコ屋で彼女に会った。
七分袖の茶色い服が私の隣に座り、白い腕が伸びて、パチンコのハンドルを握った。
見るつもりはなかったが、私はその白い腕から目が離せなくなった。
ザラザラとしているような、白い肌。
そこから引き寄せられるような何かが、漂っていた。
私は無理に視線を、目の前のパチンコ台に戻した。
「よく来るんですか?」
不意に隣から可愛い声で話しかけられ、私はその女を見てしまった。
細い丸メガネの、白く丸い顔つきの女、それが彼女だった。
「あ、いや、たまたま」
白い肌の女の顔から、目を離せないでいると
「私もそうなんです」
と、女はにっこり笑った。
若く、その独特の白い肌が魅力的だった。
隣同士でパチンコを打ちながら、とりとめのない話。
気がつけば、閉店だった
二人、外の駐車場に出て、ゆっくりと車に向かう。
駐車場に彼女の車はなく、私一台の車だけが残っていた。
蒸し暑さの残る夜だったが、なぜか不快ではなかった。
他の客はなく、もう誰もいなかった。
車の横で彼女がそっと私の腕を取り、次いで両腕を私の首に回した。
私を抱きかかえるようにした女の唇が、私の唇を捉えた。
私は車に押し倒されるような形になった。
舌と舌が絡み合い、彼女の唾液が喉を通っていった。
頭がしびれるような甘さだった。
「行きましょ」
長い口づけの後、耳元で彼女は囁いた。
私は彼女を助手席に、車を走らせた。
それから、どこを、どう走ったのか。
覚えているのは、彼女の右手が、私の左腕にずっと添えられていた事だけだ。
明かりもついていないこのホテルの駐車場に入り、私は何の疑問も恐怖も湧かないまま彼女とともに、その中に入っていった。
暗い廊下を通り鍵の壊れた半開きの部屋に入ると、彼女は再び私の首に両腕をまわし、唇を重ねてきた。
彼女の舌が私の口の中でうねり、ぬるりとした唾液とともにカプセルのようなものが私の喉を通っていった。
唇が離された。
彼女は
「いいもの」
と、優しく微笑んだ。
棒立ちの私の服を脱がしながら、彼女は私をそっと薄ぼこりの積もったベッドに押し倒した。
そして、私は彼女と関係を持った…のだろうか。
何も覚えていない。
覚えているのは、次に目を覚ました時、私はベッドで一人横になっていたという事だけだ。
あれから私は、日がな一日、ベッドで寝ている。
お腹もすかないし、喉も渇かない。
何かしたいとも思わなかったが、お腹の中で何かが動いている。
ただそれだけは、分かった。
目覚めて二日経ち、三日経つ。そして五日経った。
私はひたすらベッドで横になり、身動き一つせず、天井を見つめている。
日毎にお腹の中で動く何かが、大きくなっていくのは分かった。
私はその動きを感じるだけで、痛みも何も感じない。
日を追うごとに、私は意識が薄れていくのを感じている。
このまま私は眠りにつくだろうと最後に思った時、私の体の中で動いていた何かが、ヂクヂクと私のお腹の皮を破って、出てきた。
それは赤茶色の頭に金属的な赤色に光る六つの小さな目、黒光りする鋭い鎌のような口が生えている毛虫だった。
全身が私の腕ほどで、私の体の上を調べるように一周這い回ると、虫は再び口の鎌をふるい、私のお腹に戻っていった。
ザラザラとしたような赤黒い皮膚。
見覚えのあるような気がした。
どうして、あの虫が私の中にいるのか。
どちらも、どうでもいいことだ。
あの虫がお腹から胸に、そして脳に向かって、動いていくのが、分かる。
それも、どうでもー。