獲物⑤
その後、聖也は普段は優里亜と普通に付き合い、週に一回杠と会うという生活を三ヶ月ほど続けていた。
「ねぇ聖也。今度私の部屋に来ない?手料理に挑戦してみたくてさぁ」
その日も杠と普段通りデートを重ねていた聖也にとっては杠からの思わぬ誘いだった。
「えっと、今度っていつ?」
「いつも通り。次会う時よ。次はいつもみたいにこの街で会うんじゃなくて私の部屋で楽しもうって言ってるの」
「ああ、そういう事か。OK、OK。そうしよう。しかし杠が手料理を振舞ってくれるなんて意外だな。楽しみにしておくよ」
そう言いながら聖也は少し安堵していた。
今の二股生活に満足している聖也にとっては、もし杠と会うペースが週二、週三と増えてしまえば今の生活が難しくなるからだ。
「私もね、人に料理を作るのなんて初めてだから上手くいくかわからないけどまぁ頑張ってみるから」
杠は眉尻を下げて笑顔を見せていた。
「あ、そうそう。ただ守ってほしい事があるんだけどね、私が住んでるマンションは女性専用なの。だから裏口から誰にも見られないように入ってほしいの」
「そうなんだ。なんか難しそうだな。見つかるとやっぱりマズイのか?」
「そうね。あまりよくないわ。世間体もあるしね」
そう言って杠は僅かに口角を上げ、微かな笑を浮かべていた。
――翌週
約束の日はすぐにやってきた。
杠の指示された通りに指定された場所までやって来た聖也は杠に連絡を入れる。
すると杠がすぐに迎えに来た。
「お待たせしました。伝えた通りの道順で来てくれましたか?」
「ああ勿論。って言うか、そこまで徹底するか?ここまで来ると俺と一緒にいるのが駄目みたいに思えるよ」
「ふふふ、なんか禁断の愛みたいで盛り上がるんじゃない?」
普段とは違うデートのせいか杠もいつもより饒舌だった。
二人は寄り添うように歩き、杠のマンションの裏口までやって来た。
そして予め約束していたように裏口から聖也を迎え入れる。
「いやぁ杠の部屋初めて来たけどなんて言うか、シンプルだな」
テーブルに座椅子。それにベットがあり、無造作に床の上にテレビが置いてあるだけの部屋。
正直シンプルと言うより殺風景と言う方がしっくりくる。
それぐらい部屋に物が少なかった。
「これぐらいあれば生活は十分出来るから。それよりも今日は手料理に挑戦したんだから食べてみて」
そう言って杠はハンバーグにエビフライ。それにサラダ等、聖也の好みに合った手料理を振舞った。
「おお凄いじゃん。俺の好きな物もわかってるし」
自分の好物を把握した上で料理を用意してくれた事に聖也のテンションも上がった。
「ええ、聖也は子供が喜びそうな物が好みのようだったんでオーソドックスですがこういった物にしました。さぁどうぞ、召し上がれ」
そう言って杠は満面の笑みを見せた。
杠が作ってくれた料理に舌鼓を打っていると、杠が傍らに座り酒を勧めてきた。
あの杠が自分の好物を振舞ってくれ、横でしおらしく座っている。
自らが思い描いた通りに事が進んだ聖也は思わず酒が進んだ。
「ああ、なんだ、今日は凄い酒が回る」
「あらどうしたの?ちょっとベットで横になる?」
「そうだな。ちょっとそうさせてもらおうかな」
そう言ってベットに移り横になる聖也を杠が心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫かな?」
そう言った杠の表情は少し笑っていたようにも見えた。
ここまではなんて順調なんだろう。
長かったがこの後は最後の仕上げに移行するだけだ。