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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第7話 皇帝

 扉を開けると外に繋がっていて、部屋の周りは石造りのバルコニーになっていた。見上げると、ハクトの部屋はとんがり帽子の屋根のすぐ下にあった。エルフランドを一望出来るこの場所が、代々皇帝の居所になっているのだそうだ。


 手招きされ、すすきはハクトの後に続いて階段を降りていく。次に目の前に現れたのは鐘楼だった。巨大な五つの鐘があり、特別な日にのみ、エルフランドにその音色を響かせるらしい。


 すすきが、時計塔の鐘は毎日同じ時刻に鳴るものだと思っていたと言うと、ハクトは両耳を押さえながら笑った。


「爆音だからね。毎日鳴ってたら僕たちの耳が壊れちゃう」


 エルフランド中に音を響かせるほどの大きな鐘。それが五つもぶら下がっている場所の真上に住んでいたら、耳栓をしていたとしても煩いだろう。毎日何度も鳴らされたら、確かに耳が壊れそうだった。


 そこから更に降りていくと、大時計の裏側を見る事が出来た。巨大な文字盤の裏では、剥き出しの歯車が休むことなく動いていた。


 時計塔の中を見学することなど滅多にない機会だった。すすきが興味津々で辺りを見回していると、大きな歯車の陰から、茶色いうさぎがヒョッコリと顔を出した。大きさはヒュパタの半分くらいだ。すると、最初の一羽に釣られるように、同じ色のうさぎたちが数羽、続けて姿を現した。


「お疲れさま」


 ハクトがそう言うと、茶色いうさぎたちは尻尾を振った。


 このうさぎたちは、時計塔の整備をしながら暮らしているそうだ。毎日のように力仕事をしているせいか、目付きが鋭く、ワイルドな見た目のうさぎが多かった。


 近付いてきたうさぎに、すすきは思い切って手を伸ばした。そっと頭から毛並みに沿って撫でると、うさぎは気持ち良さそうに目を閉じた。


 小さな整備士たちに別れを告げ、二人は大時計の部屋から続く階段を降りていく。一歩進むにつれて、甘い香りが漂いはじめた。


 階段の先にアーチ型の出入り口を見つけ、すすきは中を覗いた。するとそこでは、ヒュパタがクッキーの型抜きをしていた。二人に気が付いたヒュパタは、右の前足をひょこひょこと振った。


 あまりの可愛さに溜め息が漏れる。脱力するすすきを横目に、ハクトが部屋に入っていった。


「ヒュパタ、お疲れさま。シンが美味しかったって言ってたよ」


 褒められたヒュパタが嬉しそうに尻尾を振った。


 使い魔としてのヒュパタの役割は、主にお茶出しと留守番だそうだ。そのため、ヒュパタは自分で紅茶を淹れたりクッキーを作ることが出来る。しかし、使い魔としての仕事というよりは、ほとんど趣味でやっているらしい。


 大時計の下にあるこの場所は、本格的なキッチンになっていた。元々は皇帝の食事を作るための場所だったらしいが、今ではヒュパタ専用の部屋になっているそうだ。上にいる茶色いうさぎたちも、時々休憩をしに来るという。


 たくさんのうさぎが集まってお茶会をしている。そんな光景を想像して、無意識に顔がほころんでしまった。


 ヒュパタのお菓子部屋を出ると、その下には長い螺旋階段があった。ぐるぐると目が回るような無機質な手すりが、どこまでも続いている。下を見ると、吸い込まれて落ちてしまいそうだった。


 静かな空間にコツコツと二人分の足音だけが響いていて、少し不気味に感じた。ここを一人で歩けと言われたら怖気付いてしまうかもしれない。黙って歩いていると怖さが増すため、すすきはハクトに声を掛けた。


「ハクト様はずっと、あの一番上の部屋で暮らしてるんですか?」

「そうだよ。僕は十歳から、エルフランドの皇帝……魔法使いの象徴として、あの部屋で生きてきた。すすきちゃんは、もう誰かから皇帝について話を聞いた?」

「メディカ・ネロさんという女性から、1区が皇帝の住む街だということを聞きました。あと、先代の皇帝がシールドを張ったことも聞きました」

「そっか。それじゃあ僕からもう少しだけ詳しく教えるね」


 先を歩いていたハクトが、ピタリと歩みを止めた。後ろからついて来ていたすすきが追い付くと、歩幅を合わせて再び歩き出した。


「君はもう空間魔法を体験しているよね?」

「一瞬で場所を移動するあの魔法ですか?」

「そう。自由自在に空間を操って、遠くの場所にも一瞬で移動出来る。他にも、シールドを張って任意の空間を保護したり出来るのが空間魔法。そして、皇帝にはもう一つの力がある。それは時間魔法。すすきちゃんは、僕の部屋に入って来た時から空中に行くまでの間、少しだけ記憶が無いんじゃない?」


 そう言われて、すすきは記憶を辿った。


 あの時、よろしくと差し出された右手に、何の疑いもなく手を伸ばした。握手を交わすのだと思い込んでいたからだ。しかし、手首を掴まれて引っ張られ、無理矢理抱き上げられた。予想していなかった事態に驚いてしまい、思わず抵抗したのだ……空中で。


 部屋から空中に行くまでの記憶はなかった。だが、それも空間移動したせいだと思っていた。なので、大した違和感は感じていなかった。


「確かに、どうやって空中まで行ったのか覚えてないです。でも、あれは空間魔法を使った訳ではないんですか?」

「うん。空中に行くまでは空間魔法を使ったよ。でも、連れて行こうとしたら逃げられそうになったから、僕は君の時間を止めた」

「時間を……止めた?」

「そう。止めたり、進めたり、戻したり、僕はそうやって時間を操ることが出来る。だから、君を元の世界に帰す時も、時間を調整してあげられるんだ。時間と空間、二つの魔法を総称して時空魔法と呼んでいる。それを使うことができる唯一無二の魔法使いが、エルフランドの皇帝なんだ」


 時間と空間を自由自在に操ることが出来る魔法使い。たった一人しかいない特別な存在は、古くから魔法使いの象徴として扱われてきたそうだ。


 だが、すすきはハクトの話に違和感を覚えた。時空魔法は皇帝しか使えない。では何故、シンは空間移動出来ていたのだろうか。シンにも同じ力が備わっているとすれば、皇帝という絶対的存在は崩れてしまう。


 遠くを見つめながら考え込んでいると、隣を歩くハクトが胸元から何かを取り出した。手渡されたのは、懐中時計だった。蓋の部分に小さな宝石が付いている。光を反射して、黄色く光っていた。


「綺麗……」


 思わず呟いてしまう程、美しい時計だった。文字盤の中に小さな歯車が見える。時計塔と同じように、休むことなく動いていた。


「ありがとう。これ、僕が作ったんだよ。ほんの少しだけ空間魔法が使えるようにしてある。防衛五隊の隊長は、みんなこの懐中時計を持っているんだ。だから、エルフランド国内なら自由に移動できる。基本的なデザインは同じだけど、持つ人によって宝石の色が変わるから、隊長に会ったら見せてもらうといいよ」


 君には渡せないけどね、と言ってハクトは笑った。


 皇帝の魔力を込めた懐中時計。もし、魔法も何も使えない人間が持ったらどうなるのだろうか。考えただけで怖くなった。何かとんでもないことになりそうで、持ち歩く勇気がない。渡されなくて良かった。内心ホッとしながら、懐中時計を返した。


 そして手渡した時、ハクトの両手首に着いている太い金の腕輪が気になった。これも何か意味があるのかと尋ねると、「レルム」という名称があることを教えてもらった。皇帝はレルムによって魔力を制限されているそうだ。


 時間と空間。二つの魔法のうち、とりわけ時間魔法は危険とされているらしい。時間を操れるということは、生き物の死期を早めたり、遅らせたりすることも出来るのだ。自然の摂理に逆らう力を使ってはならない。そういった理由から、皇帝の魔力は常に制限されているらしい。レルムを着けているせいで、自室を離れれば離れるほど、満足に魔法が使えなくなるそうだ。


「でも、昔は皇帝も自由に魔法を使えたんだ。魔力を制限されはじめたのは、人間と関わるようになってからだよ。今の皇帝の基本的なお仕事は"何もしない"こと。民の幸せを祈りながら、ただ笑っていることが僕のお仕事なんだ」


 少し寂しそうに笑うハクトに胸がキュッと締め付けられた。目の前にいる彼は、僅か十歳で皇帝の称号を与えられた。計り知れない程の重圧と責任を背負って、長い間、この時計塔で暮らしてきたのだ。


 だからこそ、立場上、国民に対して何か行動を起こすようなことはできない。しかし、エルフランドの民ではない異世界の人間なら、ハクトは自由に干渉できる。三上すすきという例外を呼んだのは、そういう事情があったからなのではないか。皇帝という立場を少しだけ知ったことで、ハクトの思いも理解していけそうな気がした。


 その後は、たわいない会話が続いた。好物は苺だとか、近くに美味しいケーキ屋さんがあるとか、ほとんど甘い物の話だ。


 コツコツと足音を響かせながら、気が遠くなるような長い階段を降りて行く。そして二人はようやく、地上へと辿り着いた。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


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