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【連載中】五芒星ジレンマ  作者: 柚中 眸
第1章 知ること
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第6話 茶会

 扉からひょこんと顔を出したのは、立ち耳うさぎだった。美しい純白の毛並みに、つぶらな黒い瞳。後ろ足だけで立ち上がっている体は、一メートル以上はありそうだった。前足で持っている木製のトレイには、紅茶セットとお菓子が乗っていた。


 とてとてと器用に歩きながら近付いてきたうさぎは、テーブルの上にそっとトレイを置いた。そして、クロスの下に隠れていた踏み台を引っ張り出すと、ピョンと飛び乗った。


 口を出してはいけないような気がして、すすきはジッと様子を見守った。すると、うさぎは前足を使って陶器のティーポットに三杯分の茶葉を入れた。そして、ハクトへ何かをお願いするように鼻をひくつかせた。


 どうしたのかと思いながら見つめていると、突然、トレイに乗っていたケトルからゴポゴポと音が鳴りはじめた。数秒して音が止まると、注ぎ口から湯気が昇った。どうやら先程の仕草は「お湯を沸かして」という意味だったようだ。


 うさぎは沸騰したお湯をティーポットへ注いでフタをした。砂時計をひっくり返して時間を計りはじめる。その間、誰も口を開かなかった。時計の音が響く部屋の中で、落ちていく砂をただ見つめていた。時間は動いているはずなのに、不思議と止まっているように感じてしまう。


 規則的な秒針音が眠気を誘ったのか、ピンと立っていたうさぎの耳が徐々に垂れ下がっていった。ウトウトと頭を揺らす姿がなんとも可愛らしい。すすきは両手で頬を押さえて静かに身悶えていた。


 砂時計の砂はゆっくりと時を刻んでいく。しばらくして、最後の砂が落ちきった。その時、うさぎの目がパチンと開き、垂れていた両耳が勢いよく上を向いた。


 目を覚ましたうさぎは、ティーポットの中をスプーンで軽くかき混ぜた。カップを三つ並べて、紅茶を注ぎ入れる。そして、ハクト、シン、すすきの順に紅茶とお菓子を出していった。


「ありがとう、ヒュパタ」


 ハクトがそう言うと、ヒュパタと呼ばれた巨大な白うさぎは、嬉しそうに尻尾を振った。


「この子、ヒュパタって名前なんですか?」

「うん。ヒュパタは僕の使い魔で、お世話係みたいなものだよ」

「そうなんですね……こんなに大きなうさぎは初めて見ました。ヒュパタ、これからよろしくね。紅茶とお菓子、ありがとう。いただきます」


 すすきがお礼を伝えると、ヒュパタはコクリと頷いて、丸い尻尾を振りながら扉の外に去っていった。


 許されるなら、あのもふもふを抱き締めて撫で回してみたい。そんな衝動を必死に抑えながら、深呼吸して座り直す。冷めないうちにと促され、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。


 紅茶のお供として出されていたのは、苺のジャムクッキー。まるで絵本の中のお茶会のようだった。


 すすきは目の前のクッキーをひとつ摘んだ。不思議な甘酸っぱさを味わっていると、向かいに座っていたハクトが、シンに声を掛けた。


「シン、さっき僕が話したことなんだけど……」

「お断りします。たとえハクト様のご意向でも、こいつは人間です。4区に住まわせることは出来ません」

「どうしても駄目?」

「駄目です。第三部隊が管理する4区及び9区に人間は必要ありません。それに、こいつは魔術師でもない。魔法を使えないただの人間は、第二部隊が管理する3区や8区で暮らすのが妥当です」


 そう言いながら、シンがギロリと睨んできた。人間という生き物は、ずいぶん魔法使いに嫌われているようだ。ハクトはどうしても自分をシンの側に置いておきたいようで、何度も食い下がった。しかし、シンはそれを頑として受け入れなかった。


 自分のせいでハクトとシンが揉めている。心苦しく感じたすすきは、二人の会話に割って入った。


「あの、私はどこでもいいです。3区や8区は人間が多いんですか? それなら、なんとかしてそこに住みます。だから二人とも……あまり喧嘩しないでください」


 とはいえ、アテなんてどこにもない。人間が多いからといって、上手く溶け込んで生活していけるかなんて分からなかった。不安から、だんだんと声が小さくなる。落ち込んで顔を伏せると、ハクトが笑った。


「喧嘩じゃないよ。シンがツンケンしてるのはいつもの事だから安心して。それにしても困ったなあ。他の区だとすすきちゃんが動きづらいだろうし」

「どこも同じです。大体、こいつは異世界から引っ張ってきた人間なんでしょう? エルフランドの行く末を記録させようなんて、無理があります。今すぐ元の世界に──」

「僕、いいこと思い付いた!」


 シンが言い終わらないうちに、ハクトが大きな声を出してポンと手を叩いた。話を遮られたシンがあからさまに顔をしかめている。上下関係はあるようだが、気を遣っていない二人の様子は、仲のいい友人のようだった。


 そして、早く聞いて欲しいという表情で待っているハクトに、すすきは尋ねた。


「あの、ハクト様。いいこととは……?」

「僕と同じ1区で暮らせばいいんだよ。この塔の一番下に空き部屋があるんだ。ちょっと汚いけど、掃除したら住めるよ。エルフランドはこれから寒くなるけど、暖炉もあるから大丈夫。すすきちゃんは住めればどこでもいいんだよね?」

「あ……はい、どこでもいいです」

「それじゃあ決まりだね。シン、手伝ってあげて」

「嫌です。人間に構っているほど隊長は暇じゃありません。俺はもう戻ります。ヒュパタに美味しかったとお伝えください」


 早口でまくしたてると、シンは逃げるようにその場から消えた。部屋にはすすきとハクトの二人だけが残り、膨れっ面で紅茶を啜るハクトに、すすきは笑ってしまった。


「ハクト様って偉い人なんだなって思ってましたけど、意外と話しやすくてホッとしました」

「偉いよ。僕はエルフランドの皇帝だもの。それと、話しやすいって言われるのは嬉しいな」


 サラリと飛び出した皇帝という言葉に、すすきは飲みかけていた紅茶を噴き出した。体が冷や汗を流しながらワナワナと震え出す。


 空から見た時、この辺りは五角形の形をしていた。つまりここはエルフランドの中央──1区だ。街なかを散策していた時、メディカに、1区は皇帝が住む街だと教えてもらった。


 この塔が聳え立っているのは1区のど真ん中。そして今、自分はその塔の中にいて、目の前にいるのは皇帝。一国のトップと話をしているということだ。


「す、すみませんでした‼︎」


 何に対してのすみませんなのか自分でも分からないが、反射的に謝ってしまった。


「いいんだ、気を遣わないでくれた方が嬉しいから。さあ、これを飲み終えたら塔の下まで案内するよ。ちょっと大変だから、覚悟してね」


 ハクトの妖しい微笑みに、思わず息が止まりそうになった。


 残った紅茶を飲み終えたすすきは、ハクトに促されて立ち上がった。これから自分が暮らしていくのは、どんな場所だろうか。想像が膨らむほど、緊張で胸が高鳴った。


 落ち着かない様子で辺りを見回しながら、白い背中について行く。扉の外ですすきが見たものは、どこまでも続く長い螺旋階段だった。

読んでくれてありがとうございます⭐︎


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